ウォルシンガムとそんな会話を交わした2日後――
9月7日は、私――というか、エリザベス女王の26歳の誕生日だ。
私も9月7日生まれなので、実は誕生日もエリザベスと一緒だったという。
不思議な符合だが、ともあれ、私はもう1度26歳の誕生日を迎えることになった。
年齢的には2歳若返ったので、なんかラッキー?
もちろん、王の誕生日は、国民的な祭日だ。
国を挙げての盛大なお祝いに、街中で祝賀の鐘が打ち鳴らされ、家の前には花輪が飾られて、出店や出し物が市内を彩った。
主役の私は午前中に教会でお祈りをし、昼には市内をパレードして市民と触れ合った。
午後になってようやく宮廷に戻った後は、延々と列をなす謁見希望者たちからの祝いの言葉と贈呈品を頂く仕事だ。
今日ばかりは、各国の駐英使節団が一堂に会する。
謁見の間はいつも以上の賑わいを見せ、異国情緒漂う華やかな空間となっていた。
前駐英スペイン大使フェリア伯爵の帰国後、入れ替わりでやってきた新しいスペイン大使グスマン・デ・シルヴァからも、フィリペ王からの熱い祝いの言葉を頂き、スペインから着港したばかりだという豪華絢爛な贈呈品の数々を献上された。
「こちらが、我が君から陛下へのお手紙になります」
と、恭しく大使から差し出された手紙を受け取り、内容に目を通す。
一時期、フィリペ王は私に強い好意を抱き、熱心に求婚をしてくれていたのだが、彼の叔父である神聖ローマ帝国皇帝が、自分の息子のオーストリア大公カールを女王の婚約者として推薦したことで、鉾先が鈍った。
私の方としても、フィリペ王のことは好ましく思っているが、国民のスペインへの悪感情が激しくて難しい、とか。臣下が許してくれない、とか。姉妹の伴侶と婚姻関係を結ぶことは、レビ記の教えに反する、とか。まあ幾らでも断る理由はあるわけで、やんわりと断る方向へと持っていっていたのだが……
どうやら皇帝は、何かと障害が多いフィリペよりも、自分の息子の方が旗色がよいと言うことが分かり、甥に、適当なところで身を引くよう圧力をかけていたらしい。
手紙には、「叔父上と国民が、2人を引き離そうとしている」などと、後出しで息子の結婚に欲目を見せた叔父の圧力に愚痴りつつ、「運命の残酷さを感じている」と悲恋を嘆く調子の文面が綴られていた。
だが、未練を残しつつも、おおよその内容としては、結婚交渉を打ち切る方向で同意していた。
一時ほどの情熱はないようだが、私への個人的な好意はまだ消えておらず、これからも良い友人でいましょうねといった内容で、イングランドとの友好的な関係を解消する予定はないようだった。
よっしゃぁぁぁ!
私は内心、勝ち鬨を上げた。
後は、私が未練を残しつつも国家のために諦めますという調子の返答でしめれば、一丁上がりである。
互いに好意を持ったまま結婚交渉が打ち切られるというシナリオは、スペインとイングランドの決定的な破局を願っている他国への牽制になる。
今回の見事なプレゼントの数々も、フィリペがなお、エリザベスを支持しているという、この場に集まった各国の大使達へのアピールだろう。
「……とても情のこもったお手紙を頂きました。後ほど、私が手ずからお返事をしたためますので、どうかフィリペ王へお渡し下さい。陛下を敬愛する友人エリザベスより、と」
丁寧に手紙を折りたたみ、穏やかにそう告げると、大使は私の意志を汲み取ったように、もったいぶった仕草で礼をし、玉座の前を退いた。
その様子を見つめていた外国大使達の表情は鋭く、今のやり取りの中でどういった思惑が交わされたかを探るような視線が、スペイン大使と私に注がれた。
狸と狐が手を繋いで棘山の上でタップダンスを踊っているようなこの空間で、私は女狐の大将として、今日も玉座の上で微笑むのだ。
※
夕方になり、謁見の間を出た私は、今度は女王の私室で重臣達のお祝いを受けた。
私室は入れる人間が限られているので、そこまで混雑はしなかったが、親しい人が多いので、1人1人との会話が増える。
予想以上に時間を取られて、一段落ついた頃にふと気が付けば、すでに日が落ちていた。
室内はすっかり、積み上がるほどの山盛りプレゼントで埋もれている。
だいたいみんな貰ったし、そろそろ終わりかなーと思った頃、ウォルシンガムが訊ねてきた。
「クマさん、あなたで最後よ」
「申し訳ありません」
責めたつもりはないが、謝られてしまった。
ウォルシンガムも例に漏れず、布でくるんだでっかい荷物を抱えている。
「お誕生日おめでとうございます――陛下」
差し出されたプレゼントから布が取り払われ、出てきたのは、真っ白の柔らかなオーガンジーの生地に、銀糸と華奢な宝石が縫い止められた上品なデザインのドレスだ。
「綺麗……」
どうやら皆、女王はゴージャスなのがお好みだと思っているらしく、派手な原色とかのものをプレゼントしてくれるので、こういうのはあまり持っていない。
派手好みについては、女王を演じるには華やかな方がいいだろうと思っているので、私も否定はしていないのだが、本当のところ、1番好きな色は白だったりする。
日本で生活していた時は、白は私の色と決めていて、真冬のコートは必ずスノーホワイトというこだわりがあったくらいだ。
真っ白のコートの営業マンは女性でもほとんどいないので、随分目立ったが、逆に私のイメージカラーとして定着して、覚えてもらいやすいという効果もあった。
こいつ……自分は同じような黒い服しか着ないくせに、意外にセンス良い……?
