勿論、紡いできた歴史にも。
だから、そこにはきっと意味がある。
短いようで長かった汽車の旅もネビルが数多の菓子を平らげる頃には終了。
なんと喜ぶべきことに、あの重い荷物は学校まで屋敷しもべが届けてくれるらしい。
ガッツポーズするくらいには高揚していたボクの気分。
しかし、それも長続きはせず森番のハグリッドが先導するボートに揺られる頃にはドン底だった。
「最悪……文明人なら飛行機を使おうよ飛行機を」
船酔いから来る猛烈な吐き気を堪え、水面を覗けば麗しのマーピープルのいたずらっぽい目。
お世辞にも可愛いとは言い難いそれらに吐き気はさらに加速。
クソッタレだ。人魚なら人魚らしく美形で現れて欲しい。
「あらあら貴方結構好かれてるみたいじゃない。お似合いだわ」
同舟した女の子が何か言っている。
残念ながら船酔いでグロッキーなボクは、それに構っていられるほど精神に余裕はない。
「……うっ……うっ……」
「ちょっと! 吐くなら湖にしてよね。汚物と一緒に船旅なんて、短い間でも嫌だわ」
よし、決めた。
入学初日で気が引けるけど、この子の顔面に胃の中身ぶちまけるのも一興かもしれない。
胃はムカムカし続けるだろうが、スッキリはする筈だ。
「パンジー! その子船酔いしてるんだからダル絡みはお止しなあ。綺麗な女の子をイジッたって、アンタのブルドッグみたいな顔は良くならないんだからね」
「それどういう意味よ!」
「諦めろってことさね」
優しい同級生の登場に、ボクは歓喜する。
ハスキーボイスで毒を吐いた女の子が私の背を摩ってくれる。
(……ん? やけに大きな手だな。ゴツゴツしてるし)
「女の子なら素手で白黒つけるべきだよ、そうは思わないかい?」
振り返るとローブを纏った鉄塊がいた。
正確には鉄塊のような少女だが。
「ミリセント・ブルストロードだよ。よろしくね、ちっちゃい子」
息を飲んで固まるボクに差し出される手。
それは少女の手と言うには、あまりにも武骨すぎた。
肉体もそこいらの少年達と比べて、大きく、ぶ厚く、見るからに重い。
マルフォイ少年の下っ端のクラッブとゴイルを合わせて、滅茶苦茶にトレーニングさせたような体躯。
そして歴戦の闇払いを思わせる眼光、剛毛そうな黒髪、厳しい鍛錬を感じさせる柔道耳。
鉄塊のような全身、そのいたる箇所から彼女の荒々しさが伝わってくる。
「う、うん。メルムです……よろしく」
おずおずと手を握るも、相手は握り返してこない。
訝しんで顔を上げると、ミリセントは困ったように苦笑していた。
「私は握力が強過ぎてね。握手すると人の手を握り潰しちまうのさぁ……だから申し訳ないけど、これで許してちょうだいな」
どんな握力だろうか。
凄まじい娘が同級生になってしまった。
そうこうしているうちに一年を乗せた船団は、そびえ立つ巨大な城の崖下に到着する。
「頭、下げぇっっ!!」
ハグリッドの野太い声に従い、頭を下げて蔦のカーテンを避ければそこはもう城の真下。
着くなりボロ船から慌てて飛び出したボクは地下の船着場に降りる。
岩と小石がジャリジャリと鳴らす音は、何故だか知らないが非常に懐かしい。
「ねぇちょっとメルム」
「ん?」
誰かと思えばネビルだった。
そんなに焦った顔をしてどうしたというんだろう。
「あのさ……ぐすっ……ばだトレバーが居なぐなっぢゃったんだっっ!!」
「……もうペット変えた方が良いんじゃない?」
城に到着し、ハグリッドから一年生の案内を引き継いだのは副校長らしき女魔法使いだった。
見るからに厳格そうな顔つき、不正など生ゴミよりも嫌いそうな彼女はミネルバ・マクゴナガルと名乗った。
「これより新入生の歓迎会が始まりますが大広間の席に着く前に、皆さんの入る寮を決めなくてはなりません。しかるに────」
ドゴォアッッ!!!
マクゴナガル先生の説明を遮るように響く轟音。
一拍置いて落下してきたのは、マルフォイご子息の腰巾着のクラッブ少年だ。
落下の衝撃か、彼のデブクラッシュは一瞬ボクの足元を震わせる。
ギラリと光る眼鏡、気絶したのか完全に脱力しているクラッブに近づくマクゴナガル先生。
「これはこれはまぁ……一体どういう事ですか」
当然、気絶している彼が答える筈もない。
代わりに彼女の質問に答えたのは先程、同舟したミリセントだった。
「彼が私のことを貶してきたんです……だからその、思わず手が出ちゃって」
「あ、貴女は?」
ぬぅっと目の前に現れた彼女の鍛え抜かれた肉体を見て、思わず固まるマクゴナガル先生。
(うん、確かに固まるよね。普通に怖いし)
「ミリセント・ブルストロードです先生。そこで伸びている彼はビンセント・クラッブって言います。先生、彼酷いんです。私のことをまるでオークだって。自分だってトロールみたいな図体しているくせに」
「そうなのですか? ミスター・クラッブ」
混乱の極みだったのだろう。
マクゴナガル先生は気絶したままの彼に再び問い掛ける。
しかし、あろう事かクラッブ少年は先生である彼女の問いに対して「ばびっ」という尻から出る音で答えた。
(うわっ!)
