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第3章 婚約者選定編
第28話 ロバート、調子に乗る


 一時は適正距離を理解し、私と接するようになったロバートだったが、水上パーティ以来、また初期のような恋人の距離を取りたがるようになった。


 どうやら向こうの方は、寝室での一連のやりとりで妙な手応えを掴んでしまったらしく、いくらあの日のことは受け入れていない、誤解だと言っても、どうにも聞き入れてくれないのだ。


 だんだん私は、何かとべたべたしてくるロバートを黙って受け流すようになった。


 ……正直、いちいち怒るのも叱るのも、面倒くさくなってきたのだ。



 そして、こういう私の色恋事に対する怠惰な対応が、あとあと余計に面倒臭いことを引き起こしているのだということを、私はそろそろ反省するべきなのだろう。







 その日は、ハンプトン・コート宮殿でテニスの試合が催された。


 何組かの若い貴族達が参加したのだが、なんと言っても注目のカードとなったのは、ノーフォーク公爵トマス・ハワードと、ロバート・ダドリーの試合だ。


 今をときめく若き美貌の貴公子2人の対決とあって、宮廷からギャラリーが続々と集まり、テニスコートの周囲を埋め尽くした。


 6月の陽気の中、私もパラソルの中で女官に扇子であおがれ、冷たい飲み物を差し出されながら、彼らの試合を観戦していた。


 序盤は拮抗した試合運びとなったのだが、後半からロバートが突き放し、結果は圧勝だった。


 ノーフォーク公も決して下手ではないのだが、ロバートと比べてしまうと、あらゆる身体能力が段違いだ。

 きっとこの男は、何をやらしてもプロ並にこなしてしまうのだろう。


 コートを挟んで爽やかに握手をした後、勝者ロバートは雄々しく拳を振り上げ、周囲の歓声に応えた。


 ……かと思うと、すぐ私の方を振り返り、駆け足で近づいてくる。


「どうですか、陛下! 俺の勇姿は! 惚れ直して頂けたでしょう!」


 子供かっ。


 だが、得意満面の笑顔で脇目もふらずに駆け寄ってくる姿は、「褒めて褒めてー」と、しっぽを振って寄ってくるワンコのようで、私もつい笑みが誘われた。


「はいはい。ほんと、アンタは何をやっても絵になるわねー」


 それは本心だったので、飾らずに伝えてやる。


 額から流れ落ちる汗を腕で拭うロバートにハンカチを差し出すと、相手は無造作にそれを受け取って、顔を拭いた。


 だが、その様子に、周囲の方が過剰な反応を見せた。


「陛下、それは……!」


 傍らのセシルが顔色を変えて咎めるが、一瞬なんのことか分からなかった。


「どういうつもりだ、ロバート卿!」


 だが次の瞬間、コートを出たノーフォーク公が、ラケットを握ったまま憤怒の表情でカツカツとこちらに歩み寄ってくる。


「女王陛下のお手からハンカチを取り上げ、あまつさえ汚らしい汗を拭くなど、無礼にも程があるだろう! その身の程を弁えぬ頭は父親譲りか!? それとも、もう陛下の夫になったつもりか!」


 えっ? ええ~っ!?


 あまりの言い分に驚愕して、縋るようにセシルを振り返る。だが、それを受け取ったセシルも、硬い顔で首を横に振るだけだった。


 ダメなのコレ!?


 だが、あわあわする私を尻目に、ロバートは不遜な態度を崩さなかった。


「これはこれはノーフォーク公、閣下ほど高貴な身分の方が、嫉妬とは見苦しい。陛下にのみ膝をつく愛の(しもべ)としては、陛下から与えられるあらゆる愛情と好意を、喜んで受け取る以外の選択はないでしょうに」

「その好意を受け取る態度に問題があると言っている! 貴殿が、自身の行動が臣下の範疇を超えた尊大なものであると理解出来ないのであれば、このラケットでその頭をかち割ってやろうか!」


 ちょっとちょっとちょっと!


「閣下の方こそ、陛下の前で随分と品位に欠ける行動に出る。陛下はお優しく、人が傷つくのを嫌う性分なのです。そのような言を弄して陛下のお目に止まろうなど、見当違いにも程がある」


 ロバート、お前も挑発するな!


「この……っ反逆者の息子が! その血に宿る汚い性分は洗い落とせん。貴様もいつか陛下を裏切るのだろう、毒の種は芽吹く前に処分してくれるわ!」

「おやめなさい!」


 激昂したノーフォーク公が、お付きが持っていた剣を取り上げ、抜こうとしたところで、さすがに私は止めた。


「ロバート卿、ノーフォーク公、どちらも口を慎みなさい。コートの外とは言え、このようなスポーツの場で口論など、紳士として自ら戒めるべきものです」


 前に進み出た私に、2人は同時に跪き、顔を伏せた。


「ノーフォーク公、今の行為に他意はありません。私は、貴方が汗を流して傍に寄ってきたとしても、同じ行動を取ったでしょう。受け取る側の行動は、臣下としては確かに不適切だったかもしれませんが、友人としては適切です。それとも、あなたは私が女王という立場である以上、友人を労うことも許されないと考えますか?」

