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おかしな転生 作者:古流 望

第32章 スイーツと冷たい関係

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371話 クッキング・アイスクリーム


 ペイス達が、登山でひと騒動起こしてのち。

 帰ってくるなり、件の問題児が更に奇行を始めた。


 「坊が、出てこない?」


 シイツの呆れる様な言葉に、金庫番のニコロが頷いた。


 「ええ。厨房に籠りきりで」


 ペイスは、今、全ての仕事を放り投げて専用の厨房に籠っている。

 何をしているのかは言うまでもないが、勿論お菓子作りだ。


 「仕事が溜まってるってのに何考えてんだか。首に縄付けてでも引っ張って来いってんだ」

 「しかし……勅命を理由にされると…」

 「ちっ」


 ペイスが厨房に籠っていられるのも、大義名分があるからだ。

 国王陛下の勅命。

 これほどの大義も無いものである。

 意気揚々と厨房でお菓子の試作を繰り返しているが、それに掛った経費はあとから王宮が適正な分を支払ってくれるというのだからお菓子狂いにはたまらない。

 ここぞとばかりに張り切って、お菓子作りに邁進している。


 「勅命ったって、期限はまだあるんだろうが」

 「ええ、まあ」


 幾ら無茶ぶりをする王とはいえ、流石に今日明日中に新作スイーツを作れなどとは言わなかった。

 国王の言ったことを厳密にいうならば「ヴォルトゥザラ王国でやったことを自分にもやって欲しい」である。

 一度できたことなのだから、もう一度出来ないということも無いだろう、という理屈。

 過去にやったことをなぞるのだから、期限もそれに合わせて一ヶ月はもらえている。

 つまり、まだまだ時間的な余裕は有るのだ。

 にも拘らず、厨房に籠るペイス。

 部下からしてみれば、責任者としての自覚が足りていないと怒りたくもなる。


 「それに“例のブツ”も有りましたし」

 「あれか」


 ニコロのいう例のブツとは、魔法を使う巨大蜂という摩訶不思議な生き物が集めていた蜜である。

 これを蜂蜜と呼んでいいのかはさておいて、特殊な蜂蜜を手に入れらペイスは、これの研究にも没頭していた。


 「いい加減、出てきて欲しいところだぜ」

 「同感です」


 大人二人の、ため息は深くて大きい。


◇◇◇◇◇


 「ふんふん~るるるら~ら~」


 鼻歌を陽気に歌いながら、ペイスはお菓子作りをする。

 採れたて新鮮で味も折り紙付きなモルテールン産最高級の牛乳を鍋にあけ、細かく分けながら砂糖を入れて混ぜていく。

 とろ火でミルクを温めながら、砂糖とたっぷりと溶かす。

 鍋も小刻みに揺すって、焦げ付かないようにしつつ、しゃかしゃかと特製泡だて器で混ぜる。

 甘く、それでいてミルクのクリーミーさも混ざった香りが漂う。


 「それで、お菓子の材料を取りに危険なことをしたんですか?」

 「とんでもない。危険なことなんて何もありませんでしたよ」


 ペイスの傍には、妻であるリコリス。

 彼女は、夫が軍を率いて出かけたと聞いてかなり心配していたのだ。

 元々引っ込み思案のリコリスではあるが、最近ではモルテールン家次期当主の妻としての仕事もこなし始め、それなりに社交性が身に付きつつある。

 明るくなった、とも言われるが、元々の性格が変わったわけではない。

 やはり、最愛の夫が、いつも頼りになる夫が、正体が何か分からない脅威に向かっていくとなれば、心細くも感じる。

 ペイスが戻ってきたとき、話を聞いたリコリスは分かりやすくペイスに甘えた。

 それが、こうして夫婦でのお菓子作りというのがモルテールン家の若夫婦らしい。

 二人のデートは厨房でするのがお決まりのパターン。


 「ペイスさんは知らない間に危険なことをしているから、心配です」

 「そうですか?」

 「そうです」


 リコリスは、分かりやすく怒っています、という顔をしている。

 顔の眉間あたりに力を入れ、口元をぎゅっと引き絞り、いかにもな顔。

 しかし、傍から見ればペイスとじゃれているようにしか見えないだろう。実際、本気で怒っているわけでも無いのだから、じゃれているのだ。

 どこまで行ってもバカップルな二人である。


 「ほら、前も、外国からいきなり魔法で戻ってきたかと思うと、決闘騒動だったじゃないですか」

 「あれはマルクとルミのことです。僕は何の危険も無いでしょう」


 ペイスがヴォルトゥザラ王国から持ち帰ったのは、多大な利益、名声、功績、そして厄介ごと。

 急に戻ってきたかと思えば、国内の大商会相手に大立ち回りをして金稼ぎ。

 外国の要人と会合を持ったかと思えば、決闘騒ぎを持ち帰る。

 当人は危険などないと言っていても、リコリスから見ればいつも騒ぎの中心にいて、いつどんな恨みを買い、いつどんな危険が迫っているかも分からない。


 「教会とも揉めたじゃないですか。ほら、オークションの時ですよ」

 「あれは教会ではなく、教会の極一部の跳ねっ返りをお仕置きしただけです。ちょっとオイタを懲らしめただけなので、何も不安がることはありませんよ?」