なんというか普通に臭い。
「誰が屁で答えろと言いましたかミスター・クラッブ!!」
鼻を摘みながらクラッブ少年を足で小突くと、マクゴナガル先生は呆れたようにため息をついた。
「ミス・ブルストロード。組み分けの儀が終わり次第、貴女の処遇を寮の監督者に委ねます。食事が終わっても残るように」
◇◇◇◇◇◇
そのあと、マクゴナガル先生は組み分けの儀式について長ったらしい説明をした後、クラッブ少年を医務室に連れて行くべく退出してしまった。
話は大体ハーマイオニーやスキャマンダーさんが言っていた事とおんなじだ。
このホグワーツ魔法魔術学校には四つの寮があり、創立者の名前にちなんだグリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。
生徒はそれぞれの寮に分かれて卒業まで生活し、同学年で同寮の生徒たちを1つのクラスとして授業を行う。
生徒達の学校生活を決めるとも言える寮の選択は組み分け帽子とやらが担当するらしい。
こいつがくせ者で、四人の創立者が魔法によって知恵を吹き込んだ組分け帽子は生徒の重視する徳目や希望を取り入れた上で行うのだとか。
生徒が組分け帽子を被ると、彼らの望む徳目や希望を取り入れた帽子が四寮から最適の寮を宣言するという。
「寮杯ねぇ……」
もう一つボクがうんざりしたのは寮対抗杯というシステムだ。
生徒の態度が良ければ得点を追加し、悪ければ減点する。
己の行動がそのまま寮全体を左右するという事に他ならない。
簡単に言うと連帯責任って奴だ。
ハーマイオニーが得意そうに話していた事だが、これはイギリスのパブリックスクールにはよく見られることであるらしい。
得点っていうわかりやすい尺度によって教育を楽にするためだとは思うが、何とも面倒くさい話だ。
「ねぇメルム、僕らどこの寮に行くのかな?」
話す人もいないのか、ちょこちょこと寄ってきたネビルが恐る恐るといった感じで話しかけてくる。
どうせ組み分けの儀式の準備を終えるまで暇ではあるし、会話に付き合って暇を潰すのもいいかもしれない。
「前にも話したと思うけど、ボクはレイブンクローかな。スリザリンは選民思想が強そうだし、ハッフルパフは馬鹿そうだからパス。グリフィンドールの騎士道も肌に合わないし」
「ぼ、僕は基本どこでも良いけどスリザリンだけは嫌だ。うん……スリザリンだけはダメなんだ」
いつになく頑なに言い張るな、とボクは目を見開く。
思い詰めるようにヒキガエルを握り締めるネビルの姿からは悲壮感すら感じられる。
あと、トレバーが飼い主を好きにならない理由がようやく分かった。
あれでは誰でも逃げたくなる。ペットへの接し方が絶望的に下手なのだ。
「へぇスリザリンが嫌なんだ? 君は」
そんな言葉と共に割り込んできたのは、先ほど腰巾着を鉄塊にダウンされたマルフォイ少年だった。
面白い事を聞いたと顔を歪ませる彼の背後では、もう一人の腰巾着のゴイルが拳をポキポキ鳴らしている。
「君は見たことがあるな。ロングボトム家の子だろう? ご両親は元気?」
(おや、殺気)
出処を見れば、ネビルが可愛らしい丸々の顔を真っ赤にさせてマルフォイを睨みつけている。
「君のご両親はとっても優秀な闇払いだったらしいねぇ。父上から聞いたよ。確か例のあの人を追っかけ回している内に両親二人とも石につまづいて頭を打ってバカになったって」
ネビルの怒気にも気づかずベラベラ喋るマルフォイ少年のデリカシーの無さに、思わずボクは驚嘆する。
よくもここまで人の癇に障る発言がポンポン出てくるものだ。
服屋の時もそうだが、煽りスキルがカンストしているとしか思えない。
「グリフィンドールらしい天晴れな最後じゃないか。聞いた所だと二人とも窓ガラスに向けてこう言うらしいね。あなたはだあれ? わたしはだあれ? ここはどこーって!! まったく栄誉の負傷じゃないか」
ドッと何人か彼の取り巻きらしい良家のお嬢様やご子息が爆笑する。
お育ちは所作を取り繕えるが、その品性までは隠し通せない。残念無念。
(仕方ない、参戦してやるか)
荒事は嫌いじゃない。
鼻持ちならない奴をぶっ潰すのは大好物だ。
向こうは二人、こちらも二人。
マルフォイ少年はネビルでも何とかなるだろうが、ゴイルとでは体格でこちらが不利。
恐らくだが、マルフォイ少年と組み合っている内にゴイルに昏倒させられるのがオチだろう。
(……これはこいつが入用かな?)
