この身はただ一人の穢れた血の為に   作:大きな庭

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鉤爪、少女、犬

 毎年毎年、ホグワーツの教育体制に疑問を抱くのは恒例行事だった。

 

 二年連続外れで有り、しかも去年に至っては教育の体を為していなかった闇の魔術に対する防衛術の科目は、今年は間違いなく当たりと言って良いようだった。

 

 グリフィンドール出身であり、尚且つスネイプ寮監が嫌悪感を示しているのが丸分かりであったから、スリザリン内でリーマス・ルーピン教授を褒め称える者は皆無である。

 しかし、彼の授業が闇の魔術に対する防衛術の模範的授業で有った事を疑う者は、少なくとも彼の授業を受けられた者であれば存在しないと言って良い。それは、ボガートを使った授業において多少のトラブルが発生した今学年のスリザリンにおいてでも、である。

 講義内容もそうだが、彼の生徒への教え方には工夫と配慮が有り、スリザリンが文句を付けられる所と言えば、彼のローブが何時見ても襤褸切れめいている点くらいだった。

 

 翻って、今年の魔法生物飼育学は完全な大外れだった。

 

 噂に聞く占い学も相当酷いらしいが、自分が受けていない科目が駄目であろうと知った事では無かった。そして個人的には、それすらも上回るだろう酷さである事を確信していた。

 向こうは生徒を教えようとする事がどういう事かを理解しているが――とはいえ、ハーマイオニー・グレンジャーの言葉を聞く限り、少しばかり怪しい感じもする――魔法生物飼育学の方は、自分と生徒が同じ生物であると勘違いしているようだった。

 

 教科書に怪物的な怪物の本を指定してみせた事からもそれは明らかである。

 

 アレの御し方は撫でれば良いという事らしいが、暴れ回る猛獣に等しいあの本を素手で撫で付けられる者など限られているのだ。半巨人並みの怪力を持っているならば別だが、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店の店長ですら苦戦していた以上、そのような存在を生徒に対して期待しては行けない事など解り切った話だった。もっとも、それをルビウス・ハグリッドという男は理解して居なかったのであるが。

 

 ただ、怒れるハーマイオニー・グレンジャーはそれを多少失念しているらしい。

 グリフィンドールは友人に対しては酷く盲目的になる所が有る。とはいえ、彼等は、スリザリンが友人を有していないだけだろうと反論するに違いないだろうが。

 

「まったく、マルフォイの奴ったら……! みっともないったらありゃしないわ……!」

 

 図書室(マダム・ピンスの縄張り)である為に小声では有るものの、確かな苛立ちと共に彼女は言う。

 

 まあ、僕も反論はするまい。

 僕はドラコ・マルフォイという個人に対して寧ろ好意を抱いていると言って良いが、さりとて時折見せる愚かさというのには余り賛同出来なかった。

 

 つまるところ、何の毒性も無いヒッポグリフの鉤爪による傷が直ぐ治療出来ないなどというのは、自分は真っ当な〝癒者〟に掛かる事も出来ないと言っているような物である。人を陥れるにしても、もっと効率的で的確な手段を用いて欲しくあった。

 

「スネイプもスネイプよ! 何事も無いと解ってる癖に、あんなに過保護にしちゃって! 三歳児に対する親の方がまだ厳しいと思えるくらいだわ!」

 

 そして、収まらない彼女の怒りは寮監に飛び火した。

 しかもその愚痴が止まる様子も無い。ドラコ・マルフォイへの贔屓に始まり、自身を完全に無視する態度など、口を開けばキリがないらしかった。

 

 こちらもまあ、彼女達には彼女達の言い分が妥当である面も否定出来なかった。

 

 寮監の態度に、多少の理由が有るのは解っている。

 というより、元死喰い人でいながら、アルバス・ダンブルドアとの一定の信頼関係を築いている時点で訳アリ以外に有り得ない。

 

 けれども一方で、客観的観点からして、寮監のそれが過剰であるのも事実なのだ。

 悪の魔法薬学教授として振る舞うだけならば、あそこまで露骨な憎悪を示す必要は無かったし、スリザリンに対する過度な贔屓も不要な筈であった。

 

 要するに、寮監は何処からどう見ても個人の感情の下にその地位を濫用しているのであり――しかも、質の悪い事に、寮監をその立場に置いている事に一応の負い目を感じて居るらしいあの老人は、それを咎めはしなかった。だからこそ、僕は寮監を教授として敬意を払えないのであり、老人も同じ理由で好きになれないのだった。

 

 ただ、寮監としても、彼等に、そして僕にも好かれようとは断じて思ってはいまい。

 特に、ハリー・ポッターから好意を得る位で有ったら死を選ぶのでは無いかという位に、寮監は彼を嫌っていた。であれば、互いに憎悪を向け合い、罵倒し合う関係は、それはそれである意味健全な形であると言えるのだろう。いずれの人間にも、相手を嫌う権利は与えられている筈なのだから。

 

 しかし、彼女が有る程度愚痴を吐き出した後、僕は彼女の言葉を全否定しないまでも、一言付け加える事は忘れなかった。

 

「君がそのようにスネイプ寮監を嫌うのも至極真っ当だが。さりとて、寮監は魔法薬学教授としての最低限の矜持は喪っていないだろう」

 

 そしてそのような言葉がハーマイオニー・グレンジャーに受け入れられない事は解っていた。

 本の向こう側から覗くのは、唇を軽く噛み、明らかに不満そうな表情。

 

「貴方が単に自分の寮の寮監を擁護したいのだと思ってはいないけれど、その感想には断じて賛成出来ないわ」

 

 少しばかり乱雑に本のページを捲りながら、彼女は続ける。

 

「スネイプが不愉快で無かった事はないわ。何せ私が提出する宿題や課題に対して、スネイプは毎回毎回ネチネチネチネチとした評価しか返さないもの。ハリーやロンの評価もボロクソだけど、私に対する物は余りにも細か過ぎるのよ。何処の教科書を探しても載ってなくて、論文を漁る羽目になるのもしょっちゅうだし」

「……まあ、あの寮監のやりそうな事では有るが。しかし聞くが、君への寮監の指摘が一度でも間違っていた事は?」

「そう考えた事は何度も。あの人の指摘は我流のものが多過ぎるわ」

「結論だけを端的に」

「…………無いわ」

「だろう?」

 

 不承不承頷く学年一の秀才に、更に言葉を付け足す。

 

「もっと言えば、君はこの二年間、学年一の立場を喪っていない」

 

 まあ去年は秘密の部屋騒ぎで学年末試験が開催されなかったのだが、それは彼女が王座から陥落した事を意味はしまい。寧ろ、学年を通して彼女はますます優秀性を見せつけていたと言えた。

 

「……言いたい事は解るわよ。普段の評価や態度がどうあれ、少なくとも最終成績では、スネイプは理不尽な減点をしなかった。頭では理解しているつもりだわ」

 

 普段は私怨の下に普通に減点しているようなのもどうかと思うが、恐らく記録上においては、ハーマイオニー・グレンジャーの魔法薬学の成績は一切の瑕疵が無いトップなのだろう。

 たとえお気に入りのドラコ・マルフォイであっても──彼は僕よりも明らかに才能が有る──魔法薬学において彼女以上の成績を付ける事は、彼自身が許しはしない。態度として教師失格では有っても、彼は教師としての自負や誇りが無い訳では無かった。

