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第1章 女王戴冠編
第1話 はっきり言って恵まれてる人生


 天童(てんどう)恵梨(えり)。27歳。

 はっきり言って私の人生は恵まれている。


 日本有数の閑静な高級住宅街に生まれ、実家は小規模ながら貿易関係の事業をやっている社長令嬢。

「かわいい」「美人」と言われることには慣れている。


 幼い頃は子供服のファッションショーモデルもやっており、海外にいけばお人形扱いで現地の人達から写真撮影の依頼が絶えなかったらしい。

 未だに「ハーフ?」と聞かれることもあるが、両親は揃って純日本人だ。


 大学時代はモデル、コンパニオンを経験しながら、ゆくゆくは親の事業を継ぐつもりで経営学を専攻し、本場アメリカにも留学した。趣味はダンスと演劇。楽器も少々。


 大学卒業後は希望した商社の営業職に就職。「ビジネスの基本は営業」という父の言葉を胸に、まずは現場を経験し、社会人として立派に通用するキャリアウーマンになることが目標だった。


 それから5年。新卒1年目から同期トップセールスは譲らず、3年目には尊敬する先輩に引き抜かれる形で新規事業部の立ち上げメンバーに抜擢された。彼と手がけた新事業の売り上げは好調で、今や社の柱事業の一つに成長しつつある。


 だがもうここまで来ると、私にとってこの会社にいるメリットはあまりない。

 あくまで「自己成長」の為の勉強の場として働いていたのであって、今後は私が得る物よりも、私が会社に与えるものの方が多くなる。つまり搾取だ。


 そろそろ今の会社を辞め、新しい会社で見識を広げるか、親の会社を継ぐ準備を始めるかという別れ道にさしかかっている。


 ん? 結婚? 恋人?


 それだけ容姿能力家柄ともに恵まれているなら、さぞかしモテるんだろうって?


 ザ・ン・ネ・ンながら、彼氏いない歴=年齢更新中である。


 理想が高すぎる?


 それもある。というか、それが大半かもしれない。もう、ここまで来ると自分でもよく分からない。


 さすがにマズいと思って、大学時代、特に好みでもないし恋愛対象でもなかったが、気の合う男友達に告白されて、付き合うことにした。「付き合いだしたら好きになる」という話を、誰かから聞いたからだ。


 一緒にいて楽しい相手だったから、彼なら何とかなるかなという期待もあった。


 だが結局、3日で振ってしまった。理由は、「彼とキスしたり色々したりする自分が想像出来なかったから」


 どうも私の中では、友人と彼氏は明確に違うらしい。ということに改めて気付くだけの、誰も得しない出来事だった。

 相手を傷つけたし、自分も傷ついたこの件以来、「好きになった人以外と付き合うのはやめよう」と心に決めたのだが……


 なかなか現れないね!? 好きになる人!


 顔がイイからいいってわけでもないんだよなー。イケメンは好きだが、それはあくまで観賞用であって、恋愛対象にするには、鼻につく性格のやつが多い気がする。あ、コレが理想高いってやつか?


 だが、もうこの年になると、自分を曲げてまで誰かと付き合いたい、結婚したいと思うのも、努力するのも面倒臭くて、やりたいように生きてきた結果が現在の私だ。


 後悔はほとんどないのだが、さすがにこの年で処女とか、ちょっと恥ずかしくて言えない。

 でも、意外と私の周囲にはそういう子が多いのも事実で、割と現代女性のモデルケースの一つなのかなーという気も最近している。


 趣味と仕事が充実し、人生に目標があると、恋愛がなくても相当日々が楽しいし、忙しいのだ。

 なんやかやで男友達は多いし、周りはちやほやしてくれるので、それで事足りてる部分はあったりする。


 まあともかくだ。そんなある1点を除いて、恵まれている私の人生は――



 ある日いきなり、幕を閉じた。




 1月10日。新年早々、その日も残業帰りで遅くなった寒い夜のこと。  

 残業と言っても、この日は仕事で残っていたわけではない。今の上司と、退職の話し合いをしていたのだ。

 年度の終わりになる3月末退職を睨んでの、この時期だ。


 元々は先輩と後輩の間柄で、プライベートでも仲の良い今の上司とは、年末に2人で飲みに行った時に、辞めたい意志を伝えている。


 家の事業を手伝いたいと、真摯に理由を話したら、「引き止めたい気持ちは強いが、もう迷っていないなら引き止めない」と言ってくれた。

 彼自身、転職組で、前職を退職する際、しつこく引き止められたことが、精神的にかなり負担になった経験があるからだそうだ。


 上司である自分の立場や、私の退職によってかかる負担よりも、私自身の決断を一番に考えて、応援してくれた。本当にいい上司だ。


 天気予報通り、昼間降っていた雨は、夜には雪に変わっていた。


 滑りやすくなっている地面に気を遣いつつ、パンプスで歩く。足下を見ながら、視界は傘に遮られているその状況では、周囲への注意が散漫になっていたのは否めない。


 私は傘を手に、普通に青信号で横断歩道を渡ろうとしていたのだが、何を思ったか――おそらく、居眠りでアクセルを踏み込んでしまったとかそんなものだったのだろうが――先頭で待っていた乗用車が、ものすごい勢いで突っ込んできた!


