こちらの生活にも慣れてくると、だんだん休日が楽しめるようになってきた。
忙しいとはいっても、働き過ぎの現代日本人からすると、のんびりしたもんである。
21世紀では、予定のない休日は、日がな1日部屋に引きこもってパソコンの前にいても十分楽しめたんだけど……パソコンという素晴らしい人生のパートナーがいないため、新しい娯楽を探さなければいけない。
貴族階級の娯楽は山とあるが、どうやったって裁縫や刺繍には興味を持てなかった私がハマったのは乗馬だった。
馬に乗るのは、子供の頃、短い期間だが乗馬教室に通っていたおかげか、はたまた乗馬の腕前も素晴らしかったというエリザベスの身体が覚えていたのか、慣れるのはすぐだった。
セシルは、あまりそういう娯楽全般に興味がなく、ウォルシンガムは、鷹狩りは好きらしいという話を聞いたが、休日は宮廷にいないことが多い。
結果的に、私の遊び相手になってくれるのはロバートが多かった。
そしてロバートは、やはりこんなところでも、見事な腕前を見せるのである。
「お見事です、陛下。乗馬の腕前も、日々上達していらっしゃる」
「……勝っておいてよく言う! 何の差なの、これは。馬っ? 腕っ?」
宮殿に併設された猟苑で、馬でロバートと競争をしていた私は、見事に連敗記録を更新した上に、余裕綽々で褒められてふくれた。
「こいつには、次は手を抜くように言っておきましょう」
「結構! いつか実力で抜きます」
愛馬の首元を叩き、歯を見せて笑うロバートに言い返す。
「普通、女性は褒められると喜ぶものだが、陛下は褒められるとお怒りになる。実に面白い方だ」
「べ、別に怒ってないわよ。納得できないお世辞を言われても、反応に困るだけ。ちゃんと頑張って結果出したことを評価してもらったら、嬉しいもの」
「心得ておきましょう。黒魔術に頼らずに済むように」
「だから、黒魔術って……」
どうしてもウォルシンガムをライバル視したいらしいロバートに、呆れつつも笑ってしまう。
『部屋で2人っきりになっても女王陛下に襲いかからない』という誓いを立てさせた後は、ロバートも私とエリザベスの差を理解したのか、距離の取り方が上手くなった。
どうやら本物のエリザベスは、華美な褒め言葉や口説き文句がお好きだったらしく、彼女を喜ばせるために、ロバートは日夜多様な修飾語を用いた賛美を試みていたらしい。
が、私がそういうのを連発されると引くことに気付いたらしく、使い所を限定するようになってきた。
その辺りの学習能力というか、対応力というか……相手によってカメレオンのように口説き方を変えられるのは、さすがである。感心すればいいのか呆れればいいのか、判断に悩むところだ。
だが、それによって私もロバートと会話が成立しやすくなったのは確かだ。
所構わずよく分からない口説き文句を連発したり、恋人のような距離を取りたがるようなところがなければ、ロバートは単純に、一緒にいて楽しい相手だ。
ロバートの話は面白いし、さすが女性の楽しませ方を熟知しているため、気の遣い方がうまい。何かとストレスのかかるこの仕事の合間の、息抜きの相手としては最適だった。
あれだ、モテ男とイケメンは友達の距離が最適というやつだ。
……別に格言でも何でもなく、私が勝手に思ってるだけだけど。
※
「最近は、随分とロバート卿と親しくされているようですが」
すでに日課になった、朝の報告を聞きながらの散歩が終わり、宮廷に戻る途中、私の後をついて回っていたウォルシンガムがぽそりと言った。
「そう? まぁでも、最初よりは打ち解けたかな。向こうもあんまり変なこと言わなくなったし」
別にあえて否定することでもないし、私は正直に答えた。
「…………」
で、聞いたっきり黙るのかいっ。
レスポンスがないので見上げると、何か考え事をしていたらしいウォルシンガムが、遅れて視線に気付いたようにこちらを見た。
「何か?」
何か、と来たよこの男。
その面白味のない仏頂面に、私は意地悪心が湧いて、無茶ぶりをしてみた。
「……ウォルシンガムも何か、面白いこと言ってよ」
「そのようなことは、ロバート卿に求められたらよろしいかと」
案の定、事務的な口調で跳ね返される。
まあ、この男が変に愛想良くなったら、それはそれで気持ち悪いので、このままでいいような気はする。
「明日はどちらに?」
話を変え、休日の予定を聞いてきたウォルシンガムに、私は答えた。
「ロバートと遠乗り! 行く? ウォルシンガムも」
「いえ、私は結構です」
誘ってみるが、あっさり断られる。
そこで通路の分かれ道に差し掛かり、ウォルシンガムは別の仕事があるらしく一礼をして去っていった。
ウォルシンガムは、休日はほとんど私の前に顔を出さない。
あまり自分のことを話したがらないし、一体どこで何をしているのか不明である。
……彼女か?
