少年とガールズバンド   作:奏でるの

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ハッピー

ラッキー

スマイル

イエーイ




#10 笑顔のお嬢様とか

とある日の放課後。

 

 

俺はいつも通り商店街を歩いて帰っていた。

 

 

今日は何のパンを買って帰ろうか。と、ガッツリやまぶきベーカリーに通いつめている俺。そろそろ全種類のパンを制覇するかしないかの瀬戸際である。だって美味しいんだもん。

 

 

最近は何故だか「コレを食べてみてくれ」と、亘史さんからタダでパンを貰う頻度が増えてきた。未だに意図は汲み取れないが、タダで食えるならとポジティブに考えている。

 

 

今日ももしかして………なんて、淡い期待を抱きながら歩いていると。

 

 

「…………出た」

 

 

熊がいた。………………熊だよな?

 

 

最近商店街に出没するようになった熊だ。……あ、別にマジモンの熊じゃない。そんなのがいたら大騒ぎである。

 

 

そこに居るのはピンクの熊の着ぐるみ。商店街のマスコット的キャラクターらしいが、そこら辺は詳しくないので深くは考えていない。

 

 

名はミッシェル。

 

 

誰がどういう意図で付けた名前なのかは分からないが、そう呼ぶらしい。

 

 

今日も今日とて風船配りやら子供の相手やらと忙しいようだ。今日は天気も良いし最近は気温も上がっていく一方。着ぐるみの中の人は大丈夫なのだろうか。熱中症にならなければいいのだが。

 

 

あ、今男の子がミッシェルにタックルした。

……マジで大丈夫かな…。

 

 

なんて、顔も見えない相手の体調を気遣いつつ、ミッシェルを眺めながら歩いていると、ミッシェルの周りにいる子供の中に見知った顔がいた。

 

 

「……紗南?」

 

 

山吹沙綾の妹。山吹紗南がミッシェルから風船を貰って喜んでいた。

そして。

 

 

「あっ。お兄ちゃんっ」

 

 

気付かれた。

 

 

紗南は「おーい!」と手を振りながらぴょんぴょん跳ねている。可愛い。

 

 

最近は紗南とも普通に話せるようになり、最初の頃のようなオドオドした態度は見せなくなった。それだけ心を開いてくれているということだろう。そう思いたい。

 

 

俺は歩いて紗南の元へ。

 

 

「よう」

 

「お兄ちゃん。ミッシェルから風船貰ったよ!」

 

「あぁ、見てたよ。良かったな」

 

「うんっ」

 

 

嬉しそうにしている紗南。俺も少し調子に乗って紗南の頭を撫でて上げる。

 

 

「えへへ…!」

 

 

可愛っ。

 

 

心が浄化されるようだ。しゅわ〜しゅわ〜♪

 

 

「その子のお兄さんですか〜?」

 

 

紗南に清められていると、ミッシェルが急に話しかけて…………。

 

 

お前喋れたのか……!

 

 

「え、ぁいや。この子は友人の妹で…」

 

「お兄ちゃんはねっ、よくうちに来てくれるの」

 

「へぇ〜。良かったねーっ」

 

「うん! それでねっ。将来はね、さーなのお義兄ちゃんになるんだって!」

 

「「ん?」」

 

 

紗南の言葉に違和感を覚えたのは俺だけではなかったらしい。

というか紗南? それってどういう意味かな?

 

 

「お母さんがそう言ってた!」

 

「……?」

 

 

分からない。何故俺が紗南のお兄ちゃんになるのだろうか。そもそもお兄ちゃんとは近所のお兄さん的な意味合いだろうか? 違うのか?

 

 

「ん〜…。よく分かんない」

 

 

……そりゃそっか。

 

 

「えぇっと〜。とりあえず仲が良いんだね」

 

 

無理やり納得するミッシェル。対応が早くて驚きだ。

 

 

すると、ミッシェルの後ろから…………黒スーツ(?)を着たグラサンの女性が突然現れた。忍者かよ。

 

 

「奥さ…………ミッシェル様」

 

「おわっとぉ!」

 

「「(ビクッ)」」

 

 

突然聞こえた声にびっくりするミッシェル。そしてその声にびっくりする俺と紗南。何だこの状況。

 

 

妙な状況に唖然としていると、黒スーツの人とミッシェルがコソコソ話し始めた。

 

 

「そろそろお時間です」

 

「りょ、了解です……(毎度びっくりするなぁもう…)」

 

「お着替えの場所は用意してあります。こちらへどうぞ」

 

「あ、はい」

 

 

話し終わったのだろうか。ミッシェルがこちらを向く。

 

 

「はぁ〜いっ。今日はここまで!」

 

「「「「えぇ〜…!」」」」

 

 

ミッシェルの一言で周りの子供達が落胆の声を上げる。もちろん紗南も例外では無かった。意外と人気があるんだなこの熊。

 

 

「ミッシェル帰っちゃうの〜?」

 

「そうなんだ〜。ごめんね…。でも大丈夫。明日また会えるよ〜」

 

「ほんと!?」

 

「ほんとほんと〜」

 

 

子供達が一変、嬉しそうに笑顔を見せる。子供の扱いには慣れているんだろう。すげーなミッシェル。

 

 

ミッシェルは余った風船を片手に「それじゃあね〜」と去っていく。子供達も「ばいばーい!」と手を大きく降って見送った。

 

 

「行っちゃった……」

 

 

紗南は少し寂しそうにそう言った。

 

 

「明日も会えるって言ってたんだし、そう落ち込むな」

 

「……うん…………あっ」

 

 

さて俺も帰ろうかと紗南を連れて歩き出そうとしたその刹那。何かを閃いたような声を上げる紗南。

 

 

「どうした?」

 

「……ミッシェル。帰るって言ってた」

 

「お、おう……?」

 

「ミッシェルについて行けば、ミッシェルのお家が分かるかも」

 

「……え?」

 

「見たい! ミッシェルのお家っ」

 

「………………………マジか…」

 

 

それは多分…スタッフルームとか、楽屋とかそんな感じの所な気がする。……兎にも角にも、今の紗南に見せるにはちょいとマズイ。夢を壊してしま「いた! ミッシェル」え?

 

 

キョロキョロしていた紗南はお目当ての対象を見つけるや否や、なんと走ってミッシェルの後を追おうとするでは無いか。おいおいマジですか。紗南ってば大人しい子だと思っていたのに……。

 

 

……いや、ていうかガチでマズい!

