少年とガールズバンド   作:奏でるの

7 / 10
少しだけシリアス

原作とはかけ離れた要素が多いかもしれないので、そこは原作改変ということで……。

「コレは原作の流れとちゃうやろ」って感じても"そういう世界の作品"ということでどうか、どうかご容赦頂ければ、作者としては嬉しいです。



#7 新"星"とか

有咲『林道、明日の放課後暇か?』

 

佳夏『暇だ』

 

有咲『なら蔵に来てくれると助かる』

 

佳夏『蔵?』

 

有咲『おう』

 

佳夏『蔵って…何処の?』

 

有咲『ウチの』

 

佳夏『…よく分からんけどまぁ分かった。それで? 何かあったのか?』

 

有咲『バンドの練習を見て欲しいんだよ』

 

佳夏『なんだ? 市ヶ谷、バンド組んだのか』

 

有咲『まぁな。でもわからないことだらけでなー。特に香澄が』

 

佳夏『市ヶ谷の家で練習してるのか?』

 

有咲『家というか、蔵で』

 

佳夏『…なるほど、了解』

 

有咲『待ってるぜー。香澄がなかなか煩くてな』

 

佳夏『文句言う割には、バンド入りしたり練習場所を貸したりするんだな』

 

有咲『うるせー! 仕方なくだし』

 

佳夏『そうか。ちなみになんだが…』

 

有咲『なんだ?』

 

佳夏『戸山のギターケースは新調したのか?』

 

有咲『いや、まだだったと思う。いつも蔵に預けてるし』

 

佳夏『そうか』

 

有咲『?』

 

佳夏『なんでもない。とりあえず明日な』

 

有咲『頼むなー』

 

 

 

 

 

私は林道とのチャットを終え、スマホの電源を落としてそのままソファに放り投げた。

 

 

ここは蔵。ばあちゃんの蔵の清掃とか整理とかを手伝った報酬(?)として私がばあちゃんから貰った場所。正確には蔵の地下だけどな。

今日も今日とて香澄の奴が騒いでったなー…。

それに、最近はりみやおたえも入って…

 

 

「あ、林道にりみ達の事伝えるの忘れてた…」

 

 

まいっかぁ…と、ソファにへたり込む。

香澄の相手は疲れるんだよ。おたえもおたえで訳分かんねー事ばっか言うし…。

 

 

「お前も道連れだぜー、林道」

 

 

明日の蔵練は、一緒に苦労しようぜ。

 

 

私は飯食って風呂入って寝た。

 

 

 

 

 

翌朝。

 

 

 

 

 

「あーりさっ! おはよー!!」

 

「朝っぱらからうるせぇーーっ!!」

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

「お! いらっしゃい佳夏君」

 

「こんちわ」

 

 

初めてやまぶきベーカリーに来てから数日がたったが、早々に通いつめている。亘史さんともそれなりに仲良くなって、ある程度は親密に話せる仲になっていた。今日は山吹ではなく亘史さんがレジに立っている。奥に多分奥さんの千紘(ちひろ)さんがいると思う。2回目に来た時に少しだけ話した。

 

 

「悪いね、沙綾はまだ帰ってないんだよ」

 

「え? あ、はぁそうですか」

 

 

亘史さんがレジの時は大体こう言う。別にそれを俺に教える必要はない気がするのだが。

まぁとりあえず会話を振られたので乗っかろう。

 

 

「山吹は何か部活とかやってるんですか?」

 

「私も山吹なんだがね」

 

「…えっと〜。娘さん、の事です」

 

 

そうだった。苗字呼びが癖になってるから…。

 

 

「ふっ」

 

「?」

 

「あっはははは!」

 

 

急に元気に笑い出す亘史さん。今の会話に笑える要素あったんですか?

 

 

「いやぁーっはははっ! 済まないね。ちょっと意地悪してしまったよ」

 

 

そう言って俺の肩をバシンバシン叩いてくる。ははは。痛いですよ亘史さん。

 

 

「はぁ…」

 

「呼びづらいだろうし、佳夏君さえよければだが、沙綾のことも名前で呼んでやってくれ」

 

「…善処します」

 

 

再び高笑いと共に今度は背中を叩かれる。いたた。

 

 

「もう、あなた? 佳夏君困ってるでしょ?」

 

「いえ、そんな…」

 

「おっと、悪いね」

 

「いらっしゃい佳夏君。沙綾ならまだ帰って来てないわ」

 

「こんにちわ千紘さん。あとそれさっき聞きました」

 

「いらっしゃいっ! 兄ちゃん」

 

「い、いらっしゃい…」

 

(じゅん)紗南(さな)もこんにちわ」

 

 

店の奥から山吹の母である千紘さんが姿を表す。この人も大体山吹がいない時は教えてくれる。何故だろうか。

その後ろから着いてきたのは山吹の弟の純と妹の紗南。2人とも小学校の4年生と3年生。何度か合う中で少し仲良くなった。紗南にはまだ若干怖がれているきらいがあるようだけれど。俺の顔って怖いのかな…?

