日によっては昼の食事の時間自体が、儀式ばったものになることも多いのだが、今日は城内がばたついていることもあって、私は私室で侍女たちと昼食をとることにした。
女王の私室と寝室は分かれており、それぞれに待機している侍女も違う。
ちなみに、宮廷内をつき従って歩く女官たちはグレート・レディーズと呼ばれ、王室に連なる高貴な身分の女性たちが担当している。
言うなれば、常に女王が高貴な女性を付き添わせているという視覚的なイメージ効果を狙った、箔付けのための人員で、それと女王の遊興の相手以外に、特に仕事はない。
賓客や外国大使の目がある場所ならば分かるのだが、そうでない時まで、四六時中張り付かれるというのは、なかなかにしんどい。
かと言って、いきなり彼女らを引き離し、好き勝手にふるまうと、逆に護衛や監視を余計につけられそうなので、徐々に彼女らを同伴させる機会を減らしたいと、日々画策中だ。
寝室は完全に王のプライベートルームであり、寝室付きの侍女以外は、よほどのことがない限り、王が招き入れた者以外が立ち入ることはない。
私の場合は、秘密枢密院メンバーには、平時でも寝室を訪ねることを許していた。
私室は半分オフィスの役割を果たし、女王が許可を出した宮廷人は自由に立ち入ることが出来る。
「陛下!」
私室に向かう途中、グレート・レディーズを引き連れて廊下を歩いていると、後を追ってきたらしいロバートに声をかけられた。
振り返ると、彼は目の前で膝をついて謝罪を述べた。
「朝は忙しく、陛下のご様子を伺いに行けず申し訳ありません」
「え……いいわよ、そんなの。仕事優先して頂戴」
守馬頭の立場ともなれば、今回の暗殺未遂事件で一番後始末に追われているのはロバートだ。
別に恋人でもなんでもないのだから、「私より仕事を優先するなんて!」なんて、そんな可愛らしい彼女のようなことは言わない。
まあ私の場合、多分彼氏が出来ても言わないけど。
……出来たことないから分からないけど。
以上自虐終了。
ロバートを立たせると、彼は急に距離を詰めて心配そうに手を握ってきた。
「ご体調はいかがですか? 昨夜はあのようなことがあって、夢見は……」
「体調は良好よ。おかげさまで怪我もなかったし。夢は、見る間もなく寝ちゃったわ」
そういえば、昨日はありがとう……と礼を言おうとしたのだが、その前に、ロバートが更に距離を詰めてきた。
近っ!
「お疲れだったのでしょう……では、今夜こそ悪夢を見るかもしれない」
身を引く暇もあればこそ、いっそ見事な程の手の早さで、額に口づけてくる。
「今宵は貴女の騎士ロバートが、陛下を悪夢の魔の手からお守り致します」
こらぁぁぁ!
なんだそのパワーアップして歯の浮く台詞と行動は!
むず痒さに耐えられず、顔を背けたところで、私に合わせて立ち止まっていた女官と目が合った。
見てる見てる!
と思ったが、もはや慣れっこなのか、彼女らは平然とロバートのいちゃこきを見守っていた。
慣れられるのもどうかと思う!
「……いい。今日はもう誰も呼ばない。っていうか、しばらくは誰も呼びません。変な憶測が立っても困るし」
昨夜からやたら距離が近いロバートを警戒し、私は身を離して神妙に申し出をお断りした。
※
その夜――
「陛下、ロバート・ダドリー様がお見えですが……」
「はぁっ?」
ベッドの中で読書をしていた私は、思わず手にしていた本を取り落とした。
だが、部屋に控えていた侍女は、いつも通りの忠勤ぶりで退室し、代わりにロバートが入ってきた。
あっさり入れんなよ!
……いやまぁ、確かに秘密枢密院には許可を出しているんだけど。
しかも、ロバートは抱えるほどの薔薇の花束を持参していた。
なぜ花!?
