インフィニット・ソード
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SCENE6「慈」
前書き
ソードの活躍はありません。
セシリアの一件からしばらく経った後、ネオファリアの面々……といっても、主任と二人のパイロットとが歓迎会が開かれた。その他の整備班のパイロットは定時になったらすぐに帰宅してしまったり拒否したため、しかたなく主な三人が呼ばれたのだ。
「きょうは、ネオファリアさんたちの歓迎会なんですから! 思う存分楽しんでくださいね?」
「あ、ああ――」
キースはあまり乗り気じゃなかった。夕飯や菓子を食いながらキャッキャッするのはまるで女子会同様、ネイナは同姓ゆえに皆に合わせて楽しんでいる。しかし、一方の彩夏と隣に座る一夏ははじめてなのか少し緊張気味であった。
「そういや、セシリアの奴どうしたんだ?」
一夏は今日からいなくなった彼女の姿をこの中から目で追っていた。
「セシリアなら国へ帰ったそうだ」
と、キースの発言に一夏は驚いた。
「え!? どうして――」
「いろいろとな? まぁ、いづれはこっちに帰ってくるだろうけど」
そんな二人の前から一瞬の眩いフラッシュがたかれる。
「どうも、新聞部の黛薫子です! インタビューとかよろしいですか?」
「ああ、どうぞ――って、新聞部?」
隣の一夏は首を傾げた。
「記事のタイトルは、『IS学園にソード飛来!』っていう名前で書かせてもらうんですけど」
「ああ、別に構わないけど――」
彩夏が思うに黛っていう子は中立的な子のようだな。
「ところで、ソードについて聞きたいこととかあるんですけど?」
と、薫子が質問攻めで迫ってくるが、それだけは勘弁してくれと彩夏達は断った。
「すまないな、ソードに関しては公式範囲じゃないと答えられないんだ」
苦笑いしたままキースが言うと、
「一夏!」
不機嫌な足取りで箒が歩み寄ってきた。
「箒、どうした?」
周囲からチヤホヤされているのを見て、焼きもちを焼いたのだろうと近くで見ていたネイナは察した。
「お前の専用機が明日にも来るそうだ。早いところ、それ関連の準備をしておけと」
「そうか! それじゃ――ごめん、俺先に失礼するよ」
そういうと、一夏は箒と一緒に寮へ戻って行った。
「そういえば、織斑君のISって何なんだろう?」
一人の女子がそう言った。彩夏達は、一夏が専用機を与えられるなんて話は聞いたことがない。おそらく、男子専用に調整された機体であろう。
「お、そうだ! 言い忘れていたが――ってか、言おうか言わまいか迷うとこだったんだな彩夏」
と、キースがここらで重要な話を持ち出してきた。
「別に仕事上の話じゃないから安心して聞いてくれ」
「はい、なんでしょう?」
「とりあえず、ここじゃなんだ――ネイナ、あとのことは頼むぜ?」
「ええ……司令のこと?」
「司令――」
その言葉にまた彩夏はうつむいた。
彩夏は、キースに連れられたその場を後にし、ちがうフロントへと移動して二人だけになった頃で、彼が話を始めた。
夕暮れ時の景色が一望できるフロアで、キースは彩夏が最近になって思い悩んでいることに関して話始める。
「――慈司令の件だが、言っての通りだが……わかっているな?」
背景の窓越しを背にキースは問う。
「はい――」
「俺も、言ったらいいのか迷ったが――お前のために言わせてもらう。篠ノ之慈、彼女は俺たちの御上であり、あの篠ノ之束を妹に持つ人でもある」
「やはり、そうなんですね」
しかし、そんな彩夏の顔は少し気が楽になった感じが見て取れた。セシリアとの戦いが切欠になったのだろう。
「司令は、今も悩んでいる。ハッキリ言って……彼女はお前のことが好きなようだ」
「――へ?」
突然の衝撃に、彩夏は唖然となって、その口をポカンと開け続けた。
「何度でも言おう。慈教官は、お前のことが好きなようなのだ。理由付きでな」
「――聞き間違いでは?」
「本人から直接聞きだした」
「そ、そんな――」
まさか、あの指令が自分のことを機になっていたなんて……
「しかし、お前の過去を知った途端に心が少し病んでな。とはいえ、お前を忘れることなんてできやしないとも言いだす。彼女も必死に悩んだ末……」
と、そこでキースは言い掛けた。
「どうしたんですか? 大尉」
しかし、今からいう現実を彼が受け入れてくれるのならいいのだが……
「覚悟はできているか?」
と、彼は確認を求めた
「は、はい!」
どんな結末が待って言おうとも決して恐れないと、彩夏は覚悟を決めた。
「……織部彩夏准尉、この後貴様には慈の自宅へ行ってもらう」
「……?」
その言葉は、さらに彩夏を唖然とさせてしまう。
「それは――どういうことですか?」