 

 もっとも、彼女から真に同意を得ようとは思って居なかったし、僕が寮監を敢えて擁護したのは別の意図が有ったからだ。

 

「君が寮監を教授失格だと非難するのは勝手だが、それを踏まえてルビウス・ハグリッドの初回授業を思い返してみると良い」

 

 僕の言葉で苦々しい顔に変わったのは、彼女自身、あれが大失敗であった事を明確に理解しているからか。

 

「……アレは、その、ちょっと舞い上がり過ぎただけよ。何より、あんな事になったのは、マルフォイが余計な事をしたからだわ」

 

 確かに、ルビウス・ハグリッドは警告した。

 それを破ったドラコ・マルフォイは自業自得な面が無いでもないが。

 

「〝マグル〟の常識で考えてみてくれ。動物園の調教師によって〝間違いなく〟良く躾けられたライオンを、鎖無しで year 9 の学生の前に連れて来る教師を、君はどう思う?」

「…………」

「答えられないならば、歯医者である君の両親に聞いてみたらどうだ?」

「……結構よ。それこそ頭で理解しているつもりだもの」

 

 魔法界の常識的に言えば、マルフォイの怪我は大した事は無い。

 だが、それはあくまで魔法界的に、だ。マグル界でどう考えられるかなんて言うまでもない。もっとも、〝マグル生まれ〟の才女ハーマイオニー・グレンジャーであっても、二年も経てば魔法界の常識に染まる事からは逃れられないらしかった。

 

 ただ、ここはやはり非魔法界では無く、魔法界であるのは事実だ。その点において、彼女が完全に間違っている訳でも無い。

 

「……まあ、彼がクビにはなる事は有るまい。彼本人については、今回は警告が精々だ」

 

 僕の言葉に強い確信が含まれている事が伝わったのだろう、彼女は本から視線を上げ、上目遣いで僕へと説明を求めてくる。その彼女に、僕は視線を本へと落としながら言った。

 

「簡単な事だ。魔法魔術学校でたかが腕一本を怪我した程度で職員をクビにしてしまっては、誰も職員が居なくなってしまうだろう? 呪文学や魔法薬学なんて危険と隣り合わせの授業であるし、十七歳から習得が始まる姿現しなんて危険の最たるものだ」

 

 授業以外で生徒一人を骨抜きにした去年のギルデロイ・ロックハートは論外だが、魔法は高度になればなる程に、それが齎す結果も重大な物になる。

 

 三年でヒッポグリフは多少過激だが、適切な注意を払えば不適当とも言えないだろう。

 単なるyear 9の子供に対してライオンは不適当だが、ここは魔法魔術学校で有り、またここに居るのは普通の子供では無く魔法を扱う事を学ぶ生徒であるのだ。

 

 つまり、敢えて言うならば、多くの生徒の前に一遍に十数頭も連れて来た事こそが大問題だった。ヒッポグリフを挑発する愚か者が出る位は当然想定して然るべきであり、万一の為に監督しきれないような状況を作った事こそ責められるべきであると言える。

 

「じゃあ、ハグリッドが辞めさせられはしないって事?」

「断言はしないが、恐らくな。流石に聖マンゴに長期入院する程ならば責任を取る必要も有るだろうが、腕一本でクビになるという先例の作成は、誰で有っても望みはしまい」

 

 次は自分もそうなるかもしれない、という可能性の恐ろしさを理解出来ない程に大人達は愚かでは有るまい。それは、ルビウス・ハグリッドの指導方針や彼に対する好悪とは、全く別次元の問題であると言えた。

 

 ただ、まあ――

 

「……貴方は残念そうね」

 

 彼女の言葉は、多少の非難を含んでいた。

 そして、僕は否定せず軽く肩を竦めた。彼女に対して全くもって思ってもみない事を述べるのは困難であったし、別に隠す事でも無かった。

 

「貴方の性格的にはマルフォイの肩を決して持ちそうにも無いと思ってたけど、彼の方針に賛同するって訳? ヒッポグリフを連れて来たハグリッドが教師失格だと思ってるの?」

「言った筈だ。彼がその点でクビになる事は無いだろうと。僕はその点についてそれ以上非難する気は無いさ。つまり、ヒッポグリフ自体は問題では無い」

「? じゃあ何?」

「君はその後の授業を見て、何も思わないと言うのか?」

「――――」

 

 ハーマイオニー・グレンジャーの沈黙こそが、答えを雄弁に物語る。

 

 前回の授業。それは、レタス喰い虫の育成だった。その難易度など論ずるに値しない。

 わざわざ魔法魔術学校に来て、しかも選択授業の一つを潰してまで学ぶのがレタスの刻み方と食べさせ方ともなれば、文句を言いたくもなる。

 

「別に私的な事情で沈み込むのは構わないさ。ただ、ここはルビウス・ハグリッドの遊び場じゃない。生徒に対して魔法生物の事を教える場だ。感情に振り回される前に最低限の仕事は果たして欲しいと、真っ当な教育を受けたいと思うのは奇妙な事だろうか?」

 

 ルビウス・ハグリッドが教師としては絶望的に向いてないだろうという感想を僕は持っているが、彼がその分野について一つの専門家である事は否定しまい。

 セストラルをあれ程大量に飼育し、また失敗は有ったとは言えヒッポグリフを制御してみせる――しかも、その興奮に当てられて他のヒッポグリフが暴れるような真似をさせなかった――人間だ。だからこそ、怪物的な怪物の本を指定されて尚、僕は彼に一縷の望みを抱き、そして初回ではそれなりに心躍り、しかし結局は裏切られている。

 

「まあ、一回で愚痴愚痴言い続けはしないが。それでも次も同様の授業が続くのであれば、ルビウス・ハグリッドがクビになるような機会には諸手を上げて賛同したいと考えてしまう程度にはうんざりしている」

 

 魔法界は余りに教育について無頓着過ぎではないか、と思う。

 

 大多数の生徒は楽な授業が続く事について文句を言いはしないだろうが、そうで在ってはならないと考えるべきが大人だろう。

 特に、魔法界が現状維持を――非魔法界からの魔法の隠蔽を続けたいならば、魔法界の存在をバラしかねない魔法生物に対する知識は必要不可欠だろうに。スウェーデンとチベットによる常習的な国際機密保持法第73条違反は国際問題の筈であり、ヒッポグリフと言えば、毎日隠蔽呪文(Disillusionment Charm)を掛ければその下でも合法に飼育が許される程度の魔法生物でしかないのだから。

 

 そんな思いと共に言えば、ハーマイオニー・グレンジャーは盛大に顔を引き攣らせていた。

 

「……えっと、それは止めて頂戴。絶対に。本気で。何が有っても」

 

 高く積まれた本の合間を縫って顔を近付けながら言う彼女に、僕は溜息を吐いた。

 

「……君は僕を本当に何だと思っているんだ」

 

 別にそう思うだけで、実現する力など何も無い。

 

 僕の賛同など吹けば飛ぶものであり、そもそもルシウス・マルフォイ氏も当然ながらルビウス・ハグリッドの辞職について動いている筈である。

 あの老人への嫌がらせ以上に、息子が殺され掛けて――その状況を作り出したのがルビウス・ハグリッドであるという点を無視すれば、普通の魔法生物飼育学教授ではそこまで行っても不自然では無かった――黙って居られる親など居まい。

