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第3章 婚約者選定編
第20話 寂しい背中


 翌日の休日は、少し足を伸ばしてノンサッチ宮殿まで移動した。

 ヘンリー8世が建てた別荘で、今は亡きエリザベスの父王も、ここでの狩猟を愛好したらしい。


 今日の同行の仲間は、ロバートの他数名の貴族高官と議員、その夫人と女官、そしてそれぞれの侍従と私の侍女たちだ。

 何をするにも大移動なのは相変わらずである。


 ノンサッチ宮殿の猟苑は、どこまでが敷地なのか分からないほどに広く、いくつもの山や森を内包した自然美に溢れていた。


 青い空と、緑の平原のコントラストが美しい。少し風が強い日で、遠い西の空は分厚い雲に覆われていたが、今のところは天気に問題はなかった。


「風が冷たいですが、寒くはありませんか? 陛下」

「平気! それより、さっさと勝負しましょう、ロバート」


 3月に入り、日に日に春めいてはいるが、まだ外は肌寒い。

 気を遣ってくるロバートに、私は馬を近づけ、意気揚々と答えた。


 やる気満々の私に苦笑したロバートは、ちらりと後方の同伴者達に目をやった。


「――2人でどこかに逃げませんか?」

「は?」

「陛下の乗馬の腕前は、もはや男にも見劣りしません。この面子なら、引き離せる可能性が高い」


 唐突な提案に面食らうが、ロバートはイタズラっぽい顔で囁いた。


 確かに今日のお供は、男性はロバート以外、平均年齢が高い。本気で勝負をかけたら勝てそうな気もした。女性たちは言うまでもない。


「もちろん、日が暮れるまでにはお送りします。束の間の逃避行ですよ」

「……悪くないわね」


 私の乗馬技術の上達ぶりを試せる機会に、気持ちが傾く。


 それに、常に誰かの目があり、羽を伸ばせる場所がほとんどない私としては、彼らから逃げ出したいという願望は常にあった。


 多分、ロバートも、そんな私の希望を汲んでの提案だったのだろう。

 この辺りは、真面目なウォルシンガムやセシルにはない気の利かせ方だ。


 悪巧みを共有した私たちは、アイコンタクトで間合いを計り、じりじりと後方の同伴者達との距離をとった。


 タイミングを見計らい、ロバートの合図で、一気に駆け出す。


「それっ!」


 急に鞭打たれ、全力で走り出した2頭の馬の背に、悲鳴のような叫び声が届いたが、私は振り向かなかった。


「ねぇ、巻いた? 巻けた?」


 脇目もふらずに駆け続け、いくつかの林を抜けて丘に登ったところで、私が息を切らせながら問いかけると、ロバートが馬首を返して振り返った。


 緩やかな丘の頂上から、眼を細めて来た方向を眺め下ろし、爽やかに笑う。


「パーフェクトです。影も形も見えない」

「ははっ、すごい! 本当に成功した……」


 達成感と解放感に、私は思わず、腹の底から笑みをこぼした。馬を並べ、ノンサッチ宮殿の広大な猟苑を見下ろす。


 すごく気持ちが良い。


 ふいに視線を感じ、ロバートを振り返ると、彼は鳶色の瞳を和ませ、嬉しそうに微笑んでいた。


「何?」

「貴女が心の底から楽しそうに笑う姿を見たのは、初めてかもしれない」


 慈しむような表情で言われた台詞に、言葉を飲み込む。


「不思議だな。エリザベス様と同じ姿をしているのに、エリザベス様とは全く違う笑い方をする」

「……そりゃだって、中身は別の人間だもの。本物のエリザベスは、もっと上品に笑うんじゃないの」


 従者を巻いて大口を開けて笑う女が、この時代に何人いるかは知らない。


 取り澄まして言ってみるが、その実、彼の指摘に少し動揺していた。