「貴女はドレスを贈られるのがお好きでしょう」
良くお分かりで。
多分理由もバレてそうだが、そこはお互い暗黙の了解ということで口にはしない。
ドレスを受け取り、私はしげしげと高い位置にある顔を見上げた。
こうまで好みドンピシャなものを贈られては、今まで持っていたウォルシンガムの認識を改めざるを得ない。
「ウォルシンガムもプレゼントくれるんだ……」
「私を何だと思っているのですか」
「いや、前に、あんまりそういうことしないって言ってたから」
以前、私へのプレゼント攻勢が流行った時に、そんなことを言っていた気がする。
ウォルシンガムは、心外というように渋い表情をした。
「それは、貴女が贈り物で心をつれるような女性ではない、と個人的な見解を述べたまでです。大切な女性の大切な日に、物を贈ることを惜しむほど
「あはは……そっか、ごめん……ありがとう」
ん? なんか今、サラッと珍しいこと言われたような……?
首を捻っていると、ウォルシンガムが珍しく積極的に私の手を取り、指先に口づけた。
「貴女が今ここにいる奇跡に、言葉に言い尽くせぬ感謝を」
黒い双眸が私を見つめ、柔らかく微笑む。
…………。
「陛下……?」
がくっ、と膝から落ちそうになり、支えようと伸ばされた手を固辞して、もらったドレスで顔を隠す。
今のはかなりキタ。
普段から浴びせられる美辞麗句よりも、こういうヤツのこういう一言の方がよほどクル。
激しいダメージを受け、私はよろめきながら後ろを向いた。
このツンデレめ……!
なんだか負けた気がして、悔し紛れに手にしたドレスを抱き締める。
ウォルシンガムに不審な目で見られている気がするが、とても見せられないくらい顔が赤くなっているのが自分でも分かるので、振り返れない。
くそぅ、完全に油断した! しっかりしろ私!
目の当たりにしたツンによるデレの威力におののきつつ、自分を奮い立たせる。
平常心に戻ろうと努力している最中、後ろから笑いを含んだ声で指摘された。
「陛下、お耳が赤いです」
はうっ、耳までは隠せぬ!
いつも通りアップにしているため、耳も首筋も後ろから丸見えなことに今更気付く。
指摘するなよ、そこは。空気読んで流せよ。意地の悪い奴だなっ!
「う、うるさいなっ。あんたが珍しいことするからびっくりしたんでしょっ。別に、誕生日だからって甘やかしてくれなくていいんだからねっ」
調子狂うわっ!
「フッ……」
息を吐くような笑いの後、ククッ……と押し殺した声が漏れ聞こえ、こっそり背後をちら見すると、ウォルシンガムが横を向き、口元に拳をあてて笑いをこらえていた。
うわー、めずらしー。
ウォルシンガムがツボに入ってるところを初めて見た。
何がそこまでツボをついてしまったのかは分からないが、笑いの波は収まらないらしい。
肩を震わせる男に、私は顔を隠していたことも忘れ、しげしげとウォルシンガムを眺めた。
そんな私の興味津々な視線に気付き、ウォルシンガムが隠すように後ろを向く。
これは……逆襲のチャンス到来!
すかさず私は、ウォルシンガムの正面に回り込み、顔を覗き込んだ。
「やめてください」
すると、途端にしかめっ面をされる。
「えー、なんで? 珍しいもん。もっと見せてよ」
「もう収まりました」
くるり、とまた後ろを向くのに合わせて、しつこく回り込む。
「じゃあもう1回! はい、笑って笑ってー」
「無理です」
形勢逆転した私の調子に乗った発言に、ウォルシンガムはとりつく島もない。
「なんでよケチ。誕生日プレゼント~」
「もう渡しました」
「女王命令……」
「不可能な任務は遂行できません」
「くすぐったらいい?」
「はしたないのでやめてください」
大股に部屋を逃げ回るウォルシンガムの後を、早足で付け回す。
結局、その追いかけっこは、ウォルシンガムがあまりにも強情だったため、私が飽きるまで続いた。
でもまぁ、貴重なものが見れたので良しとしよう。
なかなかに楽しい誕生日だった。
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