道化英雄譚   作:真黒 空

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7:妹エルフの不安

 

 ダンジョン。

 そこには数多の者が命を懸けて冒険を挑みにやってくる。

 ある者は富を求めて。ある者は名声を求めて。ある者は夢を求めて。またある者は出会いを求めて。

 そして50層以上もあるダンジョンの上層も上層、入り口付近といって差し支えない第4層にも、命知らずの新米冒険者の姿が二人分あった。

 

「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁ! れ、レフィーヤァァァァァ! お助けーーー!」

「兄さん、そのままモンスターの注意を引き付けていてください!」

「無理無理無理! 早く、早く助けてぇ!」

 

 コボルト6体に囲まれて悲鳴を上げるベルは、ギルドに支給された長剣を必死に振り回しながらなんとかモンスターの猛攻に堪えていた。

 しかし本人の言う通り限界状態なのは明らかで、捌き切れなかったコボルトの攻撃がベルの身体に小さい傷をいくつも作る。

 

「【契約に応えよ、森羅の風よ。我が命に従い、敵対者を薙げ】」

 

 そのままでは数分と持たずコボルトに食い殺されるベルを救い出すための歌が紡がれる。

 魔法。古代では魔法種族にしか許されなかった超常の力が詠唱式を唱える事により顕現する。

 

「【ゲイル・ブラスト】!」

 

『グオォォォォォォ!』

 

 レフィーヤが杖を振ると共に生まれた風の奔流が、間一髪離脱したベルの横を通り過ぎてコボルトを切り裂いていく。

 殆どのコボルトはその一撃により魔石を残して消え去るが、仲間の身体が盾になって致命傷を逃れたコボルトが1体残り、逆襲とばかりに魔法を撃ったレフィーヤに牙を剥く。

 

『ガウッ!』

 

「くっ――!」

 

 仕留めそこなった事に気付いたレフィーヤもすぐにコボルトへ向き直るが、相手の方が速い。

 再度魔法を使うだけの猶予はなく、近接戦闘が不得手なレフィーヤに、迫りくるコボルトの一撃をどうにかする手段もない。

 

(や、やられる――!)

 

 咄嗟に目を固く閉じて衝撃に備えるレフィーヤだったが、予期した痛みはやってこなかった。

 代わりに甲高い金属音が鳴り響き、瞼を開いた先に映るのは真っ白な髪。

 間一髪のところで間に割り込んでコボルトの一撃を防いだベルは、鋭い爪を押し返して力強く一歩踏み込む。

 

「はああぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ベルの長剣がコボルトの腹を両断する。

 上半身と下半身に分かれたコボルトは、断末魔を上げる事もできずに塵となって消えた。

 

「ふぅ。なんとか勝てたな……」

 

 周囲を警戒して他にモンスターがいない事を確認したベルが、大きく安堵の息を吐く。

 レフィーヤもそれにつられて盛大に息を吐き出した。

 

「ありがとうございます、兄さん。助けてくれて」

「いや、私の方こそ助かった。お前がいなかったら私は今頃奴らの晩餐になっていたところだ」

 

 お互いに感謝を告げて二人は倒したコボルトの魔石を回収する。

 サポーターがいないベルとレフィーヤは自分達で魔石を集めて持ち運ぶしかない。

 二人は相談した結果、回収や持ち運びは分担するが、運搬の割合はレフィーヤの方が多く持つ事にしていた。

 その理由はベルがレフィーヤに押しつけた、というわけでは当然なく、前衛で身体を張って戦うベルには魔石の重さで鈍くなったわずかな動きの差が致命的なものになりかねないからだ。その点後衛で魔法を唱えるレフィーヤは、多少荷物が多くなったところで魔法を放つのに支障はなく、デメリットが少ない。

 

「でも、なんだか新鮮ですね。兄さんにモンスターから守ってもらうなんて」

「ハッハッハ、私も冒険者になったのだから当然だ! これからはいくらでも頼ってくれてもいいんだぞ、妹よ!」

「調子に乗らないでください。今回囲まれちゃったのだって兄さんが考えなしに突っ込んじゃったからなんですからね」

 