「彼女は彼女なりにお前さんと向き合いたいのさ。お前のことが好きだからこそ、一人の部下として、償いをしたいって言っていたんだ」
「そんな、必要なんて――ないのに」
しかし、それを彩夏は否定した。
「確かに最初は心の整理がつくのに大変でした。けど、あの人も自分の身内のせいで数えきれない苦しみを抱えているのかもしれないって気がするんです。
オーラが、あの人からそういった感じを受けてしまいまして。確信っていうか、感といいますか、うまくは言えませんけど……」
そんな、根拠なんてないけどもそう感じてしまう。そんな曖昧であるも半信半疑でいる彩夏の言い分にキースは驚くように彼を見た。
――こいつ、まさか……
キースは驚く視線で彩夏を見た。正直言って彼にはネクストワンとしての要素が強く感じられるとネイナから聞かされたが、同時にニュータイプの素質も一層強く感じられる。
二つの力を持ち合わせているというのか――?
機械と人の両方と心を通わせることできる新種の存在……
キースはそんな彩夏の感知能力を恐る恐るであるが信じるとして、彼に次の話を語りだした。
「――准尉、お前のその感知能力を信じる上で話すがな。確かにお前さんの言ったように慈が学生の頃から多くの苦しみを背負ってきたのは『事実』なんだ。悔しいことだが、その時にはあの場に俺は居てやれることはできなかったよ」
今思い出しても本当に悔やんでしまう事だ。あの時早く送還指示が下されてもなお、断り続けながら長期滞在を継続していれば、彼女と『彼』のことを守れたのかもしれない。
「大尉?」
キース大尉は慈司令と昔からのなじみと聞いたが、それはずいぶん昔からの関係なのだろうか? 彩夏は気になる耳元をキースの話へ傾けた。
「学生の頃からの馴染みでな、日本に越してきたころにジュニアハイスクールで``彼女達``と出会ったが、それからしばらくして白騎士事件が起きた。その後は、俺の家族あてに本国から帰国の指示がきてね、仕方なくも心残りのまま国に帰った。その後から、ISの復旧と共に女尊男卑の風習が流れてきてな。多くの男たちが退職や差別による弾圧、自殺へと追い込まれていった。それによって、憎しみの矛先は篠ノ之束の姉である彼女に対して向けられていった。
酷いいじめを受けたそうだ。女尊男卑によって父親や兄弟を失った多くのクラスメイト達に囲まれて――口では言えないが、性的暴行や殺人まがいの行為などによる蛮行を毎日受け、精神が不安定な状態が続いた。それでも、唯一心の支えであったのが俺との手紙のやり取りと、親戚の少年が心の支えになってな、その子とはいくつか歳が離れていたがそれでも彼女の心を救ってくれる天使だったようだ。それからお互い年の離れた恋が始まって、俺も一旦は日本に戻って会いに行ったさ。親戚の子は棗(っていってな、今生きているならちょうどお前ぐらいの年になっているだろうな。俺にも懐いた良い弟分だった。芯も強くて、コイツなら俺がいなくても慈を守ってくれるかもしれない。そう信じて母国のハイスクールへ帰ったが……そのあと悲劇が起こった」
キースは表情を曇らせては、その続きを話した。
「……慈がISのテロリストに巻き込まれた際、棗は彼女を庇おうとして死んだ」
「ッ!」
そこで彼は思った。自分に対して微笑んでくれる慈の眼差し、それは自分を棗と重ねているのだと。そして、彼女が自身に依存しかけていることを、
「それからISによって大切な人を奪われた彼女は、国連軍へ入隊後司令官までに上り詰めた。棗の分まで強くならなくてならないと、無理にでも自分を強がらせてな」
キースはここまでで慈の顔を語り終えた。
――そうだったのか……
お互い、ISの被害者なんだ。そのとき、複雑な心境を抱えていた自分が何とも情けなく思ってしまう。
「そんな日々が続いていた所で、お前とばったり出会ったんだ。彼女がお前を嘗ての棗と重ねて愛しく思っていることには変わりないだろう。しかし、お前もまた家族をISによって失っている被害者の一人だ。
ゆえに、恨まれる側である自分であれども、好きになった部下を相手にどうすればいいかと悩み抜いた末に、お前と真剣に向き合いたいと踏み込んだ考えをしやがった。しかし、俺から言わせてもらうと、この誘いは乗るも乗らないもお前が決めればいい」
「自分が、ですか?」
「そうだ、お前が彼女のことを許せないっていうなら彼女の家へ行かなくてもいい。部下と上司という立場を割り切って仕事をするだけだ。しかし、それ以外の艦上があるなら好きにしろ。彼女の家へ向かうのもいい。すべては、お前次第だ」
「自分、次第――」
「話はそれだけだ。そら、パーティーに戻るぞ。パーティーが終わったら考えて行動しろ」
「はい――」
そういって、二人はこの場のフロアから女子たちが待っている学食のエリアへと戻った。
しかし、大尉が言っていた理由付とは何だろう?
