1999年春、福留孝介21歳は苦しんでいた
2021年2月20日
早いもので春季キャンプも終盤戦。根尾昂、石川昂弥などプロスペクトの成長っぷり、平然と150キロ台を投げ込む高橋宏斗の凄み、立浪和義臨時コーチの熱血指導……。コロナ禍でどうなることかと心配されたが、話題にも事欠かず無事完走できそうで、まずは一安心だ。その中でもひときわ目を引くのが背番号「9」、圧倒的なオーラを放つ後ろ姿といえば……もちろん福留孝介である。
フリー打撃では軽く振っただけでスタンドに放り込むさすがの技術を披露。また大島洋平にバントの構え方をアドバイスしたり、フリー打撃で打球がほとんど前に飛ばなかったルーキー土田龍空に対して即席でバッティング指導をおこなうなど、プロ23年間の経験を惜しむことなく後輩達に伝承する姿はまさに大ベテランの鑑(かがみ)。もちろんシーズンが始まれば、その打棒を大いに振るってくれることだろう。
そんな超大物の風格すら漂う福留にも、右も左も分からない新人時代はあった。まるで入団当初からスーパースターであったかのように語られがちだが、その出だしは決して順調とは言い難いものだった。今から22年前、1999年春に時間を巻き戻そう。
キャンプでは“金属打ち”矯正に苦悩
「よし、あがろう」。水谷実雄打撃コーチが練習の終わりを告げたのは午後4時40分。とうに他の選手は引き上げている中、建造されたばかりの屋内練習場で福留はマシン相手に300球の打ち込みを命じられた。初日から屋外での打撃練習は一切おこなわず、ひたすら水谷コーチとマンツーマンで屋内でのマシン打撃を続けている。
水谷コーチは真意をこう説明する。「バットのトップの位置が決まらない。それにスイングしたときに軸足がぶれるのでバットの軌道が一定でない。これでは強い打球は望めない」。屋外ではフォームを崩しながらでも柵越えを狙ってしまうのが打者の本能。それを阻止すべく、まずは欲を捨ててフォーム固めに専念させようというわけだ。
ノンプロ時代の金属バットなら多少は芯を外しても快音を発したが、木製バットはそうはいかない。あの福留でさえも入団して真っ先にやらされたのが“金属打ち”の矯正だったとは驚きだ。「ここまでフォームを直されたのは始めて」との嘆きと共に、天才・福留の苦悩の日々が始まった。
星野豪語! 「開幕から福留でいく」
「うちは福留をシドニー五輪に出してもいい」。星野監督一流のリップサービスも飛び出すなど、真新しい背番号「1」に連日注目が集まる中、13日には実戦形式のシート打撃に「5番・遊撃手」で出場。第1打席に鶴田泰の初球を叩くと、あわやスタンドインという特大二塁打で堂々のデビューを果たした。その後の2打席はいずれも凡ゴロに倒れたが、3打席すべて初球打ちと持ち前の積極スイングを如何なく発揮した。
だが、同時に課題といわれる守備の危うさも露呈した。外野から送られた中継のボールを落球し、二塁打の音重鎮を三塁に進めるチョンボをやらかしたのだ。元々、あまり評判の良くなかった守備でのミス。前年、チーム最多の72試合に遊撃手として出場した名手・久慈照嘉と並べばその差は歴然だった。
さっそく高代延博コーチとマンツーマンの特守で鍛えられたが、効果はそう簡単には表れるはずもなく。17日からの紅白戦では2試合連続で失策を記録。そうなると打撃にも迷いが生じるのか、3試合7打数1安打と結果を出さないままオープン戦の初戦を迎えた。
兼ねてから「レギュラーは与えるものではない。奪い取るものだ」と豪語していた星野監督。しかし21日に出演したスポーツ番組で「開幕から福留でいく。たとえ30試合、50試合結果が出なくても使い続ける」と断言するなど、一転して“使いながら育てる”方針を打ち出した。こうなると久慈の心境が少し気になるところではあるが……。
開幕目前に打法改造
