第陸話 【2】 児童化した椿
美亜ちゃんの呪術道具によって、体が幼くなってしまった僕なんだけど、精神はいつも通りなはずです。
それなのに、感情は抑えきれないみたいです。今僕は、もう元に戻れないかも知れない事にショックを受け、泣き喚いています。
「うわぁぁん!!」
『お、落ち着け。椿よ』
『ぬぅ……こ、こういう時はどうすれば良いんだ?! 美亜!』
「ちょっと、何で私にーーあぁ、美瑠が居るからね。全く。そうは言っても、ここまで泣かれていたら、そうそう泣き止ませられないわよ」
そうやって皆して不安そうな顔をされると、僕の不安は中々消えないですよ。だから、もっと泣いちゃいます。
「うわぁぁぁぁあん!!!!」
「あぁ、もう。落ち着きなさい。分かったわよ。その呪術道具を調べて、何とか他の解呪方法を探すから。だから、もう泣き止んでよ」
何だか美亜ちゃんが必死です。それに、ちょっとだけ優しいような気もする。
そう思うと不思議な事に、美亜ちゃんがお姉ちゃんみたいに感じてきて、少しだけ落ち着いてきました。
「ほんとう?」
「えぇ、本当よ。だから、もう泣かないで」
「わかった! ありがとう。みあお姉ちゃん」
「んなっ?!」
これは、ちょっとしたいたずらです。だけど、美亜ちゃんは顔を赤くして驚いています。可愛いですね。
そうと決まれば、今は美亜ちゃんを信じて、大人しく待っておきましょう。
「それじゃあ、いったん戻ろう。びゃっこさんこくこさーーへぶっ?!」
歩こうとしたら、ブカブカの服の端を踏んでしまって、盛大に転んじゃいました。また泣きそう。
「ふっ、く……」
でも流石に、もうこれ以上は泣いたら駄目です。泣き虫と思われちゃいますよ。
すると、転んだ僕を白狐さんが抱き上げて来ました。待って下さい。僕はまだ、白狐さんと黒狐さんを許してはいません。
「うっ、自分で歩けるから、いい!」
『むっ……まだ怒っとるのか』
「とうぜんです!」
だから僕は、降ろして欲しいと抗議をするけれど、何故か聞き入れてくれないです。
もう自分の方から飛び降りーーようとしても、床に足が届かない。完全に白狐さんに持ち上げられてしまっています。
「びゃっこさん、おろして!」
手足をばたつかせて再度抗議をするけれど、それも聞き入れてくれません。
『先ずはこの事を、宴会に夢中で気付いていない皆に、知らせておかないとな』
「だから、おろして~!!」
僕は怒っているんですよ! それどころじゃないのは分かっているけれど、それで誤魔化されたりはしません。
だけど白狐さんは、そのまま僕を抱っこし、宴会中の地下のホールに向かって行きました。
その横で、黒狐さんも羨ましそうに見ているけれど、抱っこはさせませんからね。今は服が引っかかるからしょうが無いけれど、この後はもうさせませんからね!
その間に美亜ちゃんは、あの汽車の玩具を持って自室に向かいました。もう美亜ちゃん次第なんだけれど、僕は信じてるからね。
ーー ーー ーー
それから僕は、宴会中の皆の所に戻って来ました。
まだドンチャン騒ぎでしたね。がしゃどくろさんなんて、頭放り投げて、お手玉みたいにしているよ。それを囃し立てる様にして、他の妖怪さん達も色々とやっていますね。
一般の人から見たら地獄絵図だけど、その中に普通にいる夏美お姉ちゃんは、もう慣れたもんって感じですね。良かった。
零課の人達も居るので、杉野さんも普通にいました。夏美お姉ちゃんに、料理を食べさせて貰っているよ。ただ、妖気を含んだウィンナーは止めてくれませんか? それ、伸び縮みするからさ、色々と絵的に不味いんです……。
「いや~はっはっはっ! 椿が妖魔人を3体も倒すとは! 残るは2体! もう華陽は追い詰められたも同然じゃ!」
おじいちゃん、かなりお酒入っていますね。ベロンベロンじゃないですか。
達磨百足さんも同じみたいで、百足みたいに長い体が、めちゃくちゃに捻れちゃっていますよ。
「今の椿は百人力じゃ! どんな奴でもかかってこいじゃ!!」
「こ~んなすがたになってもですか?」
「ぶぅっ?!」
ちょっと! お酒を吹き出さないで下さい。汚いですよ。
あのまま抱っこされるのは嫌だったので、白狐さんに肩車されて、地下のホールに入ったんだけど、皆宴会に夢中で気付いていなかったですね。
そして、ようやく僕の姿を見つけ、全員固まってしまっています。
当然ですよね。ついさっきまでいつも通りだったのに、ほんの一瞬でこんなに幼くなっちゃっていたら、誰だって驚きますよ。
「椿ちゃん……どうしたの? その姿。か、可愛い~!!」
ただし里子ちゃんだけは、僕のこの姿に喜び、白狐さんの肩から僕を降ろそうとしてくるけれど、断固拒否します。抱き締められて、頬ずりされそうな勢いなんです。
「さとこちゃん! おちついて下さい!!」
「やだ~! こっちにおいで~! 抱き締めさせて~!」
あっ、待って。白狐さんは屈まないで! ちょっと!