爆発するであろうネビルに合わせて、背後からゴイルに呪いを掛けられるようボクが杖に手をかけた瞬間。
「さあ行きますよ」
厳しい声がした。
誰かと思えばマクゴナガル女史の再登場である。
同時に厄介事の匂いを敏感に察知したらしい。
眼鏡の奥からの鋭い視線が、ボク達を舐めるように見回した。
流石に先生の前でやらかす気は無いのか一触即発の空気が緩む。
「命拾いしたね」
そう言ってマルフォイ少年はゴイルを引き連れ、そそくさと生徒の群れの中に消えていった。
その様子をギラリとした眼鏡で追いつつ、ここで追求する気はないのかマクゴナガル女史はマントを翻した。
「組み分けの儀式がまもなく始まります。さぁ一列になって。ついてきて下さい」
ボクらが通されたのは大広間だった。
その広大さにはお屋敷育ちのご息女ご子息達をも感嘆させるものらしく、あちこちから息を呑む気配が伝わってくる。
宙に浮いた何千の蝋燭に照らされるようにして存在感を放つ四つの長テーブル。
そこには金色の皿やゴブレットが置かれており、肩に乗っているゴールディが目を輝かせた。
ニフラーとしてはたまらないものがあるらしい。
(……多いな)
何百人もの上級生達。
既にそれぞれの寮らしき長テーブルに座した彼らは一様に此方を見ていた。
その顔は蝋燭に照らされ、まるで青いランタンを想起させる。
まるで新入生のボク達は出来の悪い見世物だ。
緊張感からため息を吐いて、ボクは視線を上座である教師用の五つ目のテーブルへと向ける。
「あれがアルバス・ダンブルドアか……」
キラキラしたブルーの瞳、半月型の眼鏡、その長い鼻は少なくとも二回は折れ曲がっている。
髭と髪の長さ、そして皺の深さはその歳を想像させるに難くない。
まったくどこぞのボロ雑巾と大違いである。よほど良い歳の取り方をしているらしい。
とはいえあまりジロジロ見るのもおかしな話なので、さっと視線を天井へと逃すボク。
「うわぁ……!」
感動のあまり思わず声が出た。
それくらい天井に掛けられた魔法は素晴らしく、何とも綺麗だったのだ。
旅の中、やむなく草原で野宿した際に頭上に広がっていた景色そのもの。
天井一面に広がる満天の星空は、城を透かして空が見えると錯覚するくらい見事な出来だった。
「〜〜〜〜♪」
「〜〜〜♪ 〜〜〜♪」
「ん?」
これはどうしたことだろうか。
いつの間にか目の前に四本足の椅子が置かれ、その上に古ぼけたとんがり帽子が用意されている。
おまけに鍔のへりの部分が口のように裂けて、寮への賛歌まで歌っている。
どうやら天井の光景に見とれている内に、組み分けの儀式は結構進められてしまったらしい。
「ABC順に名前を呼ばれたら椅子に座って帽子を被りなさい……アボット、ハンナ!!」
ここでの組み分けとは、あの古帽子を頭に被って決めるようだ。
名前を呼ばれた記念すべき一人目である金髪のおさげの少女が、緊張しつつ椅子に座り帽子を被る。
深々と被ったせいか、女の子は目元まで隠れてしまった。随分と大きい帽子だ。
「ハッフルパフ!!」
一瞬の沈黙の後、帽子の一声。
右側のテーブルから爆発するような歓声が上がる。
組み分けされた生徒は校長や先生方に挨拶はしなくていいようで、そこだけは安心する。
「フィネガン、シェーマス!」
「グリフィンドール!!」
「グレンジャー、ハーマイオニー!」
「グリフィンドール!!」
マクゴナガル女史の呼ぶ声に従い、粛々と進められていく組み分けの儀式。
どうやらハーマイオニーは念願のグリフィンドールになったようだ。
歓声が聞こえる。
どうやらあの寮は騎士道だけでなく、お節介焼きも受け入れる心の広い寮らしい。
「さて」
アルファベット順に行けば、ボクの番は次かその次ってところだろう。
そっと爺様から貰ったアクセサリーを首元に着ける。
「ぐ……グリンデルバルド、メルム!」
お呼びが掛かった。
乙女らしく静々と、しかし堂々と椅子の前に向かうボク。
椅子の前では、困惑したような顔のマクゴナガル女史が帽子を手にして此方をじっと見つめている。
(へぇ……こっちじゃ珍しい反応だね)
畏怖の視線。強ばった顔。見慣れた表情。
あれは知っている目だ。ボクのことはともかくとして、祖父が仕出かしてきたことは確実に。
見たところ、マクゴナガル女史はご年配の方だ。
彼女が知っていても別段に不思議な話ではない。
それよりも────
(参ったな。ちらほら気づいてる奴もいる)
上級生達が座る長テーブルの席から、明らかに友好的ではない視線が無数に飛んできている。
数こそ比較的少ないが、イギリスでもこの反応は流石に心が折れそうだ。
悪い噂というのは、日を跨がずに話が回るのをボクは今まで嫌というほど経験している。
そして大抵、後でその事実を知った輩の方がタチが悪いという事も。
(イライラするな……)
言うまでもなく、メルム・ヴォーティガン・グリンデルバルドという少女と、ゲラート・グリンデルバルドとかいう大悪党は血が繋がっているだけで、まったくの別物だ。
ヒトにはそれぞれ個性があり、多少似通う事はあれどまったく同じになるということはありえない。
それは当然の話で、異論を挟む余地などない。
だというのに皆、口々にこう言うのだ。
────あの大悪党の孫娘だ! 火種は消さないと、再び大きな災禍を招く事となるぞ!
────どの面下げて街を歩いているのかしら! 私の祖母はあのキチガイに殺されたのよ!?
────聞いたぞお前のこと! マグルも魔法使いも無差別に殺して回ったテロリストの孫なんだろう! 俺が排除してやる!