*
時刻は午後七時を迎えた。篠ノ之慈宅は東京のとある住宅地の一角に佇んでおり、この辺ではごく一般の住宅である。
そんな自宅の居間に置いて、目の前にラップをした夕食が並べられているテーブルに顔を伏せながら誰かを待っているようであるも、それに耐えきれず眠りこくっている慈がいたのだった。
「うぅ――」
唸りながらも、額には大量の汗が浮かび、明らかに悪夢でうなされている光景であった。
夢の中で、ふたたび過去の自分に戻っていた。
当時、遡ること彼女が中学生だったころだ。クラスメイトらに囲まれた慈は、着こなすセーラー服をびりびりに大きく破り捨てられ。面積の狭すぎるセーラーを纏った、裸体に近い姿をクラスの大衆に晒されると、テープでその全身をぐるぐるに縛り上げられ、体を自由を奪われてしまう。そして、そんな無抵抗な彼女を周囲から憎しみにまみれた幾度もの罵声が飛び交ってきた。
『お前のせいで、俺の父さんは会社をクビにされたんだぞ! 父さんがクビにされると、母さんは知らない男と浮気して逃げて、父さんは蒸発しちまった。おかげで俺は一人ぼっちだよ!!』
『――あんたのせいで、私のお父さんは空自をクビにされたのよ! 誇りだった仕事を奪われたお父さんは、家で首をつって自殺したの。私の大好きなお父さんを返してよ!! 人殺し!!!』
『お前達のせいで、みんなの家族が滅茶苦茶にされたんだぞ! 俺の兄貴だって、あんなに一生懸命に大学の受験頑張ってたのに、女子を優先するって言うバカげた理由で兄貴は合格を辞退させられちまったんだ! お袋は俺たちを見捨てて父さんと離婚して、その父さんも仕事を解雇されちまったんだ。兄貴は自殺して、親父も兄貴の死で後を追うように死んじまった。親戚の少ない俺は中卒で生きていくはめになったんだ……どうしてくれんだよこのアマァ!!!』
大勢からおびただしいの蹴りや暴行が拘束された彼女へ襲い掛かった。その痛みと悲しみは今も忘れはしない。
男女から乳房や下半身を火で炙られ、鈍器で体中を浴びるように殴られ、体中をおびただしく傷つけられた。それにたいして言える言葉は「ごめん――」の一言だけだった。
自分のせいで、自分の家族のせいでこんなにも多くの人たちを不幸にしてしまった。友人から大切な人達を大勢奪い、幸せを奪い、人生すらも奪い狂わせてしまった大罪を、妹に代わって姉である自分が泣きながらも償わなければいけなかった。
しかし、そんな生きる希望も失った自分にでも一筋が光を照らしてくれる人がいてくれた……
「ッ!?」
気が付くと、夕食が乗せられたテーブルの上で頬をつけながら眠っていた。起き上がって壁際の時計を見れば、とっくに夜の九時を過ぎていたのだ。
――結局、彼は来なかったか……
二人分の夕食をそろえておいたのが無駄になってしまったようだ。ラップで覆われた夕食の列を見るたびに、彼女は本当にバカげたことをしてしまったと自ら恥じだして、目頭を熱くさせてしまう。
「はははっ、本当に私は勘違いもいいバカな女だ」
彼も、かつての同級生と同じISの被害者だ。自分を憎んでいるに違いない――
知らずの間に彼女は涙ぐんでしまっていた。
「ッ?」
だが、そんな慈の耳元からは室内にわたって玄関から鳴り響くインターホンが聞こえてきた。