そういえばアイツ結婚してるんだっけ?
ウォルシンガムは26歳。結婚しててもしてなくてもおかしくない歳だが、なんか、あまり妻帯者のイメージがない。というか、家庭の匂いがしない。
……まあでも逆に、ウォルシンガムの場合は、いてもいなくても外面はあまり変わらないような気もする。
今度機会があれば聞いてみるか。
と、特に深く考えず、その後、私はすっかりそのことを忘れていた。
ウォルシンガムと別れた後、私は侍女を引き連れて謁見の間へと向かった。
書類や贈り物、美辞麗句を山ほど抱えた謁見希望者たちの相手をしなければならない。
正直、机上の執務よりもこっちの方がしんどかったりするのだが、今日が終われば明日は休日だ!
仕事をしている限り、オフの日を首を長くして待ち望むのは、21世紀も16世紀も変わりない。
「明日はどんなとこ行くのかなー」
いい加減、宮廷の景色は見慣れてきたが、外に出るとやはり、450年も前の世界は新鮮味に溢れ、しかも外国なものだから、どこに行っても観光気分で楽しめる。
明日の遠乗りのプランはロバートに任せっきりなので、私はどこに行くかすら知らない。
基本、そういったエスコートでは右に出る者はいないプロなので、まず外すことはないだろう。その点においては、かなり信頼を置いている。
私はその時密かに、ロバートと遊びに行くのを楽しみにしていたのだ。
~その頃、秘密枢密院は……
いつもの通り、朝の女王陛下の様子を見た後、ウォルシンガムは主席国務大臣の執務室を訪れた。
「入りなさい」
ノックの後、かけられた声にウォルシンガムが入室する。
巨大な書棚に囲まれ、重厚な応接用のソファやテーブルが鎮座するスペースの奥に、大きな執務机に向かうセシルの姿があった。
「ご苦労様です、ウォルシンガム」
真剣な眼差しで書類に目を通す傍ら、休みなく羽ペンを動かしていた手を止め、セシルは顔を上げて微笑んだ。
「陛下のご機嫌はいかがですか?」
「大変麗しいようです。明日はロバート卿と遠乗りにいくらしく、随分と楽しみにしておられるご様子でした」
「そうですか……」
忙しいセシルの代わりに、彼の『目』となるのは、ウォルシンガムの仕事の一つだ。
だがその報告を聞いた途端、セシルの顔が曇った。
考える時に顎に手を触れるのは、彼の癖だ。その仕草のまま、柳眉を顰めて呟く。
「……やはり、ロバート卿なのでしょうか」
「女心までは星占いでも見通せませんが、ロバート卿の男性としての魅力に惹かれていることは確かでしょう。あの方は、女性の心を掴むのが上手い」
「陛下がこれまでの記憶をなくされたと聞いた際、その部分だけは、都合が良いように思えたのですが……」
今この場には、セシルとウォルシンガムの他に人はいない。
小さく息をつき、セシルは意見を求めてウォルシンガムを見上げた。
「それに、今の陛下はあのことをご存じないはず。手遅れになる前に、お伝えした方が良いのでは」
「ですがそれでは、互いの足を引っ張り合う佞臣となんら変わりません。我々は秘密枢密院。一致団結して陛下をお守りしなければならない立場にある」
模範的な回答の後に、ウォルシンガムは個人的な意見を付け足した。
「それに、再び陛下の寵を得つつあるロバート卿への妬心でそのような言を弄したと取られるのは、私にはいささか受け入れがたい恥辱です」
それは理性的な判断と言うよりは、男の矜持の部分での拒絶に近かったが、セシルも彼の言いたいことには納得した。
「……そうですね。今はまだ、お二方の理性を信じましょう。いずれ、ロバート卿の方から切り出すこともあるやもしれません」
それは、セシルにしては希望的観測に過ぎるように思えたが、事実、そうであれば最も理想的であるのは確かだった。
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