Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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続いてしまいました


Muv-Luv UNTITLED 02

2001年 1月末 ―

 

日本帝国横浜。

国連軍横浜基地訓練校、そのグラウンド。

 

雲も少ない青い空、肌を刺す冬の冷気。

荒い息を落ち着けるためそれを大きく吸い込みながら、鎧衣美琴は小柄なその身をグラウンドへ投げ出した。

 

訓練が始まって数週間。少しは慣れてきたとはいえ、10km走はキツめのメニューのひとつ。かじかむ指先に反してBDUタートルタンクトップ下の身体は汗だくで、5分休憩の許可と共に周囲には同じ訓練小隊 ― 207Bの面々が座り込んでいる。

 

「壬姫さん、大丈夫?」

「っ、な…なんとかぁ…」

 

美琴よりさらに短躯で、体力的には訓練小隊で一番劣る珠瀬壬姫はへたり込むどころか仰向けに寝転がっていた。

そんな壬姫の大きく激しく上下する、しかし慎ましい胸元を見て。仲間だと思う一方で、負けてしまっているのも自覚する。

 

「とはいえ、なんとか走りきれるようにはなってきたではないか」

 

すでに呼吸が整いかけているのは、御剣冥夜訓練兵。

艶やかな長髪を結わえ、すらりと長い手足をBDUから惜しげもなく晒し。

剣のたしなみなら昔から少々、と言っていた彼女は基礎体力もかなり高い。

 

お武家さまは違うなあと言いかけて、美琴はそれを飲み込んだ。

 

わけあり揃いのこの小隊で、たぶん彼女は一番の「特別」だろうからだ。

 

 

無言でちら、とこちらを見ただけの、ざっくりとした手入れの黒髪、彩峰慧。

息を整えながら次の訓練を確認しているのは、眼鏡に長い三つ編みの榊千鶴。

 

「光州作戦の悲劇」の彩峰元中将、現内閣総理大臣・榊是親、その娘たち。

親同士が曰く因縁がありすぎるこの二人に、国連事務次官・珠瀬玄丞齋の一粒種と。

加えて御剣という譜代らしいが聞いたことのない家名の一方、あのやんごとなきお方と瓜二つという武家の娘。

 

でもそれなら…なんでボクもなんだろう…...やだなあ…

 

あまり深刻ぶらないのが持ち味だと思っている美琴だが、深掘り勘ぐりすぎるとろくなことにはならない予感しかしない。

 

まあたぶん、貿易会社課長だと言っている父親は…嘘つきなんだろうとは思った。

 

 

「あうあう…なんとか、ですぅ…」

「斯衛はこんなものではないと言うぞ」

「はぅ…」

 

軽く笑んだような冥夜の軽口に、壬姫がへこたれる。

 

 

ハイヴ攻略成る ―

 

過日のその朗報は、世界を駆け巡り。

 

外部の情報を遮断された訓練校にも、当然届いていた。

 

聞けば民衆は沸き立ち、国内は盛大な祝賀の雰囲気に満たされているらしい。

将軍殿下もお出ましになり、臨時の参賀が催されお言葉を述べられたそうだ。

 

そのいわばお祭り気分がまだ市中に続いているという。

 

そして新聞ラジオの報道では、帝国軍そして斯衛の功績と貢献とが讃えられ、その象徴のひとつとして、若き黒衣の斯衛少尉が扱われていた。

 

BETA戦災の孤児。志願兵からの叩き上げ。

 

ハイヴ突入前には光線種吶喊、突入後も先陣を切り続け。

斯衛総指揮官であった斑鳩公を支えて、反応炉破壊まで成し遂げたという。

 

これにより世間では斯衛人気が非常に高まり、それを目指さんとする若者が増えているのだとか。

そして国連軍に入隊後だった壬姫も、同じく触発されたひとりだった。

 

斯衛軍は基本的に武家の集団であり、黒を纏う一般出はよほどのコネがあるか、或いはかの巌谷榮二のように当代無双とされる名声が必要とされてきた。

その意味ではかの少尉も後者の流れであり、その才を見いだされて青田買いされたようなものだ。

 

とはいえ熱しやすい市井の空気は、時におかまいなしに高まっていくもので。

 

 

「でも被害もだいぶ出たという話よ。それを忘れちゃいけないわ」

「…へそ曲がり」

「なにか言った!?」

「別に」

 

深刻ぶる千鶴の言葉に慧がぼそりと茶々を入れ。

沸点低く千鶴が怒るのも、小隊結成から一月経たないにも関わらずすでにおなじみの光景。

 

「まあまあ…でも同い年なんだってね、ボクらと」

「うむ…それにこれは知り合いに聞いたのだが、生半な業前ではないそうだ」

「すごいです…」

 

汗が引き始めて身体を冷やさないようにか、冥夜がジャケットを羽織る。

慧とのにらみ合いを、鼻を鳴らして終えた千鶴が声をかけた。

 

「さて、次は格闘訓練よ」

「あぅ…」

「はは…がんばろうね壬姫さん」

「御剣…今日は負けない」

「望むところだ...とはいえ無手と短刀術では私の負け越しではないか」

 

 

 

少女たちは知らない。

 

運命か宿命か、或いは呪いか。

 

その荒波が、やがて巨大な波濤となって自分たちに襲いかかることを ―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 2月 ―

 

アメリカ。グルームレイク基地。

周囲を荒涼とした砂漠に囲まれ、「エリア51」の名で知られる元は空軍の基地だった場所。

現在は米陸軍戦術機戦技研究部隊の基地として稼働している。

 

その衛士用ブリーフィングルームのひとつに、基地所属のトップチームが集められていた。

楽にしろ、と正面に立つ隊長のスヴェン大尉が声をかける。

 

「喜べ、お前ら。今日はスペシャルメニューだ」

「…隊長、もしかして」

「ああ、やっと来たぞ。例の『ハイヴ潰し』のガンカメラだ」

 

おぉ~、と隊員から歓声に近いざわめき。

日本軍はもとより国連軍からもまだ出てないから我が軍の参加機のものになる、しかしハイヴ攻略を成し遂げた連中に同行した部隊のものだ、と。

 

ただし途中までだがな、と肩をすくめての隊長の付け足しに皆が苦笑交じり。

米軍部隊がハイヴ最奥に辿り着く前に後退したことくらいは、知っていたからだ。

 

「忌憚のない意見が聞きたい。楽に見ていい。だがある程度にまとめてはあるが、なにしろ長いらしい。ビールは許可できんがポップコーンくらいなら良いぞ」

 

笑い声とブーイングが混在する中、このチームにおいて「孤立したエース」であるところのユウヤ・ブリッジス少尉は、さっさと始めてくれと思っていた。

 

 

顔も知らない父親は、日本人で、母と自分を捨てたろくでなしだ。

そのせいで母親は、南部の名門一族出身にもかかわらずと、祖父や叔父からいじめ抜かれた。

そして自分もまた、家にも学校にも居場所がない人生を送ってきた。

 

見返してやる。誇れる…いや誰もが認めざるを得ないような、米国人になって。

 

そのために血のにじむような努力を重ねて、衛士になった。

そして幸いにして、戦術機にまつわるおおよその物事は、自分には合っていた。

 

 

日本は、嫌いだ。

興味がないのではなくて、嫌いだ。

 

しかしその日本から、先月とんでもなくデカいニュースが飛び込んだ。

 

ハイヴ攻略に成功。

しかもあの、ヨコハマで使われたという新型爆弾もなしに、地下深くへと戦術機部隊で突入して。

 

人類の敵・BETAに一矢報いた喜びよりも…驚きと、やられた、という感覚が強かった。

攻略作戦は日本軍中心だったというが、それも本当かとやや疑いつつ。

 

離れた席で「誇りあるルーツの偉業」にすでに鼻息荒くしてそうなレオン・クゼ少尉と、その隣に座るチームの紅一点 ― ふわりとした金髪に活発な青い瞳のシャロン・エイム少尉の方は見ないようにして、ユウヤは席を立ってトイレを済ませた。

