弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

アカデミックハラスメント-恋愛感情の表明がセクハラとされた例「別に先生が嫌いというわけではありませんが・・・」を真に受けるべからず

1.アカデミックハラスメント

 職場におけるセクシュアルハラスメント(セクハラ)とは、

「事業主が職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」

をいいます(平成18年10月11日 厚生労働省告示第615号『事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』最終改正:令和2年1月15日同 第 6号参照)。

 人を雇用している以上、大学も、セクハラに対して、法令が要求する雇用管理上講ずべき措置等をとる必要があります。

 しかし、指針におけるセクハラは労働者保護を目的としています。大学が雇用しているわけではないことから、学生は保護の対象には含まれていません。そのため、多くの大学は、アカデミックハラスメントという概念を独自に定義し、教員の権力から学生を保護する仕組みを整えています。

 このように独自に定義されたセクハラ概念との関係ではありますが、近時公刊された判例集に、興味深い裁判例が掲載されていました。佐賀地判令3.12.17労働判例ジャーナル122-34 国立大学法人佐賀大学事件です。何に興味を惹かれたのかというと、恋愛感情の表明がセクハラとされている部分です。

2.国立大学法人佐賀大学事件

 本件で被告になったのは、佐賀大学を設置、運営している国立大学法人です。

 原告になったのは、被告の教育学部准教授の地位に在った方です。女子学生に対するメールの送信行為等がハラスメント行為にあたるとして、6か月の停職処分を受けました。本件では、この停職処分の効力が争点の一つになりました。

 メールの送信との関係で、裁判所が事実認定したのは次のとおりです。

(裁判所の認定)

「原告は、平成23年度後期に担当したゼミにおいて、本件学生に対し、ゼミ開講以降、『貴女に会うのが楽しみだ『いつでも研究室に来てください』『昨日は貴女と会ったんで、気分が乗って論文を一気に書き上げた』『名付けて「C・ローテーション』」だよ。貴女と会う期待に頑張って仕事するやる気が起こる一方、貴女が持参するドーナツで力いっぱい仕事に励むわけだ。』『Cちゃんが大好きだから、何でも美味しいわけだな』などの内容のメールを送信した。」

「原告は、平成23年11月11日、本件学生に対し、『映画の招待券をあげようかと思うが、どうかな。もちろん、貴女が行くならば私も一緒について行きたい」などとデートに誘うようなメールを送信した(なお、この誘いは本件学生に断られている)。同月20日には、「なぜ貴女を好きなのか、自分でも分かりません』などとメールを送信した。」

「これに対し、本件学生は、『先生がどう思っているか分かりませんが、私は学生なので、1人の学生として扱って頂いたらうれしいです。別に先生が嫌いという訳ではありませんが、そんなメールをしていただくとあまり気分がよくありません。』と返信した。

 「しかし、原告は、その後も『卒業後に求婚するね』『貴女に会うのがもっと楽しみだ』というメールや、後記の本件学生の信仰に関連して『ひょっとして貴女がわざと原理教とか持ち出したかもしれないと疑っています。私が貴女を本当に好きで、いろいろ求愛した後に失恋したからね。』などというメールを引き続き送信した。」

 原告は、これを懲戒事由に該当しないと主張しましたが、裁判所は、次のとおり判示し、セクハラへの該当性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件メール送信行為について、被告大学の懲戒処分標準例・・・に照らしてハラスメントの該当性を判断すべきである旨主張する。」

「しかし、懲戒処分標準例は、被告大学におけるセクハラの定義を定めたものではなく、種々の非違行為に対して標準的な懲戒処分例を示したものにすぎない。被告は、ハラスメント指針3条にセクハラの定義を規定しており、同条によれば、セクハラとは、被告大学の内外において、被告大学の構成員が他の構成員に対して、教育上、研究上若しくは職場での権力を利用して、他者を不快にさせる性的な言動や嫌がらせを行うことをいう。これに則って判断するのが相当である。」

「したがって、原告の上記主張は採用することができない。『本件メール送信行』(認定事実・・・中の『貴女に会うのが楽しみだ』「昨日は貴女と会ったんで、気分が乗って論文を一気に書き上げた』『映画の招待券をあげようかと思うが、どうかな。もちろん、貴女が行くならば私も一緒について行きたい』『なぜ貴女を好きなのか、自分でも分かりません』などの文面からすれば、男性である原告が、女子学生である本件学生に対し、恋愛感情を抱いていることを端的に示すものとみるほかない。そして、やり取りの中で、本件学生は、『そんなメールをしていただくとあまり気分がよくありません』というメールを送っているから、原告の上記メールについて嫌悪感を抱いており、原告はその旨を明確に認識していたものというべきであるが、それにもかかわらず、原告は、『卒業後に求婚するね』『貴女に会うのがもっと楽しみだ』などといったメールを引き続き送信している。本件メール送信行為は、本件学生の意に反して、恋愛感情を繰り返し表明するもので、本件学生に嫌悪感や不快感を抱かせるものである。
 そして、本件学生が原告の担当するゼミに所属する学生で、原告と本件学生との間にはその関係性に基づく影響力が働いていたことも考慮すれば、本件メール送信行為は、『教育上、研究上若しくは職場での権力を利用して、他者を不快にさせる性的な言動や嫌がらせを行うこと』にあたり、セクハラと認められる。