 自覚はなかったが――確かに言われてみれば、この時代に来てから、本当の意味で笑ったことは、ほとんどなかったかもしれない。


 常に人の目に晒されながら、女王の陰を背負わされて、何の気負いもなく笑えという方が無理な話だ。


 そう思うと急に気分が沈み、私はもう一度、雄大な自然に目を向けた。なんだか、さっきよりも鮮やかさが欠けて見える。


「可哀想なひとだ」


 その肩に、ロバートの手がかかる。


「俺にもっと力があれば、貴女を鳥籠から解放してあげるのに」

「……いいのよ。望んでないから」


 相変わらずの口説き文句を、私は淡い笑みを浮かべて聞き流した。


 馬首を返したところで、あることに気付く。


 ずっと西に走り続けてきたため、遠目に見えていた分厚い雲が、もう真上まで迫っていた。


 暗雲の合間に不穏な光が瞬いたかと思うと、ゴロゴロという雷鳴が落ちてくる。



 ……すごく、イヤな予感がするんですけど。



「うそっ!?」


 予感は的中し、唐突に、ゲリラ豪雨かと思うような土砂降りに襲われる。


 まだ昼間なのに、いきなり空が真っ暗になった。


「陛下、こちらへ! とにかく、どこか雨をしのげるところに……」


 急な大雨に降られた私たちは慌てて馬を走らせ、丘を降りて目についた大樹の下に落ち着いた。


「うっわービショビショ……」


 馬を降り、これ以上濡れないように出来るだけ幹に寄るが、すでにドレスの裾が絞れるくらいにずぶ濡れになっていた。


 同じく濡れ鼠のロバートも、隣で羽織っていたマントを剥ぎ、きつく絞っている。


「へくしっ」


 小さくくしゃみをし、私はぶるりと身を震わせた。


 この時期の雨は冷たい。おまけに風もあるため、濡れたままでは急速に冷えた。


 やばいな、これは……風邪を引くかもしれない。


「陛下」


 舞台をやっていた習性で、体調管理には特に気を遣う私がそんな恐れを抱いていると、ロバートが、マントを羽織り直した状態で私を包み込むように抱きしめてきた。


 幹に背を押しつけられ、すっぽりと身体をマントとロバートの中に収められてしまう。


「ロバート……?」

「少しは、雨風をしのぐ盾になればいいかと……」


 ……まあ確かに、風から守られる分ちょっとは温かいけど。


 それ以上、彼が何かしてくる様子もなかったので、私は大人しくロバートの振る舞いに甘えることにした。


 雨宿りが続く。

 頭上で木の葉を叩く雨音はいっこうに弱まる気配がなく、私は目を閉じ、耳を澄まして雨の歌を聴いた。


 こんな風に、どしゃぶりの雨の中、外にいることもあまりない。感性を研ぎ澄ます良い機会だと思って、自然の声に耳を傾ける。

 しばらくはそうやって、幾つものパターンのある雨音を聞き分けて遊んでいたのだが、やがてそれにも飽きて、私はロバートの肩越しに灰色の空を見上げた。


「なかなか止みそうにないわね……」

「…………」


 半分独り言のように呟くが、返答はなかった。


 さっきから、珍しくロバートが静かだ。


「ねぇ、何か景気づけに話してよ」


 雨が止むのを待つだけの不毛な時間に飽きてきて、無茶ぶりをして相手を見上げてみるが、ロバートは表情の抜けた顔でこちらを見つめるだけだった。


「ロバート? 何、大丈夫? 体調でも悪いの?」

「いえ、こんなにも水に濡れた貴女を見たのは初めてだったので――」


 いつもと違う様子に伺ってみるが、ぼんやりと答えた台詞は、心配する必要のなさそうなものだった。


 そりゃ、なかなかこんな土砂降りに降られることはなかろう。しかも女王がだ。

 とても情けない姿だが、レアもんである。


「……見惚れていました」


 そう言って指先が伸び、私の濡れてまとまった髪の一房をすくい取る。