 

10分後。

 

室内の照明が少し落とされ、ブリーフィングルーム正面の大画面に作戦に参加した米軍機のガンカメラの映像が映し出される。

 

 

「艦砲射撃と軌道爆撃、上陸したのは…ありゃA-6の改造機か?」

「セオリー通りだな」

「ステイツの参加部隊はF-15Eと…海兵共のF-18か」

「JAPの連中は、Type-94…だっけか」

「あっちはF-15の現地版か? …F-4もまだ使ってんのか」

 

隊長の許しを得て、スナックや飲み物など持ち込んでいる隊員も。

 

米軍は作戦当初後発組であったらしく、映像自体は遠くから眺める形になっていた。

 

 

録画映像の中に揚陸した部隊が現れると、整然と布陣した日本軍機のうち数機が装備した砲から、幾条もの閃光と轟音。それが掃射されると、カメラの主であるところの米軍機から見える範囲のBETA共が凄まじい勢いで薙ぎ払われていく。

 

「……オイオイ、なんだありゃ。ニンジュツってやつか?」

「リニアレールガン、だそうだ。ヨコハマ発の最新トレンドだとよ」

「正確には国連軍の装備だそうだ」

 

日本通でなるレオンの注釈が入る。

いやいや反則だろ、あんなのありゃ楽勝じゃねえか、などと口笛やBooの音。

 

 

レオン・クゼは日系だ。祖父の代から米国に軍人として奉仕して、それを認められている。そしてレオンも、それをプライドにしている。腕も立つ。

 

なにからなにまで、ユウヤの気に食わない相手だ。

 

そしてその傍のシャロンにしても…

「色々あった」にも関わらず、接する態度を変えてこないのがこちらとしては気まずいし、なんというかやりにくい。

 

 

一方映像の作戦は、そのまま順調に進むも。

 

「…光線種吶喊の映像はないんですか」

「ない。我が軍が参加しなかったからな」

 

ユウヤの質問には隊長が答える。

映像内の交信から、それが行われたことがわかったのに。

 

衛士としちゃ、そこが重要だろうが…

 

舌打ちをしたいのを堪える。

自分も含め、ここにいる衛士の大半は米軍のエリートを自認しながら、実戦経験がないのだ。

戦訓をとりいれるためにも、映像だけでもシミュレーションではないものを見ておきたかった。遠巻きの映像でも、かなり迅速に敵陣を突破して光線種を殲滅してのけたように見えたのだ。

 

「吶喊したのは斯衛の部隊だったようです」

「インペリアル・ロイヤルガード、って連中か」

「装備機はF-4改修機のType-82 ズイカクと、Type-00 タケミカヅチです」

「ずうぃ…、てゃけぇみ…? 言いにくい名前だな」

「ゼロはあまり数はないのね」

「ああ、正式配備自体が去年から…だったかな?」

 

再度のレオンの解説とシャロンとのやりとりにこっそり鼻を鳴らし、ユウヤは頬杖をつく。

 

 

そして作戦は、ゲートの確保からいよいよハイヴ内への進入へ。

 

押し寄せるBETAの群れ。

交替でのレールガン掃射。

横坑から広間に抜ければ、通信と兵站地点の確保。

そして縦坑横坑複数方向へ斥候を出して、前進。

 

進軍は、序盤かなり慎重だ。

日本軍よりむしろ、国連軍となにより米軍の方が積極的に見えた。

先鋒を務める帝国斯衛の部隊機が、幾度か急ぐな、といった動作を見せる。

 

 

「バンザイ突撃とかするんじゃないのかよ」

「スリーパー・ドリフトに注意してるようだな。レールガンも燃費が良くはなさそうだ…ユニット化してコンテナで順次補給してるようだが、乱戦になれば使えないだろうしな…」

 

あまり代わり映えのしない映像とその中の光景が続く。

ここらあたりはしかし、ある程度編集されてもいるようだった。

 

 

状況が変わり始めたのは、いくつかの広間と縦坑を経て ― 中層より奥へ潜った頃だった。

 

凄まじいまでの、BETAの物量。

まるで巨大なTSUNAMI。

 

それが、慎重を期して構築してきた兵站路の能力を易々と超える。

 

ある程度は予期していたのか、戦闘回避の優先度を高めて進軍速度を早める。

しかし長時間に及ぶ作戦行動に、衛士が疲弊し始め。

偽装横坑の発見漏れが多くなりだし、やがて補給路は各所で寸断されて後方との連絡が途絶えがちに。

 

最初に音を上げ始めたのは、それまで景気よく弾をばらまいていた米軍部隊だった。

BETAの物量に押され、残弾が心許なくなって乱戦が多くなると1機、また1機と撃墜 ― いや、BETAの海に呑まれて見えなくなってしまう。

 

立て直せ、と帝国と斯衛、国連軍が敵中に突入して時間を稼ぐ。

 

 

「…白兵なんて、マジでやるんだな。部隊規模で」

「昔見た欧州勢より間合いが近いな…あれで関節はもつのか?」

「機体も対応はしてるそうですが…習熟は、必要ではあるようです」

 

他国での実戦経験がある隊長に、レオンが答える。

 

「Type-82、F-4なんだろ? よく動くな」

「94も聞いてたよりやる…が、00、すげえな」

「黒いゼロ、あの先鋒のヤツとか…おいブリッジス、お前アレに勝てるかよ?」

「…」

「クゼ。機体か、衛士か?」

「両方かと。精鋭ですよ、斯衛は」

「サムラーイの末裔か…」

 

 

奮戦する帝国軍に斯衛軍、そして国連所属機。

青く国連カラーに塗装されたType-94中隊も、連携のとれた動きを見せる。

 

しかしそんな各軍の勇戦奮戦すら。

 

BETAは単純にその物量で押し潰す。

 

通信回線には悲鳴が増えだし、脱落機が出るペースが速まる。

米軍と国連軍は損害が3割を超えた。

 

次に到達した広間では、当初発見したBETA群を掃討後、一挙に10を越える偽装横坑が口を開いた。こぼれ出るように戦車級に要撃級、要塞級までが次々と姿を現す。

瞬く間に突入部隊は包囲され、乱戦に陥る。

 

そして ― ケツロヲヒラク、と叫んで主腕も武装も失った黄色いType-82が敵中深くに突っ込み。

 

 

「おいおい…」

 

 

閃光。

小型戦術核に匹敵する特殊爆弾・S-11。

帝国・斯衛軍機装備の、自爆・自決用の特殊装備。

 

違う方向にもう1機、白い82。

さらに別の方向にもう1機、今度は帝国軍機の94だったろうか。

 

 

「クレイジーだな…」

 

 

素早く耐爆姿勢をとっていたらしきロイヤルガードと帝国軍が、その間隙を縫って布陣を整え、残敵を掃討していく。

 

S-11は数発携行されてはいるが反応炉破壊用で、その威力と閉所での扱いの難しさから、戦術には組み込まれていないらしい。

爆発には指向性を持たせられるというが、投擲もしくは設置による使用となるため...乱戦状態などではあのように使うほかないのだろう。

 

そうして進軍を再開し、続く横坑の向こう、次の広間。

 

見ているだけでもう何度目かもわからなくなった、BETAの巨大な海。

 

レールガンの掃射。偽装横坑からの奇襲。乱戦。

そしてまた、巨大な閃光。

 

そんな光景が、さらに数度も繰り返され。

すでに4軍の損耗は4割を超えた。

 

そして生まれたわずかな戦場の空白に、

 

これじゃ全滅しちまう…

 

オープンの回線に流れ出た呟き。恥ずべきことに、英語だった。

映像でですら、地獄の底へと潜らんとする突入部隊を包む空気が変わってしまったのがわかった。

 

 

訓練された軍人、それも衛士ならば、敵地では、それが死地ならなおさら絶対に口に出してはならない言葉。英語が公用語とはいえ、漏れ出してしまったそれは母語とする者からだろう。国連軍か、それとも…米軍か。そこまでは、わからなかった。

 

 

全軍止まれ、と。

先頭集団の青いType-00が主腕を挙げた。

 

どう思うかね?