「ど、どうしたのロバート、それ……」
「――陛下の御心の傷を癒しに」
えーっと……それは、昨日の件で凹んでる私を見舞いに来てくれたということか?
私も、随分ロバート語が理解出来るようになってきたものである。
来なくていいって言ったのに……
だが、花まで持って来られたら追い返すのも悪いので、私は寝台を降りてロバートに近づき、花束を受け取った。
真っ赤な薔薇だ。ロバートが抱えるほどだったので、私が受け取ると零れ落ちそうになる。棘は全て、丁寧に取り除かれていた。
「ありがと……確かに恐かったけど、実際怪我もなかったし、そこまで心配しなくても大丈夫」
受け取ったから、帰ってもらえないだろーか。
まだ警戒している私は、花の陰から、ロバートの様子を上目遣いに伺った。
……しまった、目が合った。
その目を、ロバートがうっとりと細める。
「――美しい……貴女の前では、高貴なるイングランドの国花さえ色褪せて見える」
いい! そういうのいいからっ!
どうしたロバート、初期のレベル1状態に戻ってるぞ!?
扱いに困った私は、仕方なしに赤薔薇の束をソファの上に置いた。その横に腰かけると、すかさずロバートが跪いてくる。
そして、それ自体に十分価値があると思われる、見事な彫刻が彫られ、真珠の散りばめられた宝石箱を開き、ロバートが捧げ持った。
「――陛下、これを貴女に」
……そして贈り物!?
宝石箱の中に鎮座していたのは、大きなエメラルドがはめ込まれたペンダントだった。
これ、本物のエメラルドだよな……
でっかいんだけど……
ジュエリーとかはあまり詳しくないから分からないけど、これ、何カラットって言うんだろうか……
石の大きさ自体にも圧倒されたが、主役を彩る宝石や彫刻も見事なもので、呆気に取られて見入ってしまう。
ロバートは守馬頭に任命された際、宮廷第3位の地位を考慮して荘園や屋敷、一部の商品の税収特権を与えられたらしいから、大層お金持ちなんだろうけど……
……貢物の桁が違って倒れそうなんですけど。
これはもらっていいのか? もらっといた方がいいのか?
「お気に召されましたか?」
ロバートが聞いてくる。
人から物をもらうのは好きだけど、あんまり高価なものは気が引ける。それとも、王侯貴族レベルになるとこれが普通なんだろうか……
王様が、高価だからという理由で臣下からの貢物を断るというのも、いかにも変な話な気はする。
21世紀の世界でも、セレブ系の人達が海外のお金持ちから、家やら油田やら平気でもらってるし……うん、いいや、もらっちゃえ!
思い切って受け取ることにした。
「う、ん……すごいわね、これ。本当にもらっていいの?」
「勿論です。美しい宝石は、美しい女性を輝かせるためにある」
かゆくなる寝言は半分聞き流していると、ロバートが箱を置き、取り出したペンダントを持って私が腰掛けるソファの後ろに回った。
どうやらつけてくれるらしい。
背中から両腕が伸びてきて、耳元に美声が囁きかけた。
「貴女のその白い胸元に星の輝きを……」
さりげなく触ろうとするな!
ぺシッと手をはたくと、ロバートは大人しくペンダントをつけた。
……いや、大人しくない。
なんか後ろ頭にキスされた気がするけど、見えないからよく分からない。
この外国人め……
そういえば、昔パリに旅行に行った時も、道を教えてくれたおっちゃんに散々ベタベタされてキスの雨を振らされたことがあった。
フランス人の挨拶ってそんなもんか、となんとなく受け流してたけど、今思えばやり過ぎだったような……
「やっぱり、よく似合ってる」
ちょっとの間、21世紀の思い出にダイブしていたのだが、囁かれた声に我に返った。
慌てて振り返り、礼を言う。
「あ、ありがとうロバート。でも、急にどうしたの?」
「貴女が俺を受け入れてくれた記念すべき日に感謝を込めて」
はいっ!?
なんですと……!?