 

 

「そんな事ないわ。かっこいいわよ」

 

 

……いや、サラッと心読むのやめてもらっていいですかね…。まぁお世辞でも嬉しいですけど。

 

 

「お世辞なんかじゃないわよ。ねぇ?」

 

「「?」」

 

 

いきなり振られた純と紗南は疑問符を浮かべている。

 

 

いやだから………もういいです。

 

 

「ふふふ」

 

 

なんだか千紘さんには敵いそうにないな。さすが、母は強しと言ったところか。

 

 

「しかし、最近は沙綾の帰りが遅い日が多くなったな」

 

 

亘史さんが唐突に言い放つ。

 

 

「あぁちなみに、沙綾は部活に入ってないわよ」

 

「は、はぁ…」

 

 

亘史さんにしたはずの質問を何故か千紘さんが答える。

 

 

「なら、友達と遊んでいるんじゃ?」

 

「つい最近まではウチの手伝い優先だったんだけどな…」

 

「それは…」

 

「あぁ違うのよ佳夏君。むしろ私達としては嬉しいのよ」

 

「?」

 

「沙綾は…まぁ、責任を感じているんだよ」

 

「責任…?」

 

「……そう、そのせいで沙綾の()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

「……」

 

 

俺には、千紘さんと亘史さんが何の話をしているのか分からなかった。

けれど、2人が山吹のことを大切に想って、同時に心配していることも分かった。なんとなくだが。

良いご両親だ。

 

 

「まぁ、原因は私なのだけれど…」

 

「……?」

 

「…ははっすまんな辛気臭い話を聞かせて」

 

「いえ」

 

「……何も詳しい事は聞かないのね」

 

 

"君になら教えてもいいわよ?"みたいな視線を俺に向けてくる千紘さん。いや、もう少し大事にしましょうよ。こんなどこの馬の骨とも分からん野郎に…。

それとも、他人に頼らないといけないような状況なのだろうか。店番をしている山吹は楽しそうに見えていたのだが…。

 

 

「…その事で山ぶ…沙綾さんが悩んでいるのだとしたら、その時は彼女本人の口から聞きますよ。或いはもし、このまま良い方向に進むのであれば、その時は何も聞かずに後押しするだけです」

 

 

深入りするべきではないと判断する。山吹本人がどんな問題を抱えているのかは知らないが、たかが一知り合いに過ぎない俺がズケズケと踏み込む話ではないと思う。

 

もちろん。悩み続けることがいい事とは微塵も思わない。どう考えたって悩み事なんて消えた方がいいに限る。

 

 

「……………そう」

 

 

千紘さんは柔らかく微笑んだ。それを見た純と紗南も笑顔になる。さすがお母さん。

 

 

「佳夏君」

 

「はい?」

 

「君、彼女はいるの?」

 

「…いません、けど」

 

 

今の流れでそんな質問をされるとは思わなかったですよ。

なんでそんな事を聞いてきたんだ? この人。

っていうかめっちゃニコニコしてる。

 

 

「うふふ♪ なんでもないわ」

 

 

…大人の余裕、のようなものを感じる。見透かされてるようでなんかちょっと悔しい。

 

 

「そういえばその背中のって…」

 

 

亘史さんが俺の背負っているものを指さして聞いてきた。

 

 

「あぁ…ギターケースですよ」

 

 

俺は黒のギターケースを背負っていた。

 

 

「もしかして君のギターかい?」

 

「いえ、ケースだけです。中には何も入ってないですよ」

 

 

俺はケースに何も入っていないことを教えるために軽く振ってみせる。

 

 

「何故ケースだけ?」

 

「まぁ………プレゼント用に」

 

「へぇ………もしかして相手は女の子?」

 

 

千紘さんが詰め寄ってくる。…ちょっと怖い。

 

 

「え、えぇ…まぁ」

 

「あらあら〜」

 

「(難儀だなぁ〜…)」

 

「(沙綾、お母さんは応援するわ)」

 

 

なんか2人が遠くを見つめている。やっぱ何考えているか分からないな…。

 

 

「兄ちゃんギター弾けるの?」

 

「ん? まぁ多少はね」

 

「すげー!」

 

「お兄ちゃん…すごいっ」

 

 

純と紗南がきらきらと瞳を輝かせながら褒めてくれた。嬉しさからか俺は無意識に2人の頭を撫でてあげる。

 

 

「っへへ♪」

 

「ん♪」

 

 

2人は目を細めて笑顔になる。可愛いな。

このまま2人の相手をしていたいが、いつまでもここにいる訳にはいかない。今日は市ヶ谷にお呼ばれしている。遅くなると市ヶ谷怒りそうだし…。

 

 

「それじゃあ俺はパン買ってそろそろ行きます」

 

「あっすまないな、引き留めてしまって」

 

「いえ、そんな……。ここはなんか居心地良いので、つい長居しちゃいますね」

 

「ははっ! 嬉しいこと言ってくれるねぇ」

 

「兄ちゃんもう行っちゃうのー?」

 

「お兄ちゃん…」

 

「あぁ。大丈夫だ、また明日来るからさ」

 

「ホント!?」

 

「おうとも」

 

「へへっ約束だぞ!」

 

「あぁ」

 

 

俺は最後に2人の頭をわしゃわしゃと撫で回す。すると2人は満足したのか笑顔で奥に消えていった。

 

