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“4630万男”田口翔の「逃走人生」 「母」「恋人」「大麻キャンプ」

「週刊文春」編集部

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 傷んだ長髪に髭を蓄えたラッパー風の若者。人里離れた古民家に一人棲んでいた“新参者”が町を混乱に陥れたのは、4月8日のことだ。それから40日後、事態は急展開を迎えた。

 悲喜劇の舞台となったのは、人口約3000人の山口県阿武町。4月、同町は新型コロナ支援策として463世帯に各10万円を給付した。だが、職員のミスで一人の町民に、さらに4630万円を振り込んでいたことが判明。翌月18日、誤送金された金額のうち400万円をオンラインカジノ決済代行業者の口座に振り替え、不法に利益を得たとして、山口県警は田口翔容疑者(24)を電子計算機使用詐欺容疑で逮捕した。

成人式の日の田口

「34回にわたり決済代行会社に計約4633万円を送金。当初は返金要請に応じず、一時は連絡が取れなかった」(地元記者)

 小学校の卒業アルバムの、「もしも、地球最後の日が来たら」との質問に、「持ち金をつかいはたす」と記した田口。同級生、仕事仲間の証言から浮かび上がるのは“逃走人生”とも言える24年間の足跡だった――。

小学校の卒アル

 1997年、田口は山口市内の温泉郷に生まれる。その時、母は21歳だった。小学校高学年の頃に両親は離婚し、田口と妹は母に引き取られる。母は朝から夕方までパソコン事務をして、子どもを育てた。田口は5歳下の妹を友達の家に連れ回すほど溺愛し、母との関係も良好だった。

 中3で“ヤンキーデビュー”を果たした後、市内の公立高校に進学した。

高校入学当時。クラスで一人だけ髪を伸ばしている

「勉強の意欲はなく、目標があって入学した感じではなかった。実際学校には馴染めていなかったと思う」(高校時代の学年主任)

 当時の同級生も続ける。

「筆箱の中に紙巻き煙草を作るローラーを忍ばせ、当時のLINEのアカウント名は『俺』。課金できるゲームアプリ『パズドラ』のランクが相当上で、かなりやり込んでいる印象でした」

 JR山口線の車内。黒いロングヘアのギャル風の女子生徒と仲睦まじく下校する田口の姿が同級生の間で話題になった。

「バレなけりゃ大丈夫です!」

「一学年上の先輩と付き合っていると、もっぱらの噂でした」(同前)

 入学直後には“窃盗事件”も起こったという。

「4月に十種ヶ峰を3日間かけて登る宿泊研修があり、そこで同級生の金がなくなる事件が起こった。田口くんが怪しいという噂が立ったけど、結局犯人は分からなかった。そのうち彼は学校に来なくなり、翌月のGW明けには退学したと聞きました」(別の同級生)

 1カ月で学校から逃げた田口。その後、彼は防府市内の私立高校通信制に入学する一方、土建会社にも籍を置く。平日は朝から現場で汗を流し、勤務後はお決まりの場所に顔を出した。

「山口市のパチンコ店に入り浸っていたんです。『まだ18歳未満やろ。入っちゃダメだろ!』と小突いたら『バレなけりゃ大丈夫です!』って笑って誤魔化していた」(地元の先輩)

 元仕事仲間が回想する。

「壊れたバイクを買ってきて、オークションで高く売ったり賢いところもあった。夜中、外で酒を飲みながら田口とバイクをいじってたところ、警察が来てしまった。未成年だから酒の臭いがするとマズい。飲めない体質の田口は俺に『家の中に入っといて』と言って、向かってきた警察官に殴りかかりよった。仲間には優しい奴なんですよ」