 当然、避ける間もなく跳ね飛ばされた私は、その時すでに意識を失っていた……のかどうかは分からない。


 空を飛んだ感覚はあった気がする。

 そして、自分の手から離れたピンク色の傘が、視界の片隅に映ったような気がした。



 あ、死んだ……と本能的に悟った。



 ちょっと待て。本当に待て。


 はっきり言って私の人生は恵まれているんだ。あの両親の間に生まれたことも、今の自分にも、周りの環境にも満足してるんだ。


 友達も、職場の上司も同僚も、クライアントもみんないい人達だ。私は人間関係にも恵まれてるし、運もある。


 これから会社を継いで、事業を盛り立てて、家族と社員と自分のために働いて、稼いで、ゆくゆくは「カリスマ美人女社長」とか雑誌やテレビで取り上げられるまでになってやろうと野望を抱いてたんだ。


 なのに……なのに……



「なんで死んじゃったのよぉぉぉぉぉ!?」



 がばっと身を起こした私は、自分の声に驚いて硬直した。


「ん……?」


 ふっかふかのベッドだった。

 両手で掴んでいた上掛けも、何とか織り的な複雑な模様が編まれた高級そうな布で、思わず手を離した。


「……生きてる……?」


 病院の集中治療室のベッドは、こんなにも豪華なものなのだろうか。いくら家が裕福と言っても、こんなところに馬鹿な金をかけるほどの、金銭感覚の麻痺した大富豪ではないはずだが。


「エリザベス様がお目覚めになったぞ!」


 朗々とした男の声が響き、おおっと周囲がざわめいた。

「奇跡だ……」「奇跡が起こったぞ……!」と、口々に誰かが騒いだ。


「はっ?」


 ようやく、そこに人がいることに気付き、私は顔を上げた。


 天蓋付きのベッドだ。半透明の紗に覆われた巨大な寝台の向こう側に、大勢の人間がたむろしているのが見えた。


 今の、英語だよな……?


 っていうかドコここ!? 超広いんですけど!


 なんかベッドカーテンが邪魔でよく見えないけど、どこのホテルの大広間ですかという豪華な調度の部屋に、ボンとベッドが置かれているようだった。


 見ると、ベッドの傍らには、ものすごく中世風のドレスを身に纏った若い女性が片側2名ずつ、計4人佇んでおり、皆なぜか感激にむせんでいる。


「何? 何なの……?」

「エリザベス様が不思議な言葉をしゃべっておられる。まだ混乱していらっしゃるのか」

「ぎゃっ?」


 すぐ隣で聞こえた低音に、驚いて振り返った。


 紗をめくって姿を見せたのは、これまた中世風の――こちらは全身黒づくめの衣装を纏った、髭を蓄えた男性だった。綺麗に整えられた口髭と顎髭で、顔の半分が覆われている。


 ちょっといくつか分からないけど、何この渋い男前!


 別にひげ面が好きなわけではないが、これだけ似合っていると文句なくカッコイイ。鋭い目元や広い額に皺はなく、意外に若いような気もする。


 天童恵梨の趣味は、表向きダンスと演劇だが、実は漫画や小説も好きな読書女子なのだ。


 ゲームやアニメもそれなりに好きなので、わりかしオタクだと言える。初恋はしょくぱ○まんだ。

 テレビはあまり見ない方だが、好きなアイドルや俳優は多い。広く浅いミーハー気質だ。


 要するに、イケメンが好きだ。

 え? もちろん観賞用ですよ。なんせ恋愛へたれな処女だからね!