「したがって、本件メール送信行為は、就業規則29条1項、2項、ハラスメント規則6条に違反するものであり、就業規則53条1項1号に該当する。」

3.恋愛感情の表明もダメ-「嫌いというわけではありませんが・・・」

 本件で特徴的なのは、特に猥褻な言動をとっているわけでもないのにセクハラが認定されているところです。セクハラというと従前は猥褻な言動を伴うものが多かったように思われます。原告の言動は不適切ではありますが、猥褻な内容というには躊躇を覚えます。大学独自の定義ではあるものの、セクシュアルハラスメントにおける「性的」の概念を恋愛感情の表明にまで拡張させたように思われます。

 また、本件学生が付けた「別に先生が嫌いという訳ではありませんが」という枕詞の存在が完全に無視黙殺されている点も特徴的です。学生の言葉を真に受けたところで保護に値しないということを態度で示しているようにも思われます。

 大学教員と学生とのトラブルは後を絶ちません。学生がどのような発言をしても、容易には免責されない傾向にあるため、大学教員の方は学生を恋愛対象とはしない方が無難です。

執行役員(従業員)の不正行為により事業の見通しが立たなくなったことは内定取消の必要性を基礎付けるか?

1.採用内定の取消

 採用内定により労働契約が成立する場合、その後の使用者による一方的な解約(内定取消)は解雇にあたると理解されています。解雇にあたる以上、内定取消にも解雇権濫用法理(労働契約法16条)が適用されます(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕457頁参照)。

 また、経営状況の悪化を理由とする内定取消については、整理解雇に準じた取扱いが求められるとされています(前掲『詳解 労働法』458頁)。

 それでは、自社の執行役員(従業員)の不正行為によって事業の見通しが立たなくなったことは、内定取消の必要性を基礎付けるのでしょうか?

 就職先で不正行為が発生したことは、採用内定者にとって何の責任もありません。このようなことを理由に内定を取り消されるのは、極めて酷であるように思われます。

 しかし、現実問題、不正行為によって体力のなくなった就職先に雇用の維持を強制できるのかという問題もあります。不正行為の被害者という観点からも、気の毒な面があることは否定できません。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.9.29労働判例1261-70 エスツー事件です。

2.エスツー事件

 本件で被告になったのは、サーバーホスティング及びサーバーハウジング事業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告から採用内定を得た複数名の外国人です。

 被告はニアショアサービス事業(首都圏の法人顧客に対するシステムの開発、運用、保守等を地方都市で提供するサービス)への参入を検討し、この分野の専門家Cを執行役員として採用しました。

 しかし、Cが被告の経費で業務外出張を行ったり、他社名義で被告と競業可能性のある業務を行っていたりしたことが発覚し、被告を合意退職することになりました。

 Cの退職後、システム開発の経験者がいなかったことから、ニアショア開発等は事業としての見通しが立たなくなりました。そのため、被告は、予定されていた事業で受け入れることができなくなったとして、原告らの採用内定を取り消しました。

 これに対し、違法に内定を取り消されたとして、原告らが損害賠償を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では内定取消の不法行為該当性が問題になりました。裁判所は、次のとおり判示し、内定取消の違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「本件内定取消しは、被告による留保解約権の行使にほかならないところ、留保解約権の行使は、当該留保の趣旨目的に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、権利濫用として無効となるものと解される。」

「前記前提事実及び認定事実によれば、本件労働契約において解約権が留保された趣旨目的は、本件入社承諾書に記載された6つの内定取消事由のほか、本件内定当時に予期しえない事情により入社が困難となった場合に、本件内定を取り消すことができるとしたものと認められる。」

「そして、前記認定事実によれば、被告は、Cの退職に伴い、新規事業の見通しが立たなくなるなどして、財務状況が悪化し、本件内定取消し直後の平成30年3月期の決算では、多額の当期純損失を計上して、前年度の資産超過から大幅な債務超過に陥ったことが認められる。」

「しかしながら、前記認定事実によれば、上記のような事態は、そもそも、被告が、入社してそれほど機関の経過していないCに、□□のほぼ全権を委ね、適切なマネジメント体制を構築せず、Cからの事業報告の頻度が減るなど同人の適切な業務遂行を疑うべき事情があったのに、これを放置するなどしたことに由来するものというべきであるから、前記のような事態に陥ったことをもって、人員削減の必要性が直ちに正当化されるものではない。

「加えて、前判示のとおり、本件労働契約において勤務場所及び職種の限定は付されていなかったのであるから、自ら前記のような事態を招いた被告としては、原告ら(原告X1を除く)の内定取消しを回避すべく、あらゆる手段を検討すべきであったところ、被告は、Cが退職したわずか2週間後の平成30年2月27日に本件内定取消しを行っており、それ自体拙速である上、その間、上記原告らのうち数名程度であればなお採用する余地があるとしながら、本件内定取消しの時点で未だ多くの原告らとは連絡すら取れていなかったというのであるから、被告において真摯に内定取消しを回避する努力がされたとは認め難い。これに対し、被告は、上記原告らが一刻も早く就職活動を再開できるよう、早期に内定を取り消した旨主張するが、同時期には母国へ一時帰国していた原告らも多く、内定取消しとなっても直ちに就職活動を再開することができたかは疑問であるし、正式な内定取消しの前であっても他の就職先を探すこと自体は可能であるから、そのような理由で上記対応を正当化することはできない。」

「その他、本件記録上現れた事情を総合すれば、本件内定取消しは、解約権を留保した趣旨に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないから、権利濫用として無効というべきである。」