 指先に巻いて弄んだ髪に口づけ、顔を近づけてきたロバートの瞳は、いつもより熱っぽく潤んでいるように見えた。


「まるでローレライのようだ……」

「あのねぇ、その歯の浮く寝言いい加減に……っ!?」


 口説きモードに入ったらしいロバートを押し返そうと胸に手をやると、逆に相手の身体がこちらに覆い被さってきた。


 思わず顔を背けると、左耳に相手の唇が触れ、熱い吐息がかすめる。


「陛下……」


 心なしか、呼吸が荒い。


 何を発情しとるか貴様ぁぁぁっ!


「ちょっと神に誓った約束はどうしたの?!」


 私を襲わないという誓約があったはずだ。


「あれは、2人きりで寝室にいても襲わないという誓約だったはずです。ここは寝室じゃない」


 なんの屁理屈だ!


 だが、そんな屁理屈をこねたロバートの声にはいつものような張りはなく、かかる息の熱さに、私は違和感を感じて顔を上げた。


「っ……ロバート!? あなた、熱……」


 慌てて頬と額に触れる。


 あっつ!


 改めて顔を覗き込むと、ロバートは明らかに顔色が悪く、目元は熱で赤く潤んでいた。


 再び、ロバートが身を寄せてくるが、襲っているのではなく、もたれているのだと気付く。


 私より先に、アンタがダウンしてどーする!?


 意外に弱いなこいつ!


「たいしたことはありません。それよりも、陛下の……」

「とにかく! 風も強くなってきたし、こんなところにいたら余計にこじらすわ。どこか、雨風のしのげる壁があるところに……ちょっと待っててね!」


 強がるロバートの身体を木の根元に座らせ、私は1人で馬を駆って周囲を探索した。雨は、先ほどよりは幾分かマシになっていた。


 少し森を分け入ると、山小屋があった。

 造り自体はかなり簡素なものなので、貴族の休憩所というわけではなさそうだ。猟苑を管理する使用人などが利用するものだろう、と当たりをつける。


「ここしかないか……」


 私はすぐに引き返し、ロバートを連れてその山小屋に避難した。 


 濡れたドレスを引きずりながら、小屋の中をひっくり返して使えそうなものを探す。


 中は、やはり定期的に人の手が入っているのか、思ったよりは綺麗だったが、無人の間の火事を用心してか、火を使うようなものは何も置かれていなかった。


「くしゅんっ」


 意外に可愛らしいくしゃみをしたロバートは、今は小屋の壁に背をもたれかけ、くったりと俯いている。

 掘り返した数枚の毛布を抱えて近づくが、反応はない。


 雨の中を強行してここまで来たため、服も髪も再び濡れ鼠になっていた。


 びしょびしょになったマントを脱がせ、髪を絞った布で拭いてやるが、ベストやシャツもずぶ濡れで身体に張り付いており、このままだと体温を奪うばかりだろう。


「……服、脱がすわね。ホラ、ロバートも手伝って。この時代の男の人の服って脱がしにくい……」


 やたらボタンや紐の多い服を苦労して脱がせ、身体を拭いて毛布をかけてやる。


 ただの風邪だと思うけど……そういえば、この時代の医療レベルってどうなのだろう? そっちの方はさっぱりだ。


 病人の看病とか、あんまりしたことがないので、正しい処置に自信はないが、とりあえず寝かした方がいいだろうと考え、私は1枚毛布を床に引いて、その上にロバートを寝かせ、毛布で挟んだ。


「寒い? ごめんね、これしかないから」


 出来るだけ外の空気に触れずに済むように、毛布を引っ張って身体を包む。ロバートは背が高いので足の方が出てしまうため、最後の1枚を足下にかけた。


 脱がした服は出来るだけ絞って、屋根にぶら下がっていた紐につるして干しておく。多分、そういう用途のために使う紐なのだろう。


 とりあえず、私が出来るのはこれくらいか……?