 秒で図に乗って胸を張るベルを、レフィーヤは遠慮なく窘める。

 ここで同調しようものなら兄がさらに調子に乗って下層に降りかねないと、日頃の経験からレフィーヤには分かっていた。

 今日だって本来なら2層で探索をするはずが、モンスターを倒して気を良くしたベルが勢いづいて3層どころか4層まで降りたからコボルトに囲まれる事になったのだ。

 これ以上不用意に危険を冒すわけにはいかない。

 

「確かにレフィーヤの魔法さえあればなんとかなると思っていたが、考えが甘かったかもしれないな。エイナからも冒険者は冒険してはダメだと口を酸っぱくして言われたし」

 

 レフィーヤの思いが通じたのか、顎に手を当てながらベルも自らの行動を省みる。

 担当アドバイザーになったエイナとミイシャの方針で午前中は座学に費やしており、そこで二人は下級冒険者の死亡率なども詳しく教えられていた。

 

「上層はあの頃と比べると弱いモンスターばかりですけど、油断は禁物です。兄さんは元々弱っちいですし、ダンジョンは視界も良くなければいきなりモンスターが生まれたりもしますから。無闇に進んだりなんてしたら、またさっきみたいに危ない目に遭いますよ」

「ああ、この反省を心に刻むとしよう。未来の英雄がゴブリンやコボルトにやられたとあっては笑い話にもならないからネ!」

 

 バチンとウィンクしながら告げるベル。

 それに対しため息をつくレフィーヤだが、突っ込む事はしない。

 ふざけてはいるが、口にしている事は本気だと長い付き合いで分かっているからだ。

 

(それにしても……)

 

 先程の戦闘を思い出しながらレフィーヤは持ち物を整理している兄を盗み見る。

 コボルトに襲われそうになった時、レフィーヤは一撃もらう事を覚悟した。

 それは周囲の状況と自分の身体能力から打つ手がないと判断したからであり、彼我の距離を考慮してベルの助けが間に合わないと悟ったからである。

 しかしレフィーヤの予想に反してベルはコボルトの一撃を防いだ。

 つまりそれは――

 

(前より……ううん、昨日よりも速くなってる。それも目に見える形で分かるくらいに)

 

 間近でベルの戦いを見ていたレフィーヤには、その違いが如実に実感できた。

 まだ冒険者になって数日しか経っていないのに、この成長。

『神の恩恵』(ファルナ)というものを良く知らないレフィーヤにも分かるほどの異常な伸び。

 きっとこれはベルに発現した【英雄憧憬】(あのスキル)の力だと考えて間違いない。

 もしこんなとんでもない成長がこれからも続くのであれば、ベルはまたたく間に英雄への道を駆け上がっていくだろう。

 

(でも私は……)

 

 手にしていた杖を無意識にギュッと握り締める。

 自分の魔法では、あの程度のモンスターの群れも一掃できなかった。

 いつも自分が助けていたはずの兄に庇われ、きっと兄が守ってくれなければ大怪我を負っていた。

 本当は私の方が、兄さんを支えなきゃいけないのに――

 

「レフィーヤ?」

 

 名前を呼ばれてハッと顔を上げる。

 そこには不思議そうな顔をした兄の顔があった。

 

「何やら眉間に皺を寄せて怖い顔になってるが……もしかしてどこか怪我でもしたか?」

 

 そう言って全身を見てくるベル。

 レフィーヤは慌てて手と首を同時に振った。

 

「な、なんでもありません! それより魔石の回収も終わったんですから、早く行きましょう! まだダンジョン探索はこれからですよ!」

「ああ、それもそうだな……ってレフィーヤ!?」

 

 兄の返事も聞かないままレフィーヤはずんずんと歩き出す。

 突然意欲的になった妹に驚きながらもベルがその後を追う。

 しかしその後どれだけモンスターを倒しても、レフィーヤの不安が消える事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてギルド。

 レフィーヤの内心はあっさりと見透かされる事になった。

 

「レフィーヤちゃん、なんか暗い顔してない? 悩み事?」

 