 

 そして、そのような怒れる権力者にして息子を強く愛する父親で有っても、ルビウス・ハグリッドをクビにまでは追い込めまい。それはやはり確信であると言えた。

 

 けれども、ハーマイオニー・グレンジャーは、僕が望めばそれを実現出来るのだと、心の底から信じてしまっているようだった。

 

「だって、貴方ならば出来そうな気がするもの。一昨年だって、貴方は自分で殆ど動かないままにダンブルドア校長からの加点を勝ち取ったわ。そして去年だって――」

 

 そこまで言って、彼女は軽く首を横に振った。

 追求して貰っても構わなかった。寧ろ、そうして欲しいとすら思っていた。だが、彼女は僕を楽にしてくれる気は無いようであり、そしてまた、僕には彼女に嫌われるだけの勇気が未だ無かった。

 

 あからさまに話題を変えた言葉は、しかし親身な表情と共に紡がれた。

 

「貴方の悪評――というか、噂を聞いた事が有るかしら?」

「評判?」

 

 ホグワーツにおける僕の社会は狭い。

 授業に関する内容や学内での伝達以外では、殆ど私的な会話をしないと言って良い。

 談話室で不可避的に――というか、その為に嫌な顔をされつつも談話室に居座っているのだが――入ってくる噂話だけで、それも些細な物ばかりだ。それでも、自分の悪評や侮蔑は良く聞きはするが、彼女が言っているのはそういう事じゃないらしかった。

 

「最近の貴方の噂は、去年、正確には一昨年だけど、あの賢者の石の後より凄い事になってるわ。その事も蒸し返されて、貴方が誰よりも闇の魔術に通じているというのは、最早事実みたいに語られてるし。一体全体、貴方は何をしたの?」

「……あー、まあ多少の心当たりが無い訳でもないが」

 

 僕にとって当然の対応だったが、それが悪かったのだろう。

 少なからずスリザリン生にも衝撃を与えた一件は、スリザリンが口を噤んだ為に噂だけが先行した結果、他寮には誇大された形で伝わって居るらしい。

 

「しかし、噂は噂だ。確かに闇の魔術は少しばかり人より多く知っているのは事実だが、別に使えはしないし、新しく闇の魔術を創る才能もまた無い。才能だけ言えば、僕はセオドール・ノットの足元にも及ばないだろう」

「ノットって……ああ、あの嫌な感じな人ね」

「君が嫌な感じを覚えないスリザリン生が居るのか?」

「そうね。そんな人は居なかったわ。私の目の前に居る誰かさんなんて特に最悪よ」

 

 彼女の言葉はさておき、最も優秀で卓越したスリザリン生がセオドール・ノット以外に有り得ない事は、最早誰の眼にも明らかだった。

 

 かの一匹狼は、或る意味でハーマイオニー・グレンジャーより頭が良い。

 成績の面では彼女に圧倒的に及ばなくとも、創意工夫という点においては群を抜いていた。政治力や指導力で他を動かせる器がハーマイオニー・グレンジャーであるとすれば、セオドール・ノットは自身の能力のみで他を動かせる器だろう。

 

 そして、僕はセオドール・ノットに及ばない。当然ながら、ハーマイオニー・グレンジャーにも。絶対的に負けるという程に謙遜はしないが、それでも学問の分野において、僕は己が彼女達より劣る事を明確に自覚していた。

 

 そんな内心を知ってか知らずか、彼女は続ける。

 

「兎も角、貴方は少し注意した方が良いわ。貴方がその程度で動じないのは賢者の石の一件を乗り越えた時に解っていたけど、悪評ばかり有り過ぎてもロクな事にならないわよ」

「気を付けてどうこうなるものでは無いと思うが、善処しよう」

 

 正直言って、ドラコ・マルフォイに眼を付けられる以前に戻らないとどうにもなりはしないように思えるが、一応努力するだけならタダだった。

 僕の言葉に満足そうに頷き、そしてハーマイオニー・グレンジャーは言った。

 

「解ったわ。確かに前回の授業は或る意味ヒッポグリフの時より大失敗だったし、ハグリッドがクビにならないにしても、初回……と二回目以外はちゃんと授業をやっている事は、処分を軽くする理由にはなるでしょう」

「……待て。君は、一体何を言っている」

「決まっているわ。ハグリッドの手助けをするのよ」

 

 堂々と生徒が教授に干渉する宣言をした彼女に、思わず深く溜息を吐いてしまう。

 

 別に僕はハーマイオニー・グレンジャーにそうする事を求めた訳では無かった。

 自学自習が必要なら必要で、割り切るという気持ちは有った。一昨年と去年の闇の魔術に対する防衛術はそうだったのだ。失望はすれども、元々魔法界の大人に――あの老人が君臨する魔法魔術学校に対して余り希望を持ってはいない。期待する事もまた、辞められそうにないのだが。

 

 けれども、彼女の意思は既に硬いようだった。

 

「まずはハグリッドに聞かなきゃね。ホグワーツにどんな魔法生物が居るか解らない訳だし。それによってカリキュラムも変わってくるわ」

 

 俄然やる気を出し始めたハーマイオニー・グレンジャーを止められない事は解っていた。

 彼女は酷く失敗を恐れる割には小さく纏まる事を嫌い、多くの物事に対して興味や関心を示す傾向が有り過ぎた。それは彼女の魅力でも有ったが、やはり欠点でも有るのだろう。

 多くを抱え込み過ぎてパンクしなければ良いのだが、とつくづく思う。まして、これから本来彼女にしたかった忠告をするともなれば猶更だ。

 

「その意気込みに水を差したくは無いのだが、君が真に取り組むべきはその事ではない。僕はハグリッドがクビにはならないだろうと言ったが、他に処分を受けないとも言っていない。寧ろ、君にとってはそちらの方が問題だろう」

「……え?」

 

 あふれ出る意欲を表すように拳を握り締めた格好のまま、彼女は硬直する。

 

「君は魔法族の魔法生物に対する認識が甘過ぎるという事だ。ヒト以外に対して、魔法族は歴史的に冷淡だ。それは長きに渡る血で血を洗う戦争の結果でも有る。まああの歴史学教授の無味乾燥な読経では感じ取りにくいだろうが」

 

 その言葉で伝わっていない雰囲気を感じ、僕は更に言葉を付け加えた。

 

「つまり、人狼であれ、トロールであれ、魔法族を害するヒト以外については酷く敏感だという事だ。短絡的に即時の駆除が間違いなく正当だと考えてしまう程に」

「人狼には脱狼薬が発明されている現在では必ずしもヒトに危険と言えないし、トロールがヒト以外かも議論が──バックビークが処刑されちゃうって事?」

「それがあのヒッポグリフの名前ならば、そうだろうな」

 

 声高な反論を途中で止め、それまでと違って囁くような声で為された言葉に、僕は頷きを返す事で答えとした。

 

「……っ。で、でも、バックビークは賢いわ。何の理由も無くヒトを傷付ける事はない程に。アレにはマルフォイにも責任が有ったでしょう?」

「ドラコ・マルフォイの行いが、スリザリンらしさを忘れたもので有ったのは確かだが。しかし、ヒトとヒト以外は対等では無い。理由はどうあれ、ヒッポグリフは()()()ヒトを傷付けた。付け加えるに、それを防ぐべき管理者は止められなかった」