馬鹿どもの口を一々実力行使で塞ぐのにも疲れた。
大体ボクが一人なのに対して、向こうは数が多すぎる。
所詮はグリンデルバルド。悪党の孫。どこまでいってもマイノリティでしかない。
そして何よりも苛立たしいのは、本来爺様が背負うべき業を何の関係もないボクが背負っていることだ。
まったく理不尽な話だと思う。
「先生、帽子を被せて戴いてもよろしいでしょうか?」
「っ! ……えぇ」
カポッとどデカい組み分け帽子が被せられる。
視界を封じられるのは不快だが、我慢しよう。
どうせ見えていても、気分が良くなることはないのだから。
それを証明するかのように、新入生はおろか上級生達も皆借りてきた猫のように静かになっている。
「まったく、そんなに他人が気になるもんかな。理解出来ない感情だよ」
小声でそう毒づきながらボクは深々と椅子に座る。
そう、このクソ帽子による実に不快な心の中での対談が待っているなど露程も思わず。
◇◇◇◇◇◇
「……ぐ、グリンデルバルド、メルム!!」
とうとうこの日が来た。来てしまった。
和やかな雰囲気で各教諭が顔を綻ばせる中、アルバス・ダンブルドアは一人だけ笑いもせずに俯く。
勿論、今更ダンブルドアの中にグリンデルバルドの血族に対する凝りはないと言っていい。
七十年も前の話だ。自分は鮮明に覚えてこそいるが、大抵の魔法使いの記憶には埃が被っている。
そう、信じて疑わなかった。
(儂らの認識は甘かったと言わざるをえまい、ニュートよ)
ダンブルドアの笑みを躊躇わせていたのは、グリンデルバルドへの凝りなどでは無い。
彼女の登場へ、皆の見せる露骨なまでの好奇心であった。
ダンブルドアは、これからその感情が嫌悪、そして悪意にすら変わることを知っている。
(ゲラート、これがお主がしてきたことの業なのじゃな)
虐げられてきた者達の恨みは根強い。
そして、それは加害者側も同じことが言える。
七十年にも渡って虐げられてきたグリンデルバルドの血族からの感情は如何ばかりか。
そう、アルバス・ダンブルドアという一人のちっぽけな魔法使いはグリンデルバルドと会うのを恐れていたのだ。
彼は、メルム・ヴォーティガン・グリンデルバルドの凡その遍歴を知っている。
まず六歳の頃、彼女は両親と妹を闇の魔法使いによる襲撃によって亡くしている。
引き取り手は無し。自動的にマグルの孤児施設へと入院。
続いて七歳の頃、なけなしの施設まで火事によって炎上。
出火の原因は通常の炎ではなく、現場には色濃い闇の魔法の痕跡が遺されていた。
やむなく当時、救出にあたったアラスター・ムーディの提案により、現役の闇祓いも参加するほどの過酷な自衛の訓練を二年にも及び施される。
その後、ニュート・スキャマンダーが彼女の保護者として名乗りを上げたものの、彼女は九歳の誕生日を迎えたと同時に、各国へと放浪の旅に出た。
あまりにも不幸な出来事が重なった末の行動であり、スキャマンダー一家も止める事が躊躇われたのだという。
(理不尽極まりない話じゃ。なぜそこまでの不幸を彼女達が背負わねばならん。グリンデルバルドの災禍はゲラート一人のもの。血族は関係ないじゃろうに)
とはいえ、良くも悪くも魔法使いにとって血とは重要なものだ。
その証拠に、グリンデルバルドの血族に本校の入学許可を出したことによって生じた猛抗議は凄まじかった。
連日の対処に終われて、寝不足の目をしばたたきながらダンブルドアは夜空の映る天井を見上げる。
────なぜこうなる前にもっと早く手を打たんかった? 罪なき子らを見殺しにする権利が、一体誰にあるというんだダンブルドア! 少なくとも、もう一人のグリンデルバルドには生きる権利があった!!
────戦争じゃよアラスター。儂の中では終わっていても、戦禍に晒された者達の中ではまだ終わってはおらん。これは彼らが受けるべき業なのじゃ
────まるで自分達には責任がないかのような言い方をしおって!! ダンブルドア、あんたは戦をした!! 勝敗はともかく、それによって生み出された被害者達にとって、敵味方等しく罪人に決まっておるだろうが!! 自分が仕出かした事の尻ぬぐいからすら逃げるのなら、あんたは儂が見てきた闇の魔法使いの中で一番汚い奴だ!! 正義を振り翳し! 弱者を見捨てる! ゲラート・グリンデルバルドやヴォルデモート卿と何が違う!!
────……儂はそれでもあの時した事は間違っていたとは思わん。儂以外の誰にゲラートを、あの最凶の闇の魔法使いを止められたというのじゃ
────ふん……儂が言いたいのは戦争をした事の善悪ではない。これを聴け……焼き出せグリンデルバルド♪ テロリストの一族は皆殺し♪ 因果はやがては返ってくる♪ 燃やせや燃やせ♪ ……こんな醜い歌を他のガキ共が鼻歌交じりに歌っておったんだ! あやつに石を投げつけながらな!!
────それは……
────自分には関係ないとでも?! 両親も、妹も、住むべき場所さえ奪われたあやつが、なんでこんな目に合わなけりゃならない!
唇をわなわなと震わしながら、かつてそう叫んだ
恐らく彼がその時目にした光景は、歴戦の闇祓い達がかつて目にしたどんな戦場の凄惨さとも違ったものだったのだろう。
メルム・ヴォーティガン・グリンデルバルドがイギリスの国を発った日、アラスター・ムーディはまるで見届けたかのように闇祓いの一線から退いた。
────綱渡りをするにも、もう歳だ。ケリをつけるにゃ良い機会だと思ったのだダンブルドアよ。別に、
そう言い残して。
グリンデルバルド一家襲撃事件の発端は、闇祓い達によって追い詰められた
犯人達の供述は、『かつて闇の魔法使いの頂点に君臨した男の一族。我が君を復活させる秘術を必ずや知っていると思った』である。
正気の沙汰ではない。目を覆うような凶行からもそれは伺える。
そして、それは長年の逃亡生活による精神の磨耗と診断された。
それを聞かされたアラスターは憔悴した。当時、彼は死喰い人狩りの主導者だった。
自分が不必要に
カッ、カッ、カッ。
大理石を歩む音がどよめきの中でもハッキリ分かる。
堂々と散歩でもするかのように椅子へと向かうのは小柄な少女。
透き通るような銀の長髪、無機質な翡翠の瞳と感情をあまり感じさせない色白の端正な顔。
「……」
あぁ! あぁ!!
