FAMILY TIES

3人で親になりました──新しいファミリーの広がり

2018年11月、トランスジェンダーの男性とパートナーの女性が、親友のゲイ男性から精子提供を受けて子どもをもち、3人で子育てをはじめた。ともに〝父親〟である杉山文野さんと松中権(ゴン)さんに話を訊いた。
笹川

自認する性が男性でありながら、女性の体で生まれたトランスジェンダーの杉山文野さんとパートナーのあいさん(仮名)、そしてゲイの松中権さんに子どもができた。2018年11月に子どもが生まれてから、もう7カ月になる。(この取材は2019年6月に行われた)

「僕と彼女が子どもと住んで、週に1回程度はゴンちゃんがうちに来ます。毎週金曜日はゴンちゃんが保育園に送りに行くって決めたんですけど、なかなかそうもうまくいかないですね(笑)」

杉山さんが、楽しそうに子育ての日々を教えてくれる。彼が通っていた女子高時代の友人がママ友となって、LINEで育児の相談をしているそうだ。2019年1月にウェブメディア、BuzzFeedで子どもが生まれたことを公表し大きな話題を呼んだ3人だったが、松中さんは直前まで自分がメディアにでるかどうか悩んでいたと打ち明ける。

「異性愛者のカップルでも、精子提供者が顔を出すケースはほぼないですし、さらにゲイだとどうなるんだろうと……。この(アクティビストの)ふたりですし(笑)。でも『すごく幸せそうな写真』と周りに言われて、『誰かが最初にならないと』という気持ちにもなって、心を決めました」

心配をよそに、ネット上には祝福の声があふれ、ふたりのもとにはたくさんの「おめでとう」が寄せられた。親しいゲイの先輩は「こういう選択肢があることを10年前に知っていたら自分も考えた。羨ましいよ」と話したという。

杉山文野 (左)、松中 権 (右)

杉山文野 (左)、松中 権 (右)

親友である杉山さんと松中さんの出会いは、2009年に遡る。新宿2丁目のバーで出会い、共通の友人をきっかけに意気投合。松中さんが渋谷の神宮前2丁目に引っ越し、杉山さんの働くバーに足を運ぶようになり、東京レインボーウィークの立ち上げや渋谷区のパートナーシップ条例の制定のための運動など、LGBTに関する活動を行う仲間となった。

2014年、杉山さんは東京レインボープライドの代表に就任した。その頃から彼はあいさんと子どもをもつことについて話し始めたという。

「彼女が産むか、養子をもらうか。僕は彼女が産めるのであれば、産んでほしいなと思いました。では、精子提供はどうする? 精子バンクからもらうか、知っている人からもらうか。全く知らない人は不安。知っている人も、ストレートの人だと僕が嫉妬してしまうから嫌だなと。じゃあゲイの人がいいな、と必然的に選択肢が絞られたんです」

いっぽう、松中さんは、突然提示された選択肢に「すぐには想像がつかなかった」と告白する。

「僕、すごく親戚が多いんです。子どもは好きなのですが、(自分がなれるのは)お年玉をあげるおじちゃんくらいの存在なのかなと思っていました。僕は文野とあいちゃん、それに文野の親も知っているので、自分が子どもを欲しいという気持ちよりも、この家族のもとに生まれるんだったら、自分の精子を提供してもいいなと思いました」

同じ頃、長いあいだ杉山さんとの交際を反対していたあいさんの家族と杉山さんの関係に雪解けが訪れる。ふたりが付き合い始めて6年の月日が流れていた時だった。

ゲイ・プライド運動の発端となった米ニューヨークでの「ストーンウォールの反乱」から50年が経ち、熱い盛り上がりを見せたワールドプライド・ニューヨーク2019。 写真は2019年6月末に開催されたパレードに参加した杉山さん(左)と松中さん(右)たち。