 

 まあ、腕一本を傷付けるだけで止め切ったのは流石であると言えた。

 怒れるヒッポグリフをその程度で御しきったのだと聞いて驚かない人間は、それなりに少数派である事だろう。寧ろ、拍手喝采する人間の方が多そうだ。それはルビウス・ハグリッドの確かな実力を示すものであり、自身への手酷い侮辱を我慢させる程に、ヒッポグリフと間に確固たる信頼を築いていた証であると言っても良い。

 

「それとも、ルビウス・ハグリッドが責任を取って辞任するか? 非魔法族的で有るが、魔法族的にも理解は出来る。ルシウス・マルフォイ氏も一応の妥協点として矛を収める可能性は高い。彼は政治を理解している」

 

 その事について、裏の事情が有る事を僕は告げなかった。

 

 彼の生まれも背景に有るのだというのは、ハーマイオニー・グレンジャーに更に余計な心労を負担させるに他ならないと感じて居たからだ。

 確信を得たのは閉心術の訓練中アルバス・ダンブルドアに婉曲的に確認したからだったが、あの老人とて僕が殆どそうであると考えていたからこそ認めたに過ぎない。

 骨生え薬や魔法の失敗などの議論が罷り通っているが、人間をどう改良してもゴリラには成れないのだ。家畜の肉の暴食やプロテイン、或いはドーピングと筋力トレーニング無しで、彼等はその隆々たる肉体を維持している。それと同じだ。

 

 彼は生物としての規格が違う。人間に留まるものでは無い。

 であれば、何との子供であるかの想像は至極単純な物であると言える。

 

 そして、そのような彼の追放は、ルシウス・マルフォイ氏に大きな満足を齎すだろう。純血主義者は、ヒト以外についても侮蔑する傾向が強い。

 

「ハグリッドが辞める……? でも、それは……」

 

 彼女にとって、それもまた受け入れがたい提案なのだろう。

 

 話を聞いている限り、ルビウス・ハグリッドは彼女に――彼女達にとって、教師というよりも友人という関係に近しかった。

 ただ、そうであるからこそ、やはり残酷な現実は正確に把握しておかなければならない。

 

「アレも嫌、コレも嫌ではどうにもならない。教師の不注意により生徒が魔法生物に傷付けられたというのは事実であり、彼等が為そうとしている事は、法律を大きく曲げるような行いでも無い。それを阻もうとするのであれば、まず君は分が悪い事を認識する必要が有る」

 

 それでも納得が行かなそうなのは、ハーマイオニー・グレンジャーも、グリフィンドールだという事なのだろう。

 

 彼女は己の思い描く正義が、社会の正義と一致する事を何ら疑っていない。

 だからこそ、彼等は自惚れた行動に出る事が出来る。スリザリンも身内大事という点で変わりは無いが、しかし自身が社会規範から逸脱している事位は理解出来るのだ。それ故に、狡知と機智をもって、規則や社会に対応しようとするのだから。

 

 けれども、僕は彼女を過度に困らせるつもりもまた無かった。それがどんなに遺憾で有っても、自らに手間を掛ける事になっても、許容出来ない訳では無い。

 

「……僕は言った筈だ。君がすべき事は、授業を改善させる事では無いと」

「えっと……。バックビークの処刑を避ける為に、私に出来る事が有るって事?」

 

 その通りだと、頷いて見せる。

 

「法的には、今回の事件の被告になるのはヒッポグリフ――つまり、裁判手続も、処刑手続も、そのヒッポグリフを名宛人として為される筈だ。言ってみれば、ルビウス・ハグリッドは部外者だ。だからこそ、彼がクビに成り得ないのでも有るが。つまり、責任を第一に負うべき他に当事者というのが居る訳だし、身代わりを許すのはナンセンスだ」

「……魔法界では随分奇妙な事をやるのね。ああ、そう言えば動物裁判(animal trial)というのを聞いた事が有るわ。中世時代の、古臭い馬鹿げた風習だったかしら」

「本当に馬鹿げているかは同意しかねるがな。それはまあ良いだろう」

 

 非魔法族の中の法で、動物は〝物〟でしか無い。

 つまり自身と対等の一個の人格として尊重せず、劣後する者として見下している。

 動物には刑法も民法も適用されないし、仮にペットが人を殺したからと言って屠殺請求権など許されず、精々飼い主が補償金を払って終わりである。万一、その飼い主に過失も何も無ければ、遺族は満足に金すら受け取れず、単に泣き寝入りするしかない。

 

 勿論、非魔法族の世界ではライオンや虎をペットに買うという事はしないから左程問題は生じないが、さりとて奥山における事故は普通に有り、街中ですら動物園という環境が有る。その中で都合の良い理屈を振り翳して、一方的に殺すという事は普通に行われている。

 

 古来より、民の権利は貴族のような権力者によって一方的に蹂躙されてきた。

 それを守護する存在として登場してきたのが適正手続であり、()()()()()()()()()()()()運営される裁判手続である。ならば、人の傲慢により殺される事を防ぐ為に、同じ世界に生きる対等な〝者〟達へとそれらを適用しようとした行いを、どうして馬鹿げた話であると切って捨てる事が出来ようか。

 

 ただ、それを語った所でハーマイオニー・グレンジャーには理解して貰えまい。

 そして恐らく、非魔法族の法感覚や倫理感としては、彼女の方が絶対的に正しい。

 

「ともあれ、君はその馬鹿げた風習に従わなければならない。現行法はそうだし、法を是正する力も時間も無い。そして、無罪――は、ヒトを傷害した事実が存在する以上難しいだろうが、追放か、或いはそれが許されるかどうかは解らないが、罰金刑の類で収めなければならない」

 

 その場合どの道ルビウス・ハグリッドが払う事になるのだから、欺瞞と言えば欺瞞だが。

 

「そっちの感覚の方がマグル的に解りやすいわね……。というか、やっぱり迂遠な気がして仕方がないわ。そりゃあ人を殺したとかなら心情的に収まりつかないから解るけど、所有者が解ってて怪我しただけの事例で、責任を理解出来ない動物に裁判をする意味有る?」

「それは魔法省に聞いてくれ。そして断言しても良いが、ルシウス・マルフォイ氏が求めて来るのは処刑だ。これは予言でも何でもない」

「……水晶玉無しの私にも解るわよ。本っ当に野蛮で、馬鹿げた事ね」

 

 彼女は語気を荒くして、怒りと共に吐き捨てる。

 

「しかし、その勝算が皆無とまでは言えないように思える」

 

 非魔法族的解決法――つまり、ドラコ・マルフォイを傷害させた事に対する精神的慰謝料等を含む賠償が通るかは別として、不利であるにしても擁護する理屈が皆無では無い。

 

「バックビークとやらは敬意を示した君達に対しては何も危害を加えなかったし、復讐に動いている訳でも無い。怪我の軽重は問題であるにしろ、後遺症の主張までは出来まい。彼がクィディッチから永遠に離れる気なら別だが。そして責任の話をすれば、君の言った通り、ヒッポグリフを尊重しなかったドラコ・マルフォイに有るというのもまた否定出来ない」

「……そうね、その通りだわ。彼等がヒトでは無いからと言って、ヒトがヒト以外の権利を容易く侵害して良い訳でも無い筈よ」

 