性別こそ違うが、見る者をハッとさせる美貌もその独特の威圧感も在りし日の奴と瓜二つだ。
そして、最もダンブルドアが注視したのは、少女の首にぶら下がる”彼”を象徴するアクセサリーだった。
三角形の中に丸と一本の縦線が入ったあの造りは”彼”の血族である事を如実に語っている。
三つの角は『死』から身を隠すマントを。
丸い円は『死』を辱める石を。
そして縦線は最強の『杖』を。
在りし日の野望、夢見た理想、亡くした者。それらがいっぺんに脳裏を掠め、胸いっぱいになる。
若き魔法使いの愚かさに振り回された人々がいた。代償はあまりにも大きかった。
そして静かに
(とはいえ、それは風化した過去の遺物じゃ。過ぎ去った淡い夢に過ぎん)
ゲラート・グリンデルバルドが投獄されてから七十年が経った。
若かりし頃の、あの滾るような野心も長過ぎた年月に流されてしまった。
おまけに失ったモノを取り戻そうにも、時がお互いに経ち過ぎている。
「もはや君の為そうとした夢を、真の意味で理解している者も何人残っているのやら」
忘れられかけたイデオロギー、激動の歴史、連綿と紡がれていく鮮血。
それでも畏れは受け継がれていく。
それらが、これから学内で過ごす事になる彼女の七年にどう影響するのか。
「まぁビックリ箱を開けるような心境じゃが。じっくりと見守らせてもらおうかの」
人生も、物事も、時には単純に捉えて生きていく事が大切だ。
少なくともそれは、全てに決着が着いたあの日から今に掛けて学べた数少ない教訓であった。
◇◇◇◇◇◇
『不思議なものだ。遥か昔に置き去りにされたダンブルドアとグリンデルバルドの因縁。それがこんな所で再び芽吹くとは。この血筋の者だけは来る事がないと思いつつ、それでも私は君が来たことに驚きを感じてはいないよ。ようこそホグワーツへ』
耳の中というよりは直接、心に語り掛けてくる組み分け帽子の仰々しい挨拶にボクは苦笑いする。
組み分けというのは、中々どうして面白い。
寮決めには、どうやら生徒の思想や資質だけではなく、その者の持つ血筋まで見るらしい。
この学校は、案外血を重視する傾向なのだろうか。
『そこは安心したまえ。私はサラザールのような選民思想は持ち合わせてなどいない。血は重要でこそあるが魔術を習う者、その資格の有無を判断する材料とは成り得ないのだよ』
組み分け帽子の話を纏めると血筋そのものに意味は無いらしい。
マグルであろうが、魔法族であろうが、巨人族であろうが、一定の魔力を持つと判断された者にだけしかそもそも招待状は届かないという。
『誤解しているようだが、私が見るのは全てなのだよお嬢さん。その身に流れる血から才能を見出し、心を眺めて資質を探り当てる。君のように、時々分かりづらい子がいるのが頭痛の種だが』
(へぇ、帽子にも頭痛ってあるんだ意外)
さり気なくボクの事を問題児扱いしたことは流す。
恐らく問題児になる事は間違いないからだ。
とはいえ、それだけで端的に寮決めをされても困るのは確かだが。
(厳正な判断を求めるよ。まぁボクの行きたい寮は分かっているだろうし、簡単だと思うけど)
『ふむふむ。もちろん君の望みも理解しているとも。その身に満ちている魔力、溢れんばかりにある才能。君が思っている通り、君はレイブンクローの資質を十二分に持ち合わせている。そして自覚は無いかもしれないが、自分より強大な者へ媚びず立ち向かうという気高さはグリフィンドール向きでもあるのだ────ーしかしどうにも困ったことに、君はそれを他者の為に振るおうという意思や思いやりは一欠片もない』
(普通のことじゃないの? それは)
魔法とは、魔力とは、自衛の手段だ。
持っていなければ搾取される、今までスクイブが各国でそうやって差別されるのを腐るほど見てきた。
牙は研がねば使えない。持たざる者は、ただ死んでいく。そう教えられた。
だから己の力を他人の為に振るうという発想自体、ボクにとって新鮮なものだった。
(今時、弱者を助けるヒーローなんて流行らないと思うけどなぁ)
博愛精神ですら利害関係が複雑に絡んでいる時代なのだ。
純度100%の施しの精神なんてものが、本当に存在するとは思えない。
ヒトがそこまで綺麗なものだとは、ボクは到底信じられない。
『そう。君は酷く狡猾で、他者との共感性に著しく欠けている側面がある。誇りや勇猛さに意味を見出さず、どんな手を使ってでも勝利という唯一を叩き出せればそれでいいという悪辣さがあるのだ。しかも、そんな醜い己の性も冷静に俯瞰してそれでも尚良しとしている。違うかね?』
(まぁハズレではないかな。イイ線いってる)
こうまで自分の内側を
中々どうして、組み分けという儀式も馬鹿にできない。
マグルでいうところの
『どうするね? グリフィンドールであればその気高さを。スリザリンであれば、その狡猾さをもって偉大なる道が開ける事は間違いない』
(……? ハッフルパフとレイブンクローはどこ行ったの)
ボクはレイブンクローが良いのだ。
今、組み分け帽子が挙げた選択肢にレイブンクローは存在しない。
組み分け帽子お勧めのグリフィンドールだが、個人的に言わせて貰えば気高さなんて持っていても、腹の足しにすらならない。
寧ろ、今までの人生でどれだけプライドを捨てられるかが生き残る秘訣だったので、そもそも必要としていない。
泥水を啜ってでも生き残った方が勝者だ。
狡猾さに至っては、個人的に小ズルいという可愛い評価のままでいたい。
『そうか。それでだが、私としては君のその性格は酷くある寮に向いていると思うのだ』
(……ちょっと待って。良くない流れだから口を挟ませて貰うけど、ここは普通にレイブンクローって叫ぶところじゃないの?)
