どうなくす?職業のジェンダーギャップ
消防士、エンジニア、看護師、歯科衛生士…これらの職業を聞いて、あなたが思い浮かべるイメージは男性?女性?
男女が平等に参画できる社会をめざし、1999年に「男女共同参画社会基本法」が制定されて20年以上がたちますが、いまも男女の割合が大きく偏った職業が多くあります。
背景に何があるのか?どうすれば改善につながるか?
男性が少ない看護師、保育士、女性が少ないITエンジニアの現場を取材しました。
(「あさイチ」ディレクター 徳田周子)
「男性1割以下」「女性1割以下」の職業75種
2015年の国勢調査*によると、232種ある職業のうち、男性が1割以下、女性が1割以下の職業は合わせて75に上ります。(*総務省「平成27年国勢調査 抽出詳細集計(就業者の産業(小分類)・職業(小分類)など 全国結果」)
男性が1割以下の職業は「助産師」「歯科衛生士」「保育士」「栄養士」など12種類。いわゆる“ケア職”と呼ばれる職業が目立ちます。
このうち助産師は法律上、男性は資格を取ることができないため0%となっています。
一方、女性が1割以下の職業は63種類。
「航空機操縦士」「大工」「消防員」「機械技術者」など幅広いですが、機械を扱うイメージがある職業と、体力勝負のイメージがある職業が多いようです。
社会学者の白波瀬佐和子さんは、背景には私たちの無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)があると指摘します。
-
社会学者 白波瀬佐和子さん
-
『この職業は男性、この職業は女性』という無意識の思い込みや、小さい時から積み上げられた周りからの期待が職業の選択肢を性別によって狭めてしまい、その結果として職業のジェンダーギャップを生んでいます。これは男女にかかわらず個人が潜在的に持っている才能を無駄にしているという危機感があります。結果的に社会にとって大きな損失になります。
男性看護師は”全体の6.7%” 働く現場は
コロナ禍で人手不足が深刻と報じられている看護師は、男性の割合が6.7%に留まります。
三重県の伊勢赤十字病院で腎臓内科・耳鼻科・婦人科の入院患者を担当している岡幸広さんは看護師10年目です。
岡さんは患者に対して丁寧に声かけをします。
部屋に入るとき、カーテンを開けるとき、足のむくみを確認するために布団をめくるとき、足にふれるときなど、一つ一つの動作を決して“流れ作業”にせず、患者さんの了承を得てから行います。
女性の患者さんの胸に聴診器をあてる際は、女性の看護師と交代します。
-
伊勢赤十字病院 看護師・岡 幸広さん
-
聴診は胸のあたりに手を触れることがどうしてもあるので、患者さんが『嫌』と言うのを待つのではなく『もしかしたら嫌じゃないかな』とすごく注意してはいるつもりです。
細やかに気配りをする岡さんは、患者からも慕われています。
-
岡さんの処置を受けた患者
-
私が退院する当日の朝、岡さんがわざわざ病室に『おめでとう』と挨拶に来てくれたんです。うれしかった。患者さんにも女性と男性もいるので、看護師も男女両方いたほうがよいのではないかなと思います。
この病院では男性・女性にこだわらず、適性重視で採用を進めてきました。
-
看護部長 松本ゆかりさん
-
(以前から)看護師は女性だけの職場風土でいいのかというのもありました。患者の苦しい気持ちに寄り添う、患者を支える力があれば、男でも女でもどちらでもいいと思います。岡さんは昨年度看護係長になったばかりですが、気配りが細やかで同僚からも他の医療者からも信頼されています。
自身も看護師で、男性看護師の支援を行う「全国男性看護師会」代表の前田貴彦さんは、男性の看護師が増えることは”患者の選択肢が増える”メリットもあるといいます。
-
全国男性看護師会 代表 前田貴彦さん
-
必ずしも女性の患者さんには女性の看護師、男性の患者さんには男性の看護師がいいとは限りません。女性の患者さんでも『乳がんの切除手術後の胸を女性の看護師には見られたくないので、男性の看護師の方がいい』とおっしゃる方もいました。
男性看護師 活躍を阻むものは
男性看護師の割合はまだ少ないものの、10年前に比べて2倍に増えています。
しかし「看護師=女性の職業」という根強いイメージをもっている人も少なくないようです。
前田さんと2人の男性看護師にそれぞれの体験を話してもらいました。
-
看護師 山崎陽弘さん
-
60代ぐらいの男性患者さんから『男のくせになんで女がやる仕事やってるんだ』とはっきり言われました。女性患者さんから『男の人に採血されると乱暴にされそうで嫌だわ』と言われたこともあります。