 先程は馬鹿げた風習だと言いながら――そして、依然としてその価値観を認めていない筈でありながら――早速その考え方に適応してみせている所は流石というか何というか。

 ハーマイオニー・グレンジャーが単なる頭でっかちな人間では無い事をつくづく思い知らされる瞬間でも有る。或いは、友人の為ならば幾らでも〝柔軟〟になれるグリフィンドールらしさとでも言うべきだろうか。

 

「聞いた瞬間はどうなる事かと思ったけど、良く考えれば勝てるような気がしてきたわ。幾ら怪我させたとは言っても、即処刑っていうのは余りに野蛮な真似だものね」

 

 顔を輝かせ始めた彼女に、しかし心から同意する事は出来なかった。

 

 真っ当に考えれば、勝算はそれなりに有る。それは否定し得ない。

 だが、ハーマイオニー・グレンジャーに最初に告げた通り、魔法族はヒト以外に冷淡だ。そして、動物裁判に限らず、裁判手続は民の権利を守る一方、時に権力者が自身の意を押し通す手段として用いられてきたのもまた事実である。

 

 如何に正論を推し進めようとも、それが悪い形で露呈した結果がどうなるかというのは、出来れば余り想像したくも無かった。或いは、そこまで魔法界が〝中世的〟――非魔法族における伝統的分類では、中世とは凡そ西暦1500年までとされる。あの1692年の悪名高きセーレム魔女裁判は歴史から見れば中世では無い――であって欲しくないと願っているのだというべきか。

 

 果たして、それ程までに、この世界は善く回っている事を期待して良いのだろうか。

 

 それは今の僕には何とも言えず――少し待てば、自ずと結果が出る事でも有った。

 

「……それで。御機嫌なのは良いとして、僕としては君が優先順位を付けた上で取捨選択すべきでは無いかと思っているが。要するに、何をやらないかという事だ」

「どういう事?」

「君がどう見ても暇では無いという意味だ。新しい事を抱える余裕など無いだろう」

「それは……」

 

 ハーマイオニー・グレンジャーの側の机――本の山に埋もれ、辛うじて彼女の姿が見える程度になっている惨状を見ながら彼女を見れば、バツの悪そうに俯いた。

 

 本日、僕が彼女と共に座れたのは、間違いなくそれが原因に他ならなかった。本の虫通り越して本そのものだ。近寄りたくないのも頷ける。

 三年から選択授業が増えたとは言え、今日は特に酷い。まあ、最低二科目、彼女ならば限界まで取っていた所で何ら驚くに値しないが、さりとてそれと失敗を恐れる完璧主義と組み合わさった場合、それが齎す悲劇は容易に想像が付いた。

 

「大丈夫よ。何とか――」

 

 言い掛けた彼女の眼前に軽く掌を掲げ、その言葉を止めた。

 月並みな表現ではあるが、大丈夫だと主張する人間は大抵大丈夫では無いものであり、何とかするという発言は殆どの場合、今は適切な解決手段を有していませんという事を意味する。

 

「君が授業を本能的に蔑ろに出来ないのも解っている。また、ヒッポグリフが断頭台の露に消える事も好まないだろう」

 

 それが出来るのであれば、僕が好意を抱いたハーマイオニー・グレンジャーなどでは有り得なかった。

 

「そして両者を比較した場合、後者の方は時間を費やしただけ成果が出るものでは無い。要するに、利用出来る判例や法解釈も限られる。つまり、前者が第一、後者が第二だ。そして、その余は切り捨てるべき些事だ」

「で、でも、貴方はハグリッドの授業に不満なんでしょう? 私はそれが嫌だわ」

「我慢出来ない程では無い。真剣にどうかと思ってはいるが、煩わされないだけロックハートよりマシだ。……とは言え、君はそれで納得出来ないんだな」

 

 僕の言葉に、彼女は口を噤んだまま、しかし強い意思を籠めた視線と共に頷く。

 ルビウス・ハグリッドが教授として悪く思われる事に何故そこまで拒否反応を示すのか理解しかねるが、それもまた彼女にとって絶対に譲れない事らしい。

 

 となれば、僕が取るべき行動など一つしか無かった。

 まあ、最初から決まりきっていた事だと言われれば、そこまでだが。

 

「……解った。それならば僕が手伝おう」

「え?」

「授業の方も、ヒッポグリフの裁判の方もだ。君がやる気であるならば仕方がない」

 

 驚いた表情の彼女に畳み掛けるように、僕は言葉を続ける。

 

「但し、前者は君がルビウス・ハグリッドを言い包めてくれ。授業を改善する必要が有る事についても、手助けする用意が有る事も。彼がスリザリンの世話になって良い気になる筈も無いからな。聴き取りについても全て任せる」

「え、えっと。別にそれは構わないけど……ハグリッドならきちんと説明したら貴方の事も解ってくれると思うわよ」

「なら、僕が彼の小屋に赴く理由も口実も一つも存在しないとでも言っておこうか。兎も角、僕の関与を彼に伝える利点など何も無い。何より、彼が〝良いスリザリン〟に対して授業中に冷たく対応する演技が出来ると思うか?」

 

 そう言えば、彼女は痛い所を突かれたというように黙り込んだ。

 

 それ以前に、彼女はルビウス・ハグリッドの善性を信じているようだが、僕としては受け容れるか受け容れないかは五分五分のように思えた。

 

 秘密の部屋の冤罪を着せて彼をアズカバンに叩き込んだのは他ならぬ偉大なスリザリンの先輩であり、それ以外への半巨人への差別的取り扱いや死喰い人との敵対等々、正当な恨みを抱く理由が多過ぎる。ドラコ・マルフォイとの繋がりを下手に疑われて、彼とハーマイオニー・グレンジャーとの関係が上手く行かなくなってしまえば、授業改善も裁判への関与も完全に破綻すると言えた。

 

 別に僕は彼に恩を着せたいが為にやろうとしている訳では無いのだから、そのような余計なリスクは背負えない。

 

「理解してくれたなら後者に移るが、裁判の対処については人海戦術が必要だ。どの道、君の友人二人もヒッポグリフの危機については遠からず知るだろう。彼等が授業改善計画に興味を持つとは思わないが、そちらの方には協力が期待出来る」

 

 非魔法界程に手軽に本を捜索出来る訳では無いし、非魔法界とてどの道最後には内容を見なければどうにもならない。そしてそう言った事についてはやはり頭数が物を言う。

 

「そうね……。ハリーやロンは、レタスを切り刻む作業が毎時間続いても、それを変えようと思うよりは面倒が無くて良いと思うでしょうし。解ったわ。そちらについても、ハリー達に上手い事伝えておくわ」

 

 そう言って、しかし彼女は微妙に不満そうな表情を見せた。

 

「この事についても、貴方の協力はハリー達に伝えない方が良いと思う訳?」

「先と同じだ。余計な火種は増やさないに越した事は無いだろう。協力や手分けの方法も含めて、上手く言っていてくれれば僕としては文句が無い」

「……確かにロンには絶対に伝えない方が良いんでしょうけど。でも、貴方はハリーとは仲が悪い訳では無いんでしょう? 少なくとも、私はそう理解しているけど」

「それは彼が勝手にそう思っているだけだ。僕の方は彼が余り好きじゃない」

 