「へっくしょい!」


 ふぅ、と一息ついた時、私は油断してオッサンのようなくしゃみをしてしまった。


「陛下、貴女の方こそ、そのような格好ではお風邪を召されます」


 私のくしゃみに反応したらしいロバートが、それまでぐったりしていたのに、急に身を起こして自分の上にかけられた毛布を取り上げた。


「い、いい! いいって、寒いんだから着ときなさい! っていうか裸のまま起き上がるな!」


 不意打ちで上半身裸の身体が目に入り、私は慌てて後ろを向いた。

 だが、いきなり背後に気配が生まれ、後ろから抱きすくめられる。


「お察し下さい、陛下。貴女に濡れ鼠のまま世話をさせるなど、臣下として耐えられない恥辱です。例えこの身が滅びようとも、陛下の盾となることが俺の本望……」

「分かった! 分かったから! 滅びられたら困るからやってるのよ! ちゃんと脱ぐから、今から脱ぐから。とりあえず大人しく寝とけ! 女王命令よっ」


 熱っぽい身体のまま、うだうだと騎士論的な口上を吐き出す男を、無理矢理床に押し込む。


「……毛布1枚もらうわよ」


 ロバートの足下にかけていた毛布を取り、私は出来るだけ部屋の隅でドレスを脱ぐことにした。


 布をふんだんに使ったドレスは、雨水を吸い尽くし、乾く気配はない。実は鎧のように重くなっていたので、ずっと脱ぎたかったのだが、ロバートと2人きりな手前、抵抗があった。


 着る時は侍女4人がかりで召し替えられるのを、1人で脱ぐのはなかなかに大変な作業だった。さすがにロバートに手伝わせるわけにはいかないので、もたもたしながら何とか一番上の服を脱ぎ、さらに重ね着しているコルセットに手をかけ……


 さあ、この状況でどこまで脱ぐよ天童恵梨!?


 背後が気になり、ちらっと後ろを振り返るが、ロバートは命令通り大人しく毛布にくるまって目をつぶっているようだった。


 大丈夫大丈夫。あまり意識するな、やむを得ぬ事情だ天童恵梨。


 自分に言い聞かせながらコルセットを外すが、さすがにアンダードレスまでは脱ぐ気にはなれなかった。寒いけど我慢。


 どうしてこうなった……


 トホホな状況にうなだれる。


 濡れて透け感のあるアンダードレスの上に毛布を羽織り、私は前をしっかり合わせて、ロバートの枕元に寄った。無意識に抜き足差し足になってしまう。


 静かに正座して、横になるロバートを窺う。


 目を開ける様子のないロバートの胸板は、規則正しいリズムで上下していた。

 私がもたもたしているうちに、眠ってしまったらしい。


 ややほっとして、足を崩す。


「…………」


 急に部屋の静けさが耳に付き、まだ日は暮れていないはずなのに薄暗い部屋で、じっと外の音を聞いていた。


 壁を叩く雨の音に混じり、強い風が吹きつける音が聞こえた。


 あ……なんか……やなこと思い出す――かも。


 狭い部屋で、男の人とふたりっきり。片方が熱を出して、片方が看病している。風の強い日。


 ただあの時は――雨ではなく、雪だった。


 ――ああ、『あいつ』は無事に医者になったんだろうか、とかそんないらないことまで考え出す。


 ぼんやりと、ロバートの整った横顔を眺める。


 こうして見ると……ちょっと『あいつ』に似てるかも。


『あいつ』はドイツ系のハーフだったから、彫の深い輪郭はよく似ている。


 あとは……性格は似てないけど、人を惹きつける華やかなところとか。

 少し子供っぽくて、実は甘えたなところとか?


 共通点を探せば色々できて、私は切なさに顔をしかめた。


 未練ったらしいったら……!