 ともあれ、そんなオタクなミーハー心が踊る人物を凝視していると、寝台の逆側が、なにやら騒がしくなった。


「ロバート様、いけません。エリザベス様は、まだ起き上がられたばかりで……」

「なら何故ウォルシンガムが近づくのは構わないんだ? 俺の方が、よほどあの方に恋い焦がれ、その身を案じているというのに」


 なんだこの戯曲調の歯の浮く台詞は。だがしかし美声だ。

 完全に美声につられる形で逆側を振り向くと、女性2人に両脇から止められた若い男が、こちらを見つめていた。


「…………」


 ……ええと。えらい美形なんですけど。

 まるまる二次元から飛び出してきたような、貴公子風の格好をした青年は、ギリシャ彫刻のような顔立ちをしていた。紅い髪に鳶色の目。うわーうわーうわーなんじゃこりゃー。


 開いた口がふさがらず、そんな美形と見つめ合いが続く。

 すると、先ほどの髭の美男子――多分ウォルシンガムとかいう人――が厳格な低音で告げた。こちらも美声。


「貴殿がエリザベス様のご容体を考えぬ行動に及ぶ可能性があるからだ」

「俺が彼女に抱擁し、接吻を落とすことが愛しい人の心身に害をなすとでも?」

「……そうだな、貴殿のその節操のなさは、確実に新陛下の害悪となるだろう」


 おいちょっと待て。本当に待て。

 勝手に人の寝ているベッドを挟んで火花を散らすイケメン2人に、私はその状況よりも、会話の内容に待ったをかけたくなった。


 突っ込み所が多すぎて困るんですけど!


 エリザベスって誰だよ!?

 いつ私がオマエ(貴公子コスプレイケメン)の愛しい人になったよ?!

 誰も抱擁も接吻も許してねぇよ!?

 んで、新陛下って何ですか、ひげ面のイケメン様!?


「やめないか、ウォルシンガム、ロバート卿。陛下の御前だ」


 ウォルシンガムの後ろから、別の男性の声がかかった。


「失礼しました。サー・ウィリアム・セシル」


 振り返ったウォルシンガムが、相手の男性をそう呼んだ。


 長身のウォルシンガムの背後から姿を現したのは、眼鏡をかけた細身の男性だ。

 穏やかで知的な雰囲気がある。片手に分厚い本を抱えていた。

 歳は30才前後だろうか。もっと若くも見えるが、落ち着いた物腰や髭の男が敬意を払っているところからして、それくらいはいってそうな気がする。


 なんだか、ここまでの登場人物の中では、一番しゃべりやすそうだ。


「あの、あの……セシルさん?」


 今がチャンス、とばかりに、私は右手を挙げて、そのサー・ウィリアム・セシルに声をかけた。


 これでもアメリカに留学経験があり、現地の大学でアカデミックの単位も取っているので、英語は堪能だ。


「ここどこですか? エリザベスって誰ですか? 新陛下って何ですか?」


 とりあえず知りたいことを3つ。矢継ぎ早に。


 すると、セシルは……というか、その場にいる全員が、目を丸くした。


「……ウォルシンガム」

「はっ」


 私を凝視したまま、名を呼んだセシルに、ウォルシンガムはそれだけで意図を察したらしく、近くに別の男を呼んだ。


「国務大臣からのご命令だ。皆を下がらせろ。新陛下はお目覚めになられた。もう、命の危険はない。戴冠式の予定日を変える必要があるかは、これから我々の方で陛下のご体調を見て話し合う。皆の者は安心し、新陛下の不穏な噂を駆逐するよう努めるのだ」


 広間に集まっていた人間を下がらせるウォルシンガム。

 最後まで残っていた女性たちも下がらせてしまい、後にはセシルとウォルシンガム……そして、ロバートと呼ばれた青年だけが残った。


 ウォルシンガムが低い声で促した。


「ロバート卿、貴殿もだ」

「貴方に俺を彼女から引き離す何の権限がある?」

「エリザベス様は、もはや偉大なる祖国の君主になられたお方だ。今までのような気安い呼び方はお控えになられたらどうです」


 だから待て。ちょっと待て。

 再び火花を散らす男達の間で、私は耐えきれず右手を挙げた。


 今、妄想読書女子天童恵梨の想像力豊かな脳みそが、いやんな仮定を導き出したぞ!?


「はい! 質問です! 今は何年何月何日何時何分何秒地球が何回回った日?! ですか!?」


『…………』


 3人の視線が、同時に私に降り注いだ。


「……1559年1月10日の火曜日ですが。時刻は夜の9時を回ったところです」

「待ってぇぇぇ! 日付は合ってるけど西暦が大いに間違ってるぅぅぅ!」


 セシルの回答に、私は頭を抱えて叫んだ。


 今は2013年1月10日のはず! 時間は、多分それくらいだろう。私が会社を出たのが9時前だから!


 ちょっと待て。有り得ないから。いやでもやっぱりそういうこと!?

 1559年っていったら16世紀ど真ん中! 宗教改革にルネサンス! 絶対君主制なオタクロマン溢れる時代じゃあーりませんか!


「ここはどこ!? 私は誰?!」


 素でコレを言うことになるとは思わなかった。


 混乱している私を見下ろすウォルシンガムの表情は険しさを増しているように見えたが、かなり辛抱強い口調で答えてくれた。


「……ここはロンドンの南西部、ハンプトン・コート宮殿です。そして貴女は」


 鋭い眼差しが私を射貫き、厳かな声が告げてくる。


「我らがイングランド王国チューダー朝の最後の継承者、エリザベス女王陛下です」


 ちょっと待てぇぇぇぇっ!






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