-
全国男性看護師会代表 前田貴彦さん
-
患者さんとその家族が(男性看護師のことを)『あの人は誰やろう?看護師さん?違うやろ』『医者やったんかな?』という会話をしていたのを聞いたことがあります。
-
看護師 平田研人さん
-
看護師に対しては強い口調だけど、お医者さんには穏やかになる患者さんもいらっしゃるので、女性看護師が対応に困ってるときに『ちょっとごめん、先生役で来てくれへん』と頼まれることがあった。自分が出て行って説明したら患者さんは素直に受け入れてくれました。
男性看護師ならではの悩みもあります。その一つが、女性の患者に対する配慮の必要性について、一緒に働く女性の看護師から理解を得にくいことだといいます。
-
平田研人さん
-
思春期の女の子の患者さんの場合、体を拭くなどの処置を自分がするのは『絶対嫌やろうな』と思うので、自身もすごく抵抗がある。そうした感覚を女性の先輩看護師は理解してくれずに『看護師なんだからプロとして、そういう子にも自分で対応しないといけない』と言われました。
また収入の悩みもあります。
-
山崎陽弘さん
-
家族を養っていくのは男性というイメージが世の中にあるが、看護師として生涯ずっと働いていくと考えたときに、夢のある給料でないというのが事実。
-
平田研人さん
-
ちゃんと収入も確保できて、『一生の職業として看護師やってるぞ』って、子どもにも胸張って言えるかどうか考えたときに、給料としてはちょっと厳しいかなと…。
男性・女性に関わらず、看護師の給与体系を見直すことが必要だと前田さんは訴えます。
-
全国男性看護師会代表 前田貴彦さん
-
看護師の収入は上り幅が小さいうえに年齢があがって管理職になると、若いころよりも夜勤や時間外が少なくなって収入が減ってしまう人もいます。家族を一人で支えるには厳しいという声も多いです。
看護師の給料が低い背景にも『看護師は女性が多い職業』という前提があると思います。結婚・出産を機に離職する人が多かったため、その後の給与体系を働く側も雇用側も重要視してこなかった。今は男女問わず ずっと働き続ける人も多いので、給与体系を整備していかないといけないと思います。
”全体の3%” 男性保育士の活躍を促すには
もう一つ、男性の割合が非常に少ない職業が保育士です。国勢調査によると保育士の数は年々増えてはいるものの、男性の割合はわずか3%にとどまります。しかしその存在は欠かせない存在になっています。
千葉市内で150人以上の子どもを預かる保育所では2人の男性保育士が働いています。子どもたちに慕われ、保護者からも頼りにされています。
-
娘を預けている父親
-
男性保育士さんがいてくださると非常にありがたい。女の子に対する上手な接し方を聞いたことがあります。実践してみたら、『ママ、ママ』となることが多い娘が来てくれるようになりました。
しかし社会には男性保育士への否定的な意見や、『男性保育士には、女の子の着替えやおむつ替えをしてほしくない』という声もあります。
この保育園で統括主任をつとめる高梨公之さんは、子どもと保護者に安心感を与えることが大切と考えています。
-
保育士 高梨公之さん
-
男性保育士というと性犯罪的なことがちらつく人もいると思うんですけど、そういった類(たぐい)のニュースを見たり聞いたりすると残念な気持ち、寂しい気持ちになります。そういう事件があるのは事実なので、自分自身が保育の中で子どもたちとしっかり向き合って、保護者ともしっかり向き合って『この先生なら安心だな』という信頼につなげていくことが大切と考えています。
この保育所では保育士の仕事内容を性別で分けないことを、事前に保護者に説明しています。
これまでに「男性保育士におむつ替えをさせないでほしい」という声は届いておらず、保護者は理解を示しています。
-
娘を預けている母親
-
(性犯罪の)事件を起こすのは男の人が圧倒的に多いですけど、だからといって男の人が悪いわけじゃないですから。保育士に男の方がいるのも普通だと私は思っています。
イギリスなどでは子どもに関わる職業に就く際、過去に犯罪歴がないことを証明する書類の提出が義務付けられています。日本でも導入が議論されています。
保育の専門家で玉川大学教授の大豆生田啓友(おおまめうだ・ひろとも)さんは、こうした動きは安心感につながるものの、大切なのは保育園を開かれた雰囲気にしていくことだと指摘します。それが犯罪の抑止力になると同時に、男性保育士が社会に受け入れられるようになるためにも欠かせないと考えています。
-
玉川大学教授 大豆生田啓友さん