 ギルドの面談用ボックスで担当アドバイザーであるミイシャ・フロットが心配そうに問うてくる。

 今頃兄の方は同じギルド職員で担当アドバイザーのエイナと話しているか、既にギルドを出て街を散策している最中だろう。ダンジョン探索後に担当アドバイザーと話す時は、長くなる事もあるかもしれないのでお互いを待つ事はやめようと事前に決めていた。

 

「えっと……そんなに分かりやすいですか?」

「うん。なんだかいつもより元気ないように見えるよ」

 

 まだ出会って5日程度しか経っていないというのに、ミイシャは確信を持って断言する。ギルドの受付嬢なんてしているだけあって、人を見る目が確かなのだろう。

 

「もし良かったら私に話してみてよ。別にダンジョンの事じゃなくてもいいからさ」

 

 そう言ってミイシャは朗らかな笑みを浮かべる。

 人の良さを感じさせる邪気のない笑顔は、それが純粋な好意である事を如実に伝えた。

 

「まだオラリオに来てそんなに経ってないんだから色々大変だと思うし、もしかしたら良いアドバイスができるかもしれないしさ。ほら、私こう見えてオラリオに住んで長いから。ギルドの職員だってもう5年もやってるんだよ」

 

 少しだけドヤ顔をしながら胸を張るミイシャ。

 ダンジョン以外の相談は業務外のはずであり、それをギルドの面談用ボックスで行うのはバレれば説教確実の私的利用に当たるのだが、そんな事はミイシャの頭からはすっぽり抜け落ちていた。

 レフィーヤもいつもの精神状態ならこれがまずい事であるのに気付けたのだろうが、生憎とそこまでの余裕がなくなっていたため、ついミイシャの言葉に甘えてしまう。

 

「ありがとうございます。じゃあ……少しだけ相談に乗ってもらっていいですか?」

「うん! もちろんだよ!」

 

 レフィーヤの頼みにミイシャが快く頷く。

 それは担当アドバイザーによる冒険者の面談が、単なる女子会に成り果てた瞬間だった。

 しかし真面目なレフィーヤの悩みが、奇跡的にミイシャの業務の逸脱を阻止する。

 

「実は、自分がこれからも兄さんと一緒にダンジョン探索していけるのか自信がなくて……」

「それってベル君とダンジョン探索の方針が一致してないとか、そういう事?」

 

 漠然としたレフィーヤの言葉を噛み砕き、ミイシャは問い返す。

 まだ二人は冒険者登録をしてから5日程度しか経っていない。そんな短期間で実力に差がつくとはミイシャには思えず、ならばきっと相性の問題だと考えたのだ。

 実際血のつながった家族や仲の良い友人同士でもパーティとして合わないという事は往々にしてある。それは戦い方の問題であったり性格の問題だったりと様々だが、おそらく今回の件ではダンジョン探索に積極的なベルと慎重なレフィーヤで意見が食い違ってるのだろうと、ミイシャはそう予測した。

 だがその推測は見事に的を外していた。

 

「いえ、そうではなくて……私の実力じゃ兄さんの足手纏いになっちゃうじゃないかって思うんです」

「えー! でもレフィーヤちゃんの魔法って上層のモンスターを何体も一気に倒せるんでしょ。普通エルフでも冒険者になりたてでそこまでできる人なんていないよ?」

 

 担当アドバイザーという事もあって、レフィーヤの実力はミイシャもある程度聞いている。それを踏まえればベルがレフィーヤの足手纏いになる事はあっても、逆などあり得ないというのがミイシャの見解だった。

 しかしレフィーヤはそんなミイシャの考えに首を振る。

 

「それは私が里で魔法の特訓をしていたからだと思います。そのおかげもあっていまはまだついて行けてるんですけど、きっとこれから先は違う。兄さんはすぐに私の手には届かない高みに駆け上がってしまうと思うんです」

 

 不安そうに視線を落とすレフィーヤ。

 その姿を見てミイシャは難しそうな顔をしてうーんと頭を捻った。

 