 一体いつまで後生大事に、あの時の思い出を抱えているつもりだろう。


 新しい恋をしたら忘れるかもしれないと思ったが、結局あれ以来、本物の恋をしたことがない。


「…………」


 誘惑にかられ、私は少し身を乗り出して、右手の人差し指で、そっとロバートの額に触れてみた。やはり、少し熱い。


 すっかり寝入っているのか、反応がない。


 撫でるように、触れるか触れないかのタッチで、額から鼻筋へと指を滑らせる。


 うん、やっぱりちょっと似てる……かな。


 その指先が高い鼻を下り、唇に達しかけたところで、その手を掴まれた。


「――俺を誘ってるんですか? 陛下」

「……誘ってない」


 起きていたらしい。

 いきなり目を開いた相手に、指を離そうとするが許されず、そのまま彼の唇へと持っていかれる。


 鳶色の目が私を映し、見透かすように微笑んだ。


「随分と切ない顔で俺を見てる」

「……!」


 思わず息を飲み、相手を見返すと、ロバートが手を掴んだまま半身を起こし、身を乗り出してきた。


「恋をしてる女の目だ」


 惹き込むような強い眼差しが見つめてくる。


「そんな目をされたら、期待してしまう――」

「違う! あなたじゃない!」

「…………」


 反射的に言い返していた言葉は、思った以上に強い語調で私の口から発せられた。


 恋をしている? 私がまだ、あいつに?


 認めがたい事実を突きつけられた気がして、混乱した私の内心など知るはずもないロバートは、厳しい否定に言葉を失った。


「……ごめん、酷いこと言った」


 瞬時に己の失言を悟り、謝る。


 だがロバートは、何も言わずに手を離し、私から背を向けてしまった。


「ロバート……」


 その背中が寂しくて、またもや、過去の記憶と重なった。


 ――あいつも、あの時こうやって背を向けて、全身で「行かないで」って叫んでたな。


 拒絶しているふりをして、本当は、追いかけて、抱きしめて欲しいくせに。


 衝動で伸ばしかけた手を、理性で握り込む。

 傷つけてしまった罪悪感から、知らず溜息が漏れた。


 ――この人は、エリザベスに恋してる。


 彼女がまだ姫だった頃から知るロバートは、最愛の人が志半ばで死に、その身体に全く違う人格が目覚めたことを、どう受け止めているのだろう。


 臣下としてのロバートは、女王に忠実で信頼が置ける。


 でも私は……この人に、エリザベスと同じように、女として恋することは出来ない。

 ちゃんと臣下として、大事にしたいと思っている。


 そう伝える術が見つけられなくて、私は漫然とそこからの時間を過ごした。





 幸いなことに、雨は日が暮れる前には止み、私たちは半乾きの服を着て、急ぎ同伴者達を置いていった場所まで戻った。


 ……結局、ドレスを着る時はロバートに手伝ってもらってしまった。


 背中の方の紐とかは自分で結べるものではなく、苦渋の決断だったのだが、大喜びで手伝ってくれた彼は、いつもの陽気なロバートに戻っていた。


 血相を変えて探し回っていた侍女たちは私の無傷の帰還に喜んだが、同伴の途中に女王を見失うという失態を演じた高官たちはみな難しい顔をしており、その敵意は明らかに、一緒に消えて戻ってきたロバートに向けられていた。


 あー……また敵増やしちゃったな。


 こうやってロバートを特別扱いする度に、彼への嫉妬が募っていくのだろう。全員を平等に、というのもなかなか難しい話だが、バランスはとっていかなければいけない。


 少しロバートと距離を置いた方がいいか、とも思ったが、ついさっき、こちらの一方的な感情で傷つけてしまったばかりなので、それも気が引けた。


 なんか、タイミング悪いな……


 難しい問題にもやもやと頭を悩ませつつ、私は結局、結論を先送りした。


 仕事であれば問題の先送りが悪手だということはよく分かっているのだが、異性が絡む問題には、つい考えるのが面倒になって結論を先延ばししてしまうのは、私の悪い癖だった。






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