-
男性保育士がいることで子どもが育つ環境に多様性が生まれます。また父親たちにとって よい手本となり、社会全体の男性の育児参加を促すというプラスの影響があります。
保育士による子どもへの性犯罪を減らすためにも、保育所を保護者や地域に対して開かれた雰囲気の空間にしていくことで、多数の目で子どもを見守ることが大切です。そうすることで男性が赤ちゃんのおむつ替えをしてもそれが“普通”になっていく。そして保護者や社会からも保育士が専門職としてリスペクトされていくことも重要と思います。
“将来79万人不足” ITエンジニア 女性は14%
今後、人材不足が見込まれる分野でも女性の割合が低い職業があります。そのひとつがITエンジニアです。
IT産業はスマホはもちろん、金融システムや電子カルテなど現代の暮らしに欠かせません。しかし経済産業省が2019年に出した試算では、この先IT人材の需要が最も伸びた場合、2030年には79万人が不足するといわれています。
ITエンジニアが不足すると、システムトラブルやサイバー攻撃などからの復旧が遅れるなど私たちの生活が非常に不安定で脆弱になるほか、国際社会からも大きく遅れをとってしまうなど その影響は計り知れません。待ったなしで人材確保を進めなければいけない状況です。
しかしITエンジニアに女性が占める割合は14%と決して高くありません。背景には女性をITエンジニアから遠ざける要因がいくつも重なっていました。
「理系なら薬学部」親の思い込みが女子を遠ざける
『あさイチ』が職業のジェンダーギャップに関するアンケートを行ったところ、こんな声が寄せられました。
-
ITエンジニアの女性(30代)
-
大学も情報系の学部でしたが、その時点で女性が1割程度しかいませんでした。女性の就職の選択肢として『エンジニア』をそもそも意識としていないように思います。
自らも大手メーカーの研究職の経験があり、理系分野の女性参画に取り組む科学技術振興機構副理事・ダイバーシティ推進室長の渡辺美代子さんは、女子生徒がITについて学ぶ工学部や理学部への進学を志望すると、親からの“待った”がかかることが多いといいます。
-
科学技術振興機構 副理事/ダイバーシティ推進室長 渡辺美代子さん
-
親は『女性の少ないIT分野に進んで ずっと働いていけるのか、それよりは薬剤師や看護師のほうが資格もあり、安定しているのではないか』という意識から、良かれと思って娘たちに“待った”をかけていることが多いです。
また「IT=男性の職業」というイメージが社会に根強くあることもわかっています。
東京大学などが成人の男女約800人に聞いた調査では、「プログラミング」「パソコン」「AI」などIT関連の言葉はいずれも「男性的イメージがある」と答えた人が多いという結果が出ています。
渡辺さんによると、女性が少なく男性が多いいまのIT業界ではつくられる製品も男性の好みに合ったものが多くなり、結果的にさらに男性の参入が多くなるという循環があるそうです。
社会に不可欠なIT技術を幅広い人に使いやすいものにするためにも、女性をはじめとした多様な人材の参加が望まれています。
始まった 女性のIT人材育成
こうした現状を変えようと動き出している人々もいます。
一般社団法人「Waffle」は女子中学生・高校生を対象にホームページの作り方やアプリの開発などのITスキルをオンラインで教えています。
アメリカのNPO法人が開催する、世界中の女子中高生が参加するアプリコンテストへの参加にも力を入れています。
IT業界で活躍できる女性の人材を増やすのがねらいです。
-
Waffle共同代表 斎藤明日美さん
-
“女の子はテクノロジー・ITが苦手”というステレオタイプもどんどん変わっていけばと。デジタル大臣でも、IT企業のCEOでも、いろいろな形で社会を変えていく存在になってほしいと考えています。
他にも企業や大学が理工学系に進学する女子学生への奨学金を設けたり、国公立の女子大に工学部を新設したりするなど、国を挙げた後押しが進められています。
女性ITエンジニアにのしかかる“家庭との両立”プレッシャー
女性をITから遠ざける要因は、進学だけでなく職場環境にもあるという意見もあります。
以下は、企業でITエンジニアとして働く女性たちから『あさイチ』に寄せられた声です。
(育休から)復帰した直後に、子どもが熱を出して保育園に迎えに行かないといけないことが続いていたら、上司の判断でデザイナーの仕事をまともに回してもらえず、雑用みたいな仕事ばかりになり、結果的にお給料も下げられた期間が半年ぐらいありました。
