リクエストありがとうございますっ。
暇だ。
今日は土曜日でしかもバイトも休み。丸1日の休暇を迎えているるわけであるが、この林道佳夏。することが思いつかない。
俺は今、商店街の近くをダラダラと目的もなく歩いていた。
時刻は午前10時。
なんと贅沢な悩みだろうか。普段なら部屋に篭ってゲームや映画鑑賞をするのだが、昨日の夕方からRinRinさんと聖堕天使あこ姫さんと一緒にNFOで周回に次ぐ周回という素材集めに勤しみ。解散したのは午前2時。(あこ姫さんは途中ダウン)正直今はNFOの気分にはなれない。
映画も家にあるものはこの間全て見終わってしまったしな。
中間テストも終わったばかりで勉強なんかしたくない。
……あぁ、そうだ。
「本屋行くか」
目的の半分は暇つぶしだが、ついでに気になった本や漫画、DVDコーナーもあったし面白そうなのがあったら借りたい。
イギリスでの生活は長いが、俺は向こうでも日本のアニメや映画、ドラマ、漫画とあらゆる芸術文化に触れていた。日本で上手く馴染めているのもその影響が大きいのかもしれない。
日本の芸術は偉大だ。世界に誇るべき文化だ。
俺は1番近くの本屋をスマホで調べる。
ヒットした場所は…なんとショッピングモールの中だった。
ショッピングモールか。前回(※2話)は人混みの多さに面食らったが、あれからそれなりに時間も経っている。ある程度は落ち着いているだろう。
本屋以外にも店はある。なんならカフェでも入ろうじゃないか。暇つぶしには持ってこいだろう。昼食も済ませられる。
俺は歩き出す。目的も無かった先程よりはキビキビ歩けていると思う。
だが、すぐさま俺の足は停止する。
「あれ? 佳夏じゃん」
後ろから名前を呼ばれ、そちらに顔を向ける。
「やっほ☆」
「どうも」
私服姿の今井先輩は笑顔で手を振っていた。
◇◇
「なーにしてんの? こんな所で。買い物?」
「まぁ…暇つぶしに本屋にでも行こうかなと」
今井先輩は嬉しそうに聞いてきた。
俺を見つけた瞬間早歩きでこちらに向かってきた彼女であるが、先輩こそ何か予定があるのではなかろうか。
「ふーん。私は友希那と服を見に行こうと思ってたんだけどねー」
「…思ってた?」
「あはは…実はフられちゃってねぇ」
「はぁ…」
「今日も隣町でボイスレッスンだって」
「さすが、ストイックですね」
「幼馴染としては無理して欲しく無いんだけどなぁ」
「………」
そういう今井先輩の顔は何処か悲しそうで、酷く脆いもののように感じてしまった。
今井先輩と湊先輩は幼馴染らしい。家も隣同士で、通学は大体いつも一緒。俺もよく2人で居るところを見かける。特段仲が悪いようには見えないが、ちょくちょくCiRCLEでの会話を聞く限り、先輩が一方的に世話を焼いている印象を受ける。
世話焼き故の心配性なのだろうか。どこか慈愛めいたその緑の瞳は一体何を見据えているのか。俺には分からない。
「…そうだっ」
急に立ち止まった今井先輩。俺も少し先で止まり、いかにも"閃いた"とでも言いそうな彼女の顔を見る。
すると、急にニヤニヤし始めた先輩。
おっと。嫌な予感。
「暇、なんだよね?」
「……そっすね」
「じゃさじゃさ!」
今井先輩は俺の隣まで駆けてきて。腕を絡ませる。
肩と肩が触れ合い。
「アタシとデートしようよ☆」
今井先輩は満面の笑みでそう言った。
「……デート?」
「そ、デート」
出たなデート。つい先日の羽沢珈琲店での出来事が脳裏をよぎる。最近では割と軽妙視せれているらしいデートというものだが、今までのイメージが固く脳に刷り込まれているので、なんだかもんもんとした感覚に陥る。
そんな俺の微妙な表情に気付いたのか、先輩が心配顔で聞いてくる。
「…えっと、迷惑だった…かな?」
「え? いやいや、そういうんじゃなくて…」
「……もしかして、彼女いるとか…!」
「いないっす…」
「なら、……アタシのこと、苦手だったりする?」
「………まさか。良い先輩だと思います。嫌いになれる要素なんて無いし」
「そ、そう…//」
なんか俺、今めちゃくちゃ気持ち悪い事言った気がする。なんだか恥ずかしくなって来た。
「…えっと。じゃあデートに乗り気じゃないのって、なんで?」
「いやその、最近デートっていう概念がよく分からなくなって…」
「が、概念…?」
何言ってんのコイツ。みたいな顔をされる。そらそうだろう。俺も自分で言っててよくわかんないし。
とりあえず俺は、デートという物が以外と容易に行われている事で、恋愛関係以外でも当てはまることを最近知った。
…的な事を今井先輩に伝えてみた。
「あっははは! なるほどねー!」
笑われただと?
