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2022.06.10「アッラ・フォンターナ」のセットができるまで

#ちむどんインタビュー

沖縄・やんばる地域で生まれ育った四兄妹きょうだいの、1972年の本土復帰からの歩みを描く、笑って泣ける家族の物語「ちむどんどん」。
本コラムでは、こだわりが詰まった美術セットの制作ストーリーを3回にわたってお届け。第2回の今回は、ヒロイン・暢子(黒島結菜)が東京で勤めることになった銀座の西洋料理店「アッラ・フォンターナ」のセットについて、美術デザイン担当にインタビュー。セットに込められた、物語や登場人物たちへの思いとは?

――作中では描かれていない「アッラ・フォンターナ」の成り立ち

美術デザイナー:「アッラ・フォンターナ」のコンセプトは「ドアをくぐると広がる"ちむどんどん"する世界」。東京に出てきた暢子が新しい世界に"ちむどんどん"する気持ちを表現したいと思い、このテーマに決まりました。建物自体は、築20年以上経っている設定。華やかなしつらえの店内に対して、外観を古びた雰囲気にすることで、ドアを開けたときの気持ちの高まりを強調しています。そのため、入り口に華やかな装飾をしたり植木やメニュー看板を置くこともしていません。

美術デザイナー一見無愛想な建物に見えるよう、窓を極力減らして中が見えない店構えにしているんですよ。そのぶん外壁が占める割合が大きくなるので、いかに古めかしい質感をリアルに出せるかが勝負でした。このエイジング加工は、第1回で紹介した「比嘉家」のセット(インタビュー記事はこちら)でも活躍している塗装のプロ・造画班の職人技。薄い発泡スチロールを重ねた上から丁寧に塗装する技法を使い、歴史を感じる質感を表現してくれました。

美術デザイナー:建物の設計については、イタリアや東京にあるイタリアレストランの建物をリサーチし、それに基づいて考えました。イタリアの建築について調べたところ、現地では石の上から漆喰しっくいを塗る手法が多かったので「アッラ・フォンターナ」も同じような造りをイメージしています。

美術デザイナー:「アッラ・フォンターナ」の近所にどんな店舗を作るかというのも、セット全体の空気作りにおいて重要なポイントでした。「アッラ・フォンターナ」があるのは、銀座の路地裏。そこで、なぜオーナーの房子さん(原田美枝子)は大通りから一歩入った所にレストランをオープンしたのか? というバックグラウンドから考えていきました。

美術デザイナー:その結果「アッラ・フォンターナ」のそばには、もともと房子さんが行きつけだったという設定の古書店とアンティークショップを建てることに決定しました。物語では描かれていませんが、房子さんはこの裏路地で料理本や洋書、アンティークの食器などを見るのが好きで、たまたまその一角に空き物件があったため、ここでレストランを始めたという美術独自のストーリーを考えました。

美術デザイナー:そして「アッラ・フォンターナ」には、暢子をはじめとするスタッフも含めて"訪れた人が気持ち新たに生まれ変われる場所"というもう一つのコンセプトがあります。セット全体でそのテーマを表現するため、ご近所の店舗には「使い古したものに新たな命を与えるお店」という共通項を持たせました。ちなみにそれぞれの外壁には、ちょっとした遊び心も。古本屋はグリーン、アンティークショップはレッドと、"イタリアカラー"を取り入れているんですよ。

――イタリアのレストランを思わせる、華やかな内装

美術デザイナー:内装のデザインは、イタリアを感じさせる雰囲気に。イタリアでもよく見られる壁画やアーチを配した造りになっています。

美術デザイナー:細かい部分ですが、客席にも房子さんらしい美意識が見られるように工夫しました。背もたれがない背板のみのイスを採用することで「着物を着ているお客さまが座ったときも、後ろ姿が美しく見えるように」という房子さんの気遣いを表しています。

美術デザイナー:店内のアーチを彩る壁画は、スタッフの手書き。ヨーロッパに古くから伝わるアカンサス文様と、トマトやぶどうなどイタリアの特産物が描かれています。

――さまざまな人間ドラマが描かれる、プロ監修のキッチン

美術デザイナー暢子が奮闘するキッチンのセットも、「アッラ・フォンターナ」の中に作られているんですよ。こちらはいろいろなタイプの厨房ちゅうぼうを研究し、最終的に料理指導の先生にもチェックしていただきました。動線などのフロア構造も、本物の厨房さながらの造りになっていると思います。

――ロゴに込められた店名の由来

美術デザイナー:そして店舗のロゴも、もちろんオリジナルです。店名の「アッラ・フォンターナ」は、イタリア語で泉・噴水という意味。それにちなんで、ロゴも噴水から湧き出る水しぶきをモチーフに、高級感のあるデザインに仕上げました。

美術デザイナー:ロゴは食器やウエルカムカードなど、随所にあしらわれています。ちなみに食器類は、料理が引き立つようすべて白色で統一しているんですよ。

美術デザイナー:そもそも「アッラ・フォンターナ」という店名は、あとあと放送でも語られる予定なのでお楽しみにしていただきたいですが、房子さんの愛読書である哲学者・ニーチェの格言に由来しています。

美術デザイナー:セットやロゴデザインにあたって組み立てたその背景をもとに、房子さんの本棚にはニーチェの本を置きました。また部屋全体をよく見ていただくと、ステンドグラスにも「アッラ・フォンターナ」のロゴが描かれているなど、小道具担当の細かいこだわりをかいま見ることができます。

美術デザイナー:房子さんは無愛想に見えながら、実はとても愛情深いキャラクターですよね。「アッラ・フォンターナ」は、そんな彼女の人柄を象徴しているセットなんです。ちょっと構えてしまいそうな古めかしい外観と、柔らかな曲線を多くあしらった店内との対比は、まさに房子さん。内装に曲線を積極的に取り入れたのは、彼女が持つしなやかさを表すという意味もありました。

美術デザイナー:建物の設計から小道具に至るまで、すべてのデザインには物語や登場人物とリンクする背景や納得できる理由がないといけません。なので脚本の行間を読みながら、作品の世界観やキャラクターの気持ちに思いを巡らせて、僕らなりのストーリーを組み立てるところからセットは生まれています。視聴者のみなさんにも、そうした部分を"裏設定"として楽しんでいただけたらと思います。