嵐の予感
その日は、しとしとと静かで冷たい雨が降っていた。
いつもより暗い夜をガラス越しに眺め、窓の外の雨でけぶる景色と共にうっすらと映る自分に気付く。
黒いドレスを纏っている。
お父様が亡くなって、半年経つ。お父様に関わること以外では、喪服でなくてもいいけれど、わたくしはずっと黒を纏い続けている。
身分の高い者も度、きっちり長い喪に服す。結婚式をはじめとする慶事を延期するなどが良くあることだ。例外は当主の継承――一年も領地や屋敷をほったらかしにできないので、略式や身内などで静かに行うのもあるのです。喪が明けてから、盛大にパーティーでお披露目パターンですわ。
ラティッチェの当主の座はまだ空っぽ。キシュタリアが頑張っているけど、しつこくそれを邪魔している勢力がいるのです。
誰か引き継ぐかは、大家であれば国事にも関わることです。サンディスでも筆頭貴族と言われるラティッチェ。四大公爵家であれば、なおのこと注目も浴びるのです。
ヴァンはまだ牢屋に入っている。
貴族だけど落ちぶれ貴族のマクシミリアン侯爵家に、釈放させるコネも金もないのでしょう。
わたくしという金蔓が亡くなった途端、見る見るうちに零落していったそうです。
あくまで噂です。わたくしは社交界に出ていないので、拾い集めた情報から。主にメイドやジュリアスですわ。フィルレイアという若いメイドは、おしゃべりさんなので教えてくれます。
来たばかりの頃はキシュタリアやミカエリスやジュリアスに目をキラキラ、ゼファール叔父様にうっとりと気の多い感じの子でした。しかし、アンナやベラの教育の賜物か、最近は客人に気もそぞろになることも減り、紅茶を淹れる腕前も上がってきました。
特にジュリアスがいる時なんか、フィルレイアの顔の強張り方が凄いのよね。バッチバチに作り笑顔が張り付いているの。
隙を見せてなるものかという感じ? 鬼教官に審査されているみたいな?
二人の間に何があったのかしら……。
その時、ノックが響く。
「アルベルティーナ王太女殿下、よろしいでしょうか?」
「入りなさい」
「失礼いたします」
許可を出すと、フィルレイアが一礼してから入ってきました。噂をすればと言うか、ぼんやり一人で考えただけですが。
カラカラとお盆の乗せた黒い薄布や帽子などの乗ったカートを持ってきます。
「本日は冷えますので、ボレロやストールを御持ちしました。ヴェールは如何なさいますか? 夜ですので、どうしても暗さを感じますが」
「いただくわ。顔をじろじろと見られるのは好きじゃないの」
今日は宴の最終日。
陛下とのお約束の日。確定と言っていいくらい、何かが起こると決まっている。
きっと、わたくしの顔色は良くないだろう。色白な分、青ざめたりすると分かりやすいのです。
大抵の人は緊張や、お父様の死を引きずっているからと勝手に解釈するでしょうけれど、鋭い人は何かを感じ取ってしまうかもしれません。
「殿下、髪を纏めましょうか。少し広がっています」
湿気のせいだろうか。もともと天然パーマで、少し波打った髪をしているので、広がりやすいのです。
ちゃんと櫛を通しているのですが、時間が経つと少しずつ戻ってしまうのです。きつい整髪料や、髪留めで強く固定すれば抑えることはできます。
フィルレイアが背後に回って髪に触れようとしたところで「待ちなさい」と耳慣れた声が聞こえます。
「それは私の仕事です」
「し、失礼いたしました」
アンナが隣の部屋から戻ってきました。
フィルレイアはアンナに気圧されるようにさっと頭を下げます。
「殿下の変化に気付くのは良い事ですが、貴女は殿下の髪質までは詳しくないでしょう。今日は陛下や多くの貴族方の前に出る日ですから、私がやります」
フィルレイアの代わりにアンナが背後に立ってほっとする。
うーん、傷のコンプレックスのせいかいまだに首や背中の付近を慣れない人に障れ荒れるのは抵抗があるのよね……。
「どうなさいますか? 威厳を出すなら結ってアップにするのも良いですが、少し首筋が寒くなります。それに、ヴェール越しでも顔立ちや陰影が目立つようになるかと」
「下ろしたままでいいわ。主役はわたくしではないもの」
何も知らない振りをしていた方がいいでしょう。
アンナはわたくしの異変に気付いている。でも、何も言わずにそっと肩に手を置いて撫でてくれます。
「お辛いようでしたらすぐに仰ってください」
「ええ、ありがとう。貴女がいてくれてとても心強いわ」
その手に自分の手を重ね、目を伏せて笑みを作る。
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