「前時代的ってやつ? 今じゃ普通に友達ともするよ、デート。私も友希那としょっちゅうしてるし☆」
「そういうもんなんすか?」
「そーいうもん♪」
なるほどな。上原や白鷺さんの言う通りらしい。
「それで? どうするの?」
「え?…………あー…」
今井先輩とのデートだ。嬉しくないと言ったらガッツリ嘘だが、こんなイケイケ美人の隣に相応しい男になれるだろうかと心配になる。
いや、言い訳なんてする方がカッコ悪いか。
「俺なんかで良ければ」
「…っ! よ〜しっ、今日は遊ぶよ〜っ!!」
「凄い元気っすね」
「当たり前じゃん! 買いたかった服とかあるし、……前々から思ってけど…」
「……?」
急にジロジロと俺の体を上から下へ、下から上へと眺め始める先輩。なんすか恥ずかしい。
「佳夏って身長高いし肩幅もあるから色んな服似合うと思うんだよね〜…!」
「は、はぁ…」
顎に手を当てて思案顔の今井先輩。その表情はどこか真剣で、でも何処かウズウズしているのが伺える。
「ちなみに身長いくつ?」
「えー…。入学してすぐの身体検査で、…172cm強、だったはずです」
「おー! あはは、大っきいねー」
「どうも」
なんかちょっと照れくさい。
「うん。これは俄然やる気が出てきたぞー☆」
何のやる気だろうか。
「普段の佳夏ってほとんど制服かパーカーだし…」
「…まぁそっすね。パーカーは楽なんで」
「モカと同じこと言ってるなー…」
そうなのか。…そう言えばこの前の勉強会も青葉はパーカー着てたな。
「勿体ないなぁー」
「…そうですかね」
「そうですー! 今日はジャンジャカ着回して、トータルコーディネートしてあげるよ☆」
「はぁ……お手柔らかにどーぞ」
それじゃあショッピングモールに行こうか☆ と、俺を力強く引っ張りながら早歩きで歩き出す。
先輩の嬉しそうな顔を見ると、俺も心做しか緊張が解けていく気がして、俺も先輩に合わせようと早歩きになる。
本屋は……また今度でいいよな。
「(ふふんっ♪ 今日は楽しくなりそう…!)」
◇◇
ショピングモールへ到着。
相変わらず人は多いようだが、前回に比べればかなりまばらになった方だと思う。少なくとも移動に問題は無さそうだ。これなら好きな所を好きに回れるだろう。
「まずはそうだな〜…佳夏の服から見よっか」
「アイサー」
俺達は案内板を確認して、メンズの服屋に突入した。
「ん〜…佳夏は割と大人っぽいイメージが強いからなぁ、黒のテーラードジャケットなんかが似合うんじゃ…いや灰色? ……いやいや、ここはあえていつものパーカーを利用してコーチジャケットで決めるとか? その方がスラッとした印象が強くて似合うと思うんだよねぇ。もしそうしたら、ここはワントーンコーデで攻めてみようかな…。変に着飾るよりシンプルな方が合いそうだし。佳夏は素材は絶対いいと思うからここはスポーティにしてみるのも男らしくて良いよね。…だとしたらマウンテンパーカー? それも捨て難いけど、やっぱりパーカー以外も見てみたいし…。パンツはどうしよう。佳夏は脚も長いし、やっぱりそこを強調するためにもストレッチパンツが合いそう。それなら清潔感もでるし動きやすそうだし…、あっ! ここはあえて緩めのアングルパンツを着てみるとか? 若干の子供っぽさが出るけどそれはそれで見てみたいしなー。……もしかしてワイドシェフのパンツのほうが似合ってたり。あれって合わせ方次第でなんでも似合うからねぇ…。パーカーを良く着るならこれはアリよりのアリでしょ! でもあえてカラフルにするのは無粋かなぁ…、明るい色多いしねぇワイドシェフは。……ならニットベストとかで落ち着かせてブツブツブツブツブツ━━━━━」
「(本気だ、この先輩…)」
服屋に入って1分もせずにこの状態である。さっきから服を取っては俺にかざし、また返しては別の服を俺にかざして思案する。その繰り返しだ。
もう目がガチだもん。
さっきから聞いたこともないような単語がスラスラと出てくるが、恐らくそれであろう服を持ってきても、「さっきの服と何が違うんだろう」と思うこともしばしば。全くと言っていい程にオシャレ知識ゼロの俺であるから、服の違いなんぞ色か素材位でしか判断できない。
前々からなんとなく今井先輩はオシャレに強そうだとは思っていたが、まさかここまでとは…。お見逸れしました。
俺の服を選んで貰っているのに、ここまでガチだと俺も緊張して仕方がない。
「悩むなぁ〜…」
腕を組んでうんうんと悩んでいる仕草を見せる先輩。ここまでしてくれると申し訳無さもあるが、なんだか少し嬉しくもある。
何より先輩が楽しそうだし。
「先輩」
「ん?」
「時間はあるし、とりあえず気になった服を片っ端から試着してみません?」
「それは…ありがたいけど。結構多いよ…?」
「先輩が選んでくれたヤツなら、俺は全部着てみたい」
「………っ」
すると先輩は少しだけ俯くと…
「よーし分かった☆ されじゃあコレとコレとコレっ。早速着てみて!」
「うす」
弾けんばかりの笑顔でポンポンと服を渡してくる。楽しそうでほんと良かった。
俺は試着室へ入る。
「(…………)」
シャッ
「…どうすか?」
着替え終えた俺はカーテンを開け、今井先輩と向き合う。
「……」
「…先輩?」
「…へっ? あ、うんうん! すっごく似合ってる☆」
「…………ほんとにぃ?」
「ほんとだって! うんっ私の想定通り!」
腰に手を当ててドヤ顔の先輩。
想定通りらしいが、本当にそうだろうか。俺を見た瞬間の今井先輩の顔は分かりやすく惚けていて、どう考えても"予想外"って顔だった。…そんなに似合ってない?
「そうだなぁ〜、次は上をコレに変えてみて」
「あい」
受け取ったウェアを抱えて再び試着室へ。コレで少しはマシになるかな…。
◇◇
全くの
素材はいいから何でも似合うと思っていたが、まさかあれ程までに着こなしてしまうとは…。
やっぱりシンプルなコーデでモノトーン柄が似合うとは思っていたけど、予想以上に様になっていて、大人っぽい雰囲気についドキッとしてしまったのは自分でも驚いた。
「(バレてないかな〜…)」
アタシは再び試着室に佳夏が入ったのを確認してから、少し赤くなった顔に手を当てる。
少し顔が暑い。
まさかあそこまでかっこよくなるとは…。
…大丈夫。きっとバレてない。
「……ふぅ〜…」
ヤバい。めちゃめちゃ楽しくなって来たじゃん…!
