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第3章 婚約者選定編
第21話 思わせぶりに


「これに関しては、あまり先送りできる問題ではないかと!」

「陛下、ご決断を!」


 長い議卓を取り囲む19名の男たち。彼ら全員の顔が見える議長席で、私は枢密院委員たちの喧々とした訴えを聞いていた。


 戴冠式から2ヶ月も過ぎると、新しい女王、新しい面子による組織運営にも慣れだし、定例の枢密院会議でも、様々な課題、要望が噴出してくるようになった。


 本日のホットな話題は、女王の結婚問題である。


「陛下は御年25才であらせられます。もはや結婚するに、今より良い条件を引き出せる時期はないかと」


 女は20代半ばも過ぎたら価値が下がると言いたげな海軍司令官の言葉に、他の委員がうんうんと深く頷く。


「いい加減真面目に考えて下さらないと、女王は御子を産めぬ身体であるなどと不名誉な噂が流れ出してしまいます。陛下の名誉のためにも、一刻も早く、夫と後継者を」


 誰が口火を切ったかは忘れたが、会議が始まって中程から、女王の結婚問題が取り沙汰された。

 見ての通り、それまでは意見の食い違いで言い争っていた男どもが、口を揃えて女王を総攻撃だ。


 うおー。ピキピキくるわぁ。


 私はマジで怒ると微笑むらしい。扇子を神経質に開いたり閉じたりしながら、彼らの暴言に近い説得を笑顔で受け止める。


 いつもは折を見て結婚を勧めてくるセシルも、私の機嫌の悪さに気付いているのか、私から一番近い議席で、黙して様子を見守っていた。


 先程から、21世紀の日本企業なら、セクハラで訴えたら確実に勝訴しそうな脅しを散々かけられているのだが、コンパニオン時代の経験から、オッサンのセクハラ発言への耐性は高い方だ。

