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【Web版】怨獄の薔薇姫 政治の都合で殺されましたが最強のアンデッドとして蘇りました 作者:霧崎 雀@作家系バ美肉YouTuber

第四部B 赤薔薇の予告状編

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[4b-18] 奴隷解放宣剣

 ここで列強五大国の、奴隷制に対するスタンスを述べておこう。


 神の教えを厳密に解釈するなら奴隷制は認められない、というのが神殿内で主流の見解であり、そのためディレッタ神聖王国は折に触れて奴隷制廃止を訴えている。もちろんディレッタでは既に奴隷解放が宣言されているのだが、これは宗教的勤労奉仕の慣行が奴隷制の無い分を補っているという指摘もされる。


 続いて、ジレシュハタール連邦はディレッタの求めに応じて奴隷制を既に廃止している。と言うのも、『人間よりゴーレムの方が多い』とまで言われるジレシュハタールでは、奴隷に頼らずとも奴隷的労働をゴーレムに回せるからだ。そしてそれは大抵、人よりも安い。

 まあ、そういった事情はどうあれ、ジレシュハタールは奴隷制の廃止を『人権先進国の勲章』として掲げている。


 ケーニス帝国にも公的には奴隷が存在しない。これをケーニスは得意げに宣伝しているが、ディレッタからは『臣籍を持たない二等市民への扱いは実質的に奴隷制度だ』という非難が矢のように飛んでいる。


 奴隷制が最も野放しになっているのはノアキュリオ王国だ。調停役である王は、諸侯の反対が強い政策を通さず、そして彼らにとっては奴隷が存在することが当たり前なのだ。


 最後にここ、ファライーヤ共和国では、奴隷が不当な扱いを受けないよう、存在の届け出を義務づけて管理する制度がある。実際これはある程度(……ディレッタとか社会活動家が多少大人しくなるくらいには)奴隷と呼ばれる人々の待遇を改善していた。

 ただ、それはあくまで届け出がある『札付き』の奴隷のみで、届け出が無い違法な『札無し』こと闇奴隷がどんな扱いを受けているかは表沙汰にならず、そもそも闇奴隷がどれくらい存在するのか誰も知らない。“屍売り”さえも。


「この大馬鹿野郎! お前のせいで仕事が長引いた!

 そのせいでな、俺はなあ! 狩猟会に遅れちまったんだよ! 30分もだ! 分かるか! えぇ!?

 みぃんな待たせたんだ! 迷惑掛けたんだよ、えぇ!? お前のせいでよぉ!」

「申し訳ありません! 旦那様! 申し……うああっ!」


 無限に広がるトウモロコシ畑の中で、その男は鞭打たれていた。

 一張羅、と言うには粗末すぎる衣服を着た彼は、隆々たる上半身を灰色の毛皮で覆われ、犬か狼に似た頭部を持つ獣人……犬獣人コボルトだ。

 名はウヴルというが、今は『17番』と呼ばれている。


 怒りで顔を真っ赤にし、ふんぞりかえった農場主が怒鳴るたび、剣闘士のような姿の奴隷番たちが革鞭を振るう。

 手枷の鎖を架台に繋がれたウヴルは、身動きできぬまま背中を打たれ続けていた。


 闇奴隷が最も多く使われるのは一次産業の現場だ。

 最も重い労働を、多くの人の手によって行う必要があり、かつ、その人員が不特定多数の人目に晒されることは少ない。

 同業者たちは即ち共犯者だ。


 ウヴルも闇奴隷である。

 生まれは共和国の外だが、本来なら禁止されているはずの(しかし当然のように日々行われている)『奴隷狩り』によって捕らえられてきた。獣人は闇奴隷として人気なのだ。

 第一に力が強い。

 第二に部族単位で暮らす獣人たちは、粗末に扱っても外交問題にならない。

 第三に……人間たちにとって、己と大きく姿が異なる獣人は、良心の呵責が働きにくい。


 折檻されるウヴルを、農場で使われている闇奴隷たちは、死んだ魚の目で見ていた。

 無力感。鞭打たれるのが自分でなくてよかったという一抹の安堵。

 そして、遅かれ早かれ、自分もつまらぬ理由で架台に縛られ、また鞭打たれることになるのだろうという恐怖……

 ウヴルが今日、折檻を受けているのだって、農場主が突然勝手に決めた『朝の仕事を終わらせる時間』に間に合わなかったからだ。いつも限界まで酷使されているのだから、それ以上仕事を早く終わらせろと言われても不可能だった。


「お前らぁ、分かっているのか!? 代わりはいくらでも居るんだ!

 お前らはゴーレムよりも! そこで動いてる水撒き器よりも! 安いんだよお!

 まともに働かねえなら! 取り替えりゃいいんだ!