 

 

このままミッシェルの中身(人)と邂逅しようものなら、「お兄ちゃん……ミッシェルってなんなの…?」って言われて、俺はどう対応していいか分からなくなる。

大人は子供の夢を壊してはいけない義務があるんだ。

今の状況で紗南の保護者に当たるのは恐らく俺。なら俺が守らねば。彼女の純粋な夢を守らねば。

 

 

俺は紗南を追いかけた。

 

 

「あそこに入って行ったよ!」

 

 

何ぃ?

俺は紗南の指さす方向に視線を向ける。

 

 

『STAFFROOM』

 

 

そう書かれた即席で作られたような小部屋を確認。

 

 

あーもう絶対それじゃん。

……って早い早いっ。やべぇ、紗南がもうSTAFFROOM入っちゃう!

 

 

紗南が扉に手をかけて━━━━━

 

 

「ミッシェ「はいストップゥッ」

 

「え」

 

 

開けた瞬間に俺は紗南の目を手で覆った。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「お兄ちゃん…。見えないよ〜」

 

 

どうやら紗南にはこのスタッフルームの中は見えなかったらしい。よくやった俺。子供の夢を守ったんだ。

 

 

……ほんと良かった。

 

 

だって…。

 

 

俺の目の前にはミッシェルの着ぐるみから上半身を出した女性が居るのだから。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

やっばい。超がつくほどに気まずい。

 

 

なんてたって、目の前の女性の服装が、黒のタンクトップ1枚だけというなんとも直視しずらい格好なのだから。

 

 

俺は視線をズラいて紗南に話しかける。

 

 

「……紗南。今ミッシェルはお取り込み中みたいだ。明日にしよう」

 

「? おとりこみちゅーって何?」

 

「えー…と。(助けてくださいミッシェルさん…)」

 

「(えぇ…!? ここであたしにフリますか…)」

 

 

俺の思念に気付いたのか、いそいそとミッシェルに変身するその女子。対応が早くてマジ助かる。

 

 

「紗南。一旦外で出よう」

 

「えー! せっかくミッシェルの家まで来たのにぃ…」

 

「(あー…そういうこと…)」

 

 

ぶつくさ言っている紗南の目を隠しながら、俺たち&ミッシェルはスタッフルームの外へ出る。

 

 

少し離れたところで俺は紗南の目から手を離した。

 

 

「もー。なんで見せてくれなかったの…? あ! ミッシェルだっ!」

 

「どーもー」

 

 

仕事モードのミッシェルを横に俺は紗南に説明する。

 

 

「あのな紗南。あの部屋はな、ミッシェルの家ではないんだ」

 

「え? そーなの?」

 

 

俺は少しだけ屈んで、紗南と視線の高さを合わせる

 

 

「あぁ。ミッシェルの家は"ミッシェルランド"って所にあってな? あの部屋はそのミッシェルランドへの入口なんだ」

 

「ミ、ミッシェルランド…!? 何それ行ってみたい!」

 

「そうだな…。だが残念。ソコは普通の人間は行けない所なんだ」

 

「え…? な、なんで?」

 

「ミッシェルランドへは、ミッシェルみたいな妖精さんしか居ないし、行けない。そしてソコへ繋がるあの部屋の存在は、普通は他の人には知られてちゃいけない部屋なんだ…」

 

「そ、そんな……。さーな、部屋入っちゃった…!」

 

「(これはいける…!)だが大丈夫だ。なぁ? ミッシェル」

 

 

後は任せた。とミッシェルに視線を向ける。

 

 

「(なるほどね…)」

 

「そうなの…?」

 

「うん。本当は見せちゃいけないんだけど、知られちゃったものは仕方がない。だからね?」

 

 

ミッシェルはゆっくり紗奈に近づくと、紗南の手を取ってこう言った。

 

 

「だから、これはあたしと紗南ちゃんだけのヒミツっ」

 

「さーなとミッシェルだけの…?」

 

「そう! 他の人には言っちゃあいけないよ〜。約束、できるかな?」

 

「……っ! うんっ!」

 

「よ〜しっ」

 

 

少しだけ暗かった紗南の雰囲気が明るくなる。ミッシェルも紗南の頭をポンポンと撫でてあげ、パァっと笑顔になる紗南。どうやら何とかまるみ込めたらしい。

 

 

秘密の共有。どうやら効果は抜群だったみたいだ。

 

 

ミッシェル好きの紗南のことだ。何か一つでもミッシェルにとっての"特別"を得られれば、この子の意識はそちらにシフトすると踏んだ。今回はそれがミッシェルとの"秘密の共有"だった訳である。

 

 

紗南が純粋で、良い意味でも悪い意味でも助かったな。

一応紗南を騙していることになる。いくばかりか心苦しいが、後は時間の流れに任せるとしよう。うん。

 

 

「おーい! 見つけたぞ紗南……とミッシェル!」

 

 

状況の終了に安堵していると、紗南の本当の兄である純がやってきた。

 

 

「あ! 兄ちゃん」

 

「お前、おつかい終わるまで待ってろって言ったろ? 何してたんだよ」

 

「んとね、ミッシェルと遊んでたのっ」

 

「こんにちはー」

 

「こ、こんにちは! 本物だ〜」

 

 

ミッシェルをキラキラした目で見つめる純。お前も紗南と同じか……。

 

 

「…ていうか兄ちゃんいるじゃん!」

 

「おう」

 

 

どうやらミッシェルの衝撃に隠れて俺の存在に気付いていなかったらしい。なんかちょっと悲しい。

 

 

「どーして兄ちゃんが紗南一緒に?」

 

「帰りに会ってな。純はおつかいか、偉いな」

 

「へへっ、だろ?」

 

 

純の頭を撫でながらそう言う。さすが兄貴だな。

 

 

「それじゃーねーミッシェルー!」

 

「兄ちゃん! 後で店来いよーっ」

 

「おーう」

 

 

その後、純は紗南を連れて仲良く帰って行った。「兄ちゃんは来ないの?」と純に聞かれたが、俺は少しミッシェルと話がしたかったので先に帰らせた。

 

 

2人が見えなくなると、俺は降っていた手を下ろし。ミッシェルに体を向け……

 

 

「大変もーしわけございませんでしたっっ」

 

 

我ながら綺麗な90度謝罪を決め込んだのだった。

 

 

「あーいや、もう大丈夫なんで…」

 

 

ミッシェルは恐らく素であろう態度で俺の肩に手を置く。

 

 

