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第3章 婚約者選定編
第17話 ロバートが拗ねだした件


 私が16世紀に来てから、1ヶ月が過ぎた。


 日々新たな発見に新鮮さはあるし、不便は色々感じるものの、なんだかんだ言って適応しつつある自分がいる。


 なんとなく、大学時代のアメリカ留学経験を思い出す。

 あの時も、絶対に時間通りに来ないバスとか、届くかどうか分からない郵便とか、焼くとぞうきん絞ったように油が出る肉とかに散々驚かされたけど、結局慣れたもんなぁ……


 言語、常識、生活様式の違う世界に順応するという意味では、あの時の経験が役に立っているのかもしれない。


 女王として宮廷で寝起きし、公務に励むという日々のリズムも掴み出した頃、相変わらず山積している国家課題とはまた別の方面で、私の頭を悩ませる事態が発生した。


 ロバートが拗ねだしたのだ。


 私が秘密枢密院のメンバーを話し相手に部屋に呼ぶようになってからも、同じくひと月が経っているのだが、最近は侍女とも打ち解けてきたし、うまくごまかすことができるようになってきたので、毎晩のように誰か(主にウォルシンガム)を付き合わせることはなくなっている。


 どーっしても、何かストレスがたまって愚痴りたくなったり、天童恵梨に戻ってゴロゴロぐだぐだしたい時に呼び出すくらいだ。


 だが、ここまで、一度も私がロバートを寝室に呼ぶことはなかった。


 理由は言うまでもない。

 いくら私でも、警戒した方がいい相手くらいは分かっている。


 だが、丸一ヶ月経っても『ご指名』がない状況に、ロバートが目に見えて拗ねだした。


 私に面と向かって遠まわしに愚痴まで言うようになり、口説き文句がどんどん自虐的になり――


「――陛下の御心の水槽には、穴があいていらっしゃるらしい。俺がいくら愛をそそいでも、注ぐ端から抜けていく。一体どう言葉を尽くせばそのほころびを修繕出来るのか、この哀れなロバートは、もう一月近く考えあぐねいております」


 ……こんな風に。


 女官を引き連れて移動中の私の目の前に突然飛び出し、跪いたかと思うと、いきなりコレだ。


 最近はこうやって手を変え品を変え、私に陳情してくる。


「はぁ……」


 頭を抱え、私はため息をついた。


 宮廷で(女性に)人気の色男ロバートの突然の登場と口説き文句に、若い女官たちはキャアと色めき立つが……ねぇカッコいいの? コレ。本当にこの演出がイイの?


 21世紀にはネタの域の告白をガチでやってしまう16世紀恐るべし。


「ロバート」


 だがここで無視しては男の面子を傷つけてしまうため、名を呼んで右手を差し出す。

 その手を取り、指輪に口づけたロバートが立ち上がった。


 手を離さぬまま頬に寄せ、さらに訴えかけてくる。


「黒い悪魔がどのような黒魔術を用いて陛下を籠絡せしめたのか、もはや魂を売ってでも教えを請いたいくらいです」


 黒い悪魔とは、どうやらウォルシンガムのことらしい。


 いや、籠絡されてねーし。

 付添いの女官達もいるのに、外聞悪いこと言わないでくれるかな!


 確かに、秘密枢密院のメンバーの中では、私はウォルシンガムと一緒にいる時間が多い。

 だがそれは、私がロバートを避けていて、セシルが忙しすぎて相手が出来ないというだけだ。


 私がウォルシンガムといて苦にならないのは、向こうが体裁上は女王に敬意を払いつつ、中身の天童恵梨に対してはかなり遠慮会釈なく、率直な意見を飛ばしてくるからだろう。


 気を遣われると、こっちも気を遣わなくてはならないから、その方が楽だ。


 同じ理屈で、これだけロバートに装飾過多な愛を押し付けられても、私が同じだけのものを返せないので、気疲れするというのがある。


 それに、私は押されたら引いてしまう女なのだ。

 かといって、引かれたからといって押し返さないのだが……


 まあ、だから年齢=彼氏いない歴継続中なわけで。


 げふん……そういう、自虐的な自己分析は横に置いておくとして、ロバートのこれもネタと思えば可愛いものなのだが、最近はことあるごとにウォルシンガム(なぜかセシルでなくウォルシンガム)に噛みつくため、定例の秘密枢密院での会議が遅々として進まないという弊害も出てきている。


 すでに、公務に支障を来しているレベルと判断するべきだろう。


 これは、何か対策をとらないと……


 臣下は平等に愛する。

 ロバートから聞いた、本物のエリザベスの姿勢だ。


 ……その割には、ロバートに関しては不平等に溺愛していたようだが。


「……分かりました。あなたは何か誤解しているようだし、一度きっちり話をしなければいけないとは思っていました。今夜、私の部屋に訪れることを許します、ロバート」


 女官もいる手前、距離を保った口調で許しを出す。


 苦渋の決断で、その夜、私はロバートを寝室に呼ぶことにした。


「ありがたき幸せ」


 ロバートの方も、その場で飛び上がって喜ぶような失態は見せず、膝を折ってすました顔で礼を言う。


 くそっ……結局押し切れてしまった。


 基本、しつこい男のアピールは鉄壁のガードで跳ね返すのだが、振れば済むその辺の男と、ロバートでは立場が違う。


 ウィリアム・セシルとニコラス・ベーコンに次ぐ主馬頭(しゅめのかみ)という要職の立場にあるエリザベスの側近。何より、彼は私の秘密を知る秘密枢密院のメンバーだ。


 扱いを間違えて裏切られては敵わないし、私も彼との信頼関係は築いていかなければいけないと理性では重々承知しているのだが、どうにも積極的な男というのは苦手で尻込みしている部分はある。