『そうかね。君はそう思うのかね? 君がそう思うのならそうかもしれないな。ちなみに私はそうは思わない』
(失礼なことを言わせて貰うけど。組み分け帽子さん、まったく人の話聞いてないよね? 耳ちゃんと付いてる? あ、付いてないか)
『本当に失礼だな……ゴホン!! 残念ながら寮の組み分けは性質の似た者同士を切磋琢磨させられるよう、ふるい分けする側面も持ち合わせている。まったく無関係というわけではないのだよ』
さっきレイブンクローの資質は十二分にあるって言っていた気がするが、それはどうしたのだろう。
組み分け帽子にも認知症があるのかもしれない。ありえる話だ。
この帽子は学校設立当初からあるらしいし、相当な年月が経っている。
(まぁそのことは置いといて。そもそも組み分けは性格云々の話じゃないでしょ。判定基準には生徒の意向を慮ったものになるって聞いてるよ)
『そんな時代もあった。若かったのだあの頃は。今はドンドン気に入らない奴は希望とまったく別の寮にぶち込む事にしている。さぁスリザリンが良いかね? あるいはスリザリン? どうしてもというならスリザリンにするが』
(……なんと。まさかのスリザリン一択)
とうとうグリフィンドールすら無くなった。
この学校の寮はいつから一つになったのだろうか。
今の今まで散々酷い目に合ってきたんだから、せめて寮決めの時くらい自分の好きな寮に入りたかったのだが。
(つくづく不幸だ……いや、それはあの爺様の血を受け継いで生を受けたその日からか)
『それは違うぞ。ゲラート・グリンデルバルドの孫よ、君の不幸の原点はそこではない筈だ』
組み分け帽子の戯言に、珍しくボクの表情筋が歪んだ。
(……あなたに何が分かるの?)
『君は自分の中に眠る恐るべき力に気づいていない。君の不幸は、グリンデルバルドの名によって理不尽を被ってきた現実ではない。この現実を作り出したエネルギーに気づいていないことこそが、不幸なのだ。よく考えてみたまえよ。この広い欧州列強を相手に、かの魔法使いはたった一人で何十年も戦ったのだぞ』
それは偉大なことなのだろうが、生憎なことにボクはそれを求めていない。
ただ適度にスリリングで、刺激のある日常を謳歌したいだけの少女なのだ。
『ハッ!! 適度にスリリングで刺激のある日常か。それは約束しよう。まぁ君には
(様々な困難なんて求めていないんだけど)
『その立場上、君を利用したり杖を振り翳す者も多くなるだろうが、あえて言おう。強者たれ、と! 君がどう運命に立ち向かって成長していくか非常に楽しみだよ』
待って欲しい。
ボクの名前はグリンデルバルドだ。テロリストの孫だ。
(こんな闇の魔法使い育成所として評判の所にぶち込まれたら、絶対に危ない奴だって勘違いされちゃうんだけど)
『それは勘違いではない……さて。この寮ならば必ずやその狡猾さ、実力を以て君は真の強者たりえるだろう。よって』
(友達出来なくなっちゃ)
「────スリザリンッッッ!!!」
「あーあ」
◇◇◇◇◇◇
意外と思われるかもしれないが、あの後ボクはあっさりと組み分けへの判定を受け入れ、不本意ながらスリザリンのテーブル席に着くこととなった。
組み分け帽子には色々言ってやりたい事があったが、誠に残念なことに組み分けをするのはボクだけではない。
ボクの後にも、続々と組み分けという名の処刑待ちをしている新入生がいる。
かのハリー・ポッターもその一人だ。
「ポッター・ハリー!!」
「……グリフィンドールッ!!!」
「「「っしゃあぁぁぁぁッッッッッおらぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!」」」
少しの間、考え込んでいた組み分け帽子が高らかに宣言する。
それと同時にグリフィンドールのテーブルから、勝利の雄叫びを上げながら上級生達が次々と立ち上がった。
ハリー・ポッターは「例のあの人」を退けた英雄だ。
騎士道を重んずるグリフィンドール生はさぞかし嬉しいことだろう。
「ハリー・ポッターだッ! ウチの寮が戴いたッ!!!」
似たような顔をした赤毛の二人など、椅子の上で小躍りしている。
あちこちから湧き出る嬉しそうな声。
(これひょっとしなくても、ボクの寮以外の全部の寮が祝福してない?)
その人気っぷりに、思わずボクはため息をついた。
羨ましい限りである。
ボクのスリザリン行きが決まった時など、拍手も疎らで先輩も新入生も微妙な顔をしたものだ。
というか
(うん。どう考えても警戒されてるよね)
どうやらボクの名前に心当たりのあった優しい先輩方が、ボクの頭の上で組み分け帽子が唸っている間に、ありがたい
お陰様で、ボクの後に組み分けを終えて右隣に座ってくれた少年もいたのだが、唐突に物凄くシャイになったらしく一言も喋ろうとしない。
不思議なことに視線すら向けないのだ。
前方も、その隣も、皆揃って照れ屋さんらしい。
他の皆は楽しく自分がどのような血統かをお披露目したり、両親や祖父母の職業を出汁にマウントを取り合っている中、静かに天井を見上げるか俯いている。
(歓迎するフリくらいしてよ……)
向こうはイギリス魔法界の救世主、此方は世界を股にかけた大悪党の孫娘。望むべくもない。残念千万。
まるで勇者と魔王だ。同じ有名人でこうも扱いが違うと、なんか情けなくすらある。
「スリザリンに英雄を取られずに済んだ!!」
「ナイスだグリフィンドール!!!」
「純血狂いのスリザリンめ、ざまぁみやがれ!!」
そんな罵倒混じりの声まで漏れ聞こえてくる。
上から順にハッフルパフ、レイブンクロー、グリフィンドールの発言だ。
どうやらボクの寮は、相当な嫌われ者らしかった。
「はぁ……」