…大幅にヴォールク・レコードも更新している、BETA及びハイヴのデータも多く収集できた。オプションの突撃作戦に移るにも、予定深度に到達していない

…撤退も、視野に入れるべきではないか。損耗は想定をとうに上回っている

 

思いのほか流暢な発音の斯衛の指揮官、応えたのは米軍と国連軍の指揮者。

ふむ、と考え込むような青い斯衛のわずかの間。

 

退かれるがよろしかろう …いや失礼、退路の確保をお願いしたい

…貴軍はどうする

ふむ…今少し進むとしよう

…我々が抜けて、どうなる。プライドで死ぬ気か?

なになに、九段へ往くにもまだまだな…ソナタラハ、ドウスル?

オトモイタシマスゾ、イカルガコウ!

ふ…両軍には損傷機の後送をお願いしたい

……了解した

 

米軍と国連軍の申し出で、自衛のための最低限を残して武器と弾薬が帝国軍と斯衛に渡された。

 

感謝する これまでの助太刀にも 帰路にも気をつけあそばされよ

 

サムライの末裔達は、そうしていっそ爽やかに。

さらなる地獄の奥へと進んでいった。

 

 

「…」

 

結果を知っていてもなお、言葉を失う。

ブリーフィングルームで映像を見つめる面々にもすでに笑いはない。菓子をつまんでいる者もいない。

 

「ブシドーとは死ぬことと見つけたり、か」

「無駄死にを推奨する言葉ではありません。事実、このあと彼らは成し遂げました」

 

隊長とレオンのやりとりに、そりゃ結果論じゃねえかとユウヤ。

ハイヴを攻略し得なければ、連中は無駄死にだったのだ。

 

「やはり国土のかかる前線国家は…いや、そうか」

「は、日本は米国とは違います。前線国となっており人口自体も減っていますし、生産力を東南アジアへ逃がしたとはいえ、この時点ですら喪失戦力の補充にはかなり時間を要するかと」

「ギャンブルだったわけか。そもそもなんで今だったんだ」

「…確かに急ぎすぎた感はあるが…お前は日本の状況をわかってない。首都トーキョーから250マイルでハイヴがあるっていうのは、ワシントンーニューヨーク間と大して変わらないんだぞ。サドガシマを排除してチョルォンまで従深がとれるだけでもずいぶん違う…攻略の可能性があるなら、一刻も早く解決すべき問題なんだ」

「…」

「ソ連と統一中華戦線は潜在敵国だ。東アジア連合もオペレーション・ルシファーの損耗から回復してないし、元々多くは望めない。地理的に欧州は遠すぎるし、同盟は解消されたとはいえ友邦のアメリカと国連以外に支援の手立てがないんだよ。それに―」

「G弾だな」

「そうです。日本にはアメリカへの不信が根強く、ハイヴを放置するか、攻略に失敗…どころか手間取れば、またG弾を落とされるかもしれない…ヨコハマは、重力異常で草も生えなくなったそうです」

 

無礼講をいいことに割り込んだユウヤに答えたレオンの表情は、隊長の言葉で曇った。

 

G弾への嫌悪は、ユウヤとて同じだ。

重力異常で云々はゴシップの域を出ないとも思うが、そもそも戦術機不要論の元凶がG弾なのだ。

 

 

やがて映像では、米軍と国連軍の部隊がひたすらに戦闘を避けながら最後に構築した兵站拠点へと辿り着いていた。BETAに襲われず残っていたそれらを活かし、さらに後方へ。

損傷機として随伴していた帝国・斯衛で戦闘が可能な機体はそこに残った。彼らは、友軍が目標を達成して戻るまでここを堅守するのだという…

 

 

これが、実戦か。

座学やシミュレーションは、やはり情報でしかない。

ハイヴ攻略成功という華々しいニュースの裏側の、凄惨な現実。

 

「でも…これじゃ、損失が大きすぎるんじゃないかしら」

「…たしかにな。BETA戦での損耗率は大戦・冷戦期の軍事常識は通用しないが…クゼ、お前はその点に関してはどうだ」

「同盟解消以降、日本軍の詳細な配備数等はわかりませんが、かなりの痛手になることは間違いないかと。日本の軍事的プレゼンスの低下によって極東地域が不安定化する可能性は…なくはないと思いますが、他所もそう余裕はないですからね」

 

アメリカとは比べるべくもないにせよ、日本は有数の軍事大国だ。

精強な軍に高い士気。そして優秀な技術者たちと勤勉な国民性。

 

その日本をして、ひとつのハイヴを攻略するのに、この有様。

 

 

だから結局は、G弾しかないのでは ―

 

 

重いものを飲み込まされた気分に一様に皆が押し黙る。

 

「強い戦術機を。もっと強い戦術機をつくればいい」

「…おまえ、本当にバカだな」

「なんだと!」

 

わかっていたことだろうが、今さら何を悩む。

そのためにやってきたんだろうがと言うユウヤには、レオンの心底呆れた視線。

シャロンは処置なしと苦笑しながら肩をすくめて首を振り、スヴェン大尉も一瞬毒気を抜かれた表情を見せて、そうだな、と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 3月 ―

 

帝都郊外。城内省斯衛軍基地。

広大な格納庫は機密保持の意味合いもあって入口こそ閉じられているが、多くの整備兵・要員たちが忙しく行き交ってなお、彼岸前の寒気。

 

吐息もまだわずかに白い。無駄口を叩く人員はいないが相手に聞こえるよう怒鳴りあう整備兵と、工具が奏でる騒音に格納庫内は満たされており、その喧噪の中を帝国陸軍中佐・巌谷榮二は歩を進めていた。

 

ふと見上げるハンガーには固定された巨人・00式 武御雷。装甲色は白…なのだが、現在外装はほとんど外されていた。

この格納庫には現在18機の同機種が並行して修理作業を受けており、携わる要員は500人を超えている。

 

 

甲21号作戦 ― 佐渡島ハイヴ攻略の成功は内外にとって概ね吉報といえたが。

 

各国軍はいろんな意味で目の色を変えており、帝国軍・斯衛軍共にその上層部は、そろって頭を抱えていた。

 

損耗が、やはり大きかったのだ。

 

常に予想を超えてくるBETAを相手に、想定の最大値をやや超過した程度で済んだともいえる。実際のところハイヴ内のBETAの総数は会敵したものだけでも想定の倍近くにも及んでおり、突入部隊がいかに奮戦したかがわかる。

 

にしても…ちと浮かれていたと、誹られても反論できんな。

 

経験も実績も豊富で、常に楽観を戒める質の巌谷をして、そう自省する。

作戦前の実証試験段階からその有効性を大きく示した電磁投射砲の威力に、軍部に楽観論が漂ってしまっていたのも事実だった。

それが現実としては、ハイヴ突入を敢行した戦術機甲部隊はほとんど壊滅的といっていい損害。精鋭部隊を抽出して投入したがため、それゆえに攻略自体は成ったともいえるがその損失は実数以上に重くのしかかる。

ゆえに反応炉破壊後に甲20号 ― 鉄原ハイヴを目指して退いていくBETA群を、大挙追撃掃討することも困難であった。

 

戦術的に誤りだった…とは言い切れんが…

 

 

これまでのハイヴ攻略は、周辺のBETAを駆逐した後入口とするゲートを確保。

ハイヴ内突入後は速戦即決を旨として、一気呵成に反応炉を目指すというもの。

 

しかし内部の情報はほとんどなく、目標の位置も深度も概算程度。

 

要するに、ほとんど特攻である。

 