「――こんな遅くに?」
とっさに目に浮かんだ涙を拭って、食卓を離れ、玄関へ向かった。やはり、キースが准尉は来ないと申し訳なさそうに伝えに来てくれたのだろうか。それなら、彼を誘ってヤケ酒でも飲むとしよう。
吹っ切れた彼女は、胸元のボタンをいくつも開けた状態で堂々と玄関の前に姿を見せたのだが――
「司令――」
「じ、准尉!?」
玄関には、来ないだろうと思っていたあの織部彩夏が経っていた。
「夜分、大変申し訳ありません。できるならもっと早い時間帯へくるよう努力したのですが」
「い、いや――構わん。突然呼び出した私に非があ――きゃッ!」
突然、女性らしい声を挙げた彼女は、自身のボタンが空きっぱなしだったのを忘れ、シャツから見える胸の谷間を彼の前にさらけ出していたのだ。
「す、すみません!」
「謝るな! 私が悪い!!」
幾ら相手に悪気が無くても、見た男が悪いと決めつける、近頃の馬鹿な女を軽蔑する彼女は、とっさにそうムキに言いだしてはボタンをかいはじめた。
「失礼した。その、上がってくれ」
「ハッ! 失礼します――」
とはいえ、緊張しないといったら嘘になる。彼は、ぎくしゃくした動作でありながらも、彼女に連れられて今のソファーへ腰をおろさせてもらい、隣に彼女が座った。
「お席、失礼します」
「遠慮するな」
「大尉からお話は一通り聞きました」
「そうか――その、先に言っておかなくてはならないことがある。お前にも詫びなくていけない。知らなかったとはいえ、篠ノ之家の者がお前から大切な家族を奪ってしまったことについて、心よりお詫び申し上げます……」
こちらへ身を向けて深々と頭を下げだした。しかし、そんな彼女に彩夏も伝えたいことがあった。
「頭をお上げください司令、自分も司令にお伝えしたいことがあって参りました」
「准尉も?」
「……司令」
彩夏は、膝の上に両手を添いながら伝えた。
「――自分はISを憎んではおります。しかし、それが理由で司令に対して何らマイナスになるイメージなんてございません」
「しかし、私は同じ血統を持っている者なんだぞ?」
「……関係ありません。貴女は篠ノ之慈という一個人である以上、自分はあなたを恨むつもりなどいっさいありません」
「准尉――」
「それなら私は准尉――いや、織部君に思い切って伝えたいことがある」
「伝えるとは?」
「織部彩夏」
真剣な真顔で見つめる彼女に、こちらもついピシッと背筋を伸ばした「は、はい!」と答えると、慈は微笑んでこう言い渡した。
「現時刻を持って、貴様は――私だけの准尉になってもらいたい」
顔を赤くしながらそう言い寄る彼女に彩夏は首を傾げたまま放心状態になりかけていた。
「は? えっと――つまりその」
「お前は、私だけの部下だ」
そういうなり、彼女は自身が来ているそのシャツのボタンを外しだして、さらにはスカートも脱ぎだしてしまった。そこから見える白い柔肌が露わとなった。胸元からは白いブラが見え、ストッキングに包まれた美脚と同色のパンツが目立った。
「し、司令ッ!?」
それに対して顔を真っ赤にした彩夏は混乱状態に陥るが、そんな彼にを迷いなくソファーへ押し倒そた慈は、切なそうな瞳で彼の瞳へ迫った。
――司令、胸が俺の胸に押し付けられて……!