 

俺は余裕を持たせて6個パン買ってから店を出る。すると入口まで千紘さんがついてきた。

 

 

「それじゃあ━━━━━」

 

「佳夏君」

 

 

別れようとしたら、千紘さんに呼び止められる。

 

 

「もし━━━━━」

 

 

振り向くと、そこに先程までの優しい笑顔はなかった。

 

 

 

 

 

「もし、沙綾が困っていたら…君が助けてあげてくれる?」

 

 

 

 

 

一瞬何のことだろうかと聞き返しそうになったが……先程の話の続きだろうか。

 

 

「……」

 

「あの子は色んなものを押し込んでいる。親として、それは見ていられないの」

 

「千紘さん……」

 

「けど、あの子に我慢をさせているのは()()()()

 

 

さっきもそんな事を言っていた。

 

 

「私があの子に何を言っても、それが余計にあの子の枷になるわ」

 

 

千紘さん。そんな顔しないでくれ。

 

 

「だから、「大丈夫です」…え?」

 

「━━━━━なんて、軽い気持ちでは言えないですね…」

 

 

俺の言葉に、千紘さんは驚いた表情を見せる。

 

 

「俺は、皆さんが何を抱えているのかを知らないから…」

 

「………」

 

「けど、もしその時が来たら。俺は山吹の支えになろうと思います」

 

「支え…」

 

「俺は万能では無いので、山吹の悩みを解決できるとは限りません。でも、一緒に背負うくらいの甲斐性はあるつもりです。友達として……」

 

「(友達、としてか……ふふ)」

 

 

すると千紘さんは小さく笑って見せた。うん、その顔が良い。安心できる笑顔だ。

 

 

「…ありがとう、佳夏君」

 

「いえ」

 

 

この際だ、1つ気になっていた事を聞いてみよう。

 

 

「千紘さん」

 

「何かしら?」

 

「山吹の好きなことって……もしかしてドラム、ですか?」

 

「…どうして、それを?」

 

「山吹の手を見た時に、たこの付き方が俺と同じだったので」

 

 

やまぶきベーカリーでの2回目の買い物の時、山吹からお釣りを受け取る時に気付いた。両手の人差し指と中指、そして親指の皮膚が固くなっていることに。

俺は自分の手を千紘さんに見せた。

 

「あら…ほんと。沙綾の手そっくり…」

 

 

なんかメッチャにぎにぎされる。へんな感覚だ。

 

 

「いつか……」

 

「?」

 

「いつか、山吹のドラムを聴いてみたいですね」

 

 

俺は千紘さんにそう言って。軽いギターケースを肩にかけ直し、市ヶ谷宅へ歩き出す。

 

 

「……えぇ、そうね。私も久しぶりにあの子が楽しく演奏している姿が見たいわ…」

 

「(そして、そうさせてくれるのが君だったら良いなと、私は思う……)」

 

 

千紘さんの声は俺には届いていなかった。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「お久しぶりです……」

 

 

やまぶきベーカリーからクールに去るぜ…をした約20分後。それはそれは大きな敷地を持った市ヶ谷宅の前に付いた。

謎に貫禄のあるその佇まいに、俺は無意識に市ヶ谷宅の前で挨拶をしてしまう。馬鹿丸出しで我ながら面白い。

 

 

はてさて、市ヶ谷からは『蔵に来い』との話だったが、……今更ながら何故蔵なのだろうか? もしかして認識の相違があったりしないか? 蔵ってなんかこう…デカい荷物とかを仕舞っておく場所だと俺は思っているんだが。だがチャットでもちゃんと『蔵』だったし。間違いは無いと思うんだが…。

 

 

「とりあえず入るか」

 

 

……インターホンがないだと? 玄関? 入口? を見回しながらそんな事を思う。

仕方ない。

 

 

「失礼しま〜す……」

 

 

そろりと入口門を跨ぐ。別に悪いことはしていないはずだが緊張してしまう。

俺は敷地内をざっと見回したが…。

 

 

「……どの蔵?」

 

 

蔵を見つけることには苦戦しなかったが、恐らく蔵であろう建造物がいくつも見える。……そう来たか。

まさか1つではないとは、恐るべし市ヶ谷宅。蔵がいくつもある家ってなんやねん。

とりあえず、1番近くの蔵に近付いてみる。

 

 

「流…星堂?」

 

 

そこにはそう彫り込まれていた。? 蔵では無いのか?

……わからん。

 

 

勝手に入る訳にも行かないので、とりあえず母屋と思われる建物に向かう。コッチはインターホンがあった。

 

 

〜♪

 

 

「は〜い」

 

 

インターホンを押して数秒後、中から小さく声が聞こえて来た。扉越しだが、人が近付いて来る気配がする。

ガラッと玄関扉が開かれた。

 

 

「はぁい、あら?」

 

 

現れたのはお婆さん。白い巾着を身にまとい、優しい笑顔を向けてくる。市ヶ谷のおばあちゃんか?

 

 

「…こんにちは。すみません勝手に入ってしまって」

 

「あぁ、いいのよぉ。質屋に御用かしら?」

 

「いえ……その(質屋?)」

 

 

蔵に用があって……と言うべきなのだろうか?