休みたいわけでなく仕事もしたいという女性の気持ちが伝わらない。職場にはお子さんのいるパパさんエンジニアもいますが、お迎えなどしているのは見たことがない。休むのはいつも女性ばかりで、休むから仕事ももらえなくてみたいなところはちょっと理不尽だなと思いました。
顧客の要望でお休みの日も出たりすることが結構あります。私の(結婚)相手も毎日県外に営業で出て帰りが遅かったり朝が早かったりするので、子どもが生まれてからどうするのかなというのは、(職場に)女性がいままでいなかったこともあって不安です。
一般的なデスクワークよりもITエンジニアのほうが稼げるし、やりがいがあるので女性にもおすすめしたい。出産・育児に関して職場の融通がもっときくようであれば、IT業界にもっと女性が増えると思います。
女性が働きやすい環境づくり 欠かせない職場の意識改革
こうした中、IT大手の日本IBMは女性社員が働きやすい職場づくりをめざし、管理職が”自主的に考える”ための研修を繰り返し行っています。
例えば、1年間の育児休暇から復帰した女性との面談のシーン。あなたは上司として、女性のコメントにどう答えますか。
(上司)「今後の業務は、どんなふうにやっていきたいですか?」
(女性)「子どもがまだ小さいので熱を出したりして早退することもあるかと思いますが、私としてはバリバリ働きたいです」
この会社が考えるベストアンサーは。
(上司)「わかりました。ちょっと責任の重い仕事もお願いしますね。問題があったら教えてください」
女性社員が「バリバリ働きたい」と言っている意向をくんで、責任ある仕事を任せながら「問題があったら対応する」というスタンスが重要ということです。
男性管理職の中にはこうした研修で初めて、上司が「産後だからたいへんでない仕事を」などと配慮することが、部下からは「期待されていないんだ」と受け取られ、場合によってはやる気をそいでしまうことに気づく人もいるそうです。
この企業に勤めるソフトエンジニアの野村有加さんは去年4月に育児休暇から復帰しました。子どもの体調不良で保育園に早くお迎えに行くことがよくありますが、そのときにはオンラインチャットで同僚に抜けることを連絡して、残りの仕事を夜に済ませるなど臨機応変に働き方を調整しています。
職場には性別に関係なく“育児と仕事の両立が当たり前”な雰囲気があるといいます。
-
ソフトエンジニア 野村有加さん
-
調整しなければならないことがあればきちんと伝えて、それに対しての理解がみんなあります。また子どものいる男性社員も育休を取ることがありますし、『保育園のお迎えで早めに帰ります』と帰る男性社員もいます。男性だろうが女性だろうがそういうことはあるという感覚があるのではないかと思います。
職場の多様性が好循環に 技術の革新も産む
科学技術振興機構の渡辺美代子さんは、大きな改革をしなくても小さな改善を重ねることで、多くの人が意欲をもって働ける環境を整えることが可能だといいます。
-
科学技術振興機構 副理事 渡辺美代子さん
-
環境さえ整えば、いろいろな人たちが自分の力を発揮していい仕事ができる。それは会社にとってもメリットになる。さらにそういう人たちがリーダーや管理職になり、その立場の女性が増えていくことにつながる。さらには若い人たちがその人たちの姿を見ながらこの分野に躊躇せずに入り、いい仕事をすれば、好循環が生まれます。
一方で、環境を整えるうえで気をつけた方がいいポイントもあります。
たとえば女性がチームに一人しかいないと発言しずらいケースもありますが、数人いれば前向きな意見を言いやすいといいます。それを考慮しながらチームを組むことが大切だといいます。
さらに渡辺さんによると、女性のITエンジニアが増えると人手不足の解消のほかにも良いことがあるそうです。
近年、研究開発を行うチームに多様なメンバーがいることで技術革新が進み、経済効果を生み出すことが明らかになってきています。
例えば特許。発明者が男性だけの特許よりも、男性と女性がともに関わった特許の方が経済効果が1.5倍も高いことがわかりました。
欧米では、研究開発のチームの構成に多様性を確保することを推奨する「ジェンダード・イノベーション」の考え方が主流となってきています。
男性・女性などの性別のくくりをこえて一緒に働くことが「この職業は男性」「この職業は女性」という思い込みを次の世代に引き継がないことにつながります。そしてそのことは個人の職業選択の自由を確保するだけでなく、社会全体の豊かさを生み出すことが取材をとおして見えてきました。
これからもさまざまな分野でジェンダーギャップをなくす取り組みについて取材を続けます。