今回は俺の落ち度がすぎる。紗南止められなかったのもそうだし、ミッシェルには俺の都合に付き合わせてしまった。ミッシェルはそれを察して協力してくれたが…。ミッシェルが繰り出す素晴らしい対応に感謝と同時に申し訳なさが込み上げてくる。

 

 

そして何より……

 

 

「まぁ……着替えを見られたのは恥ずかったですけど…」

 

「ぐうっ…!」

 

 

それだ。故意ではないにせよ女性の着替えを覗いたようなものだ。犯罪だ。

 

 

煮るなり焼くなりお好きなように……

 

「え? あ、いやもう大丈夫ですんで、ほんと…」

 

 

優しさが辛い。

 

 

「顔、上げてください…」

 

「…………………………………………はぃ

 

「(声小さ…)」

 

 

俺はゆっくり顔を上げてミッシェルをに目を合わせる。着ぐるみの方の目だけれど。

 

 

「しかし良くもまぁあんな設定をポンポンと出せましたね…」

 

「いや…紗南を引っ張ってる間に捻り出したヤツなんで……。ソッチこそ、よく合わせられましたね。結構無理あったと思ったのに」

 

「そこはまぁ何となくでしたけどね」

 

「とりあえず、ほんと助かりました」

 

「いえいえ、なんとかなって良かったです」

 

 

いい熊(※人)すぎる。

こんな存在が商店街にいたとは、ここの商店街は人だけでなく熊まで良い奴なんて、天国みたいな場所だな。

今後とも紗南達をよろしく。

 

 

「ミッシェル様」

 

「「うっ」」

 

 

ミッシェルへの謝罪を終えた瞬間。またしても黒スーツの女性がミッシェルの後ろから話しかけてくる。それに驚いた俺とミッシェルは仲良く息を飲んだ。

マジでなんなんだこの人。ミッシェルの知り合い?

 

 

「黒服さん…」

 

 

見たまんまの通りの呼び方をするミッシェル。どういう関係なんだろうか。

 

 

「そろそろ向かいましょう」

 

「あ、はい…」

 

 

ミッシェルはトボトボとスタッフルームに入って行き、俺と黒服さん(?)だけになった。

 

 

「…それじゃあ俺はこれ「お待ちください」……えぇ…?」

 

 

若干の気まずさを感じたのでそそくさと帰ろうと思ったのだが、何故か黒服さんに止められる。

 

 

「林道、佳夏様でございますね?」

 

「……何で俺の名前を?」

 

 

つい質問で返してしまう。この人との面識は俺の記憶の中には無い。誰だ?

 

 

「お初にお目にかかります。わたくし、弦巻(つるまき)家ご令嬢である弦巻こころ様の護衛役をさせて頂いている者です。どうぞ"黒服"とお呼びください。以後、お見知り置きを」

 

 

綺麗にお辞儀するその姿は、護衛役という言葉似合っていると思った。

……いや本名は名乗らないんかい。

 

 

「そちらの方がかっこいいと、秋月涼子(あきづきりょうこ)先生からのご指導ですので」

 

「………………え?」

 

「林道様のお話は先生から聞き及んでおります」

 

「……………あぁ…ツルマキって…」

 

 

なるほど合点がいった。

 

 

秋月涼子。

亡くなった母の友人であり、両親の亡き後、俺を育ててくれた女性の名だ。

 

 

涼子さんは謎多き人だ。こと仕事の話に関してはそれが顕著である。一緒に暮らす時間の中で何となく()()()()()()があるのだと理解していたが、その中で良く"ツルマキ"という単語を聞いていた。今までなんの事だろうと気になってはいたが。……なるほど。いわゆる教官のような仕事をしていたのか。……いや、多分それも仕事の1部な気がするけど。

だからこの黒服さんは涼子さんを先生と呼ぶのか…。確かにあの人、対人訓練に関しちゃ妙に活き活きしてたしなぁ……。

 

 

「先生は、我々に護衛役の何たるかをお教え頂きました。一同を代表してお礼申し上げます」

 

「うぇ? いやいや、俺に感謝されても……」

 

「先生から『アタシの息子に会ったら、ソイツに礼しておいてくれ』との事でしたので」

 

「……あの人…」

 

 

そういうめんどそうなことをしたがらないからな涼子さんは。らしいっちゃらしいが。

 

 

「なるほど分かりました。涼子さんに代わりその感謝、受け取りました」

 

「ありがとうございます」

 

「しかし涼子さんの教え子ですか…。大変だったんじゃ?」

 

「そうですね…、特にあの……」

 

「「リョーコズ・ブートキャンプ」」

 

「……ですよね」

 

「流石です」

 

「あれは地獄ですからね……」

 

「はい…。ですが、先生のおかげで今の我々護衛組があります。その事に関しては感謝の念は着きません。辛かったですけど」

 

「まぁ、俺もなんだかんだでやって良かったなと思います。辛かったけど」

 

 

俺と黒服さんは力強く握手をした。リョーコズ・ブートキャンプ(同じ地獄)を乗り越えた同士である。

 

 

「お会いできて光栄です。林道様」

 

「こちらこそ」

 

「……なんで握手なんてしてるんですか…?」

 

 

疑問の表情と言葉を発しながらこちらに歩いてきたのは、花女の制服を着た黒髪の女子。この子がミッシェルの中身か。というか、年齢は近いと思ってたけどやはり高校生か。

 

 

「知り合いだったんですか?」

 

「というより…」

 

「恩師が同じだったと言う話でございます。奥沢(おくさわ)様」

 

「へー」

 

 

奥沢と呼ばれた少女はあまり興味なさそうに返事をする。……ていうか、俺はこの少女が"弦巻こころ"様だと思ってたんだがな。

だがどうやら違うらしい。ならなんで黒服さんは彼女に付いているのだろう。

 

 

「黒服さんと奥沢?さんは一体どういうご関係で?」

 

 

俺は直接聞いてみた。

 

 

「奥沢様はお嬢様の御学友でございます。また、同じバンドを組むメンバーでもございますので、今日これから行われるバンドの会議の為にお迎えに上がった次第です」

 

 

ほう、彼女等もバンドを組んでいるのか。凄いなブーム。

 

 

「金持ちのお嬢様がバンドって…なんか凄いな……」

 

「あはは…」

 

 

苦笑いする奥沢さん。

 

 

「宜しければ林道様もご一緒なさいますか?」

 

「……は?」

 

「えぇ?」

 

 

すると、突如として同行を提案する黒服さん。

 

 

「は、え? なんでですか?」

 

「先生から、林道様は楽器も嗜んでおられると聞いておりますので」

 

「あ、そうなんですか?」

 

「え…と。まぁ多少は…?」

 

 

そんな事も教えていたのかあの人。要らなくない? その情報。

 

 

すると、俺の反応を見た奥沢さんが少しだけ考える素振りを見せる。え? まさかマジで連れて行こうと…?