◇◇
「コレはどうです?」
「んーやっぱいいね〜! シンプルなのが似合うっ」
「どうも。でもこのパンツ、ちょっと固くて動きにくい気が…」
「なるほどねぇ…。そ、れ、な、らぁ〜…コレ! 履き替えてみて」
「うす」
あれから何着もコロコロと服を替え、スラッとしたのからダボっとしたものまで(オシャレ下級者すぎてそれぐらいしか言えない)色々なコーデを試してみた。
こんなに取っかえ引っ変えで着替えたのは人生初だと思う。
そして、毎回今井先輩に見せると、何かしら褒めてくれるのが嬉しい。お世辞なのかもしれないが、そうであっても嬉しく思ってしまう。
それに…
「こんな感じです」
「ふんふんなるほど…。あの、ちなみにあのパンツ、白ってありますか?」
「そうですね…、申し訳ありません。今履かれているパンツでの白は無くてですね…。コチラのパンツなら白はございますが…」
「おー☆ これはこれでアリかもねー。 ありがとうございます!」
「いえ、もし宜しければ最近メンズで流行りの春コーデがあるのですが…」
「あー聞きたいです!━━━━━」
なんか今井先輩が定員さんとめっちゃ仲良くしてる。途中から定員さんとタッグを組んで俺を着せ替え人形が如くあれだこれだと服を着させて、キャッキャッウフフと言い合っている。
楽しそうで何よりですとも。
まだまだ俺の試着は続く。
数十分後。
「あらかた試着してみたけど……」
「めっさ時間かかりましたね」
「1時間半は余裕で超えたねー☆」
「まぁ俺も楽しかったし良かったです。色んな服着れて、なんか新鮮でした」
「あはは♪ それなら頑張って選んだかいがあったよー」
にっこにこの今井先輩を前にして俺も嬉しくなる。ファッションなんて今も昔も他人に頼りきりだったしな。
「それでだけど、どれかいい服あった?」
「…それなんですけど。正直どれも良すぎて決めれなかったんですよ」
「あちゃー。アタシのセンスが光っちゃったかー☆」
「そっすね」
「雑っ!?」
実際光ってたと思う。どれも良かったし、俺の判断基準なんて、後は動きやすさ位しかわかんなかったし。…だから。
「…だからですね。とりあえず良いなと思ったコーデは写真撮っておきました」
「お! なになにー!? 用意しゅーとーじゃん☆」
俺はスマホを取り出してフォトアプリを開く。すると、鏡を前にした俺の写真がズラっと20枚近く表示される。自撮りってヤツですよ。多分。
「こんな感じで」
「んー☆ どれもいい感じだねー。さっすがアタシ!」
「それで……どれが良いと思います?」
「え、え〜? アタシが決めるの?」
「俺には決められんです」
全部良すぎて。
「ん〜…そうだなぁ〜」
今井先輩は俺の全身が見えるように少し距離を取ってからスマホと俺を交互に見る。
数分悩んだ素振りを見せた後。
「………………………よしっ、コレかな!」
1枚の写真が写った画面を俺に見せてきた。
恐らく1番シンプルであろうコーデ。モノトーンであまり動きに制限のかからない着やすいコーデだったのを覚えている。
「コレですか」
「そっ。どう?」
「先輩がコレを勧めるなら良いと思います。着やすかったし、落ち着いたいいコーデだと思うし、先輩のセンスなら間違いないでしょ」
「持ち上げるねぇ〜。あはは、ちょっと照れるじゃん…!」
「褒めただけです。ありがとうございます。同じの、買ってきますね」
「あ、うん。ここで待ってるから」
俺は頷いてから、先程の合わせと同じものをレジに持っていき会計を済ませる。
……意外と高いな。
◇◇
「(やっぱ大人っぽい雰囲気が佳夏にはぴったりかな)」
そう思いながら、レジに向かった佳夏を先程の写真をスクロールしながら待つ。
どれもお世辞抜きで似合っていると思うけど、やっぱり彼はあまり色の激しい服は好まないみたい。黒とか灰色とか、その手の色が好きなのかな。
遊び心から、ちょーっと面白いコーデも着せてみたけど、やっぱりそれはお気に召さなかったようで…。ほんの少し残念かな?
写真を眺めながら、思わず口角が緩むのを何とか抑えようとするけど、多分出来てないなぁ。
ちょっとだけ佳夏を知れたことが嬉しくなる。
もっと色々知りたいと思ってしまう。
「(…………………?)」
写真をスクロールしていたら、彼が撮った着せ替え写真とは違う写真に切り替わる。
恐らくさっきのが最後の写真なんだろう。
あまり他人の写真を覗くのは良くないと分かっているけど。
…私は何故かその写真から目が離せなかった。
そこに写っているのは3人の男女。
1人は黒のベースを握ってはにかむ銀髪の少女。
1人はスティックを握って若干呆れ顔の少年。瞬時にこの男の子が佳夏だと理解する。目がそっくり。
そして最後の1人は黒のギターを抱えて笑顔を見せる白髪の少女。
「(可愛らしい子達…)」
おそろく3人とも中学生くらいだと思う。佳夏は今よりも幼いけど、若干ジト目な感じはこの時から既になっていたみたい。ちょっと面白い。
「(佳夏は分かったけど、後の2人は誰だろう…?)」
兄妹? にしてはあまり似てないような…。 親戚? かもしれないけど、銀髪の子は日本人っぽい雰囲気だが、恐らく外国人。どういう繋がりなんだろう。
恋人……? でも佳夏本人が『彼女はいない』って言ってるんだし…。
もしそうだったとしても、どっちが?
分からない。
「(あ……日付が…)」
写真が撮られた時間は…
2年前の━━━━━
「お待たせしました」
「ッ!」
佳夏がお会計を済ませて戻ってきたみたい。急に声をかけられてたアタシはびっくりして、写真を先程のコーデ写真に急いで戻す。
……なんでアタシ焦ってるの?