「私はもう司令ではない」
「――?」
「実はな、今日から司令の任を下ろされてお前達ネオファリアを膝元に置く担当士官へ回されたのだ。これからは一々学園から基地までとんぼ返りせずとも楽な形になったんだ」
「担当主任、でありますか?」
「そうだ、だからこれからはいつまでもお前の近くにいることができる――迷惑か?」
「そ、そんな! 迷惑だなんて……」
彼女のそのクールな顔が、次第にとろけた顔へなっていく。そんな彼女を見てパニックになっていた彩夏は途端に冷静さをとりもどした。そして、彼女に向かって申し訳ない顔を向けてしまう。
シャツの間から見える彼女の傷が彼の視線を引き付けたのだ。
「司令――じゃなくて……」
「篠ノ之慈担当主任士官、二人でいるときは下の名前を呼んでくれ」
そういうと、彼女は彩夏の上で跨る姿勢のままシャツを脱ぎ捨てた。これ以上の刺激は童貞の彩夏にはキツすぎるのであったが、しかしそんな彼の視線は慈を美しい体ではなく、彼女の体に刻まれたいくつもの傷のほうを釘づけにさせたのだ。
「司令――主任、その傷はやはり」
「ははは……醜いか? 私が束の代わりに背負った代償だ」
「ッ!?」
――彼女は白騎士事件の後に……
いくつもの火傷の跡や縫い傷が体中に刻まれている。
「白騎士事件の後、私は父と共にそのままこの場所へ残り続けた。愚妹のやらかした罪を代わりに償うために、このまま東京へ残ったんだ。覚悟はしていたが、それは予想をはるかに超えていた。それほど、多くの人間達がISによって到来した女尊男卑の風潮によって人生を狂わされていたのだ」
「篠ノ之――さん」
「あの時も、このはだけた身形と同じ格好になるまで制服を引き裂かれ、露わに近い私の身体をクラスメイト達が容赦なく縛り上げた。全身を縛られ、床に転がされた私は無抵抗のまま露出した肌を火で炙られ、鈍器で殴られ、刃物で切り付けられた――」
といって、ストッキングを膝まで降ろすと、その白いムッチリした美脚にも多くの縫い傷や火傷の跡が広がっており、さらには前髪で隠れていた額の切り傷も片手ですくって見せてくれた。その姿に、彩夏は絶句するとともに、両目から大粒の涙が浮かんできた。
「自宅にいるときも、二階の自室の窓を突き破った石が入ってきたり、塀に罵声を落書きされたり、本当に心が折れた。しかし、そんな私にとって唯一の心のよりどころが棗という親戚の子だった。年下なのに勇敢で、怖いもの知らずなわんぱく坊主だったが、そんな彼が私を実の姉のように懐いてくれてな。私もそんな棗を弟のように可愛がった。棗の笑顔に私は何度も救われた。
私と高校の三年に上がり、棗は中学に上がったころには互い異性として認識しあうようになり、年の離れた恋愛が始まった。中学の時よりかは虐めは和らいだが、それでも私に対する陰湿な行為は続いたがな。それでも私には棗がいてくれるならどんな苦しいことも平気だった。私にとって、棗が全てだった。
けど、そんな日常が突如終わりを告げてしまったんだ……」
彩夏の頬に彼女の涙がこぼれ落ちた。涙でうるう両目はこれ以上の自分を保ち続けなくなっている。
「期末テストの勉強を手伝っているとき――平均点を超えたらデートしてやるって約束したんだ。棗の奴、奮闘の限りを尽くしてテストでオール平均点を越える点数をたたき出してな、褒美のデートへ連れて行ってやることにしたんだが……デートの最中、突然ISのテロに巻き込まれてしまって。棗は、殺されそう……になった私を、庇って――死んで……」
両手で涙をぬぐいだす彼女を見たと同時に、彩夏の両目も涙であふれていた。
「大尉からそのお話も聞きました。しかし司令――主任」
「――?」
ゆっくり彼女の両肩を掴んだ彩夏は、そんな彼女の救済になりたいと思った。しかし、これでは彼女のためにはならない。本当に彼女をこの苦しみと悲しみから救うためにも、彼は意を決してこう返した。
「自分は……棗さんの変わりにはなれません。自分は、ハイペリオン・ソードのテストパイロット織部彩夏准尉であります」
「ッ……!」
そんな真剣な目で見つめられた慈は、泣き出したいのを堪えた。
「棗さんの代わりとして自分が好きなのですか? それとも、私を織部彩夏一個人として好きでいてくれるんですか?」
「ッ!!」
慈は、もう耐え切れなかった。彼女は彩夏の胸元へ顔を埋めながら、涙で濡らした彼の胸を白くて細い握りこぶしが弱々しく叩き出した。
「わかっている――! わかっているんだッ!! 君は棗ではなく織部彩夏という一個人だというのを、それでも、私にはあの子との面影が君と重なって……!」
「慈さん……」
そんな泣きじゃくる彼女を、彼はそっと両を背中へ回して、包み込むように胸に抱きしめてやった。ほのかな香りと温もりが全身に伝わってくる。
「慈さん!」
意を決した彼は、慈の両肩を再び掴んで胸から引き離すと、真剣な目で泣きじゃくって怯えた彼女を見つめた。
「彼方は、俺の士官になって、これからも一緒に居られることができるんですよね。なら、今一度――俺の事を織部彩夏のことを見ていてください!」
「彩夏、の?」
「はい! 俺、貴女に好きになってもらうようにハイペリオンのテストパイロットとしてこれからも奮闘します。だから、織部彩夏という一個人をその瞳で見ていてください」
「彩夏……」
「俺も慈さんが好きです。好きだからこそ、俺という一個人を好きになってもらいたいんです!」
「何を申すか――そんなこと言われたら、ますますお前を大好きでなくてはいられくなるではないか!」
とたん、再び抱き込まれて彼女から初めての唇を奪われた。彼女も初めてだったのだろうか?
