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おかしな転生 作者:古流 望

第32章 スイーツと冷たい関係

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370話 大騒動

 黒焦げた大量の死骸の上空。

 ご機嫌に飛び回るのは一匹の龍。

 きゅいきゅいと鳴きながら、自分が為したことを褒めてほしそうに、ペイスに向けてアピールしているようだった。

 散々に撫でまわしていたのだが、褒め足りていないのだろうか。


 「あ~……ピー助、よくやりましたね。ご褒美をあげましょう」


 ご褒美という言葉が分かったのか、飛行物体が銀髪の少年の胸に飛び込んでくる。

 よしよしとピー助の頭とアゴの下を撫でながら、魔力の篭った飴を与えるペイス。

 ピー助にとって魔法の飴は一番の好物らしく、これを持っているだけでピー助は襲い掛かってくる。ペイス以外なら。

 魔法として形になっていない状態でも、魔力さえ籠っていればご機嫌。更に、ハッカよりはシンプルな味の方が好みらしく、一番の好みはストロベリーフレーバーの飴である。

 何とも緊張感の抜ける光景。


 「結果良ければ、すべてよし!! 何の問題も無いですね」

 「大ありでしょうが!!」


 ポポランは、ついに大声を出してしまった。

 モルテールン家では珍しくも無い、ペイスの非常識に直面するという通過儀礼である。

 いや、この場合に非常識なのはドラゴンだろうか。

 常識が非常識で塗り替えられてしまって、初めてモルテールンの従士である。

 悲しい話だ。


 「とりあえず、ピー助が強く、逞しく育ってくれているのは良いことでしょう」

 「逞しすぎるでしょう」


 人間でも襲って餌にする獰猛な肉食獣たる狼を、更に餌にして貪り食う凶悪な化け物を、歯牙にもかけずに全滅させる生き物。人間の捕食者の捕食者の捕食者。上位互換の上位互換。

 これを何と言うのか。

 逞しいの一言で片づけていいものでは無いだろう。化け物の中の化け物。怪物とでも呼ぶべき、恐ろしい生き物である。

 それが、ペイスの腕に抱かれてご機嫌に鳴いているとなると、最早ポポランの常識の壁は崩壊して粉みじんになっている。

 皆が改めて、大龍という生き物が想像の埒外にある恐るべき生き物だと実感した。伝説上に謳われる怪物は、まさしくその通りであった。大空を飛び、天空を支配し、抗うものを消滅させ、伝説では国をも滅ぼしたと言われる存在。

 さらに言えば、そんな化け物を飼いならしているペイスという存在の恐ろしさを感じる。本気でペイスが動けば、国一つを潰せるのではないか、いや、国どころか大陸を制覇できるのではないかなどと想像してしまうのは飛躍しすぎだろうか。


 「ポポラン」

 「……」


 ぼーっと呆けるポポラン。


 「ポポラン副官!!」

 「え? ……あ、は、はいっ!!」


 ペイスに呼ばれ、我を取り戻す青年。

 ざっと見まわし、目ぼしい所に敵は居ないであろうと思われるが、偵察も碌にしていない状況、安全な場所とは言い難い。

 呆けるのはまだ早いとペイスが部下をたしなめた。

 これはポポランも災難だ。

 非現実な化け物を、非現実な怪物が蹂躙する様など、現実感が無くて当然。これは本当に起きていることなのだろうかと、自分の中にある何かを疑ってしまうのは仕方がない。

 しかし、指揮官たるものは現実と向き合うのが仕事である。


 「ピー助の活躍で、先の巨大蜂は恐るるに足りずとはっきりしました」

 「はあ、そうですね」


 鎧袖一触。

 ペイスをして撤退を即座に決断させた巨大な化け物に対して、完全な上位者として、或いは捕食者として格の違いを見せつけたピー助。やはり腐っても鯛、蛙の子は蛙、龍の子は龍、ペイスのペットは非常識である。

