潜水艦(※写真はイメージ)

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 日本の公安警察は、アメリカのCIA(中央情報局)やFBI(連邦捜査局)のように華々しくドラマや映画に登場することもなく、その諜報活動は一般にはほとんど知られていない。警視庁に入庁以後、公安畑を十数年歩き、数年前に退職。昨年9月に『警視庁公安部外事課』(光文社)を出版した勝丸円覚氏に、日本の潜水艦に関する機密情報を狙っていた中国大使館の武官について聞いた。

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 ロシアのウクライナ侵攻が続く中、中国の台湾侵攻も現実味を帯びてきたと言われる。実際、5月23日に来日したバイデン米大統領も記者会見で、「中国が台湾に侵攻したら軍事介入するのが我々の責務だ」と語っている。

潜水艦(※写真はイメージ)

 中国が台湾を本気で武力で統一するつもりだと言われ始めたのは2005年に成立した「反国家分裂法」の影響が大きい。この法律は、中国の主権および領土の分割は許されず、平和的統一の可能性が失われた時は、非平和的手段を取らなければならないという内容で、台湾への武力行使を正当化したものである。

端緒は薬事法違反

「その2005年、駐日中国大使館の武官が、海上自衛隊の海将補から日本の潜水艦機密情報を入手していた疑いが発覚しました」

 と語るのは、勝丸氏。

 事件の端緒は、ある薬事法違反事件だった。

「警視庁の生活安全部が、貿易会社の社長と健康食品を扱う中国人女性を薬事法違反で逮捕しました。厚生労働省の許可を得ず、健康食品を販売していたのです」

『警視庁公安部外事課』(光文社)

 捜査員が、中国人女性の自宅を家宅捜索したところ、意外なものが見つかった。

「海上自衛隊の海将補に関する資料が大量に出てきたのです。捜査を進めると、逮捕した中国人女性の夫は、駐日中国大使館に勤務する武官であることが判明。武官は怪しい動きをしていることが分かりました」

 もっともこの事件は、ある意味、異例な形で公安部に情報が伝えられた。

「元々生活安全部は刑事部と同様、公安部が大嫌いなんです。公安は事件を未然に防ぐのが仕事ですが、刑事部や生活安全部から見れば逮捕事案が少ないので、結果を出していない、仕事をしていないように見えるのでしょう。だから嫌われるのです。スパイ事件とわかっていても、公安に何も知らせないことはよくある。ところが、当時の生活安全部長は公安出身だったので、薬事法違反の捜査をいったん打ち切って、公安部外事2課に情報を提供してくれたのです」

 公安部外事2課は、武官と元海将補の周辺を本格的に捜査した。

日本のスクリュー技術

「武官は、薬事法違反事件の数年前、知人を介して当時現役だった海将補と知り合っていました」

 武官は、何を狙っていたのか。

「当時の中国は、台湾侵攻や東シナ海進出のため、海軍の強化を図っていました。中国はロシアから中古の潜水艦を購入していましたが、スクリュー音が大きかった。そこで日本の音の小さなスクリューの技術を欲しがっていたのです」

 捜査の結果、武官は十数回に渡って海将補と接触していたことが判明した。

「武官は海将補を都内にある高級中華レストランで接待していたことも確認しました。海将補は潜水艦に乗務する部下からスクリュー音を小さくする技術と潜水艦のハッチに使われている防水ラバーに関する情報をわざわざ聞いたようでした」

 もっとも、公安部の捜査が自身に迫っていることを知った武官は中国へ帰国。一方、公安部外事2課は、すでに退官していた海将補を任意で事情聴取した。

「元海将補は、武官と会っていたことは認めましたが、潜水艦のスクリュー技術などは一切教えていないと、容疑を否認しました。確たる証拠がなかったので、結局、立件することはできませんでした。しかし状況証拠では、日本の潜水艦機密情報が中国に流れたのは間違いないとみています。あの時、逮捕できなかったことは今も悔いが残ります。残念でなりません」

 日本にスパイ防止法が成立していれば、状況証拠だけでも立件できたという。

デイリー新潮編集部