 

 

そして奥沢さんが口を開こうとした時…

 

 

「それなら美咲(みさき)ーっ!!」……来た…」

 

 

後方から誰かを呼ぶ声が聞こえる。しかもかなり大きな声で。

 

 

俺たちは揃ってそちらに体を向けると、こちらに向かって走ってくる金髪少女が目に映った。しかも足はーやい。

 

 

そして更にその後方には黒服さんと同じ服装の女性がもう1人と、黒塗りの大きなリムジリムジン車? 本物? 実在したのか。てかあんな車が商店街に入って来たのか?

 

 

俺は突然の状況に1人唖然としていると、金髪少女がすぐ近くまでやってきて奥沢さんに話しかける。

 

 

「ここに居たのね! 美咲っ」

 

「こころ。あれ? なんでここに?」

 

「待ちきれなくってこちらから迎えに来たわ。皆ももう揃ってるし、早く会議を始めましょう!」

 

「あーはいはい。ひっぱらないひっぱらない…」

 

 

溢れ出る喜びの波動を全面に押し出しかのような笑顔を見せる金髪少女。奥沢さんの言動から察するに、この子が例のお嬢様か。まぁ多分あのリムジンから降りてきたし、隣にいる黒服さんも深々とお辞儀している。

 

 

奥沢さん同様花女の制服を来ている彼女は、どうやら俺の存在に気付いたらしく、俺に視線を向けると顔を傾げて話しかけてきた。

 

 

「あなたは誰かしら? 美咲のお友達?」

 

「いや…。ただの通りすがりです…」

 

 

通りすがりと言うには少しばかり語弊があるが、あながち間違ってもいないだろう解答をする。

 

 

「あらそうなの! でも、少し元気がなさそうな顔してるわね」

 

「えぇ…?」

 

「はぁ…(はじまった〜…)」

 

「そんな顔じゃなくて笑顔になりましょ! その方が絶対に良いわっ!」

 

 

金色の瞳をキラつかせながら詰め寄ってくるお嬢様。

 

 

「あたしは弦巻こころ! あなたは?」

 

「…林道佳夏、です」

 

「佳夏ね! その制服…(かおる)と同じね!」

 

「(かおる…?)えっと、羽丘の1年です…」

 

「同い年じゃない! あたしは花咲川女子学園の1年よ! 美咲も同じよっ」

 

「あ、ども。花女の1年、奥沢美咲です」

 

「どうも…」

 

 

流れでお互いの自己紹介を終える。どうやら全員同い年みたいだ。

ていうかいきなり呼び捨てにされるとは。溢れ出るコミュ力に気圧されそうになる。

 

 

「さぁあなたも笑顔になりましょ! そんな眠そうな顔は似合わないわ!」

 

「失礼だな…」

 

 

眠そうとは…。確かに昔から良く言われて来たな。そんなに眠そうな顔してる?

 

 

俺は無意識に自分の顔に触れてみる。

 

 

しかし笑顔になれと言いますかお嬢様。笑顔ってなろうと思ってなれるものなのか?

昔から俺は笑顔を作るのが下手だったからな…。

 

 

「ほらっあなたの笑顔を見せて! ハッピー! ラッキー! スマイル〜…イエーイッ!」

 

 

そう言ってお嬢様が見せてくれたのは極上の笑顔。まるでひまわりのように四方八方に笑顔の花びらを咲かせている。

 

 

「笑顔よ! 佳夏っ」

 

「………」

 

 

何を思ったのか…、俺は自分の中で暴れ回る羞恥心を抑え込みながら…

 

 

俺の出しうる最高の笑顔を作って見せた。

 

 

「………」

 

「……………………………………………変だわっ!」

 

 

ピッシャアァァァァアアァァァッッ!!!!

 

 

俺の精神に雷が落ちた。

 

 

そしてゆっくり膝から崩れ落ちる。

 

 

「……………」

 

「あの…大丈夫ですか…?」

 

 

奥沢さんが肩に手を置いて心配してくれる。優しい。俺のライフはもうゼロだけどね。

 

 

「もっと楽しそうな笑顔を作りましょ! 佳夏っ」

 

 

仁王立ちで俺の前に立つお嬢様。俺の精神に大ダメージを与えた自覚はないらしい。

 

 

「……俺は昔から笑顔を作るのが苦手なんです…」

 

「あらそうなの? う〜ん…」

 

 

俺の言葉を聞いたお嬢様は人差し指を顎に当てて考える素振りを見せるが、数秒して再び笑顔と同時にこう言い放った。

 

 

「ならあたし達があなたを笑顔にしてみせるわ!」

 

「…はい?」

 

「あたし達の"音楽"で! うんっそれがいいわ!」

 

「…あーこれは…」

 

 

奥沢さんが何かを察したように苦笑いを浮かべる。

え? 何? なんかあんの?

 

 

「これからハロハピの会議があるの! そこで佳夏が笑顔になれることをしましょう!」

 

「はぃ? ハロ…?」

 

「それじゃあ行くわよ!」

 

「えぇ?? 行くってどこ━━━━━━━━━━って力強っ。えっ? ちょままままままままま」

 

 

黒服さんの提案は、まさかのお嬢様の思いつきで成されることとなった。

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

拝啓。秋月涼子様。

 

 

俺は今、貴方の仕事関係者に拉致されています。

 

 

「なんだこれ」

 

「あ〜…あはは。ま、そうなるよね…」

 

 

さっきのリムジン車に乗り込み、連れてこられたのは……なんと城だった。…城。…城? うん

 

 

車に乗りながらそれはそれはデカすぎる程にデカい門をくぐり抜ける。

 

 

「なんだこれ」

 

「あまりの衝撃にボキャブラリーが死んでる…」

 

「さあ! 着いたわ! 2人とも行きましょうっ」

 

 

颯爽と車から降りた弦巻に着いていく。

 

 

玄関…と呼んでいいのか分からない扉を開けると。

 

 

「「「「「「おかえりなさいませ、こころ様」」」」」」

 

 

おいおいマジかよ。メイドとか執事ってアキバ以外にもいるのかよ(ド偏見)