「それは……」


 実はあれがやっちゃいけない行動だとは思いもよらなかったのだが、咄嗟に理屈を考えて説得する。

 ノーフォーク公は言葉につまり、素直に頭を下げた。


「申し訳ありません、陛下。出過ぎた真似を致しました」

「分かって頂ければ結構です。ノーフォーク公、私は、あなたとも良き友人になりたいと思っています。その為の努力をして頂けることを、心より願っています」

「……ありがたきお言葉」


 そうして、なんとかその場は丸く収まったのだが、その後、2人の喧嘩はちょっとしたニュースになり、宮廷内を賑わせた。





「……よい切り抜け方ではありましたが、不用心です。以後お気を付け下さい」


 試合観戦も終わり、私室に戻る道すがら、セシルに難しい顔で忠告されてしまう。


「ごめん、つい。これくらい許されるかと思って」


 無邪気に寄ってきたロバートを見てたら、気が緩んでしまったというのもある。


 ……何だか、昔みたいに対等に男友達と話が出来てた頃が懐かしい。


 謝ると、セシルは困ったように小さく息をついた。


「今回、火種を作ってしまったのは陛下ですが、この場合はロバート卿の態度の方が問題です」

「そんなにダメだったの……?」

「陛下とロバート卿の仲が噂されているのは、あの男自身よく知っているはずです。ならば、本来なら誤解を呼ぶような態度は控えるべきだ」


 最近、セシルは、ロバートに対して特に厳しいような気がする。


「野心がある、と取られても仕方がありません」

「野心……?」

「王への野心です」

「…………」


 思わぬ答えに、一瞬、返す言葉を失う。


「そ、そんなこと、ないわよロバートは。だってロバートと結婚なんてしたら、大変なことになるじゃない」

「その通りです」


 そんなことは、私もロバートも分かっていることだ。


 宮廷で嫌われ者で、家系にも傷がついているロバートは、誰が見ても女王の結婚相手には相応しくない。

 そんなことをすれば、国内にも国外にも、市民にも大ブーイングを受けるだろう。下手をすれば宮廷内は分裂するし、市民の女王の支持は下落する。


 ……ロバート自身は好きだし、いい奴だと思ってるから、本当は、こんな風に品定めするのは嫌なんだけど、冷静に見れば、ロバートと結婚するというのは、そういうことだ。リスクしかない。


「分かってるなら、冗談でもそういうこと言わないで」

「……失礼しました」


 なぜか非常に腹立たしくなり、私が強い口調で抗議すると、セシルは従順に頭を下げた。


 途中でセシルと別れた後、私は私室に辿り着く直前で拉致られた。


 ロバートに。


「陛下!」

「ロバート!? ふあっ!?」


 試合を終え、着替えたらしいロバートが突然駆け寄ってきたかと思うと、いきなり担ぎ上げられた。


「すまない、少し陛下を借りる。このロバートが責任を持って、必ずお部屋までお届けしよう。礼は後で必ず!」


 あまつさえウインク1つ、シッと唇に人差し指を当てて、付き添いの女官たちに断りを入れると、私ごとどこかへ立ち去ってしまう。

 その光景を、女官たちは平然と見送っていた。


 あんたらー! いつの間に手懐けられてんだ! グレート・レディーズ!


 ロバートが私の部屋に来る度に、侍女や女官達ともなにやら親しげにしてたのは知っているが、こういう融通をきかせられるくらいまで入り込んでるとは、なんと要領のいいやつだろう!


 完璧拉致られたかと思うと、人気のないところで壁際のカーテンの裏に下ろされた。文句を言う暇もあればこそ、さっと足下に跪いて謝罪を述べてくる。


「テニスコートでは、お見苦しいところをお見せしました」


 謝るとこソコ!?


 女王を私室前で堂々とさらったことに関しては、何の良心の呵責も感じていないらしい。

 脱力し、私は怒る気も失せて溜息をついた。


「全くもう……子供じゃないんだから、挑発に乗らないで」

「申し訳ありません」


 許しの代わりに右手を差し出すと、指輪に口づけてロバートは立ち上がった。


「俺もつい、貴女の好意を人に見せつけたくて、場を弁えぬ行動を取ってしまいました」


 やっぱり分かっててやったのか……


 分かってなかったのは私だけだ。付け入る隙を与えてしまったことは反省する。セシルにも怒られたし。


「今回のは私が悪かったけど、あんまりそういうことばかりやると、あなたの立場が悪く――」

「しっ」


 もっともらしく説教を垂れようとしたところで、急に唇を人差し指で押さえられ、私は黙ってロバートを見上げた。


「俺は周りにどう思われようとも、陛下さえ俺を愛してくれればそれでいいんです」


 あ、愛って言われても……

 一口に愛と言っても、色々ありましてね……


 告白まがいなんだか告白なんだか分からない台詞に、私は唇に触れた手を掴んで下げさせ、目を逸らした。


「臣下への愛と友人への愛なら、いくらでも与えてあげます」

「十分です……今は」


 これからもずっとだっちゅーに。


 へこたれない男に溜息が出る。打っても押しても戻ってくる。とんでもない形状記憶っぷりだ。


 だが、冷たくあしらえない程度に情が移っているのも確かで、最近ロバートに甘くなっている自分を自覚する。


 いかんいかん。


 ちゃんとバランス取っていかないと、と気を引き締める。


 困った子だわ……まったく。


「では、陛下のお許しも出たところで、お部屋にお送りしましょうか。紳士に二言はありませんので」


 そう言ってもう1度、手にキスをして、腰に手を回してお姫様だっこしてくる。


「ちょ、待って待って! これ誰かに見られたらどうすんのよ! 自分で歩けるから、下ろして!」


 平気でそのまま廊下に出て行こうとするロバートを、私は慌てて止めた。





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