 若いもんに言われると結構ダメージがあるのだが、もはやオッサンは『そういう生き物』という風に割り切れる。


 後で脳内サンドバックくらいで許してやる。


 それに、彼らも必死だ。


 この時代の一般的な男の常識では、女が夫の補佐なくして政治が出来るわけがなく、結婚し夫と子を持つ名誉を求めない女がいるなど考えられないのだろう。


 要するに、とにかく早く結婚して、後継者となる男児を産んでくれ、それがお前の仕事だ。というのが本音だ。


 だが逆を言えば、後継者を生んだ瞬間、女の王はいつでもお役御免に出来る、ということだ。


 そんな役回りは、まっぴらごめんである。


 結論は決まっているのだが、それを公に口にするには時期が悪い。結局、優柔不断を装って、言を左右して煙に巻く他はない。


 しかしまぁ、枢密院も木偶の坊ではない。いつまでも女王の煮え切らない態度に、大人しく従ってくれるわけはなかった。


「陛下、この際はっきりさせて頂きたいのですが、陛下がご結婚の話に首を縦に振らないのは、すでに心に誓った男がいるからでは?」


 ――パチン


 その言葉に、私は扇子を音を立てて閉じた。


 決して激しくはないが、会議室全体に響くような鋭い声で問い質したのは、ノーフォーク公爵トマス・ハワード。23歳。現在の枢密院委員の中では、最年少だ。


 5年前に他界した祖父の後を継ぎ、若くして第4代ノーフォーク公爵となった。

 鷹のような鋭い眼差しと、秀でた額の美丈夫で、とても23歳とは思えない貫禄がある。


 ノーフォーク公爵は、イングランド一の大貴族だ。公爵という高い地位だけでなく、その財力も王侯並み。政界への影響力も含め、例え女王といえども無視できない存在だ。

 表面的には、プロテスタントを名乗っているが、セシル曰く、芯の部分では強いカトリック信仰を持っているらしい。まあ、それ自体は、私としては構わない。


 相手の言いたい事をくみ取り、私は冷めた目でノーフォーク公を睨んだ。

 公爵もまた、揺るぎなく自信にあふれた眼差しで私を睨み返してくる。


 だが、賢明にもそれ以上踏み込まなかったノーフォーク公爵とは対照的に、先程から声のでかい海軍司令官が突っ込んだ。


「そういえば、先程から随分言葉少なな方がいらっしゃいますな」


 その言葉に、全員の視線が第3位の議席――ロバート・ダドリーに集中する。


 私としては、結婚推進派なのに一切発言しないセシルの方が気になっていたのだが、委員たちの視線は、残らずロバートに向けられていた。


 私に近しい人間という意味ではセシルも同じなのに、それだけロバートに対する疑いと敵意が強いということか。


「貴殿はいかがお考えですかな、守馬頭(しゅめのかみ)殿」

「……陛下の御心に従えばよろしいかと」

「御心に従う! ほう!」


 ロバートの無難な答えをあげつらうような海軍司令官の言い方に、一部から嫌な笑いが起こった。


「陛下の御心に従えば、貴殿はじき、玉座に座っていらっしゃるかもしれませんな。確かに、実にすばらしい御判断だ」


 こいつら……!


 ロバートを公衆の面前で辱めることで、私も辱めていると気付いているのかいないのか、いずれにせよ、男の社会も女に負けず劣らず陰険でねちっこいことはよく分かった。


 私は、トン、と垂直に扇子を卓に突き付け、彼らの笑いを沈めた。


「……分かりました、その話は一度仕切り直して、午後にでも改めて時間を取りましょう。議題を進めて下さい」


 こんなくだらない話で時間を取っていては、いっこうに私が進めたい合本会社の企画立案まで話が辿りつかないので、私は折れた。





 その日の午後、謁見の間にずらりと枢密院委員が勢揃いする中、私は玉座に座り、侍従たちに指示を出した。


「……肖像画を見せて」


 事前にかき集めさせた、彼ら枢密院が推薦する婿候補の肖像画が、ぞくぞくと広間に搬入されてくる。


「もうフィーリングで決めちゃっていい?」

「それはやめて下さい」


 半ば投げやりに、扇子で口元を隠してこしょこしょと隣に立つセシルに囁くと、さすがに苦笑交じりにいさめられた。


 順番に、目の前に掲げられる肖像画を吟味する。国内、国外問わず、実に様々な人物が紹介された。


 スウェーデン皇太子エリック。

 オーストリアのカール大公。

 ホルシュタイン公爵。

 ザクセン公爵。


 以下略


 うーん…… 


 こうして見ると、王侯貴族ってまあまあイケメンが多いのよな。たまにすごいのも混じってるけど。

 まあ、奥さんは選び放題だろうし、美人と結婚繰り返してたら遺伝的にそうなるのか……?


 最後に持ってこられたのは、かなり大きな肖像画で、それを見た枢密院委員の何人かが露骨に顔をゆがめた。


 その反応を不思議に思っていたが、理由はすぐに分かった。


「スペイン国王フィリペ2世です」


 前女王メアリーの夫。カトリックの大国スペインの王フィリペ2世は、現在32歳だ。


 へぇ……


 姉婿の肖像画を見て、私は素直に眉目を開いた。


 金の髪に、青い目。色白で額が広い。いかにも育ちが良さそうなおっとりとした顔つきの青年が、王侯らしい優美な微笑を浮かべて立っている。

 もう少し若い頃の肖像画だろうか、とても32歳には見えない。


 もっと感じの悪いやつかと思ったら、意外に柔和な感じのイケメンである。


 悪くないじゃん。


 ……肖像画がどこまで当てになるのか分からないけど。


 各婚約者候補の肖像画のお披露目が終わった後、推薦者によるそれぞれの婚姻の利点や相手の魅力を伝えられた。

 だが、スペインのフィリペ2世を推す者は誰もいなかった。スペイン大使が結婚の申し込みを携えて駐在している以上、無視できなかったから仕方なしに紹介したというところだろう。