「? 大丈夫ですか?」
佳夏が心配顔で聞いてくる。アタシはなんとか取り繕おうとして。
「だ、大丈夫! 何でもないよー…!」
「………?」
あ"ーダメそう。焦るなアタシ。確かに写真を勝手に覗いたのは悪い事だけど、そんなに狼狽えることじゃない。…と思う。多分。
とりあえずアタシは話を逸らす。
「服はちゃんと買えた?」
「えぇ。選んでくれてありがとうございます」
「いーのいーの♪ アタシも楽しかったしねー!」
「…なら良かった」
どうやら何とかなったみたい。
「それと、はいコレ」
「あぁ、ありがとうございます」
そのままアタシは佳夏にスマホを返した。
◇◇
今井先輩からスマホを受け取る。画面にちょうど今の時間が表示されていた。
時刻は12時過ぎ。
「時間もいい感じなんで、そろそろ昼飯にしますか」
「そーだね〜。私もはりきりすぎちゃって、ちょっとお腹空いたかな」
「ここってフードコートありましたっけ」
「うん。確か2階にあったはず」
「なら行きますか」
「りょーか〜い☆」
俺達は服屋を後にした。
「また来ますね!」
「はい。またのご来店、お待ちしております」
「はーいっ♪」
「よろしければ、彼氏さんもまたお連れになってください」
「うぇっ!? か、彼氏…/// あ、あはははっ…!」
最後まで定員さんと仲良しな先輩だった。何話してるかは遠くて分からないけど。
戻ってきた今井先輩は、何故か顔を赤くしていた。
「どうしたんすか?」
「んーん。なんでもないなんでもないっ」
手をブンブンとなんでもないアピール。
なんでもなさそうには見えなかったけど、恐らく聞けそうにないのでそれ以上は聞かなかった。
◇◇
フードコートを目指しながら2人で通路を歩いていると、この前松原さんと白鷺さんとでお茶をしたあのカフェが見えてきた。
「…あのカフェ……」
「んー? どしたの?」
先輩が疑問符を浮かべて覗き込んでくる。可愛い。
「いや、あのカフェ前入ったなーって…」
俺は視線を例のカフェへ向けると、先輩も同じ方向に顔を向ける。
「へー、オシャレじゃん☆」
「内装もモダンな感じで良かったですよ。パスタも美味しかった」
「ほーんっ…じゃあさっ。お昼、フードコートじゃなくてあそこにしない?」
「……俺は全然いいですけど…」
「決まり〜☆」
ということでお昼はこのカフェで頂くことになりました。
いざ入店。
相も変わらず綺麗な内装。初めて来た時よりかは緊張せずにいられると思う。
俺達は空いている席を見つけて腰掛け…………あれ?
「……」
「…先輩? 座らないんですか?」
「あ、うん。座る座る!」
? またしても若干挙動不審な先輩。どうしたんだろう。
とりあえず先輩をソファ側に座らせてメニューを渡す。
この前は紅茶やコーヒーがメインだったから、あまり料理は詳しく見ていない。今日は何を頼もうか。
「んー…。アタシはビーフシチューにしようかな。ほい、メニューどーぞ」
「ども。それじゃあ……俺はチーズハムのホットサンド、ですかね」
「おー☆ オシャレじゃん」
「ま、食べたこと無いんですけどね」
「ありゃ…」
それぞれを店員さんに注文して、料理が来るまで先輩とだべる。
「佳夏はよくカフェとか行くの?」
「いえ全然。ショッピングモールができたばかりの時にこのカフェに初めて入ったんですけど、それが人生初カフェでした」
「えっ!? そーなの?」
「はい。ここと羽沢珈琲店を合わせてまだ3回しかカフェに入ったことないんですよ」
「へー…。ここが初カフェって、1人で入ったの?」
「…いや、3人で」
「それって蘭達と?」
「違います」
「それじゃあ誰と?」
「えー…っと。ゆ、友人と(女優とその友人と一緒でって、言っていいのか…?)」
「…ふーん(なーんか怪しい)」
「…今井先輩はなんかこういうとこ慣れてそうですよね」
「え? んー…どうだろ。まぁ慣れてるといえば慣れてるかな」
「湊先輩とよく行ったりとか?」
「んーん。友希那はこういうとこ全然付き合ってくれないんだもん。他の友達とはよく行くんだけど…」
「そうなんすか」
「ファミレスとかはRoseliaで行ったりするんだけどねー」
「ファミレス…、いつか行ってみたいですね」
「嘘っ。ファミレス行ったことないの?」
「ないです」
「へ、へぇ〜…。なんか意外かも」
「…まぁそういうのが近くに無い環境だったので」
「どういうこと? ……あっ、実は超お金持ちの箱入りだったとか?」
「そんなわけ…。俺、ついこの間まで海外に居たんですよ」
「…か、海外??」
「そう。高校入る直前に日本に帰って来ました」
「へ、へぇ〜…。それって帰国子女ってヤツ?」
「……まぁ意味合い的にはそれで合ってるかと」
「海外って何処の? アメリカとか?」
「イギリスです」
「イギリスかぁ〜。ちょっと憧れるな〜♪」
「結構寒いですよ。雨はあんま降らないけど」
「へぇ、そうなんだ…。イギリスにはなんで行ったの?」
「まぁ…身内の都合、ですかね」
「……?(身内…? 親じゃなくて?)」
「まぁそこら辺は気にしないでくれると助かります」
「う、うん。分かった」
「お待たせしましたー」
店員が料理を持ってきたことで一旦会話が中断される。目の前に置かれた料理はどれも美味しそうで、今井先輩もビーフシチューを前に「お〜☆」と笑顔を見せていた。
「ごゆっくりどうぞー」
そう言って店員が去っていくのを見送り。俺達は揃って手を合わせた。
「「いただきます」」
ホットサンドだが、なんというか少しばかり焼きを入れたサンドイッチ。という印象だった。まぁ美味しんだけどね。
今井先輩も美味しそうに食べている。カフェを選んで正解だったかもしれない。
ホットサンドを黙々と食べながら、ふと先輩を見ていると。何故か変な方向を向きながら少し顔を赤くしていた。
「どうしたんすか?」
「……ううん。なんでも」