「これに対し、被告は、上記原告らの内定取消しを回避すべく、経費削減を行ったほか、他部署での採用等も検討したが、上記原告らの日本語能力やスキルの問題により不可能であったなどと主張する。しかしながら、被告の主張する経費削減は本件内定取消し後の事情であるし・・・、上記原告らの能力をいう点についても、そもそも被告役員らは上記原告らに会ったことがなく・・・、Eについても説明会・・・で一度会ったのみであるのに・・・、本件内定取消しに先立ち同人らに直接会って日本語能力等を確認することすらしていないのであるから、上記原告らの実際の能力を踏まえた真摯な検討がされたとは認められない。」

また、被告は、Cの事業報告が具体的で、契約書類等も添付されていたことから、Cの背任を予見し回避することは困難であった旨主張する。しかし、前判示のとおり、そもそも入社してそれほど期間の経過していないCに□□のほぼ全権を委ねていたこと自体に問題があった上、同事業部の立ち上げ後間もない平成29年秋頃から事業報告の頻度が減るなど不審な点があったのに、その後、平成30年2月に至るまでこれを放置していたことは被告役員らの落ち度といわざるを得ないから、被告の前記主張は採用することができない。

「さらに、被告は、本件内定にはN2合格が採用条件として付されていたとも主張するが、前記認定事実によれば、本件内定通知書以外の書面には同旨の記載がなく、被告において上記原告らにその合格の状況を確認していたこともうかがわれない上・・・、FがBを通じて確認した際も入社時点で合格している必要はない旨の回答を得ていたというのであるから、同条件が本件労働契約の内容となっていたとは認められない。」

「その他、被告が主張するところを考慮しても、前記結論は揺るがない。」

「以上より、本件内定取消しは、権利濫用により無効である。」

「そして、これまで判示してきた事情に照らせば、被告は、専ら自らの落ち度により本件内定取消しを行わざるを得ない状況を作出したにもかかわらず、上記原告らに対する真摯な対応をしないまま、無効な本件内定取消しに及んだというべきであり、そのような経緯によりされた本件内定取消しは、上記原告らに対する不法行為を構成するというべきである。」

3.マネジメント対策をしなかった会社の自業自得であるとされた

 以上のとおり、裁判所は、執行役員の不正行為によって事業の見通しが立たなくなったという被告の主張を、内定取消の必要性を基礎付ける事情として重視しませんでした。

 本件は外国人を対象とする事件ですが、内定者が外国人であるか日本人であるかは、損害論はともかく内定取消の違法性をいう場面において、それほど本質的な問題では無いように思われます。本件の判示は、就職先から不正行為の影響を理由に内定取消を受けた場合全般に広く応用できる可能性があり、実務上参考になります。

 

新型コロナウイルスの影響下での使用者による時短・休業に休業手当の支払いを要するとされた例

1.新型コロナウイルスの影響による休業

 労働基準法26条は、

「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」

と規定しています。

 この「使用者の責めに帰すべき事由」に関しては、

使用者の故意、過失又は信義則上これと同視すべきものよりも広い、

ただし、不可抗力によるものは含まれない、

と理解されています(厚生労働省労働基準局編『労働基準法 上』〔労務行政、平成22年版、平23〕367頁参照)。

 新型コロナウイルスの流行以来、感染症による時短・休業が労働基準法26条に規定されている「使用者の責めに帰すべき事由」に該当するのかという問題が議論されてきました。これは新型コロナウイルスの影響により時短・休業を余儀なくされたことが「不可抗力」といえるのかという問題でもあります。

2.曖昧な行政解釈と問題の潜在化

 この問題は新型コロナウイルスの流行が拡大して数年を経た現在でも、あまり良く分かっていません。良く分からないのは、明快な行政解釈がないことと、助成金が充実している関係で問題が潜在化していることに原因があります。

 新型コロナウイルスの影響と「使用者の責めに帰すべき事由」との関係性について、厚生労働省は、次のような見解を出しています。

<事業の休止に伴う休業>

問5 新型コロナウイルス感染症によって、事業の休止などを余儀なくされ、やむを得ず休業とする場合等にどのようなことに心がければよいのでしょうか。

今回の新型コロナウイルス感染症により、事業の休止などを余儀なくされた場合において、労働者を休業させるときには、労使がよく話し合って労働者の不利益を回避するように努力することが大切です。
また、労働基準法第26条では、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合には、使用者は、休業期間中の休業手当(平均賃金の100分の60以上)を支払わなければならないとされています。休業手当の支払いについて、不可抗力による休業の場合は、使用者に休業手当の支払義務はありません。
具体的には、例えば、海外の取引先が新型コロナウイルス感染症を受け事業を休止したことに伴う事業の休止である場合には、当該取引先への依存の程度、他の代替手段の可能性、事業休止からの期間、使用者としての休業回避のための具体的努力等を総合的に勘案し、判断する必要があると考えられます。

新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)|厚生労働省

 前段では良く話し合えと言っていて、後段では休業手当に触れながら、不可抗力の場合には支払わなくてもいいという当たり前のことを言っています。これでは休業手当の支払いが必要なのかどうかが分かりません。

 ただ、分からなくて困るかというと、そういうわけでもありません。雇用調整助成金等の各種助成金が充実していて、休業したとしても平均賃金の60%を割り込むような賃金しか支給されない事態がそれほど顕在化しなかったからです。

 かくして、この論点は、明確な答えが得られないまま、問題として温存されたままになってきました。

 しかし、近時公刊された判例集に、この問題について判示した裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、東京地判令3.11.29労働判例ジャーナル122-44 ホテルステーショングループ事件です。

3.ホテルステーショングループ事件

 本件で被告になったのは、都内で16店舗のラブホテルを経営する個人です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、客室清掃等を担当するルーム係として勤務していた方です。原告の労働条件は、