そんな事を考えていると。

 

 

「もしかして有咲のお友達かい?」

 

 

そう聞かれた。

ありがたい。話が通っているなら早くて助かる。

 

 

「えぇ、市ヶ谷に『蔵に来い』と言われたんですが…」

 

「あぁやっぱりね。どうぞ、着いてきてくださいな」

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

 

お婆さんについて行く。

 

 

「君と似たような物を背負ってる子がよく来ててねぇ」

 

「…ギターケースですか」

 

 

蔵に案内されながらそう聞かれた。

 

 

「あそうそう、ギターだね」

 

 

ギターケースを背負って来てるのなら戸山ではないかもな。ということは他にギターを持ってきてる人がいるのか?

 

 

「しかしまぁ…」

 

「はい?」

 

「まさか、有咲に男友達がいるとはねぇ」

 

 

にこやかかつしみじみとそんなことを言うおばあちゃん。

俺は怪しい男じゃないですよ! そう心の中で叫ぶ。

 

 

「最近はあの子も楽しそうでねぇ」

 

「は、はぁ…」

 

「有咲のこと、どうかよろしく頼むね」

 

「こ、こちらこそ…」

 

 

変な男とは思われてないらしい。一安心だな。

……おぉ?

 

 

「…綺麗な盆栽ですね」

 

「え? あぁ。……ふふふ」

 

 

壁沿いに並んでいる盆栽が目に入る。綺麗に整えられたそれは妙に存在感があった。

俺の反応に対してさらににこやかになるお婆さん。

 

 

「コレ、市ヶ谷さんが?」

 

「いいえぇ。それは有咲に聞くといいわ」

 

「? はぁ…」

 

 

何故か濁された。聞かれてまずい話と言う訳でも無さそうだし……。まぁいいか。

 

 

「ここだよ」

 

 

お婆さんは蔵の前に立ってそう言った。

市ヶ谷の言う『蔵』は、結局『流星堂』だった。合ってたのか。

中に入ると、そこには壺やら掛け軸やら甲冑やら…とりあえず大量の骨董品が並んでいる。なるほど…「質屋」。そういう事ですか。

 

 

しっかし未だわからない。こんなところでバンドの練習ができるとは思えないんだが……。壺とか壊して回りそうだぞ。

 

 

「ふふ、ここから入るのよ」

 

「……え?」

 

 

蔵の奥に着くと、お婆さんはしゃがみこんでそう言った。そこには下へと続く階段がある。

まさかの地下だと? なんだか急にテンションが上がってしまった俺。確かに階段の先から微かに音が聞こえてくる。

 

 

お婆さんの後ろに付いていく形で、蔵の地下まで降りていく。

 

 

「有咲〜? お友達が来たよ〜」

 

「ん〜。やっと来たか」

 

 

市ヶ谷の返事が聞こえてくる。ほんとに居た。

 

 

「よう」

 

「いらっしゃい佳夏君!」

 

「遅いぞー林道」

 

「悪い。しかし蔵って言われてもどの蔵か分からんくてな……。案内ありがとうございます」

 

「いいのよぉ。それじゃあね有咲」

 

「うん。ありがとな、ばあちゃん」

 

「佳夏君迷ったの?」

 

「迷った…というか、人生でどの蔵に行けばいいのか悩むなんて事態に直面するとは思わなかったって言うか……」

 

「ギター持ってる」

 

「え?」

 

 

知らない人が会話に入ってきた。

長いストレートの黒髪で女子にしては長身であろう背丈。肩に青いギターを掛けてソファに座っている。

お婆さんが言っていたギターの人はこの子か?

 

 

「えっと…おたえちゃんの友達?」

 

「ううん、知らない人」

 

 

隣に座っている人も知らない人。

丸みがかったショートヘア。前髪の左右の端が横にハネているのが可愛らしい。ピンクのベースが横に立て掛けてある。

 

 

「佳夏君! 紹介するねっ」

 

 

戸山が立ち上がって3()()の紹介を始めた。

 

 

「この子はりみりん!」

 

「あだ名だろそれ!」

 

「あそっか」

 

「あはは…。えっと…牛込(うしごめ)りみです。よ、よろしくね」

 

「よろしく」

 

 

牛込さんがお辞儀をしたので俺も返す。良い子そうだ。

……"りみりん"? どっかで聞いたな…。

 

 

「コッチはおたえ!」

 

「だからあだ名だろそれ!」

 

「あそっか」

 

「いぇーい」

 

 

そう言ってギターを鳴らす"おたえ"さん。ギター上手くね?

 

 

「はぁ…こいつの名前は花園(はなぞの)たえ」

 

 

市ヶ谷が補足で紹介する。こいつ、苦労人ポジを既に確立させている。気の毒に……。

 

 

「花園さんね」

 

「おたえだよ」

 

「?」

 

「おたえって呼んで」

 

「は、いや…、急にあだ名はな…」

 

「おたえ」

 

「えぇ……」

 

「おたえ」

 

「……」

 

「おたえ」

 

「……お」

 

「た?」

 

「…………え」

 

「さんはいっ」

 

「…おたえ」

 

「よくできました」

 

 

なんだコイツは?