一瞬何を言われてるか分からず、フリーズする。
……受け入れたってもしかしてアレか、キスのことか? キスを不問にしたのがまずかったのか?
今日のロバートの積極性に疑問を感じていたのだが、ようやく理由に思い至る。
「う、受け入れてない……受け入れてないから! あれ、私あんな状態で、あんまり覚えてないし……」
大慌てで弁明するも、ロバートは動じなかった。
長い指でこちらの顎を掴み、ついで、鳶色の瞳が急速に迫った。
「ならば陛下。もう一度、この甘やか唇に、キスと誓いを――」
「ま、待って、ロバート! ダメッ!」
咄嗟に押し返し、私は顔を背けた。
「昨日のあれは事故よ。もう、私も何も問わないから、忘れて」
「忘れろとは、随分と酷なことを言う」
う……そうかもしれないですけど!
悲しそうな声で言われると、私の方が悪い気になってくる。
やっぱり、「なかったことに」って選択が間違いだったのか?
不問にしたせいで期待させてしまった。その辺の采配の下手くそさにがっかりする。ほんとにダメな女だなお前は、天童恵梨。
……でも、私だってなぁ、多分、男の人とまともにキスしたの初めてなんだぞ!
人のファーストキス勝手に奪ったんだから、それくらいのわがまま聞いてくれてもいいんじゃないのっ。
脳内で反省と自己弁護を繰り返して悶々としていると、そっと頬を掴まれ、強制的に彼の方を向かされた。
ハッとするほど整った顔が、今はずるい笑みを浮かべていた。
「でも、嫌じゃなかった……?」
確信に近いニュアンスで聞いてくる。
咄嗟に答えが湧かなくて、私は思わず目を逸らした。
「だから……分かんないって。あんまり覚えてないし……でも、次やったら絶対怒る」
「御意。次は必ず陛下の許可を取ることにします」
だから、許可はない!
言い返そうとした唇を指で触れられ、黙る。
「大丈夫」
自信満々に言い切って、ロバートは、どこか懐かしいような微笑みを浮かべた。
「貴女は、何度でも俺と恋に落ちる――」
「……っ」
息を飲み、私は返す言葉を探した。
「だから、私はエリザベス様じゃないっていうの……」
何とか絞り出した声は浮ついていた。
私は、彼と恋をしたエリザベスじゃない。
なのに……こんなにドキドキしてしまうのはなんでだろう。
私の中のエリザベスが、また悪さをしているのか?
「ならばこう言いましょう。俺は、もう一度貴女に恋をした。エリザベス様とは違う資質を持つ貴女に」
混乱する私に、ロバートが追い打ちをかけてくる。
「守られることも褒められることも嫌う強情な貴女に、恋をしました」
「違う……だからそれは、嫌ってるんじゃなくて……恥ずかしかったり、申し訳なかったり、怖かったりして――」
「エリザベス様なら、当たり前のように受け入れていましたよ。あの方は、生まれながらの王者だった」
ロバートが微笑んでくる。見つめ返すだけで精一杯で、何も言葉が出なかった。
「貴女があの方と違う人間であることは、もう分かっています。その上で、俺はもう一度、貴女に忠誠を誓いたいと思った。そして恋をした――この回答では、満足していただけませんか?」
ま、満足……?
頭がいっぱいで分からない。
なんか、色々経験値足りなくてキツいぞ……
…………おなか痛い……。
「うー……」
力が入らず、私は、へにゃりとソファの下にへたり込んだ。
そのまま、お腹を抱えて丸くなってしまう。
たのむ。もう帰ってくれ。自分がよく分からん。
誰か助けてー。
胸だかお腹だかが苦しくなって、床に踞ってしまった私の耳に、遠慮がちな侍女の声が届いた。
「陛下、サー・ウィリアム・セシルがいらっしゃいましたが……」
呼んでないけど助かったぁぁぁぁ!
「入って!」
藁にもすがる勢いで、私はガバっと顔を上げ訪問者を招き入れた。
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