378話 スイーツと冷たい関係
ペイスは、上機嫌だった。
「ふんふん~るるる~」
鼻歌を歌いながら、今日も今日とて厨房に籠っている。
今日の仕事は一区切りがついたからというのも有るが、王都の晩餐会の為に用意していた食材などを貰えたというのが主な理由。
絶対に失敗できないイベントということで食材も予備がたんまりと用意してあったのだが、食材の中には足が速く、すぐに腐るものも多い。
一部は保存の利く加工食にされるのだが、加工に向かない食材は通常、廃棄される。
城で働く者の食事になったりもするのだが、それでも使いきれない分をペイスが少々わがままを言って引き取った。
褒賞は要らないから食材をくれ、と言われたときの王宮貴族の顔は見ものであったとはカセロールの弁である。
鳩が豆鉄砲を食らったら似たような顔になるのだろうか。
何を言ってるのか理解できないと言った感じで、口元が半開きのまま呆けていたのだ。
国王は大笑いで許可をしたが。
「まずは牛乳を温める」
「ふむふむ」
ペイスの講義を受けるのは、モルテールン家お抱えの料理人ファリエル氏。
ペイスの弟子を自称する彼は、それなりに経験を積んできた中年である。しかし、若い時の気持ちを忘れず、今でも料理に対しての研鑽に邁進する。
「ここに、お砂糖を溶かしていきます」
「分量はどれぐらい?」
「牛乳ワンカップあたりにこれぐらいで」
「かなり多い気がしますが」
「それぐらい入れないと、美味しくないのですよ。冷たいと、甘さを感じにくいですからね」
「なるほど」
ごくごく弱い、とろ火に掛けられた鍋に、牛乳と砂糖が淹れられる。
手順を確認しながらの作業ではあるが、ペイスにとってみれば既に何度となく試してみた手順であり、迷うことも澱むことも無い。
ファリエルは、思っていた以上にどっさりと入る砂糖に驚きつつも、そんなものかと几帳面にメモを続ける。
「そして、砂糖が溶けたら粗熱を取って、卵黄と混ぜる」
「ほう、卵黄と」
「これを入れることで、口当たりも柔らかくなり、食べやすくなりますし、形も崩れにくくなる」
「なるほど」
卵と牛乳を混ぜ、布で濾していく。
この卵も、王宮で使われているいっとう上等な卵を使っているのだ。鶏の個体も選別されている若い個体であり、餌にも長年の工夫が詰まっている本格的なオーダーメイドの鶏卵。
何なら茹でただけでもとても美味しく味も濃厚な卵なのだが、それの卵黄だけを使うという贅沢。
白身は白身で他のお菓子に使うのだが、今回の場合は使わないと脇に避けられる。
綺麗に混ざったところで、更に火にかけられる液体。
「とろみがつくまで、こうやって混ぜます」
「ふむ、なるほど。気を付けないと焦げの匂いが移ってしまいそうですが?」
「そうですね。匂いに関しては気を付けた方が良いでしょう」
へらで確認できるほどのトロみがついたところで、冷やしにかかる。
「ここで、少し手を加えましょうか」
「ほほう」
ペイスは、シンプルな手順の中に、ひと手間加える。
追加されるのは、緑色のソースだ。
「それは?」
「僕が特製に調合した、ミントソースです」
「ふむふむ。一口味見してみても構いませんか?」
「良いですとも」
「ほほう、これは。香りがすっと鼻に抜けますな」
「そうでしょうとも」
ソース同士を混ぜると、黄色みがかっていたミルクが緑色に染まっていく。
目にも鮮やかな新緑の色だ。
そして、冷やすのに必要なのは山地直送の氷の塊。
「やっぱり、氷を使うんですね」
「そうですね」
金属製のボウルに入れられた氷と、良く冷えたクリーム。
混ぜていくうちに固まっていく、夏のスイーツの王様。
そう、アイスクリーム。
「そして、別に誂えていたソースを掛ければ……」
ペイスは、盛り付けたアイスクリームにソースを掛けていく。