そういう意味を乗せた視線を市ヶ谷に送ると……。

 

 

「知らん」

 

 

そう返された。さいですか…。

 

 

「最後は〜……」

 

「あぁ、それはいい」

 

「あら?」

 

 

3人目を紹介しようとする戸山を俺が止める。その必要はないみたいだし。

 

 

「ま、まさか香澄と市ヶ谷さんの紹介したい人が林道君とはね…」

 

「面白い偶然もあるもんだな」

 

 

そこには行きつけのパン屋、"やまぶきベーカリー"の看板娘。山吹沙綾がいた。

 

 

 

 

 

千紘さん。近いうちになんとかなるかもしれません。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「林道佳夏です。よろしく」

 

 

初対面の花園と牛込に自己紹介をしておく。

 

 

「よろしくね、林道君」

 

「おう」

 

「それギター?」

 

「これか?」

 

 

花園が俺の背負ってるギターケース指さして聞いてきた。

空だけど。

 

 

「それって佳夏君のギター?! 見せて見せてー!」

 

「私もー」

 

「残念だが違う」

 

「? じゃあ何で持ってきたんだよ」

 

「そもそもギターは入ってない」

 

「はぁ?」

 

 

何言ってんだお前みたいな顔をしている市ヶ谷。

可愛い顔が台無しだぞ。

 

 

「コレは空のギターケースだ」

 

「…なんでそんなの持ってきたんだ?」

 

「戸山にあげるためにな」

 

「え、私!?」

 

 

そう、コレは未だギターケースが無い戸山用に用意したモノ。しかも変形ギター用だ。昨夜買ったばかりの新品だぞ。

 

 

「なんで香澄に…………あぁ」

 

 

市ヶ谷も昨日のチャットを思い出して納得したみたいだ。

 

 

「まぁ初心者へのプレゼントだと思ってくれ」

 

「ホントに!? 私にくれるの??」

 

「おう」

 

「わぁーーっ! ありがと〜!!」

 

「ちゃんと変形ギター用に"っ

 

 

言い切る前に戸山に抱きつか(突撃さ)れる。

なかなか痛い。鈍い痛みが鳩尾に走る。

 

 

「私、大事にするからねっ!!」

 

…………………………ぉ…………お"ぅ

 

「香澄、離れてやれ。林道が虫の息だ」

 

「(香澄、大胆…// って私もこの前したんだった……)」

 

 

鳩尾を擦りながら立ち上がる俺。いい一撃だ褒めてやろう。そしてもうしないでね。

 

 

「それで、練習を見てほしいって話だったが…」

 

 

俺はここに来た目的について聞いてみた。

 

 

「あぁ、お前にアドバイスとかして貰いたくてな」

 

「…この5人がバンドメンバー?」

 

「そーだよ!」

 

「山吹さんは違ぇだろー」

 

「あはは…」

 

 

少しバツの悪そうな笑顔を作る山吹。

なんだ、てっきり山吹もメンバーなのかと。

 

 

「山吹はなんでここに?」

 

「えっと、香澄の練習に付き合ってる、というか…」

 

「俺と似たような立場か」

 

「そうだね」

 

「てことはその4人がメンバーか」

 

「うん!」

 

 

元気よく答える戸山。

4人構成だとして……

 

 

「ちなみに担当は?」

 

「私がギターと歌う人!」

 

「ギタボね」

 

「私は一応キーボード…」

 

「そういえばピアノやってたんだっけか」

 

「私はベースだよ」

 

「私はリードギター」ジャァーン

 

「なるほど……ドラムはいないのか?」

 

「…………」

 

「今のとこいないな」

 

「それって必要なの?」

 

「別になくてもバンドは出来る」

 

「この前ドラム無しでライブやっただろー」

 

「え? 何、ライブしたのか?」

 

「うん! クライブ!」

 

「くらいぶ? (誰や?)」

 

「蔵でやるライブだからクライブ」

 

「なるほどね。ここライブもできるのか。すげぇな市ヶ谷んちの蔵」

 

「ま、まぁな…!」

 

「でもドラムは欲しいよね」

 

「確かにリズム隊が1人なのはキツいかもな」

 

「リズム隊?」

 

「文字通りリズムキープなんかを担当するんだよ。大体はドラムやベースを指す。人数が多いならキーボードもここに入るな」

 

「りみりんがリズム隊?」

 

「う、うん。そうだね」

 

「ドラムできる人に心当たりは?」

 

「居ないんだなーこれが」

 

「…………そうか」

 

 

反応を見る限り、恐らく山吹は自身がドラム経験者だということを隠しているんだろうな。理由は気になるが、今は聞かない方がいいだろう。聞かれたくないことかもしれないし。

 

 

「まぁドラムがいなくてもバンドはできる。打ち込みでもいいしな」

 

「打ち込みって?」

 

「……機械とかで音だけ用意することだ」

 

「へぇー」

 

「戸山。お前ホントにわからないことだらけなんだな」

 

「林道が来てくれて助かるぜ…」

 

「苦労してるな、市ヶ谷」

 

「そう言ってくれると助かる…今日はお前も道連れだ」

 

「まじかー」

 

 