所定労働時間 午前10時~午後5時(うち45分間休憩)

所定就業日 毎週水曜日を除く各日

とされていました。

 ところが、新型コロナウイルス感染拡大による売上減少に対処するため、被告は、令和2年3月29日以降、従業員の勤務時間を減らすこととし、4時間に限って勤務させる「時短の日」、終日休業させる「休業の日」を設け、賃金の一部をカットしました。

 本件の原告は、残業代のほか、被告から支払われた休業手当に不足額があるとして、労働基準法26条に基づく未払休業手当を請求しました。

 この事案で、裁判所は、次のとおり判示し、原告による未払休業手当の請求を認めました。

(裁判所の判断)

「原告の労働契約の内容が変更されるような就業規則の変更や個別の合意は存在しない。被告は、緊急避難的に、原告の所定労働時間を変更したと主張するが、法律上の根拠がなく、採用できない。」

(中略)

「上記・・・のとおり、原告との労働契約における所定労働時間の定めは変更されていないから、別紙4の令和2年3月29日から同年11月5日までの間の『時短』及び『休業』の日においては、1日の所定労働時間の一部又は全部につき、被告が原告に休業を命じた(労務の受領を拒絶した)ものと解すべきである。」

「これらの日における休業は、連続しない複数の日に及んでいるものであるが、新型コロナウイルス感染拡大による売上減少に対応するため令和3年3月29日から講じられた一連の措置と解釈すべきであるから、一連の休業と捉えて休業手当の支払義務やその額を検討するのが相当である(以下、これらの原告の休業を一括して『本件休業』という。)。」

「そして、休業手当の支払義務につき、労基法26条にいう『責めに帰すべき事由』とは、故意又は過失よりは広く、使用者側に起因する経営・管理上の障害を含むが、不可抗力は含まないものと解する(最高裁判所昭和62年7月17日第二小法廷判決・民集41巻5号1283頁参照)。」

被告においては、新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛などにより、令和2年2月頃以降売上の減少という影響を受けはじめ、同年3月の売上は前年同月比約36%減、同年4月は約68%減となり、その後も売上は停滞した。被告は、このような売上減少に対応するため、同年3月29日以降、従業員全体の出勤時間を抑制することとし、原告には本件休業を命じたものである。このような売上減少の状況において人件費削減の対策を講じたことの合理性は認められるところであり、これによる雇用維持や事業存続への効果が実際に生じたであろうことを否定するものではない。しかしながら、被告は、事業を停止していたものではなく、毎月変動する売上の状況やその予測を踏まえつつ、人件費すなわち従業員の勤務日数や勤務時間数を調整していたのであるから、これはまさに使用者がその裁量をもった判断により従業員に休業を行わせていたものにほかならない。そうだとすれば、本件休業が不可抗力によるものであったとはいえず、労働者の生活保障として賃金の6割の支払を確保したという労基法26条の趣旨も踏まえると、原告の本件休業は、被告側に起因する経営・管理上の障害によるものと評価すべきである。よって、本件休業は、被告の『責めに帰すべき事由』によるものと認められる。

4.雇用調整助成金の特例措置の終了を前に・・・

 なぜ、この問題を取り上げたのかというと、雇用調整助成金の特例措置が令和4年6月30日までとされているからです。

雇用調整助成金(新型コロナ特例)|厚生労働省

 特例措置が終了すると、休業手当の支払いの要否の問題が顕在化する可能性があります。その際、本裁判例は休業手当の請求を認めた裁判例として参考になります。

 

残業代請求-昼食をとっていた時間を含めて労働時間性が認められた例

1.残業代請求と昼食の時間

 残業代(時間外勤務手当等)を請求するにあたり、休憩をとる暇もなく朝から夜まで働いていたという主張をすることがあります。

 個人的な実務経験の範囲で言うと、この種の主張が通ることは、あまりありません。昼食をとることはできていたはずだという理屈で、殆どのケースにおいて一定の休憩時間が認定されます(過去1件、昼食をとる習慣のない方の残業代請求をしたことがありましたが、この時は大意「休みなく、そんなに長時間働くのは不可能である。どこかのタイミングで休んでいたはずだ。」という理屈のもと、一定の休憩時間が認定されました)。

 しかし、近時公刊された判例集に、昼食をとっていた時間を含めて労働時間性が認められた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令3.11.29労働判例ジャーナル122-44 ホテルステーショングループ事件です。

2.ホテルステーショングループ事件

 本件で被告になったのは、都内で16店舗のラブホテルを経営する個人です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、客室清掃等を担当するルーム係として勤務していた方です。原告の所定労働時間は、

午前10時~午後5時(うち45分間休憩)

とされ、タイムカードで労働時間管理がされていました。

 本件の原告は、

「原告を含むルーム係は、被告から、客が退室したら直ちに客室清掃に着手するよう指示されており、始業から終業までの間は、常に業務に携われる状態であるよう指示されていた。昼食も作業の合間をぬって短時間で済ませていた。したがって、始業から終業までの間で原告が労働から解放されていた時間はなく、休憩時間はなかった。」

と休憩時間の不存在を主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、休憩時間とされていた時間帯の労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告らルーム係は、出勤してから退勤するまでの間は、客室清掃などの作業を行っている時間以外は、原則としてルーム係の控室で待機しており、フロント係から客が退室したとの連絡を受けると、当該客室の煙草処理や忘れ物の確認を行ったり、ルーム係の控室からフロント係のモニターで客の在室状況などが確認できるため、客室の空き状況や当日の混雑状況などを踏まえて自身らで必要があると判断すれば、客室清掃を行うなどしていた。原告は、そのような作業の手が空いた時間を見計らって、持参した弁当で昼食をとるようにしていた。」