研究を重ねて、今回のアイスリームに合うように作った特製のソースである。
「出来ました!」
腐りやすい食材の代表例。
牛乳や卵といった食材を使い、ペイスが作ったのは勿論、王宮で大評判となったスイーツ。
「チョコミントアイスのベリーソース掛け」
王都で評判になったからには、機会があればモルテールン家でも来客に振舞うかもしれない。
或いは、工夫して商売にするかもしれない。
製菓業が収入の多くを占めるモルテールン家の従士としては、自分たちが商売や外交に使うかもしれないスイーツの味を知っておいて損はない。
いや、むしろ知っておくべきである。
という理屈の下、ペイスが厨房で嬉々として料理していたわけだ。
「美味い!!」
「美味しいです」
「冷てえ。甘い」
「何これ、スースーする。食べたことない味」
一口味見をした従士たちは、それぞれに感想を口にする。
王宮で出され、トリを務めただけのことはあると、皆口々に賞賛した。
季節柄、火照ってしまう時期。ただでさえ訓練や仕事で体を動かし汗をかくことの多い従士たちにとって、体を涼しくしてくれるアイスクリームは格別の味だ。
「この冷たさが良いな。暑い時期に食べる冷たいものってなあ、格別ですぜ」
ミント味を好むシイツ従士長は、殊更チョコミント味も気に入っている。
勢い、チョコミン党の代表に就任しかねない。
夏場の火照った体には、冷たいアイスクリームは御馳走だ。
うまいうまいと、遠慮なしに食べている。
「このスースーするのは、何なんですか?」
女性従士のコローナが、ミントの食感。いや、食後感に興味を持つ。
「それはミントですよ」
「おお、あれにこういう使い方があったんですか」
口の中が独特の清涼感で満たされる感覚。
息をすると、その息が冷たくなったように思える感触は、ミント味ならではだ。
面白いですと言いながら、これまたバクバク食べる。
「やっぱりペイストリー様の作る菓子は美味いな」
「流石は龍の守り人」
「お、そうそう。流石は龍の守り人」
「よっ!! 最強の守り人!!」
お菓子の上手さに気分も上がり、やんややんやと騒ぐ若手たち。
距離感の近さはモルテールン家の家風であるが、次期領主を囃し立てるのは中々に染まってきていると言えるだろう。
「はあ……シイツの気持ちが、よく分かる気がしますね」
自分にとって不本意な二つ名を与えられ、誉め言葉として盛んに言われる。
覗き屋と呼ばれて揶揄われるシイツ従士長が、常日頃から覗き屋と呼ぶなと言っていた気持ち。
ペイスは、今になってその気持ちを十二分に理解した。
やさぐれてしまいそうになる気持ち。それを癒してくれるのは、温かく可愛い家族であろうか。
「きゅい?」
元気を取り戻したピー助が、ペイスの顔をぺろりと舐めるのだった。
これにて32章結
ここまでのお付き合いに感謝いたします。
さて、宣伝です。
さる五月十日、おかしな転生の20巻目になります
「おかしな転生XX スイーツは春を告げる」
が、発売になりました。
お陰様で、大変好調と聞き及んでおります。
書下ろしも20000字を越える大分量。大変読み応えのあるものになりました。
既に読まれた方は今更でしょうが、意外な「あのキャラ」の青春が垣間見えるものになっています。
また、コミックスの8巻が書籍21巻と同月発売になります(8月刊行)
グッズ・オーディオブック等と合わせて、よろしくお願いいたします。
(以下予告)
.
称号を与えられ、神王国でも一躍有名人となったペイス。
平和を愛し、平穏を求める自称穏健派の彼の元には、有名ゆえの悩み事も訪れる。
魔獣の巣窟と判明した魔の森の対処は。そして、巻き込まれる騒動とは。
さあ、お菓子を食べる準備は出来ましたか?
次章「キャンドルは未来を照らす」
お楽しみに!