 まあ、今更説明されなくても、利点もデメリットも想像がつく。


 さて、どうすっかなー。


 枢密院に押し切られて交渉のテーブルにはついたものの、もちろん私は、結婚する気などさらさらない。

 だが、はなから結婚はしないと突っぱねていたら、彼らが言うように根も葉もない噂を流されるし、外交上も上手く立ち回れない。


 親や権力者の決めた結婚に逆らえない女性とは違い、決定権は私にある以上、最終的に、何かしら理由をつけて断ることはいくらでもできる。


 ぶっちゃけ、結婚交渉を長引かせればいいのだろう。


 どうせ手間をかけて茶番を演じるなら、出来るだけ利が大きい大物を狙いたいところだ。


「スペイン大使を呼んで下さい。少しお話をしましょう」

「陛下!」


 ざわっと枢密院委員たちが色めき立ち、海軍司令官が一歩前に出る。


「なんですか? クリントン海軍卿」

「恐れながら陛下、スペインはヨーロッパを二分する大国。そして今やポルトガル継承戦争で優位に立ち、フィリペ2世はスペイン、ポルトガル両国に君臨する王となるやもしれぬ男です」

「それが?」

「わが国との国力の差は歴然。このような相手を夫に据えれば、間もなくイングランドはかの国の属国となりましょう」


 メアリー時代からの留任組で、カトリック教徒である海軍司令官の指摘に、別のプロテスタント委員が割り込んだ。


「それよりも、かの男が神聖ローマ皇帝の甥であることの方が問題であろう。皇帝の甥と女王陛下の結婚を認めるとなれば、必ずや教皇は我が国のローマ・カトリックへの回帰を条件にするはずだ。こんな婚約が実現するはずがない」


 なかなか鋭い意見だ。そう、実現するはずがない。

 困難が多いほど助かるのだ。


「困難が多いほど愛は燃え上がるもの。フィリペ2世が私にどこまで本気か、確かめるいい機会ではなくて?」

「陛下、本気でおっしゃっているのですか」

「もちろん、冗談です」


 のらりくらりとして見せる私に、枢密院委員達が困惑を見せた。


 現在のヨーロッパ大陸は、イタリア半島を巡り、フランスとスペインの両大国が対立し、周囲の国が巻き込まれてえらい迷惑をしているという図式だ。


 もちろん弱小島国イングランドも例外ではなく、現在はフランスに対し、スペインと共同戦線を張っている。


 これは前女王メアリーが、夫のフィリペ2世の要請でフランスに宣戦布告したことに始まるのだが、対フランス戦でメアリーは、フランス国内にあるイングランドの飛び領地、カレーを奪われた。


 孤島の小国であるイングランドにとって、カレーはヨーロッパ大陸に唯一残された兵站基地であり、大陸への足掛かりを奪われた彼女の失政は大きい。その上、敗戦による戦費の損失も莫大だ。


 完全に巻き込まれである。


 だが、私の知る歴史では、遠からずこの2国は和解し、イタリア戦争は終結するはずだ。

 そうなれば、イングランドは2大国の争いに直接巻き込まれる心配はなくなる。


 だがそれまでは、スペインとの友好関係を維持するためにも、その気があるように見せかけておくのは大事だろう。


「女王陛下は、まさかメアリー女王と同じ轍を踏まれる気では――?」


 やはり静かだがよく響く声で、ノーフォーク公爵が誰もが避けていた名を口にした。


 メアリー1世は、肖像画のフィリペ2世に恋をし、周囲の反対を押し切って結婚を推し進めたらしい。

 その望まれぬ結婚の結果は……現在のイングランドの苦境が物語っている。


 牽制の意も込めて、私はその男の顔を冷やかに見返した。


 王の諮問機関たる枢密院との付き合いも、2カ月も経てば大体の人となりや器が見えてくる。


 ノーフォーク公爵トマス・ハワード。

 厳格で規律を重んじる反面、頭が固いと感じることもある。なかなかに切れ者な雰囲気は醸し出しているのだが、いささか高慢で自信過剰なところが玉に瑕だ。……まあ、これだけ何もかも生まれながらに持っていて、謙虚でいろというのは難しい注文かもしれないが。


「時を待つのです」


 同じく、私も静かだがよく通る声で答える。


「今スペインの手を離すのは得策ではない。それに、大国の好意を簡単に無下にも出来ないでしょう? ……ですが、近づき過ぎるのも危険です」


 正確な時期は覚えていないが、イタリア戦争の終結は、それほど先の話ではないはずだ。


 玉座の背に身を沈め、私は扇子を手に、茶目っけを見せて言った。


「思わせぶりにいきましょう。殿方たちも、思わせぶりな女は好きでしょう?」






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