(中略)

「原告を含むルーム係は、午前10時から午後5時までの所定就業時間内は、上記・・・のような業務の実態であったのであり、客室清掃の実作業に従事していない時間は存在したものと認められる。しかし、実作業に従事していない時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきであり、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていたと評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえないと解するのが相当である(最高裁平成19年10月19日第二小法廷判決・民集61巻7号2555頁、最高裁平成14年2月28日第一小法廷判決・民集56巻2号361頁参照)。」

原告においては、ルーム係として客室清掃等の業務を行うことが労働契約上定められた業務であるところ、その業務を行う態様としては、被告からの包括的な指揮命令に基づいて、フロント係からの連絡で客室の煙草処理や忘れ物の確認を行ったり、客室の空き状況や当日の混雑状況などを踏まえて必要があると自身らが判断すれば、客室清掃を行うといった状況であった。そうすると、原告は、所定就業時間内においては、実作業に従事していない時間であっても、状況に応じてこれらの業務に取り掛からなければならない可能性がある状態に置かれていたというべきであり、その結果、原則的にルーム係控室に常に在室することを余儀なくされていたものと認められる。そうすると、労働契約上の形式的な45分間の休憩時間や実際に昼食をとっていた時間を含めて、所定就業時間内は、原告には労働契約上の役務の提供が義務付けられていたというべきであり、労働からの解放が保障されていたとはいえない。したがって、所定就業時間内は、全て労基法上の労働時間に当たるものと認められる。

「被告は、早番の従業員には正午から(時短勤務の時期は午後1時から)45分間の昼食休憩を取らせていたと主張する。しかし、所定労働時間中の勤務実態についての原告の供述は、入社以降の経緯を含めて詳細であること、不規則な客の入退室があり得るというラブホテルの特殊性に照らすと合理的であること、隔日勤務従業員の休憩時間につき労働基準監督署からの指導があったこと(被告本人p11)からすると、その他の従業員の労務管理も同程度のものであろうとの推認が働くことなどからすれば、信用することができる。」

「確かに、遊軍と呼ばれる従業員が日中も各店舗の客室清掃などを行っていたという事実は認められる。しかし、上記・・・と同様に、遊軍の人数は過小で、七番館に固定的に派遣されていた事情もないことに加え、原告には遊軍を呼ぶかどうかの判断権限はなかったのであるから、遊軍の存在を考慮に入れたとしても、原告がルーム係控室にて待機しておかざるを得ない状況であったことに変わりはないというべきである。」

3.取り掛からなければならない可能性がある状態の立証

 本件はルーム係控室に在室していることを余儀なくされていたとして、実際に昼食をとっていた時間も含め、労働時間性が認められると判示しました。

 自由に食事をとりに行っていたというのではなく、缶詰になっていて、特定の部屋で食事をとらざるを得なかったという状況にあったことが、実際に昼食をとっていた時間も含めて労働時間性が認められた要因になっているように思われます。

 昼食時間の壁を突破した裁判例として、立証活動上の参考になります。

 

早出残業の立証が認められた例-定型業務は立証が容易?

1.早出残業の認定は厳しい

 タイムカードで労働時間が記録されている場合、終業時刻は基本的にはタイムカードの打刻時間によって認定されます。しかし、始業時刻の場合、所定の始業時刻前にタイムカードが打刻されていた場合であっても、打刻時刻から労働時間のカウントを開始してもらうためには、「使用者から明示的には労務の提供を義務付けていない始業時刻前の時間が、使用者から義務付けられまたはこれを余儀なくされ、使用者の指揮命令下にある労働時間に該当することについての具体的な主張・立証が必要」で、「そのような事情が存しないときは、所定の始業時刻をもって労務提供開始時間とするのが相当である。」と理解されています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕68頁参照)。

 このように早出残業(始業時刻前に出勤して働くこと)の立証は、必ずしも容易ではありません。しかし、近時公刊された判例集に、早出残業の労働時間性の立証に成功した裁判例が掲載されていました。東京地判令3.11.29労働判例ジャーナル122-44 ホテルステーショングループ事件です。

2.ホテルステーショングループ事件

 本件で被告になったのは、都内で16店舗のラブホテルを経営する個人です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、客室清掃等を担当するルーム係として勤務していた方です。原告の所定労働時間は、

午前10時~午後5時(うち45分間休憩)

とされ、タイムカードで労働時間管理がされていました。

 このような事実関係のもと、本件では、原告の早出残業、つまり午前10時以前の勤務の労働時間性が問題になりました。

 原告は、

「原告を含むルーム係は、被告の指示の下、午前10時に客室清掃を始めていたが、その前にロビー、エレベーター、建物回りの清掃を済ませ、リネン業者が配達してきたタオル、シーツ類の仕分けなどの準備作業を行っていた。」

と主張しました。

 これに対し、被告は、

「被告が経営する店舗では、午前0時から午前10時までの間は『遊軍』と呼ばれる従業員が各店舗を回り客室清掃などの作業を行い、原告のような早番のルーム係は出社した午前10時から作業を行うこととなっていたから、原告が午前10時より前から作業をする必要はなかった。被告が午前10時より前の作業を指示したこともない。被告の従業員には高齢者が多く、所定始業時刻の30分前や1時間前に出勤して、控室でテレビを見ながら談笑して時間を過ごしている。」

と反論しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、早出残業の労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

「労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいうものと解する(最高裁判所平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁参照)。」