肩にポンと手を置かれてしみじみと言われる。まぁ俺で良ければ手を貸そう。

 

 

「まぁいいか。とりあえず練習で手伝えることがあれば言ってくれ」

 

「助かる」

 

「佳夏君! またギター教えてっ」

 

 

また近いなコイツは…。まるで犬みたいだ。しっぽついてたら絶対ブンブンしてる。

 

 

「花園がいるだろ。アイツ多分すげー上手いよ」

 

「おたえ」

 

「……おたえ、な」

 

 

そこそんなこだわる? 何か執念じみたものを感じる。

 

 

「きらきら星マスターしたから聴いて欲しい!」

 

「おおついにか。まぁそれならいいんだけど」

 

「私も教えて」

 

「いや、花ぞ……おたえはギター出来るんだしいいだろ」

 

「諦めちゃだめだよ」

 

「はぁ…?」

 

 

なんだか掴みにくい奴だな。コレは市ヶ谷の苦労も頷ける。青葉とは少し違うが、何考えてるか分からない奴だ。

なんて思ってたらおたえの奴、何故か急にジリジリと近付いてきてこう言い放った。

 

 

「沙綾の匂いがする」

 

 

俺から?

 

 

「えっ、わ、私…!?//」

 

「(スンスンスン)…ホントだ! さーやの匂いだぁ」

 

「おたえちゃんと香澄ちゃん、わかるの?」

 

「私の鼻は誤魔化せないよ!」

 

「犬かよ」

 

 

やはり戸山は犬だったか。しかし山吹と同じ匂いか、まぁ十中八九今回の差し入れのせいだろう。

 

 

「えっと…// あはは、なんでだろうね」

 

「多分コレだな」

 

 

俺は"やまぶきベーカリー"と書かれた紙袋を持ち上げた。先程買ったパンが入っている。差し入れ用に買ったのだが、まさか店の人間に差し入れることになるとは思ってなかった。

 

 

「それ、ウチのパンだ…」

 

「さーやんちのパン!」

 

「差し入れだ」

 

「やったー! ありがとう佳夏君!」

 

「私これー」

 

「早っ! おたえ、まずギター下ろせ!」

 

「私もー!」

 

 

おたえ、戸山は早々に食べ始める。まぁ美味しいもんな。あと戸山? お前もギター置いておけ。

 

 

「ウチ寄ってたんだ」

 

「あぁ、まさか店の人間がいるとは思わなかったけど」

 

「ふふっ、ありがとうね」

 

「多く買っておいて良かったよ」

 

 

ちょうど1人1つづつだな。

 

 

「市ヶ谷と牛込もどうぞ」

 

「お、おう…ありがとな」

 

「ありがとう林道君。………あっ、チョココロネ!」

 

「それにするか」

 

「うん! うち、めっちゃチョココロネ好きなんよ〜」

 

「お、おう」

 

 

なんか口調が変わった。関西弁か? 方言女子とか可愛いかよ。

…………チョココロネ…好き……?

 

 

……………………あっ

 

 

「牛込のことだったのか…!」

 

「ふぇ?」

 

「あぁ、食ってる途中にすまん」

 

 

牛込が頬を膨らませながらこちらを見る。別に怒ってる訳ではなく一瞬にして詰め込まれたチョココロネが原因だ。いや早い早い。もう半分食べたの? え? リスみたいに詰め込んじゃってからに…可愛いな。

 

 

俺は牛込に前回のチョココロネ事件について話した。すると、チョココロネが売り切れていたことに対して謝られてしまう。

 

 

「あ…// ごめんなさい、私…」

 

「いや、別に謝らなくても…。よっぽど好きなんだなソレ」

わわ

「そうなんよ〜! 特に沙綾ちゃんちのチョココロネは特別美味しくて!」

 

「それはわかる」

 

「あははっ、2人ともありがとね♪」

 

 

それはそれは美味しそうにコロネを頬張る牛込。幸せそうだな。買っておいて良かったぜ。

 

 

しかし"りみりん"はあだ名だったのか。こう……里美 凛(りみりん)さんとかだと思ってた。別に言わないけど。

 

 

「よぉーしっ! 新曲に向けて練習しよー!」

 

 

早々に食べ終えた戸山が高らかに声を上げた。

 

 

「おー」

 

「早速教えて佳夏君!」

 

「頼んの早えーよ!」

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「どうだった!?」

 

 

戸山達に"1曲合わせてみてくれ"とお願いして、演奏して貰った。曲は『私の心はチョココロネ』。牛込発案のオリジナル曲らしいが、メロディが印象に残る凄く良い曲だと思う。

にしても、ここでもチョココロネか。相当好きだな。

 

 

演奏が終わってすぐ戸山が聞いてきた。

 

 

「凄い良かったと思うぞ」

 

「ホントホント!?」

 

「あぁ」

 

 

嬉しそうにピョンピョンと跳ねる戸山。

 

 

まだたったの1曲しか聴いていないが、このバンドの良いところは何を差し置いても、本人達が物凄く楽しんでいる事だと思った。特に戸山。彼女の演奏には、自身が楽しんでいるという気持ちが前面に押し出されていて、見ているこちらが楽しくなる。