 だいたい、私、ロバートが好きだったエリザベスじゃないしなぁ……


 その辺のひっかかりが、私がロバートに対して頑なな態度に出てしまう要因のひとつかもしれない。


 色々と気が乗らない思いを抱えながら、その日の執務を終えた私は、ベッドの上で勉強がてらに、セシルに奨められた神学書を読みながら夜を過ごしていた。


 すると、扉の向こうの控え室に待機していた侍女が顔をのぞかせた。


「陛下、ロバート・ダドリー様がお見えです」


 来たか……


「入って」


 短く許可を出すと、入れ替わるために、部屋に侍っていた侍女が立ち上がる。


 あー……今日は出て行かなくていいかもー……


 とも思ったが、すでにそれは習慣となっているので、引き留める間もなく彼女は行ってしまった。


 …………。


 ウォルシンガムとかだと、遠慮も気遣いもないので、ベッドにゴロゴロしたまま勝手に入ってきてもらって、勝手にその辺に座っててもらうのだが、今日は一応、警戒心も込めてベッドのわきに腰掛けて待つ。

 が、そこからかなり時間が経っても、ロバートはなかなか入ってこなかった。


 何やってんだろ……


 待ち飽きた私は、つい気が緩んで、そのまま背中からベッドに倒れこんだ。

 天蓋の屋根を見上げ、大きく息をつく。


 本当はこういう、誰もいない時間が欲しいんだけどなー……


 人の気配のない静かな部屋で、すっとリラックスして深呼吸をする。


 その心地よさに、目を閉じて心を解いていると、扉が開く音がして誰かが入ってきた。


 おっと、まずい。


 慌てて身を起こし、扉前に立つ人物を見ると、動くギリシャ彫刻はくっきりとした二重の目を見開き、ずかずかと大股でこちらに歩み寄ってきた。


「エリザベス様……!」


 お? おお……?


 かと思うと、両手を大きく広げ、満面の笑みで、問答無用で押し倒してきた!


「ようやく俺の愛を、その清らかな身体で受け入れてくださる気になったのですね!」


 ぎゃぁぁぁっ?!


 油断してたぁぁぁ! セシルもウォルシンガムもこんな行動取らなかったぞ!?


 英国紳士はどうした英国紳士は!


「ちょっ、ロバート、離して! ムリムリムリ! ほんと無理だってば!」


 覆いかぶさってくる身体を押し返しながら、思わず日本語で抗議する。


 だが、ロバートの方は全く意に介さない。


「それは黄金郷の言葉で『私も貴方を愛しています、ロバート』という意味ですか? 陛下」


 んなわけあるかぁぁぁっ! 分かるだろ普通!


 ロバートの下でじたばたもがきつつ、半分パニックになりながら、思考がフルスロットで回り出す。


 そりゃ、ロバートのことは嫌いじゃないよ? いや、確かにイケメンだし、かなり暑苦しいけど愛されてることは間違いないし(私というかエリザベスが)、秘密枢密院のメンバーとして、事実を知ってる大事な臣下の1人だ。けどそういう問題じゃなくて!


「わ、私は……」


 うつ伏せになってロバートの下から逃れ、手近な枕をひっつかんだ。


「処女王だっつってんでしょー!?」


 ばすっ


 枕でぶん殴ると、さすがのロバートもひるんだ。


「へ、へいかっ……ぶふっ」

「出てけ!」


 息をつかせぬ勢いで、枕で頭をはたき続け、ロバートをベッドから追い出す。


 そうして、逃げるように出て行ったロバートと入れ替わりに侍女が部屋に入ってきた時には、私は布団をかぶってベッドで丸まっていた。


 うわぁぁぁびっくりしたぁぁぁ


 何とか気を落ち着かせようとするが、まだ心臓はバクバク言ってるし、布団かぶるのも熱いほど顔はほてっている。


 …………



 こんな状態で寝れるかぁぁぁ!







「次、襲いかかったら、トバす」


 その日眠れなかった私は、寝不足全開の目つきと機嫌の悪さで、ロバートに畳んだ扇子を突き付けた。


 最近、私は女王を演じる時に、小道具として扇子を持ち歩くようになっていた。理由は、仕草にごまかしが利くし、色々感情表現や演出に使えるからだ。


 ……劇団では「小道具に頼るな」と元俳優で演出家を兼任する監督によく言われたものだが、この際、頼れるものには頼ることにしている。


「へ、陛下……!」


 昨夜の弁明のために、謁見の間まで伺いを立てに来たロバートは、玉座の前に膝をついたまま、哀れっぽい声を出して顔を歪めた。


「私はあなたを臣下として大事に思ってるわ、ロバート」


 こういうことがあったからには、もうはっきりと言っておかねばならないだろう。


 ロバートとエリザベスがどういう関係だったかは知らないが、今は私がエリザベス女王である以上、線引きはきっちりしておかねばならない。


 ……線を引かれるロバートの方は、気の毒な気もするのだが、かといって私が本物のエリザベスと同じように、公私でロバートを溺愛できるわけではないので、ここは一度仕切り直して、新たな関係を築き直すつもりになって欲しい。


「さ、選びなさいロバート。私の愛と役職を同時に失ってでも、私の身体が欲しいの?」


 相手に圧力をかける時は、二者択一。しかも、片方にえぐい条件を乗せること。



 そうしてロバートは、「陛下の寝室に入っても、絶対に陛下を襲ったりしません」という誓いを神に立てた。


 ……どんな誓いだ、それは。






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