とんでもない所にぶち込まれた。
下品で下世話なくせに皆揃って、プライドだけは山より高い。
ボクの想像の十倍以上、純血思想が酷いのだ。
純血狂いという言葉もあながち間違ってはいなさそうである。
(念の為に、グリンデルバルドの血族関係だけでも調べておいて良かったよ)
マルフォイ少年との邂逅の後、自分の血筋に興味を覚えたボクは独自に調べていたのだ。
結果、グリンデルバルド一族も純血ではある。
だが、残念なことに祖母の性であるヴォーティガンの名は古すぎたのか、辿る事は出来なかった。
(流石に外国の魔法使い一族のルーツまでは、時間がなかったから調べられなかった。まぁ爺様の掲げたイデオロギーとその性格上、マグルと契るのは100%ありえないから、心配はしてないんだけれど)
それにしても、純血とはかくも素晴らしいものであるらしい。
誰も彼もが間の抜けた顔を揃えて、胸を張っている。
(血筋なんて、それこそ付加価値でしかないと思うんだけどなあ……)
彼らはこのまま歪んだ思想を胸に抱いて大人に成長していくのだろうか。ナンセンスとしか言い様がない。
爺様は昔、こういう連中の痒い所をくすぐって好き放題やっていたようだが、ボクはそこまで器用にはなれそうもない。
力とは、誇りとは、自分の手で掴み取らなければ意味が無い。
(まぁ無いよりはマシかな。良くペットとかも血統書付きの方が高く売れるし)
思想を旗として掲げる趣味はないものの、それで学校生活に支障をきたすレベルで嫌がらせをされるのは御免だ。
純血という免罪符で楽に過ごせるならそれに越したことはないのかもしれない。
そんなことをボクが考えていると、ぬっとゴーストが目の前のテーブル席から唐突に姿を現した。
「うッッ」
予想だにしないところからの登場に、思わずボクの声がひっくり返る。
虚ろな目、げっそりした顔、銀色の液体まみれの服。
この銀色の液体はもしかしなくても血だろうか。
並みいるゴースト達の中でも、かなりグロテスクな部類に入る彼は何故か空いているボクの隣にスっと座る。
「名誉あるスリザリンへようこそ、闇の魔法使いの血族よ。鷲が翼を広げたが如きその立ち振る舞いもそうだが、特筆に値するのはその血だ。多くの者達が時代の波に晒され血を薄くしてく中、貴様の鮮烈は色褪せるどころか更に輝きを増している。お会い出来て光栄だ、グリンデルバルド」
差し出される手。
仕方ないので渋々その手を取ると、ゴースト独特のなんとも言えない感覚がボクを襲ってくる。
とても楽しそうに笑う彼には悪いが、正直隣に座らないで欲しい。
心無しか他の寮生達との距離が、物理的にも更に開く。
「それにしても面白い娘だ。ゲラート・グリンデルバルドとアルバス・ダンブルドアとの因縁を知らぬわけもあるまいに、世界に数多ある学校の中からわざわざ此処を学び舎として選ぶとは。いやはや肝が座っているというか何というか」
仕方ないだろう。
イルヴァーモーニーは飛行機から降りる前に、アメリカ魔法界によってシャットアウト。ボーバトンは校風が合わない。
ダームストラングは知って通り、グリンデルバルドの血族は出禁だ。まったくマーリンの髭。
この学校とて、ダンブルドアが特権を使って無理矢理、ボクの名前を捩じ込んだとスキャマンダーさんが言っていた。
いわゆるコネ入学という奴である。
(ねぇ爺様、檻の中で気づいてる? 貴方が素敵で楽しい世界旅行を愉快痛快に楽しんだ結果、皺寄せが全部こっちに来てるって)
分かるわけないか。
物理的にも常識的な面でも彼とは距離が開きすぎている。
「貴方はその……えっと?」
「血みどろ男爵、そう呼んでくれ」
見たまんまだ、それ。
「学ぶものをば選ぼうぞ、祖先が純血ならば良し。スリザリンの教育方針だ。とはいえ今の時代、純血だけを選ぶというにも限度がある。純血が必ずしもその叡智に結びつくかというと甚だ疑しいしな。貴様がこの寮のことをどう思っているかは知らないが、半純血やマグル生まれの子息達がその資質を見抜かれて入る中、今スリザリンはその本質が剥き出しになっている状態だ。つまりは」
────俊敏狡猾なスリザリン。
そう呟く彼はどことなく不満げで、それでも少し誇らしげだった。
「俊敏狡猾ってなんか嫌な響きじゃないですか? 叡智とか勇気とか、他の寮はもっと入りたくなる言葉を使っている気がしないでもないですけど」
「勇気も叡智もその場になって、初めて発揮されるものだ。我々はそもそも争いにならぬよう狡猾に立ち回る。頭を働かせ才能を駆使してな。血なまぐさい場にあって初めて発揮される才能など馬鹿げている」
なるほど、そういう考え方もあったのか。
血みどろ男爵の容姿と真逆の正論に、目から鱗が落ちる思いでボクはうんうんと頷く。
「私は貴様の血にも語りかけているぞ、グリンデルバルド。我らは狡猾でなければならない。血が血がと騒ぐだけの馬鹿が多くはなったが、本質はそこにあるのだ。寮の得点を稼げ。学校の規則は破っても良いが、バレるようなヘマは打つな。我らスリザリンは六年もの間、寮杯を他の寮の手から守ってここまできている。これは他の新入生諸君にも言えることだが、寮憑きのゴーストとしてはこれまで繋いできた先輩達の努力が水の泡になるのはどうにも忍びない。精々魔術の腕を磨き、その頭を働かせて如何に寮に貢献出来るか熟考して欲しいものだ」
それでは。
そう言ってまた現れた時と同じようにテーブルの中へと消えていく血みどろ男爵。
要はある程度自由にしても良いが、リスクリターンはちゃんと考えて賢く生きろということだ。まさに狡猾。
「流石はグリンデルバルドだ。来て早々、もう寮憑きに目をつけられたかい」
肩を叩かれ、そんな言葉が浴びせられる。