 どちらかと言えば、ロナルド・ウィーズリーに対しての方が余程好意的だと言える。全く関わらない以上、中立(ニュートラル)であるのだから。

 

 ただ、ハリー・ポッターにそのような感情を抱くのは多少八つ当たりの面が有るのもまた自覚している。一昨年は間違いなく巻き込んだ側だが、去年は少なくともハリー・ポッター自身に大きな責任は無かった。

 しかしそれでも、ハリー・ポッターは自分が闇の社会における超一級の賞金首であるという事実をもっと直視すべきだと思ってしまう事は避けられなかった。己を危機に晒す事につき余りに無頓着というのだろうか。言い換えれば、それは彼が危険を自覚しないで済む程に手厚く護られているという事でも有るのだろうが。

 

 何にせよ、僕がハリー・ポッターに抱いているのは、好意とは程遠い物である事は確かな筈だった。

 

「……まあ、貴方とハリーとの関係は、今は置いておくわ。当人が居ないにも関わらず、貴方と議論しても仕方ないでしょうし」

 

 そんな僕の言葉をどう受け取ったのか。

 何処か呆れたような表情を隠さないながらも、それでも本と羊皮紙の山を彼女は片付け始めた。本を返却する前に崩れやしないかと不安に思う量だが、僕の方をチラリと見た彼女は、それを見透かしたように愉しげに笑った。

 

「大丈夫よ。私も何回か往復するつもりだから。……それで、私は今からハグリッドの所に行ってくるわ。外出時間もそうだけど、日数的に一番急ぎなのはそれでしょうし。本格的に授業について考えるのは、今日じゃなくて明日で良いかしら?」

「……そうだな。そもそも僕達がどうこうする以前に、ルビウス・ハグリッドが何事も無く授業を改善出来るのならば、それが最も問題無いとも言える。彼の魔法生物についての能力はやはり確かなのだろう?」

 

 第一、授業に干渉すると言っても、出来る事は限られている。

 彼は操り人形でも何でも無いし、全ての台本を渡すのは馬鹿にし過ぎているだろう。言ってみれば、多少の常識的な方向性を示す程度しか出来はしない。何より、それで十分だろう。ハーマイオニー・グレンジャーが友情を示す程度なのだから、スリザリンよりも遥かに他人に対して親身になれるのだろうし、教育としての体裁を整える事も出来る筈だ。

 

「それは保証するわ。知識も、躾ける能力も。そして、その強みを生かせば当然良い授業になる筈よ。……危ない生き物が好きっていう点さえどうにかすれば問題無いわ。というか、私が軌道修正しなきゃいけないのはそこよね」

 

 軽く溜息を吐き、けれどもその後、彼女は心からの微笑みを僕に浮かべてみせた。

 

「私はまだちょっと納得出来ないけど、貴方は他の人に伝えたくないみたいだから。御礼を言えない三人分、私が感謝を伝えておくわ。本当に有難う」

「別に構わない。……そもそも何も労力が実った訳では無いのに気が早いだろうに」

「そうね。でも貴方が面倒を引き受けてくれようとしてるのは確かでしょう? ならば、やっぱり有難うという言葉が相応しい筈だわ」

 

 もう一度、彼女は感謝の言葉を述べ、僕は小さく頷くに留めた。

 彼女は面倒だと言う。確かに簡単な事だと断言出来るものでは無いし、今学年それ相応の時間を割く必要が出来たのは確かだが、さりとてやはり面倒だとまでは思わない。

 

 三年前、君が僕に与えてくれた物の大きさを思えば、この程度の事は何でも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 シリウス・ブラックが、ホグワーツに侵入した。

 言うまでもなく学校の責任では有るが、しかしそれを誰も大っぴらに責める事はしなかった。ドラコ・マルフォイを始めとする、スリザリンですらそうだ。

 

 つまるところ、状況が去年とは違う。シリウス・ブラックの逃亡が、魔法省という純血一派の牙城の失態である面もあっただろう。だが、一度として逃亡を赦した事が無い監獄から逃げ出したという実績こそが──裏を返せば、ホグワーツに忍び込んでも何ら可笑しくないという事が──多くの者の口を塞いだ一番の理由だった。

 

 だからこそ、今年ホグワーツを半アズカバンにした事について、今まで保護者から露骨な文句は出て来なかったのだし、大規模な帰還事業の予定は現在の所立てられては居ない。

 もっとも、それも何時まで持つかは怪しいのだが。この厳戒態勢が続けば、去年の事も有って、ホグワーツの安全性という点について疑問を抱く親が出て来ても可笑しくはなかった。

 

 とはいえ、現状はそのような動きは殆ど見られなかったし。

 それ故、僕がスリザリンの奇妙な雰囲気に気付くのは必然とも言えた。

 

 まさしく、去年とは違う筈だった。

 

 去年の騒ぎは、建前上非純血が狙われるというものだった。そしてスリザリンにも〝マグル生まれ〟を初めとする非純血は存在していたからこそ、確かに寮内で恐怖は蔓延した。しかし一方で、自分達が絶対に襲撃される事は無いだろうと確信していた純血達は、去年の中でもある程度の余裕を持っていたのだ。

 

 まあ、余計な事を言えば、それもジネブラ・ウィーズリーが拉致されるまでの話では有ったのだが。

 

 幾ら彼等が血を裏切る者だとて、血が絶対の免罪符にならないという事実は、多少の疑念を呼び起こすには十分だったらしかった。

 去年の理事達の裏切り、すなわちルシウス・マルフォイ氏の劇的な解任も一番の原因はそれだ。その一点において、闇の帝王は失敗したと言って良いのかもしれない。如何に操り人形をそのまま人質とする事が効率的で有っても、彼等に純血主義の価値を疑わせてはならなかった。

 ただ闇の帝王には恐らく当時それ程自由が無く、またハリー・ポッターを殺せさえすれば後はどうにでもなる事を考えれば、明確な失態とも言えないだろうが。

 

 それはさておき、対して今年だ。

 

 シリウス・ブラックが誰の命を狙っているか。

 新聞が報道せずとも男の前科からすれば万人にとって明白な筈でありながら、しかしスリザリンは真正直にそれを受け止めていないように思えた。

 否、スリザリンではなく〝元〟死喰い人の子供達と言うべきか。

 

 別に恐怖している訳では無いだろうが、その雰囲気が異様だった。寧ろ、〝非純血派〟――つまり、半純血やマグル生まれの人間の方が、余程楽観的だった。去年の秘密の部屋騒動とは真逆と言える構図こそが、その奇妙さに拍車を掛けていると言えるのかも知れない。

 後者はシリウス・ブラックがハリー・ポッターを殺しに来た事を殆ど信じており、けれども前者はそれについて何処か懐疑的ですらあるようだった。

 

 それに、スネイプ寮監の〝捜索〟が、何処か鬼気迫っているのも気になった。

 授業を放棄する程では無いが、しかし、それ以外の時間は可能な限り全てそれに費やしているのでは無いか。そう思える程度には、狂気的な色を感じる物で有った。そしてそれは、ハリー・ポッターに対して示すものと同種の強い感情だった。

 

「──マルフォイ」

 

 となれば、頼りに出来る人間は一人しか居なかった。

 まあ、スリザリンで彼以外に僕がそう出来る人間は、他に居ないのであるが。

 

 談話室内で何時もの三人組に声を掛ければ、残りの二人は気分を害したような表情をした後、離れた場所へと移動した。一方で、ドラコ・マルフォイは空いていた僕の前に座った。