これは、23年前のパレオロゴス作戦において、二ヶ月もの期間を要して多大な被害を出しつつ周辺を制圧。その後ミンスクハイヴへと突入したヴォールク連隊が史上初めてのハイヴ侵入を果たして貴重なデータを遺すも3時間半程で全滅したことからハイヴ戦での兵站確保の困難さが露わとなり、そこから逆算的に導き出された方策にしかすぎない。

 

 

しかし今回は電磁投射砲の投入により、損耗を抑制しながらハイヴ突入までこぎ着けることが期待されていた。そしてその後も可能な限り組織的戦闘を行いつつ深部を目指し、突撃戦法はそれが困難となった場合の補足的手段とすることと決まっていた。

 

中層を過ぎるあたりまでは、予想を超える会敵BETA数ながらも作戦は概ね順調に進行。

 

しかしその後、さらに増加した出現BETAにより突入部隊が疲弊損耗。

士気の低下も著しかったため、意気を保った帝国・斯衛両軍での突撃へと移行。

 

そして3時間後、両軍は当初戦力の4割以下にまで損耗しながら反応炉の破壊に成功した。

 

実際には最深部反応炉室の手前、大広間主縦坑内に極大規模のBETA群が観測されたため斯衛16大隊の残存機に加えて斯衛帝国両軍から志願抽出した24機による突破誘因を敢行。

誘因BETAを残留部隊が背撃すると共に、突破部隊が反応炉に設置した携行S-11全弾の起爆によって反応炉諸共釣りあげたBETA群を撃滅。

 

その後突入部隊は主縦坑経由で横坑を使い、退路を確保していた先行退却組と脱出した。

 

なお、S-11起爆は損傷擱座したものも含めて帝国斯衛併せて5名が志願により反応炉室に残留して実行した……

 

 

せめて英霊として忘れることなく語り継ぐのが、供養であり手向け…

 

今までも多くの部下、戦友を見送ってきた巌谷は瞑目する。

 

かように甚大な損耗の上に終了した甲21号作戦だが、ただ海上戦力と砲兵がほぼ無傷で済んだのが不幸中の幸いともいえた。

鉄原発朝鮮半島からの潜行渡海BETAへの対処は、砲雷撃の従深もとれるゆえ喫緊とまではいえないからだ。

 

とはいえ帝国軍参謀本部は国防計画の見直しに奔走し。

斯衛上層の「老中」連は実戦力の減少に伴う影響力の低下を懸念し、若年の五摂家当主たちの蛮勇だと青くなったり赤くなったり忙しい。

一方で当の五摂家 ― 当主陣で突入に参加したのは斑鳩と斉御司だが ― たちは、どこ吹く風で通しているらしい。

 

 

時節を考えれば、恵まれたといっていいと思うが…

 

民を想う煌武院、そして内心はともかく武に殉じた、最有力家の斑鳩と前将軍家の斉御司。

歴史を顧みれば摂家間での権力闘争に明け暮れた時代とてあったのだから、今の当主連はよほどまともだと言っていいと巌谷は考えていた。

 

そしてそこに、白を引き連れた赤の斯衛を見つけた。

 

「これは、巌谷中佐殿」

「久しいな、真壁少佐。負傷したと聞いたが、もういいのか」

「はは、お恥ずかしい。部下のおかげで命拾いしましたよ」

 

細面に、するりとした細身の体躯。

急所を一突きする鋭い刀といった印象そのままの男。

 

真壁介六郎。

名門・真壁家の六男で、斑鳩崇継の傍役かつ腹心。

 

巌谷が介六郎と直接の面識を持ったのは、例の投射砲の一件からだった。

介六郎は才気走るところがやや目立つが有能には違いなく、若さのわりに腹芸も裏働きもそれなりにできる質ゆえに、崇継にも重宝されているのだろう。

 

「それで、本日は」

「横浜からの帰りでな、これを渡しておこうと。まあついでだ、気にするな」

「は、恐れ入ります。して、魔女殿のご機嫌はいかがでしたか?」

「相当にお忙しいようだ。まさにハイヴは宝の山なのだな」

「はは、それはそれは…」

 

提げていた鞄に入ったままの書類を渡す巌谷は、ぞんざいに過ぎる扱いだった昼頃を思い出して軽く笑った。

 

「回収できた投射砲の数が合わないことにも、寛恕いただけた」

「重畳ですね。中佐殿は、どうお考えで」

「我々ではない。斯衛でもなかろう? 国連軍は魔女殿の隷下だ」

「ふむ…もっとも、対策は十全だと聞きましたが」

「ああ、物理的・電子的な多重の施錠に加えて核心部は例のML理論とやららしくてな。無理に開ければ…極めて小規模ながら、あの忌まわしきG弾と同じようなことになるらしい」

 

おお、それは恐ろしい、と。

大げさな身振りで赤い斯衛は悪い笑みを見せる。

 

 

作戦中喪失した投射砲の心臓部分で、未回収のものがまだいくつかあった。

 

広大なハイヴ内でのこと。BETAに喰われたのかもしれないし、まだ見つかっていないだけなのかもしれない。

しかしながらどこかしら海の向こうの大国などで、秘密の研究所が貴重な要員と共に吹き飛んだとしても、それが明らかになることはないだろう。

 

いずれにせよ、「半年もありゃ、あいつらも同じモノ造るわよ」とは魔女殿の言。

だからといってすぐばらまくのも得策ではなく、そんなことをすれば「同じ人類に向けるバカが、すぐに出る」とも。

 

 

しかし、こやつら…「アレ」を見たのだろう…

 

米軍・国連軍と別れ。

両軍の監視役である魔女殿の特務部隊も退かせた斯衛と帝国軍は、魔窟の深層でそれを見た。

 

巌谷もまた、階級を度外視して枢機に触れられる立場ゆえにその記録を見せられた。

 

 

大深度地下に拡がり、薄暗くも緑がかった謎の発光に照らされる広大な空間。

そこにはその広さに比して細く見える、高く高く伸びる柱状構造物が林立し。

 

その頂点近くには ― 青白く光る生物的な容器に収められた、人間の脳髄。

 

聞けば、横浜ハイヴでも確認されていたものらしい。

高度な機密として伏せられていただけで。

 

 

異星種共がなにをしていようが、今さら驚かんな ―

 

斑鳩公崇継は、それを見て大して興味もなさそうにそう言っていた。

BETAに殺された人間の数など、もう誰も数えていないしわからないのだ。

 

 

その犠牲者たちがどこの誰で、どのようにハイヴ深層まで連れ去られたのかはわからない。

 

ただ一つ確かなことは、それらを含めて佐渡島ハイヴ跡地はすべて、国連の名の下「オルタ4」 ― 香月博士の管理下に置かれることになったということだった。

 

 

あの魔女殿が、なにを考えているのかはわからない。

紛うことなき天才の部類、凡人に過ぎない己に測れる範疇にはいないことは確かで。

 

ただ、軍人であれ。ならばできることをする。

そう自らを規定するのが巌谷榮二という男。

 

「で、状況はどうだ」

「順調、とは言えませんね…00式は元々手がかかりすぎますゆえ。まあ壊した私が言うのもなんですがね。衛士も同様です」

 

ひょい、と介六郎は肩をすくめる。

 

「それに再編によって全体数が減ってもかまわない、というのが当主方の方針ゆえ」

「ほう、貴様にとっては不満だな」

「まさかまさか」

 

韜晦して笑う若人。

斑鳩公崇継は時としてむしろ世捨て人的というか、退嬰的な一面をもつことを先年からのつきあいで巌谷は知った。そしてその崇継に、権力への道筋を使嗾するようなのが目の前の介六郎なのだということも。

 