 それが! 嫌なら! 死ぬ気で! 働けやぁ!!」

「ああっ! お許し……げふっ!」


 農場主は自ら鞭を振るいながら叫んだ。


 闇奴隷たちは、やがて死ぬ。体を壊すか、仕事中の事故か、主人の逆鱗に触れて見せしめになるか、絶望のあまり命を絶つか。そして仮に死んでしまっても握り潰されるのだ。

 だとしても、ほとんどの闇奴隷たちは微かな希望を信じ、耐える。

 その忍耐が報われることもあるからだ。


「え?」


 いきなり鞭が飛んでこなくなったと思ったら、濃厚な血のニオイがウヴルの鼻を抉った。


 ウヴルが振り向くと、奴隷番たちの肉体は各々八分割されて、血と臓物の池の中に沈んでいた。

 ウヴルだけではなく、誰もが……折檻を見させられていた闇奴隷たちも、農場主も、驚きに目を剥いていた。


「え?」


 そして次の瞬間ウヴルは、凍てつく北国の風に吹かれたように魂の底から震えていた。

 血のニオイを纏う、形を持った死が……おぞましい何かがそこに居た。


 それは少女か少年か、いややはり少女であろう。

 闇奴隷たちの衣服よりもさらに粗末な、ただの襤褸布をワンピースのように纏っていた。だが、その衣服から突き出す細くしなやかな手足は健康的に日焼けし、瑞々しい。

 彼女は衣服と同じ布を、面覆い付きの頭巾にしていた。赤黒く滑り輝くもので、面覆いに描かれているのは、図案化された薔薇の花。

 顔を隠した少女は、しかし、行動に不自由した様子は無かった。


 少女は赤い宝石から削り出したような、美しく透き通った深紅の大剣を持っていた。

 それを振るって、彼女は鎖を断ち切り、ウヴルを縛めから解き放つ。


 次に彼女は、音も聞こえないほどの軽やかさで剣を閃かせ、農場主が腰にぶら下げていた短杖型のマジックアイテムを真っ二つにした。


「あ……?」


 それは、奴隷たちの首に嵌められた『電撃首輪』を作動させるための指令器リモコンだった。


 電撃首輪は、装着者に耐えがたい苦痛を与える道具だ。出力を高めれば殺すこともできる。

 そして無理矢理取り外せば喉が裂けて死ぬよう作られている。

 これは装着者を意のままに操れる『隷従の首輪』のように便利ではないが、抱えている奴隷全員分用意できるくらい安く、そして彼らを従わせるには充分すぎる効き目があった。


 だが指令器リモコンを壊せば、もはや首輪は動かない。

 そう気付いた瞬間、闇奴隷たちは己の肉体の屈強さと、怒りを思い出した。

 少女が静かに、顎をしゃくった。


「い、今だ! やっちまえ!」

「お、おおおおおお!!」


 獣人たちは野生の爪牙を剥き出して。

 人間の奴隷たちさえも鎌を手にして。

 放り投げられた餌に食いつく野良犬のように、一斉に農場主に襲いかかった。


「ああ! ああああああ!! 痛え! 痛えええええええ!!

 やべっ! やべで! 許し、許すから! 許しで、あがっ! ぎゃああ!」


 叫び声を上げるブヨブヨの肉塊を、闇奴隷たちは怒りのままに引き裂いた。

 まずは血が流れ、やがて肉や臓物が抉り出され、次第に引き千切られていく。


 それがいつ死んだのかは分からないが、皆が我に返ったときには、3,4回死んでいてもおかしくないくらいに、農場主の肉体はズタズタになっていた。

 まだ気持ちが収まらない様子で、死体に唾を吐いて小便を掛ける者もあった。

 その様を、謎の少女はずっと見続けていた。


「あなたは……?」


 ウヴルはわけが分からず、少女に声を掛けた。

 目の前で起きたことだけは明白だが、それ以外の何もかもが意味不明なのだ。


 そんなウヴルに、少女は、面覆いの下で少し、笑った気がした。


「その復讐に、月の祝福を」


 少女の姿は一瞬で掻き消えた。

 まるで最初から白日夢であったかのように。

 しかし、それが夢ではない証拠に、忌まわしき主人の死体は傍らに残っていた。


 * * *


 同様の事件はファライーヤ共和国中で起こった。

 闇奴隷を使う者ばかりが殺された……

 より正確に言うなら、襲い来た何者かがお膳立てし、闇奴隷たちに主人を殺させたのだ。


 ほとんどの闇奴隷は主人を殺すなり逃げ散ったが、警察や支援団体に保護を求めた者もある。

 そこから証言を得たところによると、全ての事例で“怨獄の薔薇姫”と思しき少女が目撃されていた。


 この件に関して共和国政府は緊急声明を出さざるを得なかった。

 いかなる理由があろうと、邪悪なる者の囁きに耳を貸せば、取り返しのつかない破滅を招くと。そして闇奴隷にされている者らに対しても偏見を招くと。

 それは事実なのかも知れないが、もはや意味を持たない正論だった。

 社会に虐げられた者たちは失うものなど持っていない。どちらに行っても生き地獄なら、溜飲が下がる方がマシなのだ。


 この時()()された闇奴隷たちは、鎖のちぎれた枷を象徴として身につけた野放図の犯罪者集団『チェーン・ギャング』をいくつも形成し、以後数年、ファライーヤ共和国の大きな社会問題となったが、それはトウカグラを巡る一件とはまた別の話だ。