そこには大量の使用人達。パッと見100人程見えるその全員が、こちらに向かってお辞儀をしている。ちょっと怖い。

 

 

「お嬢様。瀬田(せた)様、北沢様、松原様は既に会議室にてお待ちです。どうぞこちらへ」

 

「分かったわ!」

 

 

俺達は会議室とやらに弦巻を先頭にして着いていく。

 

 

弦巻家は超が付くほどの大金持ち。

弦巻の父が大企業の社長らしく。また、そこからあらゆる事業を拡大させ、その全てで成功を収めている。……という話を車の中で奥沢から教えて貰ったのだが、正直この家(城)を目の当たりにするまで半信半疑だった。

 

 

だが。どうやらその通りらしい。

この有り得ないほどに広く長い廊下や、この凝りに凝った装飾の扉を見れば、奥沢からの情報も信じざる負えなくなって来る。

 

 

実在したんだな。そんな2次元設定みたいなお嬢様。

 

 

あ、ちなみに奥沢達とは車の中で話す内に、タメ口で良いとの事だった。幸い互いに高一、俺としてもそっちの方が楽なのでその通りにしている。

 

 

「皆! 待たせたわねっ!」

 

 

バンッと勢いよく会議室…にしてはあまりに豪勢な部屋の扉を開ける弦巻。もっと優しく扱いなさい…こんな高級そうな扉、俺ならそっとしか開けらない。

 

 

そして既に部屋に入っていたであろう3人が揃ってこちらに視線を向ける。なんかデジャブ…(※Roseliaとの初対面)

 

 

「こころーん! みーくん連れてきた〜? ……て、あれ?」

 

「こんにちは、こころちゃん……え?」

 

「全員揃ったね……おや、新たな子猫…いや子犬くんが招かれたようだね」

 

 

三者三様の反応を見せる。……ていうか。全員知ってる人なんだが。

 

 

「北沢に松原さん……あと瀬田先輩、でしたよね」

 

「この私を知っているとは。その制服を見るに、どうやら私のファンのようだね」

 

「違います」

 

「あー! けいけいだ! どうしてここに?」

 

「り、林道君? なんでこころちゃんと一緒に…?」

 

「あら? 皆、佳夏と知り合いなの?」

 

 

瀬田先輩とは別に知り合いではない、俺が一方的に知っているようなものだ。たまにあの人、校門近くで1人演劇してるし、上原からも瀬田先輩の話をよく聞く。アイツはファンらしいしな。

 

 

そんなこんなで羽丘(我が校)ではかなりの有名人である瀬田薫先輩と出会った。この人もバンドをやるのか。意外だ。

 

 

「松原さんもバンドやるんですか…?」

 

「う、うん。こころちゃんに誘われてね…」

 

「……ふぇぇ」

 

「ふえぇぇ…!」

 

 

瀬田先輩より意外すぎる人物。松原さんもバンドメンバーのようだ。マジか。失礼かもしれないが全然想像出来ない。タンバリンとかなら似合いそうなんだが…。

 

 

「けいけいはなんでここに?」

 

「拉致されてきた」

 

「らち?」

 

「…やっぱ何でもない」

 

 

コロッケ娘の北沢も居た。北沢がバンドをやる事は知っていたが、まさか松原さんや瀬田先輩と一緒だったとは…どんな偶然だ?

 

 

「君は、もしかして林道佳夏君かい?」

 

「え? あ、はい」

 

 

瀬田先輩が急に俺の名前を言い当てた。あれ? 俺名乗ったっけ?

 

 

「いや、実は君の事はリサから聞いていてね」

 

「今井先輩から?」

 

「あぁ。クラスメートでね。君の事を楽しそうに語っていたよ」

 

「は、はぁ…」

 

 

何言ったんすか今井先輩…。

 

 

「私も話を聞く中で興味が湧いてね。会えて光栄だよ」

 

「…ど、どうも」

 

「ふふ。近い内に日菜(ひな)とも会うだろう。彼女も君に興味津々みたいだ」

 

 

? 誰だ?

 

 

「つまり……そう言うことさ」

 

「……はぃ?」

 

 

なんだなんだ? 最後の最後で濁された。つまりどういう事なんです?

 

 

キメ顔で意味の分からない事を言う先輩。分かったのは、瀬田先輩の方も俺を知っていたことぐらいか。

 

 

「よく分からないけれど、佳夏を連れて来て正解だったみたいね!」

 

 

お嬢様は腰に手を当ててそう言った。

 

 

「それで、こころちゃん。なんで林道君を連れてきたの?」

 

「説明がまだだったわね! 佳夏はどうも笑顔をを作るのが苦手らしいの」

 

「あぁ…それはなんて儚いんだ…」

 

「儚い…?」

 

 

そこまで言われてしまうとは…。別にそれでそこまで苦労したことなんて……いや、今してるな。

 

 

「(確かに林道君が笑ったところ見た事ない…。苦笑いくらいならあったと思うけど)」

 

「そういうことならはぐみ達の出番だね!」

 

「そう! 世界を笑顔にするために、あたし達"ハロー、ハッピーワールド"の音楽で佳夏を笑顔にするのよ!」

 

「ハロー、ハッピーワールド?」

 

「あぁ、あたし達のバンド名。略してハロハピね」

 

「なるほど…」

 

 

奥沢が補足説明してくれる。ハロハピってそういう事だったのか。

 

 

「それじゃあ早速演奏よ!」

 

「え?」

 

 

なんかここで演奏する流れになってる。ここでやるの? てかできるの?

 

 

「ダメだよこころん!」

 

 

北沢が反論する。まぁ…そりゃそうだよな。

 

 

「ミッシェルが居ないよ!」

 

「は?」

 

「あ、あちゃ〜……」

 

 

隣で額に手を当てて項垂れる奥沢。

 

 

「ミッシェルって…奥沢の事?」

 

「? 何言ってるのよ佳夏。美咲は美咲じゃない」

 

「? いやそれはそうだけど、ミッシェルは奥沢がなってるんじゃないのか?」

 

「…いや、あのぉ」

 

「そんなわけ無いじゃない。ミッシェルは熊よ? そして美咲は人間だわ!」

 

「…ん? いやだから熊の着ぐるみだろ?」

 

「着ぐるみ? でも熊なのよね?」

 

「…お?」

 

「?」

 

「「?」」

 

 

あれ? なんか会話が噛み合ってないような気がする。

ミッシェルは着ぐるみだよな? んで、その中身がこの奥沢って事だろ? 違う…?