「日の本の民が無事なら良い、それは我が主も煌武院殿下と変わりありませぬ」

「鉄原からの縦深を得て一段落とすると」

「なにしろ我らには艦も砲兵もありません。この八洲より異星種共をたたき出した以上、当面は遅々としてでも戦力の回復に努めるほかありません」

「陸軍にも時間が必要だ。人員はもとより、撃震の耐用年数の問題と甲21号作戦で喪失した94式の補充は急務となる」

「ほう…そこで例の計画ですか」

「そうだ。それに関して頼みがあるが、良いか」

 

伺いましょう、と介六郎に促されて巌谷は格納庫の簡易応接間へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 5月 ―

 

衛士という人種は、ある意味単純だ。

究極的には、ひとつの価値観に支配される。

 

 

すなわち、腕が立つか否か。

 

 

「ちぃっ…クソっ…!」

「…」

 

わざとオープンになっている互いの回線、毒づくのは目の前の敵機 ― F-15Eの衛士、ユウヤ・ブリッジス少尉のもの。

 

統合仮想情報演習システム・JIVESによる都市を模した戦域の中。

唯依の操る97式戦術歩行高等練習機・吹雪は、ユウヤ機にはりつくように立ち回る。

 

乗機の個人設定は、持ち込んでいた零式強化装備により。

急ごしらえでも文句のない仕上がりになっているのは、整備陣の優秀さだ。

 

F-15Eは第2世代機とはいえ世代最強と讃えられる名機で、ユウヤにとっては乗り慣れた機体。

一方97式は ― 第3世代相当とはいえ練習機であり、ユウヤが酷評し否定までしたもの。

 

しかし ― 、フフっ、愚かな。

 

今少し、唯依は意地悪な気分になっていた。

先ほどまでの最悪な気分から、久方ぶりの戦闘機動が自らを高揚させていく。

 

 

 

 

三十分程前 ―

 

 

 

 

アメリカ。アラスカ州ユーコン国連軍基地。

各国混成のアルゴス小隊、ブリーフィングルーム。

 

初対面から悪かった印象が、最悪に至るまでさほど時間はかからず。

 

日米合同新型戦術機開発計画・通称XFJ計画の日本側開発主任・篁唯依中尉は、首席開発衛士であるところのユウヤ・ブリッジス少尉の睨む視線を、内心の憤怒を完璧に押し隠して受け流した。

 

ジャパニーズ・ドールめ、と毒づいたのも聞こえた。

 

 

なんでこんな男が選ばれたのだろうと思う。

 

聞けば「戦術機の鬼」とまでの異名をとる、フランク・ハイネマン博士から計画参加の絶対的条件とまで求められたらしいが。

 

確かに腕は立つ。操縦技量は素晴らしい。

経歴を見ても目覚ましい業績を残してきている。

 

しかし彼が当初から不必要に個人的な日本への悪感情を持ち込み過ぎなのは明らかだったし、礼儀を重視しないのが米国流だったとしても、時にそれは度を過ぎていた。

 

極めつけにはこれまでの自分の経験がうまく活かせない日本機の特性を頭から否定してかかって、「こういう機体を作れ」と言われているのに「オレはそれは気に食わない」と内容を変えてしまおうとするのは、開発衛士の職分を明らかに越えている。

 

素晴らしく腕が立つのに、あまりにも精神が未熟。

 

 

個人的な事情など...言い出すなら私とて...

 

まったく先が思いやられる、斯衛からの転属までして受けた任務なのにどうしようかと内心に小さくため息をついた時。

 

「アメリカ軍を盾にしてハイヴ攻略しといて、偉そうに」

 

―――!

 

「おいユウヤ…」

「訂正しろ、ブリッジス少尉」

 

ぼそりと言われたブリッジスの捨て台詞、周囲のマナンダル・ジアコーザ・ブレーメルの3少尉がさすがに慌て、同席していたドーゥル中尉もまた咎めた。

 

しかしそれらは、もう半分ほども唯依の耳に入っていない。

 

「……貴様、我が軍の英霊を愚弄するのか」

「…事実だろうが、卑怯者の日本軍だろ」

 

もし今この手に緋焔白霊あらば、すでに鯉口を切っていたろう。

そして負けじと言い返したブリッジスなど、抜き放って一息に両断していた。

 

卑怯、だと......?

 

どの口でそんな。

そんな剣気が放たれ、心得のない少尉たちも何かを感じて小さく息を呑む。

 

 

忘れることなどできようもない、2年前のあの日。

 

 

「っ…だいたいあんただってハイヴには入ってないんだろっ。それにイチかバチかの作戦にアメリカを巻き込んだのは日本じゃねえか、たまたま攻略が成功したからって別にそれは日本の功績じゃないだろうがっ」

「……いつ、誰が、日本の功績と、言った」

「単独で戦術機も開発できないから泣きついてきたクセして、なあ!」

「おいユウヤ、やめろって!」

「言い過ぎよ…! ドーゥル中尉っ」

「ブリッジス! いい加減にしろ、貴様は子供か! タカムラ中尉も、ここは」

 

先任中尉の大きな手が肩に置かれる。

少しばかりは、唯依の頭も冷えた。

 

「…私の知る、米軍の衛士たちは、皆勇敢だったがな…」

「ッ…」

「撤退は合理的な判断だった。彼らが退いたことを恨んでいる日本人は…皆無とは言えないが、私の知る限りでは世論とてそうなってはいなかった」

 

搾り出すように。

 

 

思い出す。いや、脳裏にこびりついて離れない。

 

嘆願かなわず前線より遠く配置されたあの時。

 

南東の夜空を圧してなお漆黒に拡がっていく巨大な虚無。

 

あの、中には ―

 

 

「撤退間際に米軍が供出してくれた弾薬で命をつないだ者もいた…それこそ我が身を省みない行為だったと、私は思う。日米の歴史には…不幸もあるが、絆とてある」

 

貴様の存在自体が。そうではないのか、とは。

到底受け容れざるだろうから、敢えて口にしない。

 

 

だがそうだろう。

その、はずだ。でなければ。

 

 

しかし ― 貴様たちは知るまい。知ることもあるまい。だが ―

 

 

父様は、米軍が無断で投下した、G弾に巻き込まれて死んだのだ!

 

 

「貴様や私の個人的な感情で、計画が左右されることはあってはならない。内容に影響を及ぼすなど言語道断、しかし……ドーゥル中尉、ひとつ許可をいただきたく」

 

 

黙して秘すのみ。唯依の内心の慟哭などは、誰にも気づかれず。

 

 

そんなブリッジス少尉もまた、その条件を呑んだ。

 

 

 

 

そうして唯依は、ユウヤと相対した。

 

 

 

 

戦いに、興を見出す質などでは、ないと思っていた。

 

しかしてここは、父の仇敵たる米国の地。

そして不慣れな仕事、不慣れな同僚。そも、渡米前から。

 

当面BETAは日本におらず、また戦力も疲弊して戦いどころではない。

そうやって、戦いの中と、そうでなければそのすぐ隣に身を置き続けてきた日々から、急に突き飛ばされて。

 

仇討ちの思いはない、ならば平穏に飽いたとでも? いや、余念が過ぎる…っ

 

距離を離されれば、ブリッジスの指摘通り主機出力に大きく劣る97式では為す術はない。

また高機動下の砲撃戦では、彼の方が遥かに上手だ。

 

ゆえに唯依は、ユウヤを逃がさない。

 

ほとんど密着状態、97式右主腕の長刀さえ振れない距離。

しかし嫌って間合いをとろうとするブリッジス機の「起こり」を、ほとんど唯依は見透かしていた。

 

腕は立つ。対人戦の経験こそも、豊富なのだろう。

しかしこの領域は、「術」の世界だ。幼少期より身体を使った鍛錬により積み上げてきたそれを、まさに人機一体にて現出する。

 

 

そもそも ― 彼がいう「日本的な」もの…ともすればどこか非合理的で、伝統主義的なもの。それを否定するのなら。

 

米国式の合理主義で、だらりと長刀を提げて待ち受ける唯依機を狙撃すべきだったのだ。

 