 この子が居る限りは、巨大蜂対策は適ったというべきだ。

 少なくとも、何の手段も無く逃げるしかないという状況はあり得ないと確定した。

 何も出来ないから情報を得て対策しようとしていた相手が、恐れるほどのものでは無いと分かったのだ。ピー助にとってみれば、単なる餌に過ぎない。

 人間にとっては凶悪で恐ろしい存在なのは変わらないだろう。しかし、ことモルテールンの兵力からすれば対抗策は為った。

 ペイスとピー助の凶悪コンビの爆誕。

 これで相手が出来ると分かった以上、蜂は最早処理するゴミに等しい。


 ならば進もう。

 ペイスは、もう一度決断した。

 先の決断は後ろ向きな決断だったが、今回は違う。ピー助を信頼し、いけるところまで行って問題を根本解決してやろうという前向きな決断だ。


 「改めて、兵士を集めましょうか」


 精鋭部隊だけを抽出して、慌てて飛んできていた現状。

 蜂を駆除すると決めたのならば、兵士たちにも経験を積ませてやらねばならない。

 兵士にとっては実に有難迷惑なペイスの親切で、次々と運ばれてくる兵士たち。

 魔法とは、実に反則的である。


 「総員、隊列を整えるように!!」

 「はっ、総員、隊列揃えぇ!!」


 ペイスの指揮、そしてポポランの号令によって、兵士たちの集団が綺麗な列をなす。

 行軍体勢ともいわれる、縦列隊形だ。

 綺麗に整った陣形に、ペイスも満足げに頷く。


 「進め!!」


 ざっざっざっざと、リズミカルな足音と共に兵士たちが進み始める。


 「それで、これからどうします?」

 「どう、とは?」

 「元々、今回の行軍の目的は“勅命の為のお菓子の材料を取ってくる”のが大目標。そのために、不穏な気配が有った山の強行捜索が任務です」

 「そうですね」


 本来の目的を、忘れるわけにはいかない。

 ペイス達の大目的は、勅命を果たすことにある。

 その為に邪魔となる要因を探ろうというのが、今回の行軍だったはず。

 改めて整理すれば、実にイレギュラーの多い行軍である。


 「不穏な気配の正体がはっきりし、これからどうするのか、と聞いています」

 「なるほど、ポポランの疑問はもっともですね」


 ふむふむ、と頷くペイス。


 「さしあたって、脅威の排除が終わったと確認出来ることが最優先でしょうか」

 「はい」


 今、ペイス達が最優先にするべきは、巨大蜂の残党が居ないかを捜索すること。ペイス達に対抗策が見つかったとはいえ、一般人にとって重大な脅威である事実は変わらないのだから。残党は、一匹たりとも逃してはならない。

 掃討戦だ。徹底的な掃討戦である。

 それが終わらない限りは“ペイスの欲しいもの”も安心して取りに行けない。


 例の蜂が荒らしたであろう痕跡をたどりながら、時折見つかる蜂の集団をぶっ殺しながら、山を進むことしばらく。

 ピー助のお腹が満腹に近づいたころ、一行は非常に大きな“ハチの巣”を見つけた。


 「総員、警戒態勢!!」


 ぶんぶんと、耳障りのする音と共に、かつてない数の巨大蜂が現れた。

 もしも何も気づかずにこの数が人里に現れていたら、きっと被害者も三桁や四桁の大災害となっていたことだろう。いや、或いはモルテールン領全てが蜂の餌場になっていたかもしれない。