後ろを振り返ると、そこにはいつかの鉄塊がいた。
「ブルストロード……さん」
「やぁだねぇ。ミリセントってお呼びよ」
フランクに話しかけてきたのはミリセント・ブルストロードだった。
意外といえば意外だ。
彼女はブルストロード家。
純血であり聖28一族だった筈で、てっきりボクは彼女もパーキンソン達の純血談義に参加していると思っていた。
「スリザリンの純血自慢にうんざりしてるかい?」
「もちろん」
「だと思った」
組み分けが終わり新入生歓迎会へと流れが移行していく中、先程まで血みどろ男爵が座っていた左隣の席に腰を掛けると、ミリセントはニヤッと笑った。
「確かに皆、血は優秀さね。ところがどっこい、そんな薄っぺらなものが、いざという時にクソの役にも立たないことを私は知ってる。代表例はあのクラッブさ。聖28一族のあのトロールが、私との喧嘩で無能を証明した」
「口が悪いねミリセント。でもここだけの話、彼はどう見ても先天的になんか異常がある。でなければ、あそこまでオツムが弱そうに見えるわけない。自分より強い奴を見分けることは、犬にも出来るんだから」
「ははッ!! アンタも結構言うじゃないか!」
確かにボクも毒舌な方ではあるが、彼女もかなり口が悪かった。
「まったく、どいつもこいつも血筋を誇る前にちっとは役に立つ男になれるよう努力してほしいもんだね。優秀っておだてられてニッコリするのは魔法省のお役人と、その周囲でうろちょろする目障りな金持ちだけで十分さね」
「しょうがないよ、彼らは極楽トンボみたいなものだし。いつだって世の中は自分たちに都合よく回ると思っているんだよ、きっとね。個人的には、純血の自慢話がしたいなら教会に行って神父にでも聞いて貰えば良いと思うけど」
ミリセントはガハハッと豪快に笑うと、貪るように料理を口に運ぶ。
美味そうに食べるものだ。
各国を回ったせいでボクの舌は肥え、既に故郷の味は口に合わなくなっていた。
濃い味付けよりもボクは、あっさりとした料理の方が好きなのだ。
その点、日本は良かった。様々な味がある。
特に寿司なんて大好きだ。胃がもたれるまで食べられる。
「ダンブルドア校長は良い奴だ。皆は毛嫌いしているけど、私は好きだね。ちゃんと腹が減っているこっちに気を使って、長話を省略してくれたのは評価に値する」
「あれは些か適当が過ぎるとは思うけど」
ボクとしては、校長の長話というのは経験が無い為、聞いてみたい気もあったが。
とはいえあまり実のない話を聞いていても苦痛だから、やはりあれで良かったのかもしれない。
「そういや、アンタはいつにも増して喋らないね。ノット」
ローストビーフをフォークで豪快に食いちぎったミリセントは、ボクの右隣に座っている男の子に話しかける。
筋張ってひょろりとした子だ。ボクの背が低い事を除いても、同年代としては背の高い方だろう。
「……馬鹿言うなよミリセント。世界を股をかけた闇の魔法使いの孫娘が怖いだけだから。影のようにひっそりとしているだけだから」
「しょうもない嘘をつくんじゃないよ。どうせ、いつものあがり症だろう? 可愛い子の隣に座ったは良いが、何を話していいか分からない。そう顔に書いてあるさね」
「そういうことは分かっていても口に出さないんだよ。沈黙はガリオンってパパに教わらなかった? 俺ならもう少し慎重に行くよ。人付き合いも食事の仕方も」
どうやら隣に座った彼は、本当にシャイなだけだったらしい。
グリンデルバルドの名に怯えている様子もなかった。
強いて言うなら、ミリセントと同じくらい口が悪いことが彼の欠点である。
「こいつはセオドール・ノット。昔から家の付き合いで仲良くやってる腐れ縁さ。欠点はあがり症と……あー箒に乗れないことかね?」
「乗れないんじゃねぇよ。飛ばないだけ」
「はっは! おまけに強がりだった! 家の屋根より上はダメって、前に泣き言抜かしてたのをあんたの父ちゃんから聞いたよ」
「空耳だろ。柔道のし過ぎで聴覚がイカれちまったのさ」
どうでもいいが、ボクを挟んで会話をしないで欲しい。
唾が料理に飛び散ってしまう。
「君のことはなんて呼べば良い?」
「どっちでも。友好的に行くならセオドール」
「じゃあセオドールって呼ぼうかな。ところで君はグリンデルバルドの名が怖くないの?」
そう言うと、彼は呆気に取られたような顔で一瞬黙り込む。
そして次の瞬間、笑いだした。
「怖い? 念の為に言っておくけどさっきのは冗談。別に俺からすれば君は同年代によくいる背の低い女の子だよ」
「でも祖父は闇の魔法使いだよ?」
「それこそよくある話さ。他の寮と比べて多くの闇の魔法使いを排出するのが緑の蛇。石を投げれば闇の魔法使いに当たるよ」
試しに投げてみれば?
そう言ってニンマリ笑うセオドール。
彼は随分イイ性格をしているようだった。
「他の皆は違うようだけど?」
「シャイなのさ。だって怖いはずがない。皆のご存知マルフォイ三人衆だって父親は揃って
「え? でもその話で行くと」
「流石に気づいたか。俺の父さんも元
声を潜めて囁くセオドールは悪い顔をしていた。
中々どうして悪くない。彼らに出会えたことは今日一の幸運な出来事だろう。
「良いね。二人とは仲良く出来そうだ」
「だろう?」
「そうでなくっちゃねぇ」
後に、教諭達の優秀な頭脳を散々に悩ませる問題児の三人衆が結成された瞬間だった。
セオドールとミリセント。この二人の口調は描写が少ないので、もうこっちでキャラ作っちゃいました。
ミリセントは違和感があるかもしれませんが、天空の城ラピュタのドーラを意識して書いてます!
よろしくお願いいたします!
-追記-
メルムの孤児院滞在期間を二年から一年に変更しました。