――慈さん……!
何となくだが、わかった気がする。彼女は、棗という人物を彩夏と重なって好きでいる。だがそれゆえに悲しみから救われたいがために救済を求めてきたのだろう。彼女は、そのためにも彩夏を必要としている。その意は受け入れてやりたかった。
「約束してください。もう一度、俺を見つめなおしてくれるって。俺もあなたと一緒に頑張りますから、織部彩夏という一個人を見ていてください」
すると、抱き込まれていた彼はひょいっと起き上がると、泣きじゃくって目を赤くしていた慈を軽々と抱き上げたではないか。
「彩夏、何を?」
「慈さん――主任士官も疲れているんでしょうし、おやすみください」
そういって、真っ赤になる顔を両手で隠す彼女を、ベッドへ寝かしつけたが――
そんな彼女の白い手が。彩夏の制服の袖をつかんで引き留めたのだ。
「――准尉、貴様明日は勤務か?」
「カレンダー通りらしいので、明日は日曜です」
「だったら命令だ! 私と一緒に今夜ここに泊れ」
「え、えぇ!?」
「お、お姫様抱っこなんぞしおって―――いまさら何を驚く!」
ぷうっと頬を膨らます彼女に、困ったものだと微笑みながら彩夏はため息をついた。
「では、毛布をお借りして自分は床にでも――」
「床は冷たくて固い! 今後任務に支障をきたしてはならん。私と一緒にこのベッドの中に入れ!」
「――ですが」
「いいから早くっ!」
そう、甘えるようなしぐさを見せる彼女を見て、常にデスクに立つクールビューティな彼女とはかけ離れていた。本当は、これが本来あるべく彼女の姿なのだろう。部屋も可愛い雑貨やぬいぐるみもあるし、本当に女性らしい部屋だ。結構散らかってるけど。
「では、お前も制服を脱げ、汗臭くなっているだろうしシャワーを浴びてこい、制服は洗濯しておいてやろう」
そういうなり、ピッタリ付けた両足を天井へ突き出しながら尻までむき出すと、両手をヘソまで上がったストッキングを脱ぎ捨て、ポニーテールで結んでいる白い紐を解いて黒い清楚なロングヘアーを両手でぱさぁっと持ち上げるように靡かせた。彼女の身体は白いブラとパンツを纏うだけの姿でベッドの上に横たわっている。
「別に、肉体的関係は省かれるのですよね――」
「……いいから」
――絶対何かあるな。
「はい――」
そういうと、彼は遠慮しつつもシャワーを借りるために制服を脱衣場で脱ぐが、天井に洗濯ばさみで吊るされた下着の群れを見て、童貞の体がさらに狂ってしまいそうになる。
「女性の自宅だからな――」
そのあと、シャワーで軽く体を洗い流して、トランクスと肌シャツだけになって彼女の寝室へ向かうと、まだ起きていたの「ほら、入れ」と掛け布団をめくってきた。
すると――
「さ、彩夏――そんな風に抱きしめてきたら、私が身動きができないではないか?」
下着姿の彼女の上半身を両腕ごと、彩夏がぎゅっと捕まえるように抱きしめて放そうとしない。
「ダメです、トランクスの中へその手を忍び込まされたりでもしたらなりません。貴女が俺という一個人を好きになってくれるまではお預けですから。俺も貴女に変なことはしませんので」
やや、意地悪そうに笑む彩夏を見て、これは一枚上手だったかと慈も困ったように微笑んだ。
しかし、こうやって彼の両腕を後ろに回されて胸に抱かれるのも悪くはない。
慈は、彩夏のシャツ越しの胸に顔を埋めてゆっくりと可愛らしい寝息をたてて眠りについた。
――益々苦労しそうだな……
彩夏は、自分の胸の中で眠る慈の寝顔を見てはため息をつきながら篠ノ之家宅の天井を見上げつつ、胸の鼓動を高鳴らせた。
後書き
次回
「大陸の猛者」
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