 別の仕事仲間は、田口の女性遍歴を打ち明ける。

「彼は一時期、宇部市で年上のデリヘル嬢と同棲していた。仕事もせずヒモ生活だった。実は、彼女と暮らした約1年半、彼は仲間との連絡を一方的に遮断していた。何かあると、人間関係をリセットするタイプなんです。その子と別れて地元に戻ってくると、今度は3歳ほど年下の子と付き合い始めた。でも、『首を絞めて殺しちゃいそうになった』とか、DV癖があるような話もしていました」(同前)

 田口の知人は「オタク気質で一度ハマったらとことん突き進むタイプ」と口を揃える。パチンコから足を洗った田口が次に耽溺したのが、違法薬物だった。

「彼は地元のスケボー仲間と共に『マンチーズ』というグループを作りましたが、彼らの共通の趣味は大麻。『マンチ』とは大麻を吸うと襲ってくる空腹感を表す言葉で、田口は吸引するたびに『マンチ入りましたわ(笑)』と口癖のように語った。彼らは真冬にもかかわらず山でキャンプを行い、自然の中で大麻を吸って音楽を聴く。ナチュラル志向で、メンバーがLSDなどのケミカルドラッグに手を出すと『裏切りや』と批判した」(田口の友人)

マンチーズ仲間と(本人インスタより)

 田口が日々チェックしていたのは「野菜」「手押し」など、大麻売買の隠語が記されたSNSだった。

「仕事帰りに福岡や岡山で“上物”を買いに行ったりするうちに、彼らの間で浮上したのが大麻栽培という夢でした。もともと『畑仕事がやりたい』と言っていた田口が栽培に適した田舎暮らしをすることになり、最終的に阿武町への移住を決めたのです」(同前)

 町に移り住んだのが20年11月。だが、移住後の田口は、間もなくメンバーを裏切る出来事を起こす。

「音信不通になったんですよ。実家に行っても(阿武町の)一軒家に行ってもおらん。数カ月間、携帯も繋がらなかった」(同前)

田口の母に声を掛けると…

 “逮捕”というワードも脳裏に浮かんだ彼らが居ても立っても居られず、職場である隣町のホームセンターに赴くと、田口はそこにいた。「なんで連絡取れんかった?」とメンバーに詰め寄られた田口は、バツが悪そうに「警察に携帯取られていて」と釈明した。だが、その言葉を信じるメンバーはそれほどいなかった。

「仲間内では『あいつはマンチーズと距離を置きたかったのかもしれない』という意見も出た。一人だけ大麻栽培という危ない役回りを任せられているわけだから、嫌になっても不思議ではなかった。仲間の一人は昨夏、大麻取締法違反で逮捕されたし」(前出・友人)

 そして、移住から約1年半。突如、残高665円の銀行口座に舞い込んできたのは、見たこともない8桁の金の山だった。

 中野貴夫副町長は、直後から対応に追われていた。解決の足掛かりにしたのは、田口の最愛の母である。

「私が彼のお母さんと会ったのは4月13日夜。職員が『空き家バンク』の緊急連絡先に記載されていた電話に連絡したところ『信じがたい』と。その日の夜に役場まで車で来られたのです」(中野副町長)

 翌日、母は2度にわたり職場に乗り込み、息子の説得を試みたが、彼は「弁護士と話し合う」と拒否。袖にされ続けた母は何を想うのか。逮捕数日前、彼女に自宅アパート前で声を掛けると、眉間に縦皺を刻み「もう嫌……」と嘆いた。

 今後の捜査の行方について社会部記者が語る。

「町は今月24日、国税徴収法に基づいた決済代行業者3社の口座差し押さえなどで約4300万円を法的に確保したと発表。田口は『金はすべてネットカジノに使った』と供述しているが、それらの口座に送金し、隠し資産にすることを目論んでいた可能性もある。現在、捜査当局は公金の行方を慎重に調べています」

 メディアの“空腹”に呑み込まれた町は、再び静謐な時間を取り戻しつつある。

20日、家宅捜索が行われた

source : 週刊文春 2022年6月2日号

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