そう言って視線を料理に戻す先輩。やっぱり今日の先輩はどこか変だ。体調不良……という訳でもなさそうだし。本当になんでもなければいいのだが。
「……あのさっ、佳夏」
「?」
なんて事を考えながら食べ進めていると。突然先輩は俺に呼びかけて。
「あ、あ〜ん…!」
「……な」
スプーンで掬ったビーフシチューを、俺の眼前に突き出してきた。
「…え? なんすか?」
「何って、"あ〜ん"だって///」
先程より顔を赤くしながら言う先輩。恥ずかしならやらなきゃいいのに。
要するに"食え"と申されるわけか。しかし俺だって恥ずかしい。こんなのアイツら以外とやったことないのに。
「せっかくのデートなんだしっ。ほらほら〜☆」
「……」
軽くスプーンをクイクイさせながら催促する。確かに恥ずかしいが、ずっとこのままなのも先輩に悪い。
俺は少し前屈みになって、先輩が差し出したビーフシチューに食いついた。……美味い。そんでもってやっぱり恥ずかしい。自分でも顔が暑くなってるのに気付く。
「(モグモグゴクン)……これでいいですか?」
「……っ! あっはは! うんっ。どーお? 美味しかった?」
「美味しかったですよ……恥ずかしかったけど」
「あはは〜。佳夏でも恥ずかしがるんだね〜♪」
「当然です。……なんでちょっと嬉しそうなんですか…」
「え♪ 別に〜」
「……なんすかそれ」
ニヤニヤしている先輩にほんのちょっと腹が立つ。これは仕返ししないといけないな、ぐへへ。
という訳で。
「先輩もどうぞ」
「へっ!?//」
俺も先輩に習ってホットサンドの半分を先輩の前に差し出した。その瞬間素っ頓狂な声を上げた先輩。照れてるな。
「あ〜ん」
「い、いやぁ。アタシはいいかぁ〜って…!」
「それは不公平でしょ。美味しいですよ? ホットサンド」
「それは…そう思うけど……えぇ〜//」
モジモジし始める先輩。可愛いです。
……けど、そろそろ食ってくれるとありがたいです。腕が辛い…。
今井先輩は数秒赤い顔を顰めた後。
「分かった…。食べる…!//」
そう意気込んで、差し出させれているホットサンドを軽く睨みつける。…あの、そんな鬼気迫るもんでも無いんですけど。
「それじゃあ…。あ〜ん…」
「ぁ〜……んむ…」
「どうすか…?」
「……美味しいです…///」
声小さい…。先輩から始めたことなのになんで俺より恥ずかしがってるんだろうか。なんか俺まで照れちゃうじゃん。
そんな所も可愛いです。
お互いに照れに照れ合っていると。隣の席で食事を摂っていたお母様方の話し声が微かに聞こえてきた。
「お熱いねぇ〜…!」
「若いっていいわぁ…」
「カップルよね…。男の子の方は何だかパッとしない気もするけど……」
「ヤダ何言ってるのよぉ奥さんっ。…ありゃオシャレしたら化けますわよ…! あたしの目が言ってるわ…」
「…つまり美男美女カップルっ事ぉ? やっだぁ〜羨ましいぃ〜!」
「なぁに言ってるのぉ。あたし達だってほらっ、まだまだピチピチよっ」
「今どきピチピチなんて言わないわよぉ」
「「おほほほほほほ♪」」
聞き耳を立てる訳にも行かず、小さい声でちょくちょく聞こえてくる単語を合わせてみるが、俺達の話をしていることくらいしか分からなかった。
……「男の方が釣り合ってないよねぇ(笑)」とか言われてないかな…。
「(美男美女カップルって…/// 嬉しい…!)」
先輩、そんなチラチラお隣さんを見てると気付かれますよ?
それから俺達は数十分かけて昼飯を終わらせた。何気に時間がかかったな。
◇◇
「次は先輩の服見ますか」
「おっ、付き合ってくれる〜?」
「喜んで」
「ありがとっ♪ それじゃいこっか!」
レディース専門の服屋へ到着。
やはりレディース専門なだけあって、お客さんも店員さんも全員女性だ。なんだか場違い感が否めないが、先輩の服選びに付き合うと決めたんだ、我慢我慢。
「……佳夏はさ」
「はい?」
できるだけ周りから目立たないように息を潜めながら先輩に付いていると、先輩から急に話しかけられた。
「私にはどんなのが似合うと思う…?」
「………………難題ですね」
オックスフォード大学(イギリス名門大学)入試レベルの難題だぞ。そんなものを俺にぶつけてくるんですか? 鬼ですか?
先輩は「何となくでいいからさっ」と言ってくれているが…。正直俺のセンスなんて期待できない。オシャレの"オ"の字も知らないような素人でっせ?
だがまぁ…………。聞かれたのだから答えるのが男だ。こんちくしょう。ここまで来たら後はパッションだ。
「…………」
先輩の今の服装はそれはもう肩丸出しの服装。先輩特有の色気のような物が出ている。これは今回に限った話ではない。CiRCLEでも先輩の私服は大体露出が多い。高校生にしては……という部分はあると思うが、ちゃんと着こなせているのだから流石今井先輩だ。だとするならばやはり大人らしくかつ女性らしさを出す服装がマスト。……いや、高度過ぎないか? 自分で言っててハードル上げるなんて。バカか俺は…。いや! 先輩だって俺のために時間をかけて真剣に服を選んでくれたじゃないか。俺はそれ相応の仕事をする義務があるのだ。多分。何より先輩は俺の意見を欲しがっているのだから、俺の考えた、俺なりのチョイスを用意するのが誠意というものだろ「……あのさ…」んぇ?
先輩の言葉で俺の思考が一時停止する。
なんだろうかと先輩をよく見てみると、またまた顔を赤くしていた。
そしてそのまま口を開く。
「その……あんまジックリ見られると流石のアタシも恥ずかしいかなぁ〜…って///」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………スミマセン」
何やってるんだ俺
服選びの思考に囚われすぎてて、先輩を凝視していた事に気付かなかった。
なんだか血の気が引いていく。キモイぞ俺ー!