俺はこういうバンドが好きだ。

 

 

「なんか改善点とかあるか?」

 

 

市ヶ谷が聞いてきた。

 

 

「そうだな……戸山、お前はとりあえず走りすぎ」

 

「う"ぅ〜…」

 

「周りをよく聴いてみろ。バンドは1人じゃないからさ」

 

「はいっ」

 

「市ヶ谷と牛込はもっと音出していいと思う。ちゃんと出来てるんだし、自信持て」

 

「う、うん」

 

「分かった…」

 

「佳夏、私は?」

 

「はな……おたえは特にないな。流石だ」

 

「私だけ仲間外れはいけないと思う」

 

「えぇ…」

 

 

仲間外れと言われてもな…。腕前はこの4人の中じゃダントツだし、さして言うことはない。アドバイスするにしても、これ以上はかなり細かい事を言わないといけない。それでもいいのかもしれないが、今やるべき事はおたえ個人より全体…だな。

 

 

「とりあえずの目標は基本的な技術の底上げだな」

 

「基本?」

 

「あぁ。特に戸山」

 

「はい!」

 

「いい返事でけっこうだ。今は個々人の技術向上よりは、全体的に合わせて底上げしていきたい」

 

「なる、ほど?」

 

「現状、1番上手いのは花園だ「おたえ」…おたえだ。けど、それ以外の音が拙いと、上手いはずの音が逆に悪目立ちしてしまう。互いが互いの音を殺してしまう」

 

「だから他3人の技術の底上げ……か」

 

「そう。市ヶ谷、牛込はすぐどうにかなると思うが…。戸山は頑張らないとだぞ」

 

「分かりました!」

 

「おう。まずはリズムキープとミスの修正だな」

 

「はーいっ」

 

 

まずはこれでいいと思う。戸山の飲み込みは早い方だし、あとは基礎と経験だな。今は高い技術を求めなくていい。それはおいおいだ……。

 

 

「林道君」

 

「ん?」

 

 

戸山にはどう教えようかと考えていたら、隣で一緒に演奏を聴いていた山吹が俺に話しかけてきた。

 

 

「林道君ってバンド経験者?」

 

「え? …まぁ昔、少しだけな」

 

「そう、なんだ…」

 

「……どうした?」

 

 

山吹の言葉に、なんだか歯切れの悪い印象を受ける。

山吹が何かを抱えてるという事を知っている手前、あまり踏み込めないのが少し歯がゆい。

 

 

「楽器は何を「佳夏君! ここ教えてー」

 

 

突然戸山から出動要請が来る。手伝いに来たわけだし早速行きますか。

そういえば今山吹が何か言おうとしてたようだが……。

 

 

「あぁ、今行く。……山吹、今なんて?」

 

「……ううん! なんでもない」

 

「…そうか?」

 

「うん。香澄を手伝ってあげて」

 

 

そういう山吹の笑顔は、いつかの千紘さんの笑顔にそっくりだった。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「そろそろいい時間じゃないか?」

 

 

外は見えないが恐らくもう暗い。軽く2時間は居たな。

皆それぞれの練習に俺と山吹でアドバイスをしていくという流れで手伝ったわけだが、なんか新鮮で楽しかった。楽しい時間はすぐ終わるものだな。

 

 

「そうだな。そろそろ解散か?」

 

「えー! もうちょっとやろうよー」

 

 

いつかと同じように駄々をこねる戸山。

 

 

「練習するなら家でやれよ。せっかくケース貰ったんだし」

 

「そうだった!」

 

「だがやりすぎ注意な。ずっと続けると指がボロボロになる」

 

「はーいっ」

 

 

今日の蔵練(皆がそう呼んでるのでそれに習う)はここまでにして、俺達は帰宅の準備をした。

 

 

約10分後、俺達は揃って市ヶ谷宅の出入り門に向かって歩いていた。

 

 

「晩御飯は何かなー♪」

 

 

俺があげたギターケースを背負いながら、戸山は上機嫌に鼻歌交じりでそう言った。

 

 

「ウチは多分シチューかな」

 

「いいなぁおたえ…。私もシチュー食べたい!」

 

「私の家は多分焼き魚かな? 昨日買ってたし」

 

「え? パンじゃないの?」

 

「おたえお前…。別に山吹さんちがパン屋だからっていつもパン食ってるわけねぇだろ」

 

「佳夏君は?」

 

「俺? 俺は……ホイコーローにしようかな」

 

 

突然振られたので即座に考える。

確かネギも肉もあった。キャベツは……多分ある。

 

 

「林道君、もしかして自分で作ってるの?」

 

 

牛込が意外そうに聞いてきた。

 

 

「まぁな。一人暮らしだし」

 

「そうだったの?!」

 

 

戸山が驚いた顔をする。戸山には言ってなかったっけか。

 

 

「そういえばそう言ってたな」

 

「なんで有咲は知ってるの?」

 

「この前聞いたんだよ。林道の家でお前のギター治してもらった日の帰りにな」

 

「何それズルい!」

 

「別にズルくねーだろ!」

 

「有咲ちゃん、林道君の家に行ったの?」

 

「え? あぁ、まぁなー」

 

「私もー! 夕飯も作ってもらっちゃった」

 

