TBS報道特集「原発事故と甲状腺がん」炎上問題、偏向報道の代償はどこに降りかかるのか

報道のリテラシーが問われている
林 智裕 プロフィール

「甲状腺過剰診断問題」に関する誤報

そればかりではない。明らかな誤報もあった。番組のテロップでは「甲状腺がんが多いことについて福島県が過剰診断と主張」とされていたが、これも事実と異なる。

福島県で行われている県民健康調査の甲状腺検査では、「過剰診断問題」が指摘されている。

検査は本来、受診者の健康維持や病気の早期発見による生存率の向上といったメリットのために行うものだ。一方、それらのメリットに繋がらない検査は受診者にむしろ不利益をもたらしてしまうケースもある。特に甲状腺検査では、この傾向が著しいことが複数の医療関係者から強く指摘されている。

元々存在しており、発見や除去をしても健康維持や生存率の向上に繋がらない無害なものが過剰検査によって「がん」として発見され、そのことが受診者が心身の健康を損なったり、QOL低下や経済的損害などの不利益をもたらしているというのだ。

参照)
子供や若者の甲状腺がんの早期発見は有害無益である」(論座 2021年08月24日)
自分の「ものさし」を持つということ――福島の甲状腺検査と住民の健康を本当に見守るために」(シノドス 2020.07.08)
福島の甲状腺検査と過剰診断』(あけび書房)

さらに、2017年には世界保健機構の外郭団体IARC(国際がん研究機関)からも、「原子力事故後の周辺地域における甲状腺がんスクリーニングを推奨しない」とする結論が出されている。

参照)「福島の甲状腺検査に国際的な勧告を生かすには――IARC専門家に聞く」(シノドス 2019.10.11)

前述したように、UNSCEARもこのように結論付けている。

【 原発事故後の福島で行われている甲状腺検査(原発事故当時18歳以下だった子どもや若者を対象にした甲状腺がんスクリーニング検査)で見つかった多数のがんについては、過剰診断(検査で見つからなければ一生症状を出したり死亡につながったりしなかったがんを見つけてしまうこと)が起きている可能性がある 】

つまり甲状腺がんは「多発生」ではなく「多発見」されているのだ。

 

そもそも、あくまで結果論ではあるが「福島では市民が健康被害を及ぼすほどの被曝が実際には見られなかった」ことも明らかになって久しい。

具体的に言うと、東電原発事故で汚染された範囲の面積はチェルノブイリの6~8%程度。放射性物質の放出量で見ると、ヨウ素131はチェルノブイリの10%程度で、セシウム137は20%程度に留まっている。実際の内部被曝調査でも、リスクを懸念するようなケースは見られていない。

参照)
東電福島第一原発の事故はチェルノブイリより実はひどいのか?――原発事故のデマや誤解を考える」(シノドス 2015.12.29)
ホールボディ・カウンタによる内部被ばく検査 検査の結果について」(ふくしま復興ステーション 令和4年3月分掲載)

「深刻な被曝をした可能性」の前提がすでに崩れている以上、調査は少なくとも被曝影響を確認するためのものでは無くなっていると言えるだろう。

ところが、福島県および県立医大は未だに検査を継続しており、番組が言う「甲状腺がんが多いことについて福島県が過剰診断と主張」とは矛盾している。

さらに、番組は福島医大の鈴木眞一教授を取材した映像を使っているが、これは2014年、いまから8年も前のインタビューだった。当然ながら、8年も経てば得られた知見や状況は今とは全く異なる。2022年放送の番組にもかかわらず、現状を取材せず8年前のインタビューを持ち出した意図はどこにあったのだろうか。

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