「ほんっとすみません……」
「いやいやっ、ちょーっと恥ずかしかったってだけだからさ?//」
今井先輩は笑ってくれているが俺は笑えなかった。違うんです先輩。別に変な意味はなかったんです、信じてくれ……。
「あはは…// それで、決まった?」
俺の服選びを未だ期待している先輩。
先程の俺の蛮行を本当に気にしてない様子なのでありがたい。俺は内心安堵する。
正直自信なんてないが、俺も頑張って選ぼうじゃないか。先輩に合う服を。
「……………………」
俺はざっと周りを見渡して…………お。
「……コレとかどうですか?」
「おぉ♪ コレねぇ〜」
俺が選んだ上下の服を先輩は抱えると、颯爽と試着室の中へ入っていく。
そして。
シャッ
「……どう?」
「…………めちゃくちゃ似合ってます」
先程より数段大人っぽくなった今井先輩が出てきた。
「本当っ!?」
「はい、大人っぽくて俺は好きです」
「〜〜っ////」
俺が選んだ服は、上は開襟の長袖シャツ。茶色い生地はあまり分厚くなく、夏でも着れそうなものを選んだ。
下は膝下まである黒のロングスカート。そのおかげか先程より身長が高くなった印象があり、大人っぽさに拍車をかける。
つまり超似合ってる。
「彼女さん、お似合いですね」
「うぇっ……。あ、はい…」
女性の店員さんが話しかけてきた。
今井先輩は彼女ではないのだが…、ここで否定するのは無粋かな。
「ちなみにこのシャツは、最近流行りの春着なんですよ」
「……そうなんですか」
奇跡だな。運良く先輩に似合う服を当てられた。
…これで少しはお返しになるだろうか。
「素敵です、お客様」
「あっはは// ありがとうございますっ」
「そのコーデでしたら…こちらの服も合わせてみると……」
「なるほどー…! ちょっと着てみますね」
店員さんの参戦でその後も服選びは順調に進んだ。
毎度着替える先輩の服はどれも似合っていて、着こなす先輩と服のチョイスをする店員に、俺はいつまでも尊敬の念を送っていた。
……めっさ時間かかったけど。
◇◇
1時間後。
俺達は服屋を出て、別の服屋を目指していた。
「……本当にそれで良かったんですか?」
先輩の手には買ったばかりの服が、しかもそれは俺が1番最初に選んだ上下の服。
「いーのいーのっ! せっかく選んでくれたんだし、アタシも気に入っちゃった☆」
「なら…良かったです」
「……"好き"って言ってくれたしね…」
「はい?」
「んーん。気にしないでっ」
先輩はルンルン気分で歩く。どうやらお返しは少なからずできたみたいで良かった。
上機嫌な先輩と隣同士で歩く。釣られるように俺も機嫌が良くなっているのがわかるな。
「意外とセンスあるじゃん佳夏! ちょっとびっくりしちゃった」
「奇跡みたいなもんですよ。というか、先輩なら何でも似合うだろうし…」
「そんな事ないって〜// 佳夏だってみんな似合ってたよ?」
「まぁ………世辞でも嬉しいです」
「お世辞じゃないないっ。自信持ちなよ〜」
「はぁ……ありがとうございます」
「うん☆ でも、佳夏はやっぱり落ち着いた感じの服を選んだね」
「…やっぱりって、分かるもんなんですか?」
「まぁねー。佳夏の自撮りもそういう服ばっかだったし?」
「なるほど……」
「どうだった? アタシ。大人っぽかった?」
「それはもう。素敵でしたよ…………っ」
「んふふ♪ ありがとねっ「危ないっ」へ…?」
先輩と談笑しながら歩いていると、向かいから歩いてきた男性と先輩がぶつかりそうになる。
それに気付いた俺は、咄嗟に先輩の肩を抱き寄せてしまった。
幸いぶつかりはしなかったが……。
「……すみません。急に」
「う、ううん。……あ、ありがと///」
我ながら大胆なことをしてしまったと思う。先輩も顔を赤くして俯いてしまった。
「えと……大丈夫ですか?」
「あ、あははは〜// ありがとね、助かったよ〜」
俺から離れてワタワタし出す先輩。怪我とかがないなら良かった。
「よ、よ〜しっ。次の服屋行くよー!」
「え、ちょっ。待ってくださいよ」
急に早歩きになった先輩を追いながら、服屋を目指す。
「(やっばぁ〜/// ドキドキしてる……。バレてないかなぁ〜…)」
◇◇
その後も2件ほど服屋を回って、少々歩き疲れた俺達は、通路のベンチに座っていた。
「いや〜意外と買ったねー」
「いいんですか? なんか俺の選んだヤツばっか買って……」
「いいんだって☆ アタシも気に入ったから買ってるのっ」
「先輩がいいなら良いんですけど…」
嬉しそうに服の入った入れ物を抱える先輩。なんだか少し恥ずかしいが、それ以上に嬉しいのは、やはり先輩の笑顔が見れているからだろう。
「……あ」
「…ん? どうしたんすか?」
「…ほら、アレって……」
喜びの余韻に浸っていると、先輩が何かに気付いた様子を見せた。先輩の指さした方を俺も見てみると……。
「アイツら……」
Afterglow五人衆が楽しそうに歩いていた。手には買い物袋を持っているヤツもいて、俺達同様買い物をしているのが伺える。
アイツらも今日はオフなんだな。
しかし遊びもあの5人とは、仲良すぎな気もするな。羨ましいとは思うが、あの仲に入るのは意外と勇気がいる。アイツらはそんなの気にしないみたいだけど。
「仲良いですね。ほんと」
「……うん、そうだね」
俺が1人でいるならアイツらに声をかけたかもしないが、今日はそうではないし……。アイツらの仲に無理に入るの必要も無い。
俺は先輩とのデートをもう少し楽しみたい。
「それで、次は何処行きます?」
◇◇
あれは……蘭達だ。
彼を連れ回して服選びをしてたけど、思いのほか楽しくって、はりきっちゃった。けど、少し彼が疲れてそうだったから、ベンチに座って休憩をしていた。
ごめんね佳夏。アタシの服ばっか選んで……。
でも佳夏もズルい。毎回着替えると何かしら褒めてくれるんだもん。嬉しくなっちゃうのは仕方ないじゃん…?
だからアタシ舞い上がっちゃって…。無理に連れ回しちゃった。
そんなつもりじゃなかったんだけどな……。ごめん、佳夏。
…………うん。
アタシとのデートはここまでにしようかな。
佳夏をこれ以上疲れさせる訳にもいかない。辛いデートなんてさせたくないし。それに……
蘭達の方が仲良いんだし。そっちの方がきっと楽しいよね。
だから私は……
「蘭達の所に行ってき「それで、次は何処行きます?」」
……え?
「先輩は行きたいとこありますか?」
「……え?」
「え?」
惚けた顔をする彼。ちょっと可愛い。……じゃない。
「蘭達の所に行くのかと思った……」
「はい…? なんでですか」
「……いや、だって…………」
無理しなくていいんだよ佳夏。
「……よく分かんないすけど……」
佳夏はアタシの目を見て━━━━━
「今は
…………やっぱズルい。
………………やっぱ嬉しい。
……………………やっぱ、カッコいい。
アタシのデートで佳夏が
……こんなにも満たされるなんて。
あぁダメ! 今のアタシの顔、絶対に見せられない…!
アタシは彼から視線を外し、俯いた。
誰にも見られないように。
だってどう考えたって、今のアタシの顔はきっと…………ものすごく赤くなってる。
もぉ〜……今日はそんなのばっかり…。
隣から佳夏の心配する声が聞こえるけど、正直耳を素通りしている。
……あー、なにこれなにこれなにこれっ!