27日のオープン戦初戦、横浜戦に「3番・遊撃手」でスタメン出場した福留は、またしても非凡なセンスを見せつけた。3回1死満塁で回ってきた第2打席。左腕・関口伊織の内角寄りストレートを「詰まった」と言いながら中前に落として2者が生還。さらに5回には福盛和男のフォークを中前へ弾き返して2安打目。課題の守備も無難にこなし、滅多に選手を褒めない星野監督も「雰囲気を持っている」とニッコリの満点デビューを飾ったのだ。
3月6日の西武戦では黄金ルーキー松坂大輔との“ドリーム対決”(中日スポーツ曰く『日本中が注目』)が実現するもわずか1打席、2球目のチェンジアップを引っかけて投ゴロとやや物足りない内容に終わったが、試合後には「(チェンジアップが)あまり落ちなかったぞ、と言っておいてください」とふてぶてしくジョークをかます大物ぶりを披露した。
ところが、ここから福留は長いトンネルをさまよう事になる。6日西武戦の第1打席で安打を記録して以降、4試合15打席ノーヒット。さらに13日オリックス戦の第4打席でようやく一本出て以降は、7試合27打席ノーヒットと開幕に向けて調子を上げるどころか、完全なスランプに陥ってしまったのである。
並の選手なら精神的にも参ってしまうような惨状だが、そこは福留だ。
「結果が出ていないことに関して、全然気にしてません」とあっけらかんとした様子で答えると、「他のバッターを見ていると、真ん中の甘いところに来ている。僕の時だけはいいところに決まるんです。投手も僕にだけは打たせないように、と思って投げているでしょうからね」と“スターはつらいよ”とばかりに分析する余裕っぷり。もちろんこれは「真ん中の甘いところに来ている」にもかかわらず打率1割台と不振を極める立浪、山﨑両先輩への当てつけというわけではない。たぶん。
だがいくら本人が平気でも、周りは勝手に慌てるものだ。なんと水谷コーチは開幕を10日後に控えたこの段階になって「これだけ打てんのだからしょうがないだろ」と打法改造を決意。キャンプで習得したはずの右足を振り子のように揺らすイチロー打法を封印し、オーソドックスな打法に戻す方針を示した。この判断が果たして吉と出るか凶と出るか。開幕に向け、大物ルーキーの最後の挑戦が始まった。
苦しんだ春を経て、迎えたシーズン開幕
期待どおりの結果が出なくても星野監督の腹は決まっていた。3月26日。開幕戦の始球式を女優の須藤理彩が務めることが発表されたこの日、星野監督は「2番・遊撃手」で開幕スタメンに福留を起用する考えを明らかにした。
一方、再度の打法改造に励む福留にも当たりが出始めていた。構えを元に戻した24日の日ハム戦で28打席ぶりの安打を放つと、「これで気分も楽になった」と4試合連続安打を記録。オープン戦最終戦をマルチ安打で締め、満を持して開幕を迎えたのであった。
新人開幕スタメンは、チームでは1989年の大豊泰昭以来となる快挙。普通なら震えが止まらなくなりそうなものだが、福留は「緊張感は全然なし。のほほんとしています」と平然。おまけに「初球はカーブを投げます」と必殺の大爆笑ギャグで報道陣をけむに巻く余裕も見せつけた。
その後の活躍は言うまでもない。目標の新人王こそ巨人・上原浩治に掻っ攫われたものの、試合132、打率.284、本塁打16はルーキーとしては立派すぎる数字だ。一年目からレギュラーとしてチームの優勝を経験した強運もさすがの一言。
今ではこうした功績ばかりがクローズアップされがちだが、あの福留でさえも一年目の春先は苦しみに苦しんだという事実は忘れてはならない。後に水谷コーチは「(27タコのときに)二軍を考えていたことも実はあった」と打ち明けている。それでも絶不調のルーキーにチームの命運を託してしまう星野監督の思い切りのよさと来たら。やはりプロスペクトは多少の痛みを我慢しながらでも一軍で起用する覚悟が必要なのかもしれない。
あれから22年。二度目のドラゴンズ入団を果たした福留が、今度はどんな夢を見せてくれるのか。早くもシーズン開幕が楽しみでならない。何歳になっても、やっぱりコースケが大好きだ!