しかし彼はそうしないと、唯依は踏んだ。

 

そして、その通りになった。

 

読み勝ちである。

 

 

焦りからか、ユウヤは強引にF-15E膝部から短刀を取り出そうとし。

それを待っていた唯依機の短刀が閃き、左主腕を破壊認定。

負けじと振り払おうとした右主腕の動きに逆らわず97式はその背面に回り込み、背部懸架の突撃砲を破壊。続いて左跳躍機を蹴り歪める。

 

「くッ…クソぉぉおお!」

 

最期のあがきとばかりに、ブリッジス機が破損認定にて出力低下処置を受けた跳躍機も合わせて全開にする。でたらめな機動、低空での接近戦から一気に地表へと。

刹那、激突を回避できたのはユウヤの卓越した技術とセンスゆえ。

 

しかし向き直ったその瞬間 ― 長刀を大上段に構えた唯依の97式が眼前に迫っていた。

 

 

 

 

 

「いやーはっは、負け負け♡」

「まあ、ぐうの音も出ないわな」

 

ハンガー。管制ユニットの外。

うなだれる強化装備のユウヤの下に、タリサとVGそしてステラがやってきた。

 

「どーよ? まっ・ぷ・た・つ・w」

「…うるせえ…」

「しっかし思った以上にやるなー、タカムラのやつ」

「そうね…でもどうかしら。作戦負けって気もするけど」

「だな」

「それに、ユウヤも言い過ぎよ。…死んだ戦友を侮辱されれば怒るのは当然」

 

視線をそらさず、指摘するステラの声も一段下がる。

彼女の意地が悪ければ、実戦経験のないあなたにはわからないでしょうけれど、と加えただろう。

 

「大体な、ユウヤお前、サドガシマ・ファイル観てないのか?」

「…見たさ…」

「かーっ、アレ観て白兵戦しようと思ったのか? 自信過剰にもほどがあるだろ」

 

中尉はロイヤルガード出身って言っただろ、あの「ツイン・ブレード」のお仲間だぜ、と。

 

 

誘いに乗った。その自覚はある。いや、演習中からあった。

それでも食い破る自信があった。いや、食い破るつもりだった…のだが。

 

 

嫌っている日本が出した成果。

米国も負けまいと、いや自分がその一助にとそれまで以上に励んで。

 

最新鋭の、F-22のテストパイロットにまでこぎつけ。

自分のすべてを以て、完璧な機体に仕上げようとし。

 

しかしその中で、自分を理解しようとしてくれていたスヴェン大尉を喪った。

 

自分のせいではないと…思ってはいる。

しかし結果、隊を追われた。そして流れ流れて、このユーコン。

 

 

強烈な敗北感。屈辱。怒り。後悔。

ここまでいいようにやられたのは、初めてF-22と模擬戦をした時以上。

 

しかし ―

 

すげえ動きだったな…

 

あんな風に、動かせる機体だったのか。いや、あんな風に動くんだな、戦術機って。

 

その驚きもまた、強かった。

 

 

巧みに操縦する衛士は、幾人も見てきた。

強烈なGに耐え、殺人的な機動を繰り出す凄腕たち。

しかしその中には、あんな風に…しなやかに? 戦術機を動かすヤツは、いなかったと思う。

速くはない。パワーもない。それなのにどうしてか、まるで敵わなかった。

 

 

「マーシャルアーツ…ブジュツってやつ、なのか」

「カタナを使うからなあ、日本軍は重視してるらしいぜー」

 

アタシも長刀の間合いじゃやりたくないね、と。

白兵戦を得意と自認し、豊富な実戦経験を持つタリサさえ。

 

「でも実際は非効率じゃないのかしら。リスクも高いし、機体も消耗するわ」

「そこんとこはあちらさんも、偏重を戒めてるそうですよ、っと」

 

ファイル片手に、ヴィンセントがやって来た。

金髪の白人男性。ユウヤとは長い付き合いで、その極めて優れた整備調整の技術と高いコミュニケーション能力で、陰に日向に彼を助けてきた女房役。

 

「いやいやいや、負けたねえ」

「…ああ」

「おー、素直素直。じゃあ約束は守んのか?」

「…ああ」

 

今さら、非礼を詫びるくらいはどうってことない。

自分でも、間違いだとは思わないが言いすぎたとは思っているし、弁解の余地がないほどに負けたのは事実だった。

 

「お前さんはホント、妙なトコひねくれてて妙なトコ真っ直ぐだよなあ」

「うるせえ」

「そんなユウヤ君に、コレ。タカムラ中尉のログ、見たいか?」

「っ、なんでオレが……、…いいのか?」

 

本人がいいって言ってきたんだから、いいんじゃないか?

年下の女のコに気ぃ遣われて、だっせえよなあ。

 

明るく笑うヴィンセントの言葉を、ユウヤはもう半分聞いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 6月 ―

 

 

アメリカ。

アラスカ、ユーコン国連軍基地。

 

JIVESによりハイヴ内を再現したフィールドを、ユウヤ・ブリッジス少尉が駆るXFJ-01a Type-94 sec. 不知火 弐型 は高速で駆け抜けていく。

カラーリングはType94-1C 壱型丙に似た、日本軍機仕様。

 

「ちょっ…ユウヤ、早っ」

 

随伴機として追随するF-15ACTVの管制ユニットの中、ステラ・ブレーメル少尉は襲い来るGに言葉を切った。

 

近く配備されるXFJ-01bがタリサ・マナンダル少尉機となることが決まり、空くACTVはステラへと回ってくる予定。そのための慣熟も、兼ねているのだが。

 

乗り換えた時期なんて、そう変わらない。

しかもこっちは、乗り慣れたF-15系統だというのに。

 

才能の差を見せつけられる現実に、ステラは内心で軽くだが舌打ちした。

 

 

先の一件以来 ― まるで乾いた砂が水を吸収するように、ユウヤは日本機に習熟していった。速度は出るが強引で力任せの機動から、疾く鋭く無駄の少ないそれへと。

 

 

まったく、まるで新しいオモチャをもらった子供ね。

 

歳はそう変わらないが…変・わ・ら・な・い が、年齢以上に幼いところがあるユウヤなど、ステラにとっては後輩分というか弟のような印象だ。

 

 

同じく年少で直情的かつ問題児なタリサは、しかしてその出自から容易に想像できる過酷な歩みと実戦経験からか、一方では冷徹な一面を持っていることも知っている。

また嫌みでない程度に何くれとちょっかいをかけてくるVGとは同僚づきあいがしやすく、この隊が解散になる時には一度くらい寝てあげてもいいかな、とも思う。

 

そしてタカムラ中尉は、なんというか、可愛い。

 

サムライは掟に縛られるもの。昔どこかで聞いた、そんな時代錯誤な話。それを地で行くようなことが、現代でも続いているなんて。

気の毒だと思った。

生まれたときからその個性に関係なく、「斯く在る可し」として固めていけば、彼女のような人間ができあがるのだろう。故郷を追われてけして贅沢とはいえない日々を送るスウェーデンの同胞たちですら、少なくとも精神においては彼女より自由だろう。

 

最初は、そう思っていたのだが。

 

 

ステラは、高G機動を元々そう得意とも思っていない。

 

衛士としての才のうち、高速機動のセンスに関してはこの試験小隊中でおそらく最低。

持ち味は広い視野と冷静で素早い判断力に射撃力。それで少なくない実戦をくぐり抜けてきた。

 

無理せず的確にユウヤ機の軌跡を追い、鋭角に過ぎるあたりはアレンジを加えて。

ニュー・レコードで帰着した01aに遅れることしばし、ステラ機もゴールへと辿り着いた。

 

「中尉、聞きたいことが。主腕部のパラメータを…」

 

管制ユニットから降りるなり、ハンガーのキャットウォークで待っていた唯依にユウヤは詰め寄り。無言のまま視線で促されて、敬礼する。

 