 その後の彼らの行く末に関しても、未だ語るべき時ではない。


 * * *


 そして、アイバン・ディナリアの命日は突然訪れた。


「な、なんだっ、お前は!」

「あなたを殺す者」


 アイバン・ディナリアはディナリア商会の長である。

 ディナリア商会は共和国最大の奴隷商だ。ナイトメアシンジケートはあくまでも群体を実質的に組織としたものであり、単独の商会として見るならディナリア商会の方が勝っていた。

 扱う人材しょうひんは、合法的な奴隷に限らない。様々な偽装や隠蔽を駆使して闇奴隷を扱っていた。

 アイバンと有力政治家たちの癒着は有名であり、それによって合法奴隷の規制緩和を推し進め、また、闇奴隷の売買を不問にさせていた。

 間違い無く、ファライーヤ共和国で最もパブリックイメージが悪い金持ちの一人だろう。


「警備はどうした! おい! 侵入者だぞ! おい!!」

「始末したわ」


 アイバンは、与党・共和国民党の幹事長と会食し、自宅に戻ったところだった。

 ステルウェッド・シティの高級住宅街にあるアイバンの自宅は、常に私的な警備員たちによって守られている。高位冒険者にも匹敵する猛者たちを、金に飽かせて雇っているのだ。

 泥棒も、強盗も、自宅前に集まったデモ隊もただでは済まないはずだった。

 だが警備員たちは殺された。


「お前は……“怨獄の薔薇姫”なのか!?」

「それは死にゆくあなたにはどうでもいい事。

 そして、世間が勝手に判断するべき事」


 犯人が何者であるかは、不明。

 侵入経路も逃走経路も不明。

 だが、状況証拠から推測はできたし、警察の情報統制にもかかわらず野火のように噂は広がった。

 アイバンを殺したのは“怨獄の薔薇姫”だと。


「ほっ、欲しい物はなんだ! 金ならいくらでも! いくらでもやるぞ!」

「一番欲しいのが命だから、結果は変わらないわ」


 そうなると、次に注目されるのは、手段や経緯などではなく動機だ。

 “怨獄の薔薇姫”が、何故、アイバンを殺すに至ったのか。


「待て。私は確かに……ウィズダム商会とも商売をしているが、そ、それは全ての売り上げの5%にも満たないものであってだな……」

「別にウィズダム商会への恨みは無いから、それもどうでもいいの」


 ある者は、ディナリア商会とウィズダム商会が取引をしているからだと言った。

 それで納得する者も居たが、しかし何かしっくりこないと思う者の方が多かった。


「そ、そうか分かったぞ! 何を企んでいるのか!

 この私を殺すことで! 共和国の政治と経済に打撃を与えるのが最大の目的だな!?」

「……ふふっ」


 折しも世間では、闇奴隷の連続反乱事件が騒がれているところだ。

 それとアイバンの死を結びつけて考える者は多く、“怨獄の薔薇姫”の意図について多くの憶測を呼んだ。


「欲しいのは、今ここにある財物。

 そしてあなたを殺したという実績だけ。

 あなた自身には特に興味無いわ」

「なに……」


 警察のリーク情報によれば、アイバンは一太刀で胴部両断されて死んだそうだ。

 恨みがあるなら、散々苦しめた末に殺しただろう。

 だが、苦痛に配慮したわけではなく、さりとて余分に苦痛を与えたわけでもなく。

 それは『殺害』と言うよりも、雑草を引っこ抜く行為に近い。ただただ命を奪う『処理』だった。


「……さて、このお金がパーティー何回分になるのやら」


 アイバンの自宅からは、置いてあった金品も奪われていたが、まさかそれが目的だと考える者は少なかった。

 いくら大金持ちでも、ほとんどの資産は銀行に預けてあるし、不動産の権利書や株券を盗んでも法的に奪い取れるわけではない。

 自宅から回収できる金目の物は、国家レベルで見ればせいぜいお小遣いか、あるいは……当座の軍資金程度だ。


 ……だが、今はそれが重要だった。


 無価値な死体ゴミを蹴り転がして、少女は金目の物と、警備員の死体だけを持ち去った。

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