「それは考えすぎなんじゃない? まだレフィーヤちゃんとベル君がダンジョン探索を始めて5日だよ? 少しくらい【ステイタス】の成長に差があったって、そんなのすぐに追いつけるよ!」

 

 元気づけるためミイシャは意識して少し大きな声を出す。

 そしてそれは紛れもない本心でもあった。

 言い方は悪いがベルもレフィーヤもまだ冒険者としては駆け出しもいいところだ。成長が云々、才能が云々と、そんな事を語る段階には足を踏み入れていない。

 これから先そういった悩みにぶち当たる可能性がないとは言わないが、それはもっとずっと未来の話であり、冒険者になりたての新米が心配するには早すぎる。

 しかしミイシャのそんな常識的な説明は、次のレフィーヤの一言によって罅割れる事となった。

 

「それが……少しじゃないんです」

「えっ?」

「その……ざっくり倍くらいは差がついてるんです」

「ば、倍!?」

 

 思わぬ情報にミイシャの声が大きくなる。

 本当は3倍以上の差がついているのだが、さすがにレフィーヤもそこまで派閥の情報を包み隠さず話す事はできなかった。

 しかしそれでも発言の爆発力としては充分すぎる。

 

「それってレフィーヤちゃんの魔法以外の【ステイタス】が上がりづらいからとかじゃなく?」

「はい。私の魔法の数値と比べて倍です。というより、兄さんの【ステイタス】で私の魔法の数値より低いものはありません」

「うそ~……」

 

 あまりに予想の斜め上を行く情報にポカーンと口を開けてしまうミイシャ。

 それが本当ならレフィーヤの不安も確かに理解できる。

 だが、だがしかし、忘れてはならないのは二人がまだ駆け出しの冒険者という事だ。

 いくら倍といっても、彼女の魔法の【ステイタス】の数値が10や20なら納得できない事はない。それがもし30を超えていても、ベルの素質がよほどのものなのだろうと受け止める事は可能だ。

 なのでミイシャは恐る恐る深い部分に足を踏み入れる。

 

「えーと、もし差支えなかったら教えてほしいんだけど、レフィーヤちゃんのいまの魔法の数値って……いくつ?」

「それは、ですね……その…………72です」

「ほえ~……」

 

 もはや返す言葉もなく、ミイシャはただ間抜けなリアクションを返してしまう。

 つまりレフィーヤの話を信じるなら、ベルはわずか5日で全ての【ステイタス】が70越えしていると、そういう事だ。

 それはミイシャのギルド嬢としての経験上あり得ないと断言できる成長だった。

 レフィーヤだって普通の駆け出しの冒険者と比べれば【ステイタス】の最高数値が72というのは目覚ましい成長だ。ダンジョン探索を始めて5日という事を考えれば理想的といって良いレベルであり、逸材だと他のギルド職員に自慢しても否定する者はいないだろう。自分の記憶を辿っても、これほど早く成長した冒険者は他に覚えがない。

 なのにそのレフィーヤに全ての【ステイタス】で上回り、あまつさえ倍以上の差をつけているというベルは、たった5日で最高【ステイタス】140以上を記録したのだ。

 どう考えても異常な数値であり、こういう言い方はどうかと思うが、ちょっとおかしい。

 

「は、ハハハ。ベル君って、ものすっごいんだね……」

 

 乾いた空笑いが面談用ボックスに響く。

 常識外れのベルの成長には、受付嬢として経験を積んできたミイシャも――いや、受付嬢として経験を積んできたからこそ、笑うしかなかった。

 

「で、でもレフィーヤちゃんだって凄いよ! 私がこれまで担当してきた人の中でも、最初からこんなにできる人なんて滅多にいないんだから!」

 

 気を取り直すように、ミイシャは声を大にして断言する。

 それはレフィーヤを元気づけるための言葉だったが、同時にミイシャの本心でもあった。

 確かにベルの成長は目を見張るものがある。だがそれはレフィーヤだって同じだ。

 