◇◇
どうしよう。
先輩が俯いて動かなくなった。
手で顔を覆っているため表情が分からない。さっきから何度か声をかけているが、顔をフルフルと横に小さく振るだけで、声は聞こえない。
俺は一体何をしてしまったんだ…!
また何か不快にさせる事をしてしまったのか? だがどうしよう、今回は思い当たる節が無い…。
……ここは一旦落ち着こう。
「あの…。俺、飲み物買ってきますね。すぐ戻りますっ」
先輩が小さく頷いたのを確認し、自動販売機へ。
すぐ戻るとは言ったが、あえてすぐには戻らない。遠巻きから先輩を確認し、落ち着いたであろうタイミングで飲み物を持って先輩の所へ戻る。
「どうぞ」
先輩には麦茶を渡す。CiRCLEでもよく飲んでいたので嫌いではないだろう。
「うん……ありがとっ」
「いえ……とりあえず、落ち着きました?」
「う、うん…// ごめんね? アタシ、変だよね…」
「変というか……心配しました。俺がなんかしたんじゃないかって…」
「んーん…。佳夏は悪くないの。……むしろ嬉しくって」
「?」
「あっはは、なんでもないよ。お茶、ありがとね。いくらした?」
「いいですよそんな。これくらい奢らせてくださいよ」
「……ん。分かった☆」
どうやらもう大丈夫らしい。一安心だ。
しかし今日の先輩はやっぱり変だ。でも楽しそうにしているのだから余計に分からない。
なんて考えていたら。
「よっし! 佳夏」
「はい」
先輩は急にベンチから立ち上がって、俺を見る。
その顔は笑顔で満ちていた。
「デート♪ 続けよっか!」
「はいっ」
俺は先輩に手を引かれて再びショッピングモールを巡る。
◇◇
「ん?」
「どうしたの? 巴ちゃん」
「いや…なんでもない(……今、佳夏がいたように見えたんだが)」
「そお?」
「あぁ」
「ところでけー君からの返信は〜?」
「ん〜…。ダメ、既読もついてないよー」
「佳夏君は今日オフだ、ってまりなさん言ってたよね?」
「あたし達の誘いを無視して何してるんだか」
「もしかして……」
「誰かとデートとか…っ!?」
「「「「………」」」」
「「「「「まさかね〜」」」」」
◇◇
ゾクッ…
「え? どしたの…?」
「いえ…、ちょっと嫌な予感が…」
「だ、大丈夫?」
「大丈夫です…………多分」
俺達はその後も、色々な店を周りながらデートを楽しんだ。
◇◇
「このアクセ、どっちがいいかな?」
「ウサギとネコですか…」
「そ! 可愛いよね〜」
「ん〜…。今井先輩にはウサギですかね」
「あ、やっぱり〜?」
「先輩ってピアスもウサギだし」
「お気に入りのピアスなんだっ♪。……よし。それじゃあどっちも買おっかな」
「えぇ…? なんで?」
「ネコの方を友希那にプレゼントしようと思って」
「湊先輩に?」
「友希那、ネコ大好きなんだぁ〜…!」
「へ、へぇ〜(意外だ)」
「でも……受け取ってくれるかな…?」
「……大丈夫ですよ、あの人なら。ちゃんと受け取ってくれます」
「……うん☆ そーだねっ」
◇◇
「こ、これがJapanese"ゲーセン"…!」
「ゲーセンも初めてなんだ…」
「古の伝説は誠だったか…」
「そんな珍しいものでもないけど………入ってみる?」
「良いんですか???」
「う、うん。(テンション上がったなぁ〜)」
「……へぇ〜、音すっごい」
「ゲーセンはうるさいからね〜」
「……あれは?」
「おっ、ダンスゲームじゃん」
「ダンス?」
「そ。ふっふっ〜、まぁ見てなって☆」
「や、やるんすね」
「よっ、はっ、とぅっ」
「うへぇ〜…」
「ラスト!」決めポーズ
「「「「「おぉ〜!」」」」」
「(なんかめっちゃ人来た)」
「あははは…! ちょっと恥ずかしいな〜」
「凄いっすね先輩。カッコよかったです」
「ふふんっ♪ ダンス部を舐めちゃあダメだよ?」
「
◇◇
「美味しそうなクレープ発見!」
「食べますか」
「いいの?」
「先輩食べたそうにしてるし、俺も食べてみたい」
「あっはは、ありがとね♪」
「いらっしゃいませー」
「佳夏はどれにする?」
「そうですね……」
「お客様。今ならカップル限定のクレープがございますが、如何なさいますか?」
「カップル…///」
「限定……」
「はいっ」
「それにしますっ!」
「せ、先輩?」
「かしこまりましたぁ〜」
数分後
「お待たせしましたぁ〜」
「…………」
「…………」
「「……デカい」」
「…ね、ねぇ佳夏」
「はいはい?」
「写真撮らない? こう…記念にさ?」
「いいですね」
「ほんとっ!? それじゃあちょっと寄って〜」
「……」
「ほらほらもうちょい寄って。入らないからさ」
「こ、こうすか(近い)」
「そうそう♪(近い…//)」
パシャ
「撮れた!」
「どうすか」
「…佳夏全然笑ってないじゃん」
「えぇ………」
「あっははは♪ なーに落ち込んでんの!」
◇◇
「クレープ。結構大変でしたね」
「想像以上に大きかったからね〜…」
「さて、次は何処行きましょうか」
「佳夏は何処か行きたいとこないの?」
「そうですね……あ、本屋に行きたいです」
「本屋ね。確か1階にあったはず」
数分後、本屋到着
「ちなみにどんな本買うの?」
「具体的には決まってないんで、気になった本があればいくつか…」
「なるほどー。あ! コレとかどう?」
「恋愛小説ですか」
「そうそう! この前ひまりから借りたんだけど、なかなか面白くって」
「へぇ。ならそれ買います」
「あら。自分で言っておいてなんだけど。こういうのに抵抗は無しな感じ?」
「あんまないですね。恋愛物は積極的には観ないですけど、アニメも漫画も映画も好きです」
「おー♪ いーねぇ。じゃあさっ、今度なんか映画でも見に行かない?」
「いっすね」
「決ーまりっ♪(やった…!)」
◇◇
「バイト?」
「はい。青葉の奴、ちゃんと仕事できてるんすか?」
「どしたの急に」
「いや、アイツのことだからお客さんや先輩に迷惑かけてないか心配で……」
「あはは! そんなことないよ〜」
「そうなんすか?」
「うんうん。ちゃーんと仕事してるから大丈夫!」
「なら、良いんですけど…。なんかあったら教えてください。俺から言っとくんで」
「佳夏はモカの親かなんかなの…?」
「とりあえず一安心…」
「……あ、でもこの前。「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」をどれだけ雑に言えるか、みたいなゲームを1人でしてたな〜」
「青葉…」
「最終的に「さんしゃい〜ん」とか言ってたけど」
「青葉ェ……」
◇◇
そんなこんなで楽しい時間はあっという間に過ぎ、夜の帳も降りていたので、今井先輩を家の近くまで送ることにした。
今は夜の住宅街を2人で歩いている。
「今日はありがとね」
「こちらこそ。服まで選んで貰っちゃって」
「いーのいーのっ! アタシも楽しかったし♪」
隣を歩く先輩の顔は、あのベンチでの出来事からずっと笑顔だ。結局先輩が何を考えていたのかは終始分からなかったが、どうやら何かしら吹っ切れたようなので詮索はしない。
「あ、そういえば……」
立ち止まった先輩はスマホを取り出してとある画面を見せる。
そこには今井先輩の連絡先が記されていた。
「コレ、アタシの連絡先!」
「そういえば交換してなかったですね」
「そうそうっ。交換してくれる?」
「喜んで」
俺はスマホを取り出し画面を開く。
……おろ?