 ちょっとオイタを懲らしめただけで、金貨を大量に奪われた聖職者は不運である。

 ペイスのいうちょっとという表現は、あてにならない。


 「教会から破門されたらどうしようかととっても不安だったんです」


 神王国では、国教が定められている。

 宗教的権威が強い力を持っている世界では、国教から破門されるというのは一大事だ。

 それ即ち、国民ではないと言われるも同義だからである。

 現代日本人が、ある日突然日本人と名乗れなくなり、日本語を喋ってはいけないと言われるようなものと思えば間違いない。

 生活に深く根付いた宗教的なものを、信徒でなくなったのだから一切行ってはならないと言われるのだ。中々に大変なことである。

 破門されることへの恐怖。リコリスの懸念は、ペイスも理解している。


 「我が家は父を含めて敬虔な信徒ですよ? 悪いことをするでもなく、神の教えに従って清く正しく毎日を過ごしているのに、破門されるわけないじゃないですか。されるとしたら、それは教会の方が間違っていますよ」


 もっとも、ペイスは今まで一度も教会に喧嘩を吹っかけたことは無いと豪語する。

 あくまで“腐敗した一部の聖職者”に対して、売られた喧嘩を買っただけだというスタイル。

 カセロールも信心深い人間であり、その点では教会とも折り合いをつけてここまでやってきている。

 破門など心配するだけ無駄だと、ペイスは言う。


 「ええ? そういうものですか?」

 「そうですそうです。リコリスだってとても素敵な心優しい奥さんなので、神様はきっと祝福してくれるでしょう」

 「そうですか?」

 「そうですよ」


 いちゃいちゃこらこら。

 ペイスはお菓子作りの手を止めることなく、リコリスの愚痴を聞きつつ、他愛ない雑談に花を咲かせる。

 こういう何気ない日常こそ、貴重なのだと感慨を持ちつつ。


 砂糖を混ぜたミルクに、溶きほぐした卵黄を入れる。

 しっかりと、丁寧に混ぜ、混ざったところで布で濾す。

 ボウルに移された液体は、黄色に色づいている。


 「ここで火にかけてとろみをつけて」


 改めて火にかけ直し、粘度が増すまで辛抱強く混ぜる。

 とろりとクリーム状になったなら、完成まではもう少しだ。


 「ああ、そこで氷を使います」

 「氷?」

 「わざわざ山の頂上まで行って取ってきましたからね」

 「ええ!?」


 そもそも、ペイスが山に行こうとしたのは、モルテールン領を囲む山の中で、最も高い山の頂に必要なものがあったから。

 それは、氷。

 より正確には山の高い場所にある万年雪が目当てだった。

 今は大陸中が暑い季節。氷を使ったお菓子を作れば、きっと目新しさがあるだろうという発想から取りに行こうと考えたもの。

 基本的に、温度というのは100メートル高度を増すごとに0.6度づつさがり、モルテールン領の周囲にあるような4000メートル級の山脈であれば、山頂付近は麓に比べて少なくとも24度は低い。

 麓が25度を超える様な気温であっても、山の上では氷点下になっていることも珍しくないのだ。

 付き合わされた者たちは災難である。

 山の途中で凍えながら夜を過ごしたりもした。

 ペイスが、途中からいい機会だと訓練に切り替えたからである。


 不測の事態に最大限の戦力投下を行うのは、兵法の常道。

 それで無事に問題を解決したならば、ただで返さずに訓練に移行。

 転んでもタダで起きないペイス流である。

 また、今後の為にと氷室の設営を行った。

 穴を掘り、坑道を整備し、崩れないように補強する。

 その為に兵士を活用して、土木工事を短期間で終わらせたのだ。


 「氷を使って、クリームを冷やす」

 「甘いお菓子を冷やすんですね」


 金属製のボウルに、万年雪から採った氷をガラガラと入れる。

 ペイスは、一度行ったからには今後は幾らでも【瞬間移動】で氷を持ってこられるようになった。ご機嫌の理由はここにもある。

 冷たいスイーツを好きなだけ作れるようになった。これは一層、お菓子作りに励めという神の啓示だ、と言い張る。

 こんな時だけ信心深くなるのだから、都合の良い神様も居たものである。


 「氷には、塩をかけると温度が下がりますよ」

 「そうなんですか」


 にこにこと料理を続ける、ペイスとリコリス。

 キンキンに冷え、氷点下以下にまで下がった温度というのは、これから作るスイーツには必要不可欠。

 粗熱を取り、甘くとろみの付いたクリームを冷えたボウルにたらす。

 そして、全体がよく冷えるように混ぜながら注ぎ足していく。

 水が氷る温度よりも更に低い温度の金属製ボウル。これに張り付くように、クリームが固まっていく。

 ジョリジョリ、ジョリジョリ。

 こそげ落とすようにして固まったものを混ぜ続け、クリーム全部が固まるまで混ぜ続ける。


 「出来ました!!」


 ペイスの手元には、出来立ての“アイスクリーム”が燦然と輝いていた。


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