 

 

「林道…ちょいちょい」

 

「…?」

 

 

奥沢がこっちに来いと合図するので少し近付く。すると奥沢は小さい声で話しかけてきた。そんな聞かれちゃいけない話なの?

 

 

「実はこころとはぐみと薫さんは、あたしがミッシェルだって気付いてないのよ」

 

「は?」

 

「というか…あたしはあたし。ミッシェルはミッシェルとして認識してるみたい」

 

 

なんじゃそりゃ。まるで紗南達と同じじゃないか。…ていうか瀬田先輩も?

 

 

「…ちなみに松原さんは?」

 

「花音さんは()()()()

 

 

ほっ。あの人は常識人枠だったか。良かった。

 

 

「んで、ミッシェルはこのバンドのなんなんだ? マスコット?」

 

「マスコット兼DJ」

 

「でぃ、DJぇ?」

 

 

熊がDJだ? なんだそりゃ、ぶっ飛んでる。…なんだか今日は予想外のことしか起きていない気がする。そろそろ疲れてきた。

 

 

「それじゃああたし、着替えて来るから」

 

「えぇ?」

 

 

すると黒服さんに連れられ奥沢が部屋から出ていく。

弦巻達はミッシェルが居ないーだのなんだの言ってワタワタしているが…。大丈夫なのかこのバンド。

 

 

「あれ? 美咲は何処かしら」

 

 

早速気付く弦巻。ヤバい、バレるか?

 

 

「美咲ちゃんならミッシェルを呼びに行ったんじゃないかな?」

 

「あらそうなの! さすが美咲だわ!」

 

 

えー…。それでいいんかい。

松原さんのフォローで簡単に納得する弦巻。ていうか慣れてません? 松原さん。

 

 

「お待たせー」

 

「あ! ミッシェル来たー!」

 

「来たわね! ミッシェルっ」

 

 

早い。1分もかからずに変装した奥沢が着ぐるみ姿で部屋に入って来た。

 

 

「ミッシェル! 今日はそこにいる佳夏を笑顔にするのよ!」

 

「そっか。()()()()()、ミッシェルでーす」

 

「…初めまして」

 

 

あくまで初対面という流れらしい。これは乗るのが吉か。

 

 

「(苦労してるんだな)」

 

「(そう言ってくれるとあたしとしても助かる…)」

 

 

俺は小声で苦労人奥沢を労った。なんだろう、有咲と同じ波動を感じる。

 

 

「お嬢様。演奏の準備が整いました」

 

「えぇ??」

 

「ありがとう!」

 

 

突然現れた黒服さん。そしてその後ろにはギターやドラム…演奏に必要であろう楽器一式がすでにセッティングされていた。

いつの間に…。ていうかここでできるんかい。

 

 

「(…慣れが肝心だよ、林道)」

 

「(…みたいだな)」

 

 

なんかもう驚き疲れた。いちいち反応するのも億劫な程に。

ここではどうも俺の常識は通用しないらしい。

 

 

「それじゃあ皆行くわよ!」

 

「よーし! はぐみ、頑張るよ!」

 

「あぁ…儚い…」

 

「ふぇぇ…本当にやるの…?」

 

「花音さん、今は諦めましょう」

 

 

ポンポンと状況が進んでいく。あまりに早すぎるテンポに俺は着いて行けない。

 

 

「"えがおのオーケストラっ!"」

 

 

マジで演奏が始まった。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「どうだったかしら!」

 

 

意外だ。思った以上にちゃんとバンドしているぞ。

 

 

なかなかぶっ飛んだメンバーだと思ったが、意外にもその強い個性同士が噛み合っている。会話は噛み合わないのに。何故だ。

 

 

「いや…凄かったな(色々と)」

 

「そう! 楽しんで貰えたかしら!」

 

「お、おう」

 

 

ニコニコ笑顔だがこの弦巻(ボーカル)。曲の途中でバク転やら側転やらをかましていたが、そんなことをするバンドなんて初めて見た。なにその身体能力。んでもって歌声がブレないのだから驚きだ。やっぱぶっ飛んでる。

 

 

「う〜ん…。でも笑顔じゃないわね」

 

「けいけい。楽しくなかった…?」

 

「え? いやいや。そんなことはない。見ていて面白かったぞ? 今の演奏」

 

「じゃあなんで笑顔になれないのかしら?」

 

「そう言われても…」

 

 

俺だって別に楽しいとか嬉しいとかの感情はある。…ていうか、なんなら表現してるつもりなんだが。だがどうも見てわかるような感情表現が出来てないらしい。我ながら残念な男だな。

 

 

「そうね…。なら一緒に考えましょう!」

 

「え?」

 

「佳夏が笑顔になれることを一緒に考えて、一緒にやるのよ!」

 

「ふっ…さすがこころだね。かのシェイクスピアは言った。『何もしなかったら、何も起こらない』と…。まずはやってみる事が肝心なんだね」

 

 

謎の決めポーズでシェイクスピアの名言を引用する瀬田先輩。何故シェイクスピア…。というかその手に持ってる薔薇どっから持ってきた。

 

 

「佳夏の好きな事は何かしら?」

 

「俺の好きな事?」

 

「そう! それを一緒にやればきっと笑顔になれるわ!」

 

 

俺の好きな事か…幾つかあるが。

 

 

「…………………ドラム」

 

「ふぇ?」

 

「あら、佳夏はドラムもできるの!」

 

「(そういえば黒服さんが言ってたなぁ)」

 

「けいけい凄い!」

 

 

別に凄くなんかない。昔から胸を張って好きと言える数少ない物の1つなだけだ。

 

 

「昔から好きなんだ、ドラム」

 

「良いわね! あたしも佳夏の演奏が見てみたいわ!」

 

「はぐみもー!」

 

「…俺が叩くの?」

 

「当然よ! あなたがやらなきゃ意味ないわ!」

 

 

俺は弦巻に手を引っ張られ、松原さんの叩いていたドラムに腰掛ける。

隣に居る松原さんが声を掛けてくる。

 

 

「林道君。ドラムできたんだ…!」

 

「まぁ多少は…」

 

「ふふふ。私も見てみたいなっ」

 

「あんまし期待しないでくださいよ?」

 

「(なんだか花音さん、嬉しそう…)」

 

 

俺は軽くセッティングを済ませ、ブレザーを脱いでシャツの袖を右腕だけ捲る。いつものスタイルだ。

 

 