「ベル君のはちょっと半端ないけど、神の恩恵(ファルナ)を授かった直後って結構順調に【ステイタス】って伸びていくんだ。でもみんなどこかで壁にぶつかって止まっちゃうの。だからその時がレフィーヤちゃんがベル君に追いつくチャンスなんじゃないかな?」

 

 ミイシャの目から見て、レフィーヤがベルと比べて劣っているとは思えない。

 たとえそれが【ステイタス】として目に見える形で数値に表れていたとしても、意見は変わらない。

 だからミイシャはこんな事でレフィーヤに足踏みしてほしくなかった。

 

「大丈夫だよレフィーヤちゃん。まだ冒険者になって5日なんだし、【ステイタス】も順調に上がってるんだから悩む必要ないって。いまはベル君にちょっと離されちゃっても、頑張っていけば必ず追いつけるはずだよ!」

 

 レフィーヤの目を見つめながら、胸の前で手を握りミイシャはそう力説した。

 単なる気休めでも慰めでもなく、心からの確信を込めて。

 

「その……だからさ、焦って無茶なんかしないでね。……ダンジョンって危ない所だから、そんな風に焦った人が次の日には……なんて事も良くあって……」

「ミイシャさん……」

 

 急に声のトーンを下げたミイシャは、レフィーヤよりも不安そうな顔を浮かべていた。

 ベルとレフィーヤの仲の良さはまだ数日しか接していないミイシャでも分かるほどだ。

 だから【ステイタス】に差がついて、置いていかれるんじゃないかと不安になるレフィーヤの気持ちも理解できる。

 しかしそんな焦りを容赦なく食い尽くすのがダンジョンという場所なのだ。

 それはまだ入り口でしかない上層でも同じ事。

 担当アドバイザーとして――いや気の合う同性の友達としても、ミイシャはレフィーヤにそんな風になってほしくなかった。

 

「大丈夫ですよ、私は無茶をするんじゃなくて、兄さんの無茶を止める方ですから」

 

 そんなミイシャの思いを汲み取ってくれたのか、レフィーヤは冗談交じりに力こぶを作りながら笑った。

 

「ハハハ、そうだよね。確かにベル君の方がすっごく無茶しそう」

 

 相談をしていたはずが逆に気遣われ、だけどその答えが嬉しくてミイシャも笑顔でそれに乗る。

 そして双方の気遣いの結果、話題は暗い話を吹き飛ばす明るい話題へとシフトしていった。

 

「そうなんですよ。私が何を言ったって兄さんはちっとも反省せずに無茶ばっかりするんです。この前なんか――」

「えー! それって大丈夫だったの!? っていうかベル君なんでそんな事したの!?」

「分かりません! ベル兄さんってばいつも私の想像なんか飛び越えて訳分からない事を――」

 

 結局、冒険者と担当アドバイザーの面談はいつの間にか単なる女子会に成り果てる結果になった。

 そんな二人だけの女子会は、彼女の上司がいつまで経っても帰ってこないミイシャを不審に思って面談用の扉を叩くまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レフィーヤとミイシャがギルドで盛り上がっている頃。

 ベルは一人で街をあてどもなく歩いていた。

 

「うーむ。エイナはやはり素気ないな。仕事に私情は持ち込まないタイプと見せかけて意外といつの間にか公私が混ざり合うタイプと見たんだが、まだ親密度が足りないか?」

 

 魔石の換金も終わり担当アドバイザーであるエイナを食事に誘ってすげなく断られ、めげずに他の受付嬢も軒並み誘って惨敗したベルは自らの敗因を歩きながら分析する。

 

「エイナとミイシャ以外の受付嬢は取りつく島もなかったな。あれは公私を分けているというより、冒険者を恋愛対象として見てないのか? それともみんな年下はアウト?」

 

 自分の容姿を顧みて首をかしげる。

 以前よりも若いだけあってまだ幼さが残っているが、そのぶん可愛い顔立ちをしているのではないかと自己評価する。

 これならお姉様のショタ心を鷲掴みする事も不可能ではないと思うのだが、なぜか掴もうとしてもするりと躱されて空振りするばかりだった。

 