 

 寮内に二年強も居れば、指定席めいた物は出来る。

 そして、何か有ればこの場所で話すのは、何時も通りの事だった。また、本題に余計な装飾を必要としない程度には、御互い性格を理解していた。

 

「シリウス・ブラックとは、どういう男なんだ」

「……それを直接僕に聞くのか。たまに、君が馬鹿なんじゃないかと思えてくるよ」

 

 マルフォイは侮蔑と共に、何処か呆れたような表情を浮かべる。

 

「別に、詳しい話を聞こうとも思っていない。だが確か、君の母上はブラック家だったと思い出したのだ。こそこそと人の家について調べられても不愉快だろう」

「だからと言って、直接聞くのはやはり愚かだと思うが」

 

 まあ良い、とマルフォイは言った。

 ここはスリザリンの談話室で有り、聞き耳を立てている人間も居るのを理解している。去年の不用意な発言で、ルシウス・マルフォイ氏から絞られたのかも知れない。だがそれでも彼が敢えて口を開くのは――つまるところ、寮内における政治だった。

 

 僕との付き合いで〝純血派〟以外に睨みを聞かせる価値を、彼なりに見出したのだろう。同等とは全くもって考えていないだろうし、真の意味で同輩だと認めはしないだろうが、利益を得るだけの意義は僕の存在と同じように感じて居るに違いなかった。

 

「僕を頼ったのも間違いではないからな。君がシリウス・ブラックについて何を調べるつもりだったか知らない。が、僕の母上に眼を付けたのは間違いない。シリウス・ブラックは、僕の母上の従弟だった」

「……まあ、単に家名が同じ程度では無いだろうとは思って居たが。随分と近しかったものだ」

「いいや、近しいか否かを言えば掛け離れている。つまり、彼は僕の母上とは公式には無関係だ。何せ、彼はブラック家の家系図から抹消されているからな」

「────」

 

 首を軽く振りながら告げられた言葉は、事前に想定するのが無理だと思える程度にはぶっ飛んだ発言だった。

 そんな僕に対して、ドラコ・マルフォイは侮蔑を含んだ呆れの感情を露わにした。

 

「その様子だと、君は知らなかったんだな。ならば、忠告しよう。正しい血筋に無知であるのは、魔法界において当然侮蔑されるべき事だ。ましてスリザリンならば猶更だ」

「……それは、そうだな。忠告感謝するよ、マルフォイ家の次期当主」

 

 僕の言葉に皮肉が含まれていない事は伝わったのだろう、彼は満足気に頷く。

 そしてその反応は、僕に質問を続けて良いという許可でも有った。

 

「だが、抹消された? 随分とまた穏やかでは無いな」

「実際、穏やかどころでは無い」

 

 ドラコ・マルフォイは重々しく頷く。

 

「母上は話してくださらないが、しかし僕も純血の次期当主であるから、それなりの事は耳に入る。ブラック家でありながらグリフィンドール生に行ったという、出来損ないの話はね。そして結論から言えば、それがシリウス・ブラックだ」

「……君はそれを正気で言っているのか」

「正気も正気さ」

 

 素晴らしき純血である筈の家系が、スリザリン以外?

 しかも、よりにもよって犬猿の仲であるグリフィンドール? 

 

「僕はそれがブラック家における唯一の例だと確信している。だからこそ名前が出なくても、その大恥がシリウス・ブラックの事だと特定出来た訳だが」

「……まあ、明らかな家名の恥とは言え、余りに派手過ぎるからな」

 

 口にするには憚られるとは言え、全く口に上らせないのも不可能過ぎる。

 

「となると、シリウス・ブラックはグリフィンドール生でありながら、ハリー・ポッターの父親を裏切り──いや、闇の帝王に忠実な者として当然に謀殺し、純血に相応しい行いとして〝マグル〟を大量虐殺した訳だ」

 

 予想以上にとんでもない男では有った。

 成程、単に十三人吹っ飛ばした事こそが彼の脱獄の事実を公開するのに繋がったのだと思って居たが、その裏には純血絡みで色々と事情が有ったらしい。

 

「……多少哀れに思えるな。彼は一貫して名誉を回復したかったのかも知れんが、それでも闇の帝王を間接的に滅ぼしたのだから」

 

 そう締め括った僕に、けれども、ドラコ・マルフォイは不思議な表情を浮かべた。

 まるで、それが腑に落ちないというような。

 

 もっとも、僕はその表情について問う代わりに礼を告げた。

 本来であれば寮監についても聞きたかったのであるが、この話題に続ける事は適切でないだろうというのは、確信に近い直感だった。

 

「……下らない事を聞いたな、マルフォイ。理由はどうあれ未だ抹消されたままの純血の話を、スリザリンの談話室ですべきでは無かった」

「いや、良い。純血ならば一度は耳にした事が有る類の話だし、調べて解らないような話でも無い。また去年の〝秘密の部屋〟の件も有って、父上は僕が君に借り過ぎているとお考えだ。この程度の事を聞かれる程度であれば何でも無い」

「ならば、ルシウス・マルフォイ氏にも礼を告げておいてくれ。スリザリンで平和な生活を送るに当たって、貴方の息子には大変世話になっていると」

「その程度で父上が考えを翻すとも思えないが、確かに伝えておこう。僕としては都合の良い事に違いないからな」

 

 それだけを言って、マルフォイは離れて行った。

 その背を見送り、大きく息を吐く。

 

 閉心術士というのは恐ろしい存在だ。或いは、開心術士か。

 

 別に僕はドラコ・マルフォイへと術を掛けた訳では無いし、無言呪文を扱える程に熟達している訳では無い。

 けれども、あの老人との訓練は――特に、開心術も閉心術に繋がるのだという理屈を押し通し、僕に使わせるようになった後では――人の心の動きというのに、酷く敏感にさせていた。彼がそれを隠そうとしなかったというのも有るが、それでも去年の僕では、ここまで明確に彼の思考を掬い取る事など出来なかっただろう。

 

 成程、寮内が不自然な雰囲気にもなる筈だ。

 ドラコ・マルフォイを始め、死喰い人関係者の子供は、今回の事件で親に対して当然にシリウス・ブラックについて言及した筈だ。

 

 別にその内容は何でも良い。シリウス・ブラックの詳細を知りたがるか、その行いを讃えるか、何だって。ただ、彼等の親から返ってきた反応は、彼等にとって恐らく予想外のものであるに違いなかった。

 無論、子供に全てを語った親が居るとは思えない。けれども、語らないからこそ雄弁であるという事は多々有るのだ。元死喰い人の子供だからこそ、自身の親の無防備で素直な反応を見る事が出来る立場にあるからこそ、当然に気付いた筈なのだ。

 

 死喰い人は――少なくとも、アズカバンの外に居るような人間は――シリウス・ブラックが闇の帝王に通じている事を知らなかった。

 そして、たとえ意図しなかったとしても、彼が闇の帝王の失墜をもたらした以上、彼を自分達の仲間であると信じては居ない。

 

 だからこそ、死喰い人の関係者達は、彼の脱獄を無邪気に喜んでなどいないし、彼が本当にハリー・ポッターを害してくれるか疑っている。

 