目の前にいる弦巻に視線を向けると、分かりやすくワクワクしたような表情でこちらを見ている。北沢も同様。そこまで凝視されると緊張するんだが…。

 

 

スティックを握り、俺は一息深呼吸してから。

 

 

「━━━━━っ」

 

 

いつもみたいに好き放題叩いてみた。

 

 

「(うわぉ…)」

 

「(林道君…凄い…!)」

 

 

1分程して。

 

 

「………ふぅ。こんな感じ、かな」

 

「……」

 

「?」

 

「凄い! 凄いわ!! 佳夏っ」

 

「うぉわっ、近っ」

 

「けいけい凄ーいっ! カッコ良かった!」

 

「素晴らしいよ佳夏。あぁ、なんて儚い演奏なんだ…!」

 

「え? 何処が…?」

 

「いや、でも…確かにコレは…」

 

「ほんとに、ほんとに凄かったよ! 林道君っ」

 

「ど、どうも…」

 

 

どうやら好評のようだ。いつだって自分のドラムを褒められるのは嬉しいな。少しだけ身体が熱くなる。

 

 

「…ちなみに、俺は笑えていた、か?」

 

 

叩いている間、自分の表情なんて気にしていなかった。どうだったのかと弦巻達に聞いてみる。

 

 

「うーん…」

 

「(ゴクリ)」

 

「笑ってなかったわ!」

 

「……んー

 

 

ダメだったらしい。何故か悲しくなってくる。俺ってそんなに笑うの下手かなぁ?

 

 

「でも…」

 

「?」

 

「佳夏がすっごく楽しそうなのは伝わったわ!」

 

「え?」

 

 

弦巻は嬉しそうに言った。

 

 

「ライブの時の花音と似ていたわね!」

 

「それ、はぐみも思った! なんかノッてるって感じ?」

 

「それはつまり…ふっ、そういう事さっ」

 

 

どういう事やねん。

 

 

「林道君は…」

 

「…?」

 

 

松原さんが微笑みながら聞いてきた。

 

 

「林道君は今、楽しかった?」

 

「……えぇ。やっぱドラムは楽しいです」

 

「うん! それで私は良いと思うなっ」

 

 

優しい笑顔を見せる松原さん。可愛い。俺ドラマーで良かった。

 

 

「でも、やっぱりあたしは佳夏の笑顔が見てみたいわ!」

 

「…そ、そうか」

 

「えぇ! だから次よ!」

 

「次…?」

 

「佳夏が笑顔になれそうなこと全部するのよ!」

 

 

えぇ…。まだ続けるんですかお嬢様。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「……疲れた」

 

「お疲れ様っ」

 

「奥沢…」

 

「アレから大変だったねー」

 

「あぁ…。好きな事を片っ端からやらされたからな…」

 

「料理に読書に映画鑑賞? 料理は凄く美味しかったけど」

 

「そりゃどうも…。けど、俺の読書姿なんて見てて面白くなかったろ?」

 

「まぁ…正直に言ったらね。でもこころ達はジーっと見てたね。アレは面白かった」

 

「めっちゃ顔凝視されてたな。全然読むのに集中出来なかった。瀬田先輩とか目が合う度にウインクしてくるし」

 

「3バカだから」

 

「3バカって…。否定出来ないのがなんとも…」

 

 

アレから数時間、「佳夏を笑顔にしよう大作戦」(命名こころ)が失敗に終わり、時間も遅かったので解散となった。今俺は奥沢と一緒に行きと同じリムジンで家まで送って貰っている最中である。

 

 

「しかし意外なんだが…」

 

「何が?」

 

「奥沢や松原さんがハロハピにいることに」

 

「あぁ〜…」

 

 

俺の言葉を聞いて少しバツの悪そうな表情を浮かべる奥沢。一体どんな経緯であの変人の巣窟に入ろうと思ったのか。

 

 

「結構成り行きなんだよね」

 

「成り行き?」

 

「そ、ハロハピのクマ枠としてほぼ無理やり加入させられて、断ろうと思ったんだけどさ、あれよあれよと…」

 

「なるほど…(なんだクマ枠って…)」

 

「あとは花音さんが心配だったからかな」

 

「…優しいな」

 

「そんなんじゃないよ。見捨てるのが心苦しかっただけ」

 

「それも優しさだ。…あの人も居るのが意外だった。いつもふえふえ言ってるし、バンドとかそういうのに興味無いと思ってた」

 

「ふえふえって…。まぁあたしも驚いたけど、今じゃあたしの唯一の心の支えだからね…ハハ」

 

 

おっと、苦労人の顔だ。

 

 

「林道こそ、松原さんと知り合いだったんだ」

 

「まぁな。ちょっと迷子の松原さんを手助けしてな」

 

「さすが花音さん…」

 

「え、なに。常習犯なの?」

 

「常習犯も常習犯。大抵ははぐみが連れて来るし」

 

「すげぇな…」

 

 

はぁ…と、2人でため息つく。ほんと苦労してるんだな、奥沢。

 

 

「林道はさ、もしかしてバンド経験とかある?」

 

 

奥沢は少しだけ期待の眼差しを俺に向けた。

 

 

「……まぁ少しだけ」

 

「それならさ、色々相談に乗って貰ってもいい?」

 

「相談?」

 

「うん。ハロハピにはバンド経験者が居ないからさ? あたしも手探りでライブを探したりしてるんだけど…」

 

 

そんなことをしていたのか。すげぇな奥沢。

 

 

「色々と教えてくれるとあたしは嬉しい」

 

「…あまりあれだこれだとは言えないけど、俺で良ければ相談に乗るさ。あの3人の対応は大変そうだし」

 

「ん、助かる。……しっかし佳夏はなんだか話しやすいね」

 

「そうか? まぁ俺も、奥沢相手なら自然でいられるような気がする。…ていうか」

 

「「他が個性強すぎ」」

 

「ははっ。やっぱり」

 

「だな」

 

「あ、コレあたしの連絡先。結構頼るかも」

 

「別にいいさ。俺にできることならやるよ。…ほい交換完了」

 

「たまに愚痴を言いにかけるかもしれない」

 

「えぇ…。それは何か嫌なんだが……」

 

「…………あたしの着替え見たくせに…?」

 

「ぐうっ…!!」

 

 

脅されもしたが、奥沢とはなんだが仲良くなれそうな気がする。なんだろうか、似たような波動を感じるからだろうか。

 

 

「それじゃあ」

 

「あぁ」

 

 