原告は、タイムカードを打刻してから所定始業時刻の午前10時までの間、上記・・・のようなリネン類の準備作業などを行っており、原告のこれらの作業の性質は被告の業務遂行そのものである。このことに加え、その作業が被告が労務管理のために導入したタイムカードの打刻後に行われていたこと、被告の管理が及ぶ店舗内で行われていたものであること、ほぼ全ての出勤日で同じように行われ続けていたことなどからすると、被告はこのような常態的な所定始業時刻前の作業の実態を当然に把握していたというべきところ、これを黙認し、業務遂行として利用していたともいえるから、上記作業は被告の包括的で黙示的な指示によって行われていたものと評価すべきである。

「そうすると、原告は、タイムカードを打刻してから午前10時までの間も被告の指揮監督下に置かれていたものと評価でき、その時間も労基法上の労働時間と認めるのが相当である。」

「被告は、午前10時までは遊軍と呼ばれる従業員が各店舗を回るため、午前10時より前から原告が業務を行う必要はなかったと主張する。しかし、上記のような勤務実態に関する原告の供述は、入社以降そのような勤務を続けている経緯を含めて詳細であり、不自然な点はないこと、タイムカードの打刻に整合していること、被告の管理下での事象であるのにこれに反する証拠は何ら提出されていないことからすれば、信用することができる。他方、被告の述べる遊軍については、店舗数16に対して5名程度存在するにすぎないというのであり、七番館に固定的に派遣されていたといった事情も認められないのであるから、原告の供述の信用性を弾劾するに至るものではない。」

「なお、原告は、作業が終わってから午前10時になるまでの間に数分程度ルーム係の控室で休息をとっていたこともあったことが認められるが、原告は、既にタイムカード上の出勤時刻から被告の指揮命令下での労働を開始しており、この程度の短時間の余裕しかないのであれば、結局午前10時からの作業に備えてルーム係控室などに在室していることを余儀なくされているといわざるを得ないから、その数分間被告の指揮命令下から解放されていたとは評価できない。」

「被告は、原告が出勤後にルーム係の控室で同僚と談笑していた可能性も指摘するが、その事実を確かめたことはないなどと被告自身が述べており・・・、採用できない。」

3.定型業務、詳細な供述、反証の欠如

 何か月も前の特定の日に、どのような業務をしていたのかを誤りなく明確に話すことができる人は、それほど多いわけではありません。このことは早出残業の立証が困難である一因を構成しています。

 しかし、担当しているのが定型業務である場合は、話が違ってきます。毎日同じ仕事をしているので、日々の仕事の手順を詳細に話しさえすれば、それぞれの日に労務を提供したことが立証できます。

 これに対し、使用者の側で有効な反証ができなければ、早出残業の労働時間性が認められることになります。

 本件では、

原告の業務が定型的なものであったこと、

そうであるがゆえに、業務手順を詳細に話しさえすれば、日々の労働時間が立証できる関係にあったこと、

被告側からの有効な反証がなかったこと、

という条件が満たされていたことから、早出残業の労働時間性を立証できたのではないかと思われます。

 定型業務に従事している方は、本件のような立証実例を意識したうえで、早出残業の労働時間性を立証して行くことが考えられます。

 

公務員の飲酒運転-懲戒免職処分も退職手当全部不支給処分も適法とされた例

1.公務員の飲酒運転

 公務員の飲酒運転に対し、行政はかなり厳しい姿勢をとっています。例えば、国家公務員の場合、酒酔い運転をしたら、人を死傷させなくても免職か停職になるのが通例です。

懲戒処分の指針について

 懲戒免職処分を受けた場合、基本的に退職金(退職手当)は支払われません(国家公務員退職手当法12条1項、国家公務員退職手当法の運用方針 昭和60年4月30日 総人第 2261号最終改正 令和元年9月5日閣人人第256号。地方公務員においても、大抵の地方自治体は条例等で同様の扱いを規定しています)。

 この「飲酒運転⇒懲戒免職・退職手当全部不支給」という流れが、あまりに苛烈であるためか、近時、比較的軽微な態様での飲酒運転を中心に、少なくとも退職手当の全部不支給処分まで行うのは行き過ぎではないかと考える裁判例が出現しています。

 そうした裁判例の一つとして、以前、このブログで、仙台地判令3.7.5労働判例ジャーナル115-24 宮城県・宮城県教委事件を紹介しました。

公務員の飲酒運転-懲戒免職処分は適法とされたものの、退職手当全部不支給処分は違法とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 しかし、この事件の退職手当全部不支給処分を違法とした判示部分は、控訴審で取り消されたようです。控訴審判決が近時公刊された判例集に掲載されていました。仙台高判令3.12.14労働判例ジャーナル122-36 宮城県・県教委事件です。

2.宮城県・県教委事件

 本件で原告になったのは、宮城県立学校教員として採用され、教頭として勤務していた方です。同僚の送別会に参加して飲酒し、その後、有料駐車場に駐車していた自動車を運転したところ、入口方向に逆走してしまい、入口付近に設けられた柵に乗り上げ、遮断ポール、その他附属の機械設備及び柵を損壊しました(本件事故)。

 本件事故を理由に、懲戒免職処分、退職手当全部不支給処分を受けた原告は、行き過ぎではないかと主張し、各処分の取消を求める訴えを提起しました。

 一審裁判所は、懲戒免職処分は適法だとしましたが、退職手当全部不支給は過酷に過ぎるとして違法だと判示しました。これに対し、被告宮城県が控訴したのが本件です。

 控訴審では退職手当全部不支給処分の適否が問題になりました。裁判所は、次のとおり述べて、一審判断を破棄し、対象手当全部不支給処分は適法だと判示しました。

(裁判所のの判断)