 まあ、彼がグリフィンドールで有るのに加え、明確にブラック家から抹消されているという事実も大きくは有るのだろう。

 そのような立場であればまずスパイとして疑われないだろう事は否定しがたいが、さりとてスパイになる為だけに家名から抹消されろと言われて、はい解りましたと頷く純血もまた居るまい。たとえ一時で有っても同じ事だ。余りに不名誉が過ぎる。

 

 要するに、シリウス・ブラックが、除名に相応しいだけの純血らしくない行いを少なくとも一度はしたというのは、純血にとって何ら疑いを抱く事が無いものである。

 

 無論、シリウス・ブラックが正しく名誉回復した事を闇の帝王直々に伝えられれば別だろうが、しかしその前に闇の帝王は消え失せた。それがこの状況という事らしい。

 

 否、アルバス・ダンブルドアの推量が正しければ、全ての前提は覆るのだが。

 

「……談話室の守り人を切り裂くのは正気の沙汰では無いが」

 

 シリウス・ブラックがグリフィンドールで有った以上、自寮への入り方に一定のルールが存在する事くらい理解していた筈だろう。それにも関わらず、無理矢理入ろうと押し入り、入れて貰えない結果として彼女を切り裂くのは正気の沙汰では無い。

 もっと言ってしまえば、どう考えたって無罪の人間の所業では無いと言える。

 

 しかし、色々と中途半端であるという事もまた否定出来なかった。

 

 アズカバンに十二、三年閉じ込められたから狂っているという話では無い。

 狂っているならば――すなわち、アルバス・ダンブルドアが主張するように、彼の善性故に心が粉々に破壊されているというならば、脱獄した後も殆ど誰からも見られないままに魔法省の追跡を躱し続け、尚且つ普段の手厚い防備に加えて吸魂鬼付きのホグワーツ内に入り込むような理性的行いなど出来ない筈だった。

 

 そして、多少なりとも理性が残っているならば、談話室に押し入ろうとする事は奇妙である。

 ハリー・ポッターを狙うだけならば、その必要は無い。彼はホグワーツの生徒であり、必然的に談話室外に出るのだ。去年バジリスクが生徒に対してそうしたように、単に襲うだけならば寧ろ談話室以外の方が好都合であると言える。

 

 けれども、どういう訳かシリウス・ブラックはそうしなかった。

 アズカバンを脱獄し、尚且つホグワーツにも侵入するという不可能を実現していながら、彼はグリフィンドール談話室には侵入出来ず、しかしそれを成し遂げる事にこそ拘った。その瞬間までシリウス・ブラックの侵入は察知されていなかったのだから、誰にも知られずに事を起こす機会を放棄して尚、彼にとってはそうする意味と価値が有ったとも取れる。

 

 あの老人が何とか魔法省よりも先にシリウス・ブラックを確保しようとしているのは、最早確定事項であると言えた。

 

 あの時、僕に彼の事について聞いた時点で、その意図は有ったのだろう。

 老人が内輪からの手引きを考えていないのはスネイプ寮監の苛立ち具合からも明らか――やはり誰を疑っているのか余りに解りやすかった――であり、万一シリウス・ブラックがスリザリンに接触するような事になれば、僕を通じて干渉しようとしたのだろう。今回、寮監が老人の悪巧みにつき頼りにならないのは、誰が見ても認めざるを得ないからだ。

 

 とはいえ、その目論見が外れたようであるのもまた言うまでも無い。

 シリウス・ブラックは、確固たる目的意識を持って動いている。そして、それはグリフィンドールの談話室の内に在る。もっとも、それが何なのかは解らないが。

 

 あの老人も当然同じ事を考えている筈である。

 シリウス・ブラックの襲撃の後、彼がグリフィンドール談話室に入れなかった事が半ば明らかであるにも関わらず、校長閣下は全寮の生徒を談話室や寮塔から叩き出して大広間に集めるような真似をした。それは、他の寮の人間がかくまっていないかを含めて城全体を調べるのもそうだが、一番の理由は、グリフィンドールの談話室にシリウス・ブラックが狙うような何かを不自然さを見せないままに捜索し尽くす為で有っただろう。

 その目的を発見出来たかどうかは不明だが、アルバス・ダンブルドアが御嫌いな吸魂鬼を未だ学校に張り付けて置いている点から見るに、まだ見つかっていないように思える。

 

 ただ――いずれにせよ、一昨年、去年と違うというのは何も変わりはしないに違いない。

 

 シリウス・ブラックがグリフィンドール談話室を目的とした以上、他ならぬハーマイオニー・グレンジャーも一応危険が有る事は認めざるを得ない。しかしまあ、彼の属性から見て、その談話室に存在する()()もハリー・ポッター絡みで有る事は想像が付くし、そこに彼女が関わる余地が殆ど無いというのは、動かしようもない事実であった。

 

 彼女が危険に突っ込む事も、巻き込まれる事も無い。

 無意味で無価値な心配に気を已む事も、自分の無力を痛感する事も無い。

 

 強いて言えばヒッポグリフの裁判こそが一番の問題だが、最善を尽くすつもりだというのは変わりないし、最悪の場合に陥ったとしても、彼女の親友達の存在さえあれば、いずれ立ち直りは出来るだろう。少なくとも、闇の帝王やバジリスクの襲撃に怯えるよりは余程健全な悩みだった。

 

 今年は気楽であり、彼女は安全だ。

 そして、それは間違いなく良い事だった。




・ルシウス・マルフォイによる裁判干渉
 危険物処理委員会をルシウスが脅したという点について、ハグリッドやハーマイオニーらの一方的見方以外の根拠を示すものは作中に無いように思える。
 しかし、マクネアとルシウスが知人である(両者ともに死喰い人)事に疑いは無く、控訴前に斧を持参しており、ファッジも判決が未確定の控訴前に「狂暴なヒッポグリフの処刑」に立ち会う事につき承諾(三巻・第十六章)しているなど、その裁判が不当に運用された事自体は疑いようがない。

・動物の危険
 動物園等からの逃亡を未然に予防するという名目で殺処分がなされた戦時猛獣処分が有名。
 他に国内の話としては、二名の死亡をもたらしてしまった象のはな子も著名である。もっとも、こちらは殺処分された訳ではなく、69年の生涯を全うしている。

・動物裁判
 その行いがキリスト教的価値観に根付いているという考えは兎も角として、実際に中世の間においてしばしば見られたのは歴史的事実である。
 かなり最近の事例では、2008年のマケドニアにおいて、蜂蜜を盗んだ熊が被告人不在のまま有罪宣告されたという事で話題になった。その件においては,所有者が存在しない上に保護種であったため、国家が損害賠償するよう命じられた(これらが確定したかどうかは不明)。


・星室庁裁判所
 主に薔薇戦争後(大貴族の大半が大打撃を被る)に即位したヘンリー七世以降に、king’s councilから独立した司法機関として活用されるようになった。
 国王としての特権(絶対王政以前は、王というのは大貴族以上の存在でない場合も少なくないが)の下、コモンローでは解決出来ないような問題を処理したり、他の裁判所では躊躇うような権力者に対しても判決を下す事が出来たという意味で人気を博した。
 しかし、その成り立ち故に王による恣意的な裁判からは逃れられず、チャールズ一世時代においてその腐敗が限界に達し、清教徒革命中(1641年)に廃止される。
 現在では、Star Chamberという用語が良い意味を表す事はまずない。

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