「…パラメータを、変更したのか?」

「ああ。前の状態だと高機動時の空力上は安定性が増すだろうが、ん…たとえば長刀をこうしてこう…と切り返したときにな」

「ほぅ……なるほど、そうか、なら確かに…なるほど」

 

軽く実演するように。無手のまま唯依がなめらかに型を取り、それをユウヤが得心がいったとばかりに頷きつつ、何かを考えている。

 

仲良いわねえ…

 

ユウヤの戦術機大好きぶりは出会ってしばらくでわかったが、唯依の仕事熱心ぶりもある意味それに似通っているような。

微笑ましさを覚えつつ、同じく降りてきたステラは唯依に敬礼した。

 

 

例の一件以来、アルゴス試験小隊の雰囲気は、少しだが確実に変わった。

 

首席開発衛士のユウヤがあまりに頑なだったその態度を改めたことが、主たる要因。

その彼とことあるごとに角突き合わせていた唯依は、自分のような堅物はいない方がいいだろうと任務外でまでつきあうことはあまりないものの、時折の雑談程度には応じてくれるようにもなっていた。

 

 

シャワーを浴び、デブリーフィングへ。

ラフにBDUの衛士たち、制服姿の唯依。

 

「以上が今回による改善点となる。整備班に回しておく」

「は。お疲れ様でした」

「ああ、皆もご苦労だった」

 

ぴしりとした、タカムラ中尉の答礼。

 

「中尉ー、アタシのニガタはいつ来るんだよ」

「…マナンダル少尉……まあいい…まだもう少しかかる。今しばらく待て」

「へーい…いいな、ユウヤ。楽しそうじゃん」

「お前な…遊びじゃないんだぞ、チョビ」

「チョビってゆーな! つーか中尉、あのゼロは使わねーの?」

 

アルゴス小隊のハンガー、その最奥部。

専門のスタッフたちと共に日本からやってきたのは、Type-00 武御雷 だった。

 

 

サドガシマ・ハイヴ攻略に大きく貢献した殊勲機。

戦闘映像が一部とはいえ公開されると、リニア・レールガンと並んで各国軍の耳目を集めることになった。

 

まるで工芸品よね…

 

先日ユウヤが頼み込む形で小隊の面々と一緒に、とりあえず見るだけは。

各国の戦術機は、F-4以来航空機に戦車が少々といった風情にロービジ塗装が大抵だが、Type-00は精強かつ精緻な中世のサムライの如き佇まい。

もっともド派手なブライト・イエローのカラーリングは、搭乗衛士の趣味ではなくて、家格を表す識別色なのだという。

 

 

「ああ。弐型に目処がつき次第比較試験をする可能性も、なくはないが…XFJ計画にあたり、ハイネマン博士が見たいと仰ったのでな。少ない斯衛の財布を叩く羽目になった」

「つーかさー、あんな機体があってニガタがいんのか?」

「ン…まあな」

「タリサー、中尉にも話せないことだって、あるんだぜ?」

「へいへい」

 

攻守共にバランスがとれ、しかも近接戦では無類の強さを発揮する。

なのにロイヤルガード専用機ということは。

 

生産性か整備性、そのどちらかあるいは両方に問題があるってことね…

 

今日び戦後を見据えて覇権主義的な動きを隠さないのはアメリカくらいのものだが、それでも各国には軍事機密はある。人間は、人間を信用していないのだ。

 

「そいや中尉、お尋ねしますけど」

「なんだ、ジアコーザ少尉」

「かの『ツイン・ブレード』とはお知り合いで? 黒いゼロに乗ってる」

「Twin...? ニトウリュウということか?…、ああ」

 

唯依は少し小首をかしげて考えたあと、ぽむ、とその手を合わせた。

 

「知っているぞ、彼はそんな風に呼ばれているのか? 部下、いや元部下だ。危ないところを助けてもらったこともある」

「…ほー」

「…へー」

 

心なしか得意げになった唯依にVGとタリサが薄ら笑いを浮かべ、ステラもまたわずかに目を細めた。

 

「中尉は、その彼と男女の仲なのかしら?」

「……は?」

「つきあってんのか、って聞いてんだよー」

「んなッ…! ばばばバカを言うな…っ、な、ないぞ、断じてないぞ!」

 

歳相応どころか、とんでもなく初心な反応。

あらら、また可愛いところ見つけちゃったとステラはほくそ笑む。

 

「あら、先だってのエアメール…がんばって書いてらしたのに」

「み、見たのか!? だがあれはただの返事で…っ、そもそもブレーメル少尉、貴様上官の…!」

「見てはおりません、サー。書かれたことも今知りました、サー」

「~~~ッッ!!」

 

ついに耳まで赤くなった唯依は恥辱のあまりプルプルと震えて、今にも涙をこぼしそうだ。

 

 

中尉への昇進を聞いて、祝い状を書いた。

 

最初は簡潔に。しかし思い直してつらつらと近況なども書いたら、長くなりすぎた。

そしてああでもないこうでもないと書き直しているうちに、予定よりずっと長く時間を費やしていたことに気づいて。おまけに殿方に手紙を書いたことなど、篁家当主として以外でははじめてだと思い至ってひとり煩悶。

 

結局は簡潔に、祝辞に短く近況とを添えた。

 

しばらくして、返事が来た。

誰かに教えてもらったのか、斯衛としての例文そのままといった文面があまり上手ではない字で、しかし丁寧に書かれていた。

そして文末には、少しくだけた言葉で近況と、こちらを気遣う様子が並んだ。

 

なんでもない内容だったがなぜかひどく嬉しくなって、大事に畳んで机に仕舞った。

 

それへの返事を、見られたらしかった。

 

 

語るに落ちるとはまさにこのこと。

あんまりいじめ過ぎちゃかわいそうね、とステラは自分が最初に爆弾を投げたことはさておいて、はやし立てるタリサとVGをなだめに回った。

 

一方で、唐変木極まるユウヤといえば。

なにやってんだかとまるで興味なく、頬杖を突いて眺めていた。

 

 

 

 

 

「と、とにかく今日は以上だ! 解散ッ!」

 

逃げるように。敬礼するなり唯依は一番にブリーフィングルームを出た。

 

なんだというのだなんだというのだ…ッ

 

茶化しおって、と肩を怒らせ足早に進みながら。

 

色恋などと。

そんなことに、うつつを抜かしている暇などはない。

 

たしかに人口の激減と若年適齢期層の減少は問題とされているが…っ

 

斯衛たる自分が、と戒めた次の瞬間、一足飛びに交際結納結婚出産と突き進んだ思考を頭を振って振り払う。そこへ、

 

「タカムラ中尉」

「ぅひゃッ、は、し、失礼しました!」

 

後ろからかけられた声に飛び上がるほど驚きつつ、唯依は振り向き敬礼。

そこには精悍かつ謹厳な、ドーゥル中尉。この色々緩いアラスカ基地とアルゴス小隊において、数少ない尊敬できる軍人と感じるひとり。

 

「順調のようだな」

「は。恐れ入ります」

 

さらした醜態は、見ないふりをしてくれたらしい。

 

ブリッジス少尉の挽回により、遅れかけていた計画は順調に推移している。

 

元々唯依は、少尉の能力自体は高く評価していた。

戦術機開発における各種技能や知識、そして情熱。

 

「ブリッジスも中尉に鼻っ柱を折られていい経験になったようだ。ロイヤルガードは伊達ではないな」

「いえ、そんな…」

 

 

過日の模擬戦においても、勝敗は明白だったが実際は紙一重だった。

 

決着の瞬間。地表への激突をすんでで回避したブリッジス機は ― 唯依の想定を越えた疾さで振り向き銃を向け、その照準はぴたりと唯依機の胸部へと向いていた。ゆえに刹那、唯依は大上段の打ちおろしを機体から主腕突撃砲へと変更し、返す刀を跳ね上げて管制ユニットを斬撃したのだ。

 

あと寸毫遅れれば、相打ちになっていた。

いや、機械での判定上は負けにされたかもしれない。

 

 

「謙遜はいい。経験を積むに越したことはないのだからな…生きているうちは」

「は…」

「ところで中尉...雑談として聞いてくれ。…日本は、他国を助けてくれるか?」

「...人類存亡の危機です。誠意ある相手ならば、帝国は助力を惜しまないでしょう」

「教科書通りだな。…国元からの情報だが、欧州連合を中心にリヨンハイヴ攻略が検討されているらしい」

「…時期は?」

「遅くとも…年内、だそうだ」

「……成算がある…のですか?」

「各国軍は慎重らしいが…世論がな」

 

心持ち、声を潜めての会話となる。

 

佐渡島攻略には成功するも、投入戦力にはかなりの痛手を被った国連軍。

そしてまた、それら情報を持つゆえに慎重になる各国軍に対して。

 

 

極東の島国にできたことを、なんでうちの政府と軍はやらない?