 ここで出会ったのは、むしろ幸運。

 ペイスが兵士たちに発破をかけ、士気が上がる。


 ぶうんと動き始めた蜂。

 明らかに、人間を敵として見定めたようだ。


 「くそっ!! このやろ!!」

 「無理に攻撃しようとしないで。徹底的に守りを固めなさい。攻撃は、僕とピー助に任せて!!」


 無数の空軍に襲われても、兵士たちは隊列を乱さない。

 世に精鋭と聞こえた、モルテールン家の訓練は伊達では無いのだ。

 剣や槍を突き出しながら密集隊形を取り、さながらハリネズミが毛を逆立てて丸まっているような有様。

 刺々しい団子が幾つも出来、それに襲い掛かる蜂たち。

 丁度よく分散していく辺りで、ピー助が大活躍する。

 そして、ペイスとその供回りは全員が魔法を使う。

 そう、二十人ほどの全員が、魔法を使うのだ。魔法の飴は秘密ながら、魔法使いが“何故か”都合よく見つかったという建前になっている。

 一人でも一騎当千となり得る魔法として有名な【発火】の魔法が、目ぼしい蜂の塊にそれぞれ飛びまくる。

 辺りはそこかしこで燃え上がる蜂が落ちる阿鼻叫喚のゲルニカ状態。

 特にピー助の吐く炎の勢いが凄まじい。


 「ペイストリー様!!」

 「おお、あれは見るからに親玉ですね!!」


 盛んに蜂を退治しまくっていたからだろう。

 いよいよ蜂の群れも尽きたかと思われたとき、ひと際大きな羽音と共に姿を現したのは、他の蜂の五倍は有ろうかという怪物蜂。

 ボス蜂は、ペイス達に向けて何と“魔法”を放つ。


 「ぎゃああ!!」


 幾人かが、深い傷を受け、血しぶきをあげながら倒れる。

 目に見えない何かで攻撃されたのだろうが、傷口は鋭利な刃物で切られたようにパックリと裂けていた。


 「……なるほど。この魔法、貰います。【烈風】!!」


 蜂の魔法は、目に見えない風の刃を飛ばす魔法であった。

 昆虫が魔法を使うというのはもっと驚くべきなのだろうが、驚く暇もなくペイスが“同じ魔法”で反撃した。

 これには蜂もたまらない。急に統制を乱し、或いは狼狽を露にする怪物蜂。

 無闇矢鱈と魔法を使っているようだ。ポポランには、恐らくそのようだとしか分からない。

 何せ、目に見えないにも関わらず、蜂とペイスの間でキンキンカンカンと甲高い衝突音がひっきりなしにしているのだから。


 「親玉蜂の動きは抑えました。手の空いてる者は、攻撃を!!」


 ペイスの言葉に、はっとした従士たち。

 自分が魔法を使えるということにまだピンと来ていなかったせいなのだろうが、慌てて【発火】の魔法で攻撃を仕掛ける。


 「キョウエエエエ」


 “魔法使い”が寄ってたかって戦えば、決着はあっさりとしたものだ。

 耳障りな、ガラス同士を擦ったような断末魔の声を残し、蜂の最後の一匹まで、焼き尽くされる。


 「ご苦労様です。早速、怪我人は治療します!!」

 「あ、はい!!」


 戦い終わり、後始末こそ大変な作業。

 蜂との激闘を経て、深手を負ったものからペイスが【治癒】の魔法を掛けていく。

 最早隠す気があるのか疑わしいレベルで、魔法の大盤振る舞いである。

 それでも、人命には代えがたいと遠慮することなく魔法を使い、ペイスは治療を進めていった。


 結果、軽傷者がそのままにされたが、重傷者は全員回復を果たした。

 死者も、ゼロである。

 未知の生物と不意の遭遇戦で戦ったにしては、大善戦と言えるだろう。


 「さて……」


 皆が騒がしくしているなか、ペイスと供回りは“ハチの巣”に近づく。

 肉食のハチのハチの巣。幼虫でも居るのなら潰さねばならぬと、解体を試みた。


 「おや?」


 不思議なことに、そのハチの巣はどう見ても“ミツバチの巣”であった。

 メキメキと巣の壁を剥がせば、トロリと甘い蜜まで出てくる始末。


 「ふむ」

 「ちょ、ペイストリー様、毒があるかもしれませんよ!!」


 ペイスは、蜜を舐めようとする。


 「毒があっても、即死でない限りは僕は魔法で治せますよ。物は試しです」


 度胸があるのか何なのか。

 躊躇することなく、ペイスは指で蜜を掬って舐めた。


 「何ですか、この蜂蜜は!!」


 ペイスは、ひと舐めした蜂蜜の味に衝撃を受けた。



◇◇◇◇◇


 「さて、これでひと段落ですね。ペイストリー様、帰りましょうか」

 「はい? 何を言っているんですか」


 巨大蜂の討伐という大仕事を終えた一行。

 ポポランは、これで終わりだと思い帰還を口にした。

 しかし、ペイスは帰還などとんでもないと言い出す。


 「これから、山頂を目指しますよ」

 「ええ!?」

 「何のためにこんなに大勢連れて来たと思っているんです」

 「脅威に備える為では?」

 「勿論それも有りますが、本命の材料の為、人手が必要だったからに決まっているでしょう」

 「本命?」


 ポポランは、今更ながら今回の目的を聞いた。


 「狙うは万年雪の氷!! 目指すは山頂!! いい機会です。全員これから高所訓練に切り替えます!!」

 「ええええ!!」


 ペイスの騒動は、終わっていなかった。






殆どのミツバチは蜜や花粉を食べますが、一部のミツバチ(ハリナシミツバチ等)は腐肉食(雑食)性です。

肉食蜂は主にアメリカ大陸などに分布していますが、肉の蜂蜜がけのような贅沢な食事をするらしいです。

私より良いもの食べてますね。

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