「被控訴人は、本件運用方針を前提としても、本件事故時の被控訴人の運転は形式的にも実質的にも道路交通法上の飲酒運転に該当せず、「教職員に対する懲戒処分原案の基準」によれば、本件非違行為は停職、減給又は戒告に該当するにすぎないから、本件不支給処分は重きに失する旨主張する。」

「しかし、確かに『教職員に対する懲戒処分原案の基準』は、被控訴人が主張するとおり規定する・・・が、その周知に関する『教第871号平成24年3月30日教育長通知』が、この基準は、違法行為や全体の奉仕者としてふさわしくない非行等・・・(中略)・・・の代表的な事例を選び」とあるとおり、そこに掲げられた非違行為は例示列挙であって、これと実質的に同等といい得る非違行為につき、同等の懲戒処分を原案とすることを当然に予定していると解される。しかるところ、上記・・・のとおり、本件事故時の被控訴人の運転が道路交通法上の飲酒運転に該当しないのは、本件自動車が公道に至る前に本件事故を惹起して走行不能になった結果にすぎないし、本件駐車場内はその利用者の歩行及び自動車の走行が予定された場所であって、本件自動車の本件駐車場内での走行も公道における走行と同種の危険性を有するものであり、現に物損事故が発生したことからすると、本件事故時の被控訴人の運転を道路交通法上の飲酒運転と同等とみた県教委の判断は合理的なものとして是認することができる。

したがって、被控訴人が指摘するところは、裁量権逸脱の有無に関する上記判断を左右するものではなく、このほか、被控訴人が種々主張するところも同様である。

3.退職手当全部不支給処分を回避するのは、やはり難しい?

 上述のとおり、二審裁判所は、一審とは異なり、退職手当全部不支給処分を問題ないと判示しました。事実関係に有意な食い違いがないため、結論に差が出たのは、単純に裁判官による物事の見方の差ということができるかも知れません。

 飲酒運転に関しては、厳罰化への反動が散見されていたところですが、原則通り厳しく責任を問う裁判例も少なくないため、注意が必要です。 

 

試用期間の潜脱スキームを考える(訓練契約の労働契約該当性から)

1.試用期間の潜脱スキームの展開

 試用期間中または試用期間満了時の本採用拒否については、実際の就労状況等を観察して従業員の適格性を判定するという留保解約権の趣旨・目的に照らし、本採用後の解雇の場合よりも広い範囲の解雇の自由が認められます(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕466頁参照)。

 しかし、解約留保権の行使といっても解雇であることに変わりはなく、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められない限り、その効力は認められません(労働契約法16条)。

 この解雇権濫用法理(労働契約法16条)を免れるためのスキームとして、有期労働契約を活用する手法があります。試用期間を有期雇用契約に置き換え、使用者にとって好ましい場合には期間満了時に無期雇用契約を締結し、好ましくない場合には期間満了とともに契約を終了させてしまうという手法です。

 しかし、このスキームは、最三小判平2.6.5労働判例564-7 神戸弘陵学園事件が、

「使用者が労働者を新規に採用するに当たり、その雇用契約に期間を設けた場合において、その設けた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、右期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き、右期間は契約の存続期間ではなく、試用期間であると解するのが相当である」

と判示したことによって塞がれました。

 こうした判例法理の展開を意識したうえ、近時では、業務委託契約などの労働契約以外の契約方式を利用した潜脱スキームが散見されるようになっています。これは、人を雇用するにあたり、先ず業務委託契約を締結し、そこで適正を見極めたうえで、改めて労働契約を締結するといった手法です。

 このような使用者側の対応に問題意識を持っていたところ、近時公刊された判例集に興味深い判断を示した裁判例が掲載されていました。東京地判令4.1.17労働判例1261-19 ケイ・エル・エム・ローヤルダッチエアーラインズ事件です。何が興味深いのかというと、労働契約の締結前に結ばれていた訓練契約を労働契約だと判示していることです。

2.ケイ・エル・エム・ローヤルダッチエアーラインズ事件

 本件で被告になったのは、オランダに本社を有する航空会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、客室乗務員として勤務していた方複数名です。

 各原告は期間を

平成26年5月27日~平成29年5月26日

とする労働契約を締結しました(本件労働契約①)。

 本件労働契約①は、期間満了時に更新され、各原告は、被告との間で、期間を

平成29年5月27日~令和元年5月26日

までとする労働契約を改めて締結しました(本件労働契約②)。

 その後、本件労働契約②の期間満了により雇止めを受けた原告らが、地位の確認等を求めて訴訟を提起したのが本件です。

 この時、原告らが依拠した理屈の中に無期転換権行使がありました。

 労働契約法上、有期労働契約が反復更新されて、通算期間が5年以上になった場合、労働者には有期労働契約を無期労働契約に転換する権利(無期転換権)が発生するとされています(労働契約法18条)。

 原告らは本件労働契約①の前に被告との間で「訓練契約」を締結し、客室乗務員として働くための訓練を受けていました。原告の主張の骨子は、

この「訓練契約」は労働契約に該当する、

訓練契約を勘定に入れれば、雇用期間は通算5年以上になり、無期転換権の発生が認められる、

原告らは無期転換権を行使する、

ゆえに、現在も労働契約上の地位が存続している、

というものでした。

 そのため、本件では訓練契約の労働契約該当性が問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、労働契約該当性を認めました。結論としても、原告らの地位確認請求を認めています。

(裁判所の判断)