家族からファミリーへ

こうして3人の妊活が始まった。とはいえ、多忙な3人のタイミングを合わせるのは簡単ではなかった。1年が経ち、不妊治療のため産婦人科のドアを叩き、2度目の体外受精で妊娠した。1年半にわたる治療のあいだ、杉山さんはそばであいさんを支えた。松中さんは「あいちゃん、本当に良かったね」と心から思ったという。

スヤスヤと眠る赤ちゃん。

出産を決めた産院では、最初に3人の関係を伝えた。命に関わることで、何かあった時に隠しごとがあるのは不安だったからだ。

「『僕たちはパートナーなんですけど、実は僕がトランスジェンダーで、精子提供者は別にいまして……』と説明して。そうしたら、『良かったですね。それでどうこう言うスタッフはいませんから、安心してくださいね』と言ってくれました。TRPに来場者が20万人来た時よりも感動しました。実生活が変わってきたんだなと」

検診には、松中さんも付き添った。予定日よりも2週間早く出産を迎えたが、杉山さんが無事にその瞬間に立ち会った。何より記憶に残るのは両親の姿だった。

生まれたばかりの赤ちゃんと記念撮影。

「あんなに反対していたあいちゃんのお母さんと僕の両親がうれしそうに肩を並べて、窓ガラス越しに一生懸命に写真を撮っていました。その姿を見て自分が親になったということよりも、父ちゃん母ちゃんを、ジジババにさせてあげられたのがうれしかったですね」

松中さんも出張先から駆けつけた。松中さんのパートナー、地元、金沢の両親も心から喜んでくれた。こうして新しいファミリーが誕生した。血や法的な繋がりがどうであれ、杉山さんと松中さんの両親は、おじいちゃんとおばあちゃんだ。親戚や友人には、3人の連名で「無事にわが子が生まれました」と報告した。

3人で子どもをもつことについて、LGBTに詳しい山下敏雅弁護士に事前に相談したという。いま、あいさんはシングルマザーだが、松中さんが認知し、杉山さんが養子縁組すれば、生物学的な親がふたり、法的な親がひとり。3人とも親になれることを知った。

「子育ては、毎日が手探りの連続」と言うイクメンの杉山さん。

親になったいま、LGBTの子育てをどう思うのだろうか。

「選択肢が増えていけばいいなと。LGBTであるという理由で、こんなに素晴らしい人生の機会を、社会に諦めさせられている現状は変えたほうがいい。僕は子どもができて、圧倒的に人生が豊かになった」と、杉山さんは力強く語る。

松中さんは、新しいファミリーの広がりに未来を感じている。

「家族という言葉は、ちょっと閉じていて窮屈なイメージがあって……。ファミリーのほうがしっくりくる。子どもがいると、場がわあっと明るくなります。そこに未来があります」

健やかなる時も、病める時も、3人は子どもとの豊かな時を積み重ねていくのだろう。彼ららしく自分たちのファミリーを築いてほしい、と願わずにはいられないのであった。

Fumino Sugiyama
杉山文野 (左)
1981年東京都生まれのトランスジェンダー活動家。東京レインボープライド共同代表理事や渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員を務める。

Gon Matsunaka
松中 権 (右)
1976年石川県生まれのLGBT社会運動家。アメリカのNPO関連事業に携わった経験をもとに、2010年、LGBTが活躍できる社会を目指す認定NPO法人グッド・エイジング・エールズを設立した。

Column
杉山さんと松中さんが参加する「プライドハウス東京」とは?
2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて、日本のLGBTに関する情報発信や、セクシュアリティを問わずあらゆる人が安心して過ごせる施設と参加型イベントの提供などを目指すプロジェクト。今年はラグビーW杯にあわせて9月20日から、東京・原宿のコミュニティスペース「subaCO」で期間限定のポップアップをオープンする。

Photos 竹之内祐幸 Hiroyuki Takenouchi(P133, P135)、古田大輔 Daisuke Furuta(P132) / Words 笹川かおり Kaori Sasagawaa
©️TRP/AkaneK (NY Pride)