TBS報道特集「原発事故と甲状腺がん」炎上問題、偏向報道の代償はどこに降りかかるのか

報道のリテラシーが問われている
林 智裕 プロフィール

偏向報道の代償はどこに降りかかるのか

番組に指摘されるべき点はまだまだあるが、これまで述べてきた内容だけでもTBS「報道特集」が公正な報道から大きく逸脱し、極めて偏向していたことは明らかだったと言える。これらの偏向報道によって、何が引き起こされるのか。

実は近年、今回と極めて似た構図の問題があった。HPV(子宮頸がん)ワクチンを巡る、マスメディアによる反ワクチン騒動だ。

HPVとはヒトパピローマウイルス(Human Papilloma Virus)の略で、一部の型において子宮頸がんの原因になることがわかっている。日本では若い女性を中心に毎年1万人以上が子宮頸がんに罹かり、毎年約3000人が亡くなっている。

2006年に開発されたHPVワクチンは、子宮頸がんの多くを予防する効果が実証され、日本を含む多くの先進国で導入された。ところが2013年、世界の潮流に反する形で、日本では積極的接種勧奨が差し控えられてしまったのだ。

2016年9月に米国感染症学会の機関誌『Clinical Infectious Diseases』で発表された論文「Trends of Media Coverage on Human Papillomavirus Vaccination in Japanese Newspapers」によれば、2013年4月に日本でHPVワクチンの定期接種が始まった直後、同ワクチンに対する副作用の可能性に関したセンセーショナルな問題提起が朝日新聞によって行われ、他の新聞も追随したことが示されている。

それらの報道は極めて偏ったものであり、一部には明らかな誤報もあった。

日本でのHPVワクチンの積極的勧奨がようやく再開されることになったのは2021年後半になってのことだ。ここに至るまで、専門家や産婦人科医師を中心とした現場から、「多くの再検証によって、安全であることが明らかになったワクチン」の積極的勧奨の再開を求める声が何年にもわたって多数寄せられてきた。

にもかかわらず、実現までに8年以上も要した。その間、偏向報道が原因で「若い女性を中心に毎年1万人以上が罹患し、およそ3000人が亡くなる、ワクチンで防げたはずの病気が8年以上放置された」ことが何を意味するかは、言うまでもない。

 

HPVワクチン問題の際、メディアはワクチンとの因果関係が明確でないにもかかわらず「副反応」を主張する当事者を矢面に立たせ、その悲惨さを強調しようとした。今回の番組では甲状腺ガンが検査によって発見されてしまった人を矢面に立たせ、実際には原発事故との因果関係が無いにもかかわらず「原発事故のせいでガンになった」かのようなほのめかしを繰り返している。

前者のケースによって日本ではHPVワクチンの接種率が激減したし、後者はほのめかしによって過剰診断の被害が広まると共に、就職結婚に伴う福島差別や経済的不利益も拡大させかねないだろう。そもそも、矢面に立たされた被害者はさらに傷付けられた上に救われない。

つまり、TBSの報道は、3)で指摘したように被害当事者の救済と被害拡大抑制に逆行するものなのだ。偏向報道の代償が最も降りかかるのは発信者ではなく、被害当事者に他ならない。

関連記事