「(なんか上原からめっちゃ連絡来てた……)」
昼頃からスマホを開いてなかったので全然気付かなかった。なんか申し訳ないことをしたな。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないです」
上原への対応は後にしておこう。すまん。
俺は先輩と連絡先を交換した。
「寂しくなったら何時でも連絡してOKだから☆」
「はぁ…」
「ちょっとー? 反応が薄いぞー」
肘でグリグリするのやめてください。それなりに痛いんです。
「……よし。ここまででいいよ」
「…分かりました。今日はありがとうございました。今井先輩」
「うん♪ アタシも楽しかった」
「……まぁその」
「?」
「…また、機会があれば誘ってください……」
今日は本当に楽しかった。暇な1日になるだろうと思っていた朝だったが、先輩が誘ってくれたおかげで今日1日が充実したものになった。
本当に感謝している。
また一緒に遊べたら、俺としては嬉しい。
「〜〜〜っ! うんっ!
そう言って去っていく先輩の顔は暗がりでよく見えなかったけど、きっと笑っていたと思う。
◇◇
名残惜しいってこういう事なんだろう。
もっと彼と遊びたかったけど、今日はもうお終い。けどこれが最後じゃない。
『…また、機会があれば誘ってください……』
彼はそう言ってくれた。
アタシから言おうと思っていたけど、彼の方から言ってくれた。……凄く嬉しい。気持ちが共有されたみたい。
彼は初めて会った時、友希那が連れてきた時からどこか気になっていた。多分…印象が友希那にそっくりだったからだと思う。特に目とか。
だからかもしれない。妙に彼を気にかけてしまうのは、きっとそういう部分が大きいのだろう。
だから今日のデートでは彼をからかうつもりが大きかった。
彼はどんな反応をするんだろう。どんな物が好きなんだろう。どんな人なんだろう。
彼をある程度知れればそれで良いと思っていた。……思っていたのに。いつの間にか"知りたい"って欲求が強くなって……。気付いたらアタシの方が振り回されていた。
友希那と似てる部分なんてほとんど無かった。若干ジト目な所と気持ちクールなところぐらい?
彼は気遣いの出来る人だった。
歩く時は車道側だし、荷物もいつの間にか持ってくれていたり、カフェの時はアタシより先に扉を開けてくれて、ソファ席まで誘導して、メニューを渡す。
というかものすごく自然に昼食を奢ってくれたことには驚いちゃった…。
佳夏は気付いてなかったかもだけど、斜め後ろの席に居たカップルが"あ〜ん"し合ってたから……真似してみたけどすっごい恥ずかしいね、アレ。
友希那相手ならすぐできるんだけどなぁ。
人とぶつかりそうになった時、肩を抱き寄せてくれた瞬間は凄くドキドキした。もう心臓凄かったもん。
……あと、触れ合った時に気付いたんだけど、彼は意外と筋肉がある。着痩せするタイプなのかな?
そして……
『今は今井先輩とデートしてるんですから。もう少し……楽しみたいです』
アタシとのデートを大切にしてくれた彼。
こんなにも暖かい気持ちになったのは何時ぶりだろう。
言われた時は暖かいどころか暑いくらいだったけどね…!
途中から本気で楽しんでいたアタシ。からかう気なんて失せて、時間も忘れて彼とのデートを謳歌していた。
彼の小さな仕草にドキドキしちゃったりして…。
もっと彼を知りたい。
もっと話してみたい。
……もっと同じ時間を過ごしてみたい。
そう思ってしまうのは、きっと━━━━━
◇◇
おまけ
CiRCLEにて。
「スタジオA、空いたわ」
「お疲れ様です」
「えぇ。……そろそろマネージャーになる気にはなったかしら」
「ほんと強情ですね…………あ」
「?」
「その鞄に付いてるアクセサリーって……」
「あぁ…。リサが昨日くれたの」
「…そうですか。良かったですね」
「えぇ………。ふふっ、にゃーんちゃん…」
「………………(何ぃ?)」
「それじゃあ、失礼するわ」
「あ、はい…」
◇◇
おまけ その2
『すまん。気付かなかった』
『もー酷いよー! 私達ショッピングモールにずっと居たのに〜』
『(俺も居たなんて言えねぇ)』
『今日オフだったんでしょ?』
『おう』
『何してたの?』
『え……何って…………』
『まさか本当にデート…?』
『はぇ?』
『誰かとデート、してたの?』
『…………な(んで知って……)ハッ…!』
『……明日CiRCLEでバイトでしょ…?』
『そっ……すね…はい』
『また明日ね、佳夏』
『……はいぃ』
ブツッ
「…………明日バイト行きたくねぇ〜」
「にゃ〜」
文字数がかなり多くなってて作者自身もびっくりです。
いつも暖かい感想をくださって感謝の念が着きません。ありがとうございます。めちゃくちゃ励みになります。