「きゃ~! お人形さんみたいじゃないですか、か~わ~いい~!!」
「むぎゅぅ……!! さとこちゃん、ちょっとくるしいです」
結局、そのまま引きずり降ろされて、頬ずりされちゃいました。恨むよ、白狐さん。
「姉さんが……こんなに幼く。どんな変化っすか?」
あれ? 逆に楓ちゃんは尊敬の目で見ているよ。変化じゃないですからね。
「わ~! 同い年のお友達が出来た~」
菜々子ちゃん、それ悪意がありますよ!
「姉妹として、売り出せるかも」
雪ちゃんはここぞとばかりに写真を撮らないで!!
「…………」
わら子ちゃん。無言で手毬を出してどうする気ですか? 一緒に遊びたいなぁとか、そんな事を考えています?
その間に、白狐さん黒狐さんがおじいちゃん達に事情を説明しているけれど、その最中ずっと、小さくなった僕を皆が玩具にしていくんですけど?!
「なる程の。という事は、椿が元に戻れるかどうかは、美亜次第という訳か……」
白狐さん黒狐さんから事情を聞いたおじいちゃんは、頭を抱えてしまっています。
「待て、椿。お前さん、その姿で妖術は使えるのか?」
「えっ? わかんない。ちょっと、やってみますね」
そう言えばそうでした。この姿でも、いつも通りの妖術が使えれば、あまり問題無いかも知れません。
そして僕は、黒狐さんの力を解放し、いつもの様に妖術を発動します。
「こくえんきつねび!」
だけど、僕の指先から出て来たのは、小さな黒い火種だけでした。
嘘でしょう……もしかして、この状態だと妖気が減っていて、妖術まで弱くなっているんですか?
「う~! こくこんどかい!」
それでもやっぱり、小さなハンマーしか出来ませんでした。
「うわ~ん!! これじゃぁ、つっこみしかできないよ~!」
『椿、落ち着け! 何を言っているか分からんぞ!』
僕も混乱しちゃっていて分からないのです!
それを見たおじいちゃんは、真剣な顔をして考え込んじゃいました。
「ぬぅ……妖気まで少なくなっとるのか。神妖の方は、体に付加がかかるから止めた方が良いが、そもそも使えんじゃろうな」
その通りですね。それも全く感じられません。
つまり、今のこの体で神妖の妖気なんかを使うと、確実に暴走しちゃうので、僕の体が無意識に、それを使わない様にと、体の奥底に追いやってますね。
「こりゃ参ったの……」
流石のおじいちゃんも、心配そうな顔をしています。確かに、僕はもう既に、皆の切り札的存在なんです。こんな事になってしまって、満足に戦えないとなると、これから先が不安に……。
「このままでは、幼女趣味の危ない連中まで引き寄せてしまうではないか」
「しんぱいするとこそこですか?!」
真剣な顔をしているから、てっきりこれからの事かと思ったら、どうでも良い事を心配していましたよ。
「いや、なに。今は美亜を信じるしか無いのじゃろう? 先の不安は、もう本当にどうしようもないとなってからでも、遅くはないじゃろう。無駄に不安がってもしょうが無かろう」
おじいちゃんが、とても堂々とした様子でそう返してきました。だからかな? ちょっとだけ、心が軽くなった気がします。
そうですよね。今は美亜ちゃんを信じるしかないんですから。無駄に不安になっていてもしょうが無かったです。