数分後、奥沢は先に車から降り、俺と運転手の黒服さんだけになった。

 

 

「林道佳夏様でございますね」

 

「あ、はい(喋った)」

 

「先生からお話はかねがね」

 

「あぁ、あなたも涼子さんの…」

 

「はい」

 

 

昼間の黒服さんとは別人のようだが、この人も涼子さんの教え子のようだ。

 

 

「昼間は別の黒服からもあったかと存じますが、私からも感謝の意を述べさせていただきます」

 

「は、はぁ…」

 

「先生はその後いかがでしょうか」

 

「どうせ元気ですよ。イギリスにまだ居ると思うし」

 

「それは良かった」

 

 

この人も同士だ。俺たちは昔話をしながらお互いの苦労を語り合った。

 

 

そしてまた数分後、我が家の前まで到着。この住宅街によくリムジンで入れたものだ。そのドラテクに関心する。

 

 

「ありがとうございました」

 

「こちらこそ、お話が聞けて光栄でした」

 

「はい。……それじゃあ」

 

「お待ちください」

 

「…はい?」

 

 

家に入ろうと思ったのだが黒服さんにまたしても呼び止められる。そして1枚の紙が渡された。

 

 

「なんです? コレ」

 

「我々黒服への連絡先です」

 

「く、黒服さん達の?」

 

「はい。ソコにかければ我々黒服の誰かに繋がります。黒服全体には既に知らせてありますのでご安心を」

 

「はぁ…。? いや、なんでそんなものを?」

 

「ささやかなる恩返しでございます」

 

「恩返し?」

 

 

俺は恩を返されるような事をした覚えはない。…ならやっぱり涼子さん(あの人)か。

 

 

「……それも涼子さんから?」

 

「はい」

 

「…まぁ、分かりました……」

 

「何かありましたらソコまでご連絡ください。いつでも手助けできるよう人員配備しておきます」

 

 

そんな大層な事をしてもらわなくとも…。恐らく使うことは無さそうだ。まぁ一応貰っておくが…。

しかし涼子さんは、黒服さん達にとってどんな存在なのだろうか。ここまで黒服さん達を動かせるような立場なら……今更だけどちょっと怖くなって来た。

 

 

「それでは、また」

 

「……はい」

 

 

黒服さんの乗り込んだリムジンが見えなくなるまで、俺は玄関で車を見送った。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

翌日。俺はいつも通りCiRCLEでバイトをしていた。

 

 

「今日もよろしくね、佳夏君!」

 

「アイサー」

 

 

月島さんと一緒にレジで作業をしていると、入り口の扉が開かれる音がする。お客さんだ。

 

 

「いらっしゃ……い」

 

「あら? 佳夏じゃない! どうしてここに?」

 

「弦巻…? …………いや、それはむしろ俺が聞きたいって言うか…」

 

「ここがライブハウスなんだねー!」

 

「初めて入ったが、なかなか儚い場所じゃないか」

 

「は、儚い場所…?」

 

「花音さん。気にしたら負けですって」

 

 

なんとハロハピ御一行がやって来た。

 

 

「あたし達は練習に来たのよ! バンドはここで練習するものだと美咲から聞いたわっ」

 

「あ〜…」

 

 

そういえば昨日の夜早速バンドについてちょっと話したんだったな。

 

 

「…まさか林道がここでバイトしてるとはね」

 

「俺もまさかCiRCLEに来るとは思わなかった」

 

 

どうやら予想外だったらしい。まぁそんな偶然もあるか。

 

 

「それで、練習だっけ?」

 

「そうよ!」

 

「ならはい。これCスタジオの鍵。奥から2番目の部屋な」

 

「ありがとう! 早速行くわ!」

 

「レッツゴー!」

 

「あぁ…これぞハロハピの門出…!」

 

「ふえぇぇ…。皆待ってよ〜」

 

「奥沢には手続きのやり方教えるから」

 

「あ、了解」

 

 

ライブハウスで練習とは、バンドらしくなってるじゃないか。…しかし、弦巻家ならCiRCLEより自分の家(城)の方がいい設備揃ってそうだがな。

 

 

「コレでいい?」

 

「あぁ。練習、頑張れよ」

 

「うん。それじゃ」

 

 

手続きを済ませ、奥沢が練習スタジオを向かおうとした時。

 

 

「佳夏!」

 

「…弦巻?」

 

 

何故か弦巻がロビーまで戻ってきた。

 

 

「昨日はできなかったけど…」

 

「…?」

 

 

弦巻はレジ越しの俺の手を取って近くまで引き寄せる。突然の出来事に俺も奥沢も驚愕の表情を浮かべる。

 

 

そして満面の笑みを浮かべた弦巻は。

 

 

「必ずあなたを、あたし達ハロハピの音楽で笑顔にしてみせるわっ!」

 

 

そう言い放つと、明るい足取りで再び練習スタジオに向かう。風のような出来事にしばし放心する俺。

 

 

「……お、おぅ」

 

 

もう聞こえない距離にいるはずなのに今更返事をしてしまう。

 

 

今日もお嬢様の笑顔は120%だった。

 

 

「…………なんすか」

 

「いや〜。佳夏君ったら隅に置けないなぁ〜って」

 

「何の話ですか」

 

「んふふふ〜…! 別に〜」

 

 

全てを見ていた月島さんがまたニヤニヤしながら意味深な視線を送る。

 

 

この手の絡みは面倒なので、俺は月島さんを適当に無視しながら仕事を続けた。

 

 

その後、ミッシェルを抱えながらCiRCLEに入ってくる黒服さんを確認したが、それも無視した。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

やまぶきベーカリーにて。

 

 

「そういえば昨日さ」

 

「ん?」

 

「純たちが『今日も兄ちゃんが来る!』って言ってたけど…」

 

「…あ」

 

「佳夏来てなかったけど……何かあった?」

 

「……いやまぁ…すまんな」

 

「いや、別に怒ってるとかじゃなくて…! 毎日のように来てくれるからちょっと心配しちゃって…あはは…//」

 

「…大丈夫だ。ちょっと…拉致られてただけだから」

 

「ら、拉致!? え? どういう事??」

 

「それが…」

 

「……」

 

「…俺もよく分かんない」

 

「えぇ…? 何かしたの?」

 

「何、してたんだろうな…」

 

「??」

 

「…なぁ沙綾」

 

「え、な、何?」

 

「花咲川のお嬢様って凄いな…」

 

「え、えぇ…??」

 

 

 

 






ふえぇ…。


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