「本件訓練契約が労働契約に該当するといえるためには、本件訓練期間中の原告らが労働契約法及び労働基準法上の労働者であるといえることが必要である。」

「労働契約法2条1項は、同法の適用対象となる『労働者』について、『使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者』と定義し、労働基準法9条は、同法の適用対象となる『労働者』について、『職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者』と定義していることから、労働契約法及び労働基準法上の労働者に該当するためには、①使用者の指揮監督下において労務の提供をする者であること、②労務に対する対償を支払われる者であることが必要であると解される。」

「本件訓練は、教育的性格を有するものであるが、このことと労務の提供とは両立し得るものであるから、本件訓練期間中に原告らが被告に対して労務を提供しているといえるか否かを個別具体的に検討すべきである。」

「これを本件についてみると、たしかに、客室乗務員認証を取得し、かつ、機種別訓練を修了しているという要件を満たさない訓練生は、EU委員会規則により、正規の客室乗務員として乗務することはできない・・・。」

「しかしながら、①本件訓練の内容は、前記認定事実・・・のとおり、EU委員会規則の要求する基準に準拠しつつも、被告が作成した教材や被告独自のマニュアルに従い、被告の航空機や設備等の仕様及びこれを踏まえて策定された保安業務や、就航する路線や客層に合わせたサービス業務等の内容に則ったものであり、他の航空会社と異なる被告に特有の内容を多分に含んだものである。そして、他の航空会社において訓練を終了して客室乗務員認証を取得し、機種別訓練を修了していたとしても、本件訓練を受講して、被告独自の保安業務や客室サービス業務に習熟しなければ、実際に被告において客室乗務員として就労することは困難であることが認められる・・・。以上に加えて、②被告は、本件訓練契約の締結に先立ち、被告の客室乗務員採用選考に応募した各原告に対し、健康診断と身元確認の条件付きとはいえ、被告のアジア人客室乗務員として採用する旨を通知した上、本件各労働契約において継続して使用する社員番号、レターボックスや制服を付与していること・・・、③本件訓練に引き続いて本件労働契約①が締結され、原告らの被告における客室乗務員としての勤務が開始されていること・・・、④被告は、客室乗務員認証の取得の有無や機種別訓練の修了又は搭乗経験の有無にかかわらず、訓練生に対して一律に同内容の訓練を実施していること・・・、⑤本件訓練契約において、訓練生は、本件訓練を修了した後に被告との間で労働契約を締結することを拒否した場合には、被告が被る訓練費用相当額の損失について支払義務を負うものとされていたこと・・・からすれば、本件訓練は、訓練生が本件訓練に引き続いて被告において客室乗務員として就労することを前提として、そのために必要な知識や能力を習得するために実施されたものであって、被告の運航する航空機に乗務する客室乗務員を養成するための研修であったと認められる。」

「また、⑥被告が各原告に対して本件訓練の訓練手当を支払うに当たって所得税の源泉徴収を行っていること・・・、⑦被告が原告らに対して交付した推薦状や証明書において、原告らが客室乗務員としての稼働を開始した時期を本件訓練契約の始期と記載していること・・・、⑧被告が現在、日本人客室乗務員との間で、労働契約とは別個の訓練契約を締結することはせず、労働契約の締結後に本件訓練と同様の訓練を実施していること・・・は、いずれも、被告において本件訓練を受講中の訓練生を労働者であると認識していたことを推認させるものである。」

「そうすると、本件訓練期間中、訓練生が正規の客室乗務員として乗務することがなかったとしても、本件訓練に従事すること自体が、被告の運航する航空機に客室乗務員として乗務するに当たって必要不可欠な行為であって、客室乗務員としての業務の一環であると評価すべきであり、原告らは、被告に対し、労務を提供していたと認めるのが相当である。」

「さらに、前記認定事実・・・によれば、被告の客室乗務員として乗務するためには本件スケジュールに従って本件訓練を受講し、これを修了するほかないのであるから、本件訓練期間中、原告らには訓練内容について諾否の自由はなく、原告らは、時間的場所的に拘束され、被告の指揮監督下において本件訓練に従事していたこと、原告らに代わって他の者が本件訓練に従事することは想定されておらず、代替性もなかったことが認められる。したがって、本件訓練期間中の原告らは、使用者である被告の指揮監督下において労務の提供をする者であったと認められる。」

「他方、被告が、各原告に対し、本件訓練期間中、2週間ごとに1055ユーロもの日当を支払い、本件訓練終了後に訓練手当として18万8002円を支払い、これを所得税の源泉徴収の対象としていたこと・・・、これらの合計には全ての法定の手当が含まれるとされていること・・・、本件訓練が途中で終了した場合には、訓練生に支払われる訓練手当は、実際の訓練契約の長さに従って計算されるとされていること・・・からすれば、上記の訓練手当及び日当の支払は、本件訓練に従事するという労務の提供に対する対償としてされたものであり、原告らは、労務に対する対償を支払われる者であったことが認められる。」

「以上によれば、本件訓練期間中の原告らは、労働契約法及び労働基準法上の労働者であることが認められるから、本件訓練契約は労働契約に該当するというべきである。」

3.法潜脱スキームの否定例

 被告が「訓練契約」を労働契約から外出しする形で設けたのは、適格性が十分でないと判断される方を確実にふるいにかける趣旨だったのではないかと推測されます。

 本件は訓練契約期間の満了に伴う契約の打ち切りが問題となったケースではありませんが、外出しされた契約の労働契約該当性が認められた点は画期的なことで、同種事案の処理にあたり大いに参考になります。