 

様々な実情を無視して、世論は沸騰する。

 

冷戦期の東側、いまだ政府機構の統制が著しく強いソ連や統一中華。そして独裁政権下もしくは民主主義体制が未成熟な、大東亜戦争後に欧州から独立した東アジア連合の諸国。

 

これら以外…すなわち、後方国であり危機を感じつつもどこか遠く、利益すら享受できる北南米と豪州、アフリカ連合を除外した、欧州連合と王政と民主制とが入り混じる中東連合においては。

 

軍を統制する立場の政府は、民衆の声を無視できない。

 

さらにはその民衆とて、対BETAの軍備を支えるための重税、大量に流入する難民問題から社会の各層に不満はくすぶり続けて。

 

 

「しかし…リヨンは推定フェイズ5です。4の佐渡島であれだけの損失が…詳しくはお話しできませんが、前言を翻すようながら帝国は現状すぐに海外への大規模な戦力投射などできないでしょう。そもそもアジア圏にならともかく欧州となると…かつての日米安保により外洋航行能力がある戦術機輸送艦がありませんので参加は軌道降下兵団に限られるかと」

「そうか…レールガン装備の部隊を国連が出すのが前提だが、欧州の影響が強いアフリカ連合も戦力を出すだろうがな…」

 

ドーゥル中尉自身は、帝国から国連に提出された映像資料も観ているはずだ。

ゆえにハイヴ内戦闘の、想像を超える過酷さも認識しているはず。

 

もっとも、国連軍・米軍離脱後の事柄については「機密上の問題」として公開されていない…

 

「いや、すまない。まだ決定事項とはいえないのだがな」

「は…小官も国元へ『噂話』として伝えさせて頂きます」

「助かる。他念を挟んですまんが、当面は計画に精励してくれ」

「は。了解しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

過日、国内及び国連の第4計画支持派の協力をとりつけ。

それらの働きかけの甲斐あって、米国議会にてHi-MAERF計画とその産物の第4計画への接収が承認された。

 

横浜基地。地下執務室。

本来なら香月夕呼博士は、笑いが止まらないわぁと言えるはずだったのだが。

 

「バカどもめ…」

 

持ってこさせたコーヒーは、一口も飲まないまま冷めた。

イライラと組んだ長い足を揺らす。

 

 

接収に伴う雑務なんかは、ピアティフに任せておけばいい。

バラして輸送されてくるXG-70系も護衛はA-01で事足りるし、スタッフごとの接収だから組み立てさせればいい。スペースは元ハイヴのこの基地にはいくらでもある…というか、先日ようやくの基地完全稼働に先立たせてまで用意がしてあった。

 

予定外の収入として、佐渡島攻略のおかげで手持ちのG元素も大幅に増えた。

 

しかし、肝心のアレの方が進まない。

どうしたこんなものなのか、と自分を叱咤したり逆に褒めそやしたりしても一向に進まないのだ。

むしろその副産物的な装置の方が、斯衛と遠田からやって来ていた案件に役に立ちそうだったので回しておいた。

 

 

そんな折だ。

 

国連経由で、欧州連合の情報が伝わってきた。

そして少し遅れて、通達が来る。

 

今年秋から冬を目処に、リヨンハイヴ攻略作戦を実行する。

電磁投射砲量産の準備を整えよ。

 

 

いやバカでしょ?

 

夕呼は眉間の皺に拳を当てる。

 

「オルタ4」推進者として時期尚早と反対したが、各国の政治屋どもの突き上げに、国連は早々に白旗を揚げやがったらしい。

 

元々国連は各国から軍事力と資金を吸い上げて成立する組織。

欧州連合に中東、そして加盟国数も多いアフリカ連合がGoサインを出してしまうと、少なくとも表側での抵抗などできなくなってしまう。

 

そうした有象無象の連中が、目先の戦果と票欲しさに馬鹿げた行為に突っ込もうとしている。

 

 

たしかに、純軍事力でハイヴは攻略できた。できてしまった。

ただその損耗は、かなり大きく重い。

 

フェイズ4ハイヴ攻略であの被害、リヨンはフェイズ5だ。

BETAは常に想定を超えてくるし、よしんば次回も成功したとして。

 

そこでさらに喪われる戦力、対して世論の沸騰が…収まるか?

そして戦力の相対減。その補填までじっとしているわけもないBETAの増殖。

再侵攻を止められなくなる可能性の方が、遙かに高い。

 

日本においては、その地理上の理由から佐渡島を排除するメリットがあった。

渡海に大きなコストを要するBETAに対して、一定の距離を海峡で確保すれば漸減も迎撃も地続きの場合より遙かに容易になるからだ。

その意味で、ドーバー海峡にてユーラシアに「封じ込めている」という状況を正しく理解するのは…火がついてしまった民衆の大勢には、難しいのか。

 

 

人類にはもう、あとがないと思っていた。

 

それを佐渡島の攻略によって。半年から1年は、稼ぎ出したと思った。

 

だが人類の反撃の狼煙は、破滅への突撃の合図になったのかもしれない。

 

 

この流れはマズい。非常にマズい。

 

なのに遅々としてアレ…00ユニットの開発が進まない。

 

なにか、違うアプローチが必要なのだろうか。

 

 

そも、なぜ00ユニットが必要なのか。

 

BETAとの対話のため。

そこに至るための方舟かつ戦艦、XG-70の運用のため。

 

対話して。和平があり得る? それとも母星へお帰り願う?

 

どちらも考えにくい。

 

星の海を渡る技術を持ちながら。知性を欠片程度にしか見せないのがBETA。

そんな連中と対話したとして、平和的な結末があるのだろうか。00ユニットのプロジェクションでこちらに戦う意思はないことを示したとして、通用するのだろうか。

 

この広い宇宙のどこかで発生した、ああいう存在なのか。

種子なりが風に乗って辿り着いた先で増える植物のような。

それとも異星人の超技術で造られた、自律自己増殖型兵器あたりなのか。

それこそリヨンあたりの地表構造物からなにかをどこかへ打ち上げている、くらいしかわかっていない。

 

いや、対話自体はともかく。

それが不成立だとしても、そのためのXG-70。でもある。

 

XG-70が…いや細々と開発されてきたその発展型こそが、00ユニットによってカタログスペック通りの働きをすれば。

ハイヴ攻略はかなり容易になるはず。それこそ、電磁投射砲なんて目じゃない。

 

だから待てと言っているのに。

あのバカ政治屋どもは!

 

 

「この際…重きは、XG-70の方…でもいいわけよね」

 

XG-70系の運用自体に、目を向ければ…

 

だが間に合うか?

 

ちら、とソファの方を。

今ここに社霞はいない。

 

「そっちの手も…検討すべきか…」

 

手札が多いに、越したことはない。

自分のリソース配分を再検討する必要がありそうだ。

 

そう結論づけて夕呼は、難しい顔のまま再びデスクへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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