「いや、諦めるのは早い。きっとまだ私の魅力が伝わっていないだけで、いずれはみんなメロメロに……」

 

 モテない原因が自分の言動にあるという考えにはまるで行き着かず、ぶつぶつと独り言を呟きながら歩いていると、ドンと向かいから歩いてきた人と肩がぶつかってしまう。

 

「きゃ……!」

「おっと!」

 

 可愛らしい悲鳴を上げて倒れそうになった相手を、咄嗟に背中に手を回して支える。

 それが可能だったのも神の恩恵(ファルナ)の力のおかげだろう。おそらくヘスティアの眷属になる前であれば、こんな反応はできなかったはずだ。

 

「大丈夫ですか。少し考え事をしていまして、申し訳ない」

 

 最近このパターン多いなと自分の迂闊さを反省しながら、ベルはぶつかった相手の顔を見る。

 腰まで伸びた青い長髪。片目はその美しい青髪に隠され、隙間から覗く右目は自信なさげに細められている。しかしそこに宿る花緑青(エメラルドグリーン)の瞳はとても綺麗に彼女を支えるベルの姿を映していた。

 

「い、いえ……私の方こそよそ見していて、その、ごめんなさい……」

 

 女性は残念ながらすぐにベルから視線を外し、早口に謝意を述べて自分の足で立つ。

 その態度は初対面の男に怯えているようにも見えたが、構わずベルは朗らかに笑った。

 

「謝罪などいりません。あなたのような美しい人を支えられた事は男子(おのこ)の誉れ。よろしければ、お名前を教えていただいても?」

「う、美しい!?」

 

 ベルの賛辞に過剰に反応し、女性の肩が跳ねる。

 パチパチと何度かまばたきした後、両手を胸の前で合わせてようやく落ち着いたのか、風が吹けば消えそうな小さな声で女性は名乗った。

 

「えっと、カサンドラ・イリオン……です」

「カサンドラ、良い名前だ! 私はベル・クラネル。どうぞお見知りおきを」

「あっ、はい。よろしくお願いします……」

 

 ベルが挨拶と共に一礼するとカサンドラも慌てたように頭を下げる。

 そしてなぜかマジマジとベルの顔を見つめてきた。

 

「どうしました? 私の顔に、何かついてます?」

「い、いえ。そうじゃなくて、その……」

 

 ベルの問いに口ごもりながら、カサンドラは視線を外さない。

 訳が分からずベルは首をかしげるが、彼女はそんなベルの様子にすら構う余裕がないようで「兎……もしかしたら……この人……」などとぶつくさ呟いている。

 そして急に意を決したように眦に力を込めると、先程とは違って大きな声を出した。

 

「あ、あの……!」

「……?」

「私いま、探し物をしていて。それで……初対面でいきなりこんな事をお願いするのは、迷惑かもしれないんですけど……その、もし良かったら、一緒に探してもらえませんか?」

 

 不安そうに瞳を揺らしながら、カサンドラが頼み込んでくる。

 普通なら理由を問い返す場面なのだろうが、美人からのお誘いという事もあって一秒も待たずベルは即答した。

 

「もちろんです! 私で良ければいくらでも力をお貸ししましょう!」

「ほ、本当ですか! あ、ありがとうございます!」

 

 まさか快諾されるとは思っていなかったのだろう。

 ベルの返答にカサンドラは花が咲いたように笑い、その笑顔を見れた事でベルはまだ何もしていないにも関わらず自分の選択が間違っていなかった事を確信する。

 そして調子に乗って声高にあらぬ方向を指差して叫んだ。

 

「それでは参りましょう! 私達のデートへ!」

「で、デート!?」

 

 思ってもみなかった言葉に動揺するカサンドラの手を取り、ベルは何を探すかも聞かないまま歩き出す。

 こうして限りなく認識の乖離した二人の探し物デートが始まった。

 





折角原作とは違う話を書いているんだから、原作ではあまり目立ってないキャラにも積極的にスポットを当てていきたい、なんて理由からミイシャさんとカサンドラさんの登場でした。

次回はカサンドラとのデート回。

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