勇者と魔王が争い続ける世界。勇者と魔王の壮絶な魔法は、世界を超えてとある高校の教室で爆発してしまう。その爆発で死んでしまった生徒たちは、異世界で転生することにな//
2020.3.8 web版完結しました! ◆カドカワBOOKSより、書籍版24巻+EX2巻+特装巻、コミカライズ版13巻+EX巻+アンソロジー発売中! アニメB//
山田健一は35歳のサラリーマンだ。やり込み好きで普段からゲームに熱中していたが、昨今のヌルゲー仕様の時代の流れに嘆いた。 そんな中、『やり込み好きのあなたへ』と//
【web版と書籍版は途中から大幅に内容が異なります】 どこにでもいる普通の少年シド。 しかし彼は転生者であり、世界最高峰の実力を隠し持っていた。 平//
アスカム子爵家長女、アデル・フォン・アスカムは、10歳になったある日、強烈な頭痛と共に全てを思い出した。 自分が以前、栗原海里(くりはらみさと)という名の18//
働き過ぎて気付けばトラックにひかれてしまう主人公、伊中雄二。 「あー、こんなに働くんじゃなかった。次はのんびり田舎で暮らすんだ……」そんな雄二の願いが通じたのか//
地球の運命神と異世界ガルダルディアの主神が、ある日、賭け事をした。 運命神は賭けに負け、十の凡庸な魂を見繕い、異世界ガルダルディアの主神へ渡した。 その凡庸な魂//
❖❖❖オーバーラップノベルス様より書籍11巻まで発売中! 本編コミックは8巻まで、外伝コミック「スイの大冒険」は6巻まで発売中です!❖❖❖ 異世界召喚に巻き込ま//
●2020年にTVアニメが放送されました。各サイトにて配信中です。 ●シリーズ累計250万部突破! ●書籍1~10巻、ホビージャパン様のHJノベルスより発売中で//
人狼の魔術師に転生した主人公ヴァイトは、魔王軍第三師団の副師団長。辺境の交易都市を占領し、支配と防衛を任されている。 元人間で今は魔物の彼には、人間の気持ちも魔//
公爵令嬢に転生したものの、記憶を取り戻した時には既にエンディングを迎えてしまっていた…。私は婚約を破棄され、設定通りであれば教会に幽閉コース。私の明るい未来はど//
勇者の加護を持つ少女と魔王が戦うファンタジー世界。その世界で、初期レベルだけが高い『導き手』の加護を持つレッドは、妹である勇者の初期パーティーとして戦ってきた//
VRRPG『ソード・アンド・ソーサリス』をプレイしていた大迫聡は、そのゲーム内に封印されていた邪神を倒してしまい、呪詛を受けて死亡する。 そんな彼が目覚めた//
●KADOKAWA/エンターブレイン様より書籍化されました。 【書籍十二巻 2022/03/31 発売中!】 ●コミックウォーカー様、ドラゴンエイジ様でコミカ//
突然路上で通り魔に刺されて死んでしまった、37歳のナイスガイ。意識が戻って自分の身体を確かめたら、スライムになっていた! え?…え?何でスライムなんだよ!!!な//
平凡な若手商社員である一宮信吾二十五歳は、明日も仕事だと思いながらベッドに入る。だが、目が覚めるとそこは自宅マンションの寝室ではなくて……。僻地に領地を持つ貧乏//
西暦20XX年。研究一筋だった日本の若き薬学者は、過労死をして中世ヨーロッパ風異世界に転生してしまう。 高名な宮廷薬師を父に持つ十歳の薬師見習いの少年として転生//
◆◇ノベルス6巻 & コミック5巻 外伝1巻 発売中です◇◆ 通り魔から幼馴染の妹をかばうために刺され死んでしまった主人公、椎名和也はカイン・フォン・シルフォ//
34歳職歴無し住所不定無職童貞のニートは、ある日家を追い出され、人生を後悔している間にトラックに轢かれて死んでしまう。目覚めた時、彼は赤ん坊になっていた。どうや//
しばらく不定期連載にします。活動自体は続ける予定です。 洋食のねこや。 オフィス街に程近いちんけな商店街の一角にある、雑居ビルの地下1階。 午前11時から15//
辺境で万年銅級冒険者をしていた主人公、レント。彼は運悪く、迷宮の奥で強大な魔物に出会い、敗北し、そして気づくと骨人《スケルトン》になっていた。このままで街にすら//
メカヲタ社会人が異世界に転生。 その世界に存在する巨大な魔導兵器の乗り手となるべく、彼は情熱と怨念と執念で全力疾走を開始する……。 *お知らせ* カクヨムにも//
クラスごと異世界に召喚され、他のクラスメイトがチートなスペックと“天職”を有する中、一人平凡を地で行く主人公南雲ハジメ。彼の“天職”は“錬成師”、言い換えればた//
本が好きで、司書資格を取り、大学図書館への就職が決まっていたのに、大学卒業直後に死んでしまった麗乃。転生したのは、識字率が低くて本が少ない世界の兵士の娘。いく//
二十代のOL、小鳥遊 聖は【聖女召喚の儀】により異世界に召喚された。 だがしかし、彼女は【聖女】とは認識されなかった。 召喚された部屋に現れた第一王子は、聖と一//
東北の田舎町に住んでいた佐伯玲二は夏休み中に事故によりその命を散らす。……だが、気が付くと白い世界に存在しており、目の前には得体の知れない光球が。その光球は異世//
あらゆる魔法を極め、幾度も人類を災禍から救い、世界中から『賢者』と呼ばれる老人に拾われた、前世の記憶を持つ少年シン。 世俗を離れ隠居生活を送っていた賢者に孫//
放課後の学校に残っていた人がまとめて異世界に転移することになった。 呼び出されたのは王宮で、魔王を倒してほしいと言われる。転移の際に1人1つギフトを貰い勇者//