「何食べたの?」

 

「ハンバーグ! すっごい美味しかったよ」

 

「ハンバーグ……!」

 

 

それを聞いた花園はきらきらした目で俺を見つめて来る。なんなら近づいて来る。なんだなんだ。

 

 

「私にも作って」

 

「はぁ?」

 

「私も佳夏のハンバーグ食べたい」

 

 

俺の手を握ってそんなことを言う花園。そんなに好きなのか? ハンバーグ。

……ていうかなんか近い。コイツはちょっと変な奴だとは思うが、いかんせん凄い美人だ。体系はスレンダーだしどっかのモデルって言われても納得する。それに身長が高い分余計に近い…。

 

 

「ま、まぁ……いつか、な」

 

「約束だよ」

 

「分かった…分かったから、少し離れてくれ花園」

 

「おたえだよ」

 

 

そうだったな……。なんか慣れない。

 

 

「"おたえ"な」

 

「よろしい」

 

「いーなーおたえ。佳夏君! 私も名前で呼んでよ!」

 

 

そう戸山に笑顔で頼まれた。さっきのおたえ同様目をきらきらさせている。いや、そもそも"おたえ"はあだ名なんだけどね。…………というかおたえ? そろそろ手を離してくれ。

 

 

「名前……か」

 

「……ダメ?」

 

 

くうっ……なんて顔しやがる。そんな頼まれ方されたら断れないじゃないか。

俺は少しの恥ずかしさを抑え込むために小さく咳払いをして。

 

 

「……香澄」

 

「うん!」

 

 

めちゃくちゃ笑顔で返事をされる。弾けんばかりのその笑顔は直視できない。やっぱ恥ずかしいな…。

 

 

「ふっ。なに照れてんだよ林道」

 

「…………」

 

 

市ヶ谷がいらん茶々を入れてくる。仕方ない、お前にも恥ずかしがって貰おうじゃないかえぇ?

そのニヤケ面を今すぐやめさせてやる。

 

 

「そんなわけないだろ? ()()

 

「なっ?!///」

 

「ん? そっちこそ何照れんのさ、()()

 

「あ・り・さぁ〜?」

 

「別に照れてねぇ!!/// 香澄も乗ってくんじゃねぇ!」

 

 

戸や……香澄がニヤつきなが市ヶ谷に擦り寄る。照れてないと言うが、市ヶ谷の顔は誰がどう見ても真っ赤だった。ばち可愛い。

 

 

「有咲可愛い〜!」

 

「顔真っ赤だよ」

 

「おたえもうるせー!!/// もうこっち見んなよっ!」

 

 

市ヶ谷は手で顔を覆い隠してしまう。ちょっと残念。それでも香澄とおたえの追撃は止まらないのだから面白い。ふはは、気の毒だったな市ヶ谷。

 

 

「あっはは。すっごいいじられてる」

 

「だな」

 

「……それでー?」

 

 

一緒に香澄たちのもみくちゃを観戦していた山吹が俺を覗き込みながら聞いて来た。何その仕草可愛い。

 

 

「私は名前で呼んでくれないの?」

 

「……」

 

 

まさか山吹も乗ってくるとは思わなかったので少し驚く。名前呼びってそんなにされたいものなのだろうか……。俺にはよく分からないが。

 

 

「…………/////」

 

 

…………山吹も照れているんだろう。心做しか少し頬が赤い気がする。…いや結構赤い。

コレは断れんヤツです。亘史さんにも頼まれてるしな。

 

 

「そうだな。…沙綾」

 

「……うんっ、()()…!(やった♪)」

 

「……」

 

 

その笑顔はズルいっすよ沙綾さん。俺は無意識に片手で目を覆っていた。その可愛いさは目に毒だ……。

 

 

「えぇ…? ど、どうしたの?」

 

「……なんでもないなんでもない」

 

「…?」

 

 

沙綾に心配されるが、あなたせいですよとは言えない。とりあえず深呼吸して落ち着いおこう。ひっひっふー。

…………よし。これで大丈夫。

 

 

「お前らそろそろ帰れ〜!!」

 

 

未だ2人に構われてる市ヶ谷が必死に叫ぶ。もうゼーゼー言ってんじゃん。俺がまいた種とはいえなんか申し訳なく思えて来た。

 

 

「助けるか」

 

「そうだね」

 

「……」

 

「……牛込?」

 

 

俺の後ろにいた牛込は何故か少し俯いていてる。どうしたのだろう。

 

 

「へ? あ、ううん! なんでもない…//」

 

「……?」

 

「(あー…)」

 

 

なんでもないという牛込だが、その様子は何かあるようにしか見えない。

すると沙綾が耳打ちしてきた。

 

 

「(仲間外れはいけないんじゃない?)」

 

 

耳がゾワゾワする…って違う。

仲間外れ? なんの事だろうと思ったが…………あぁ、なるほど。

でもこれ、外れてたら恥ずかしいな。

 

 

「……行こうぜ、()()

 

「……っ! うんっ!」

 

 

どうやら当たりみたいで安心した。勇気出して良かった〜。

3人で市ヶ谷達の元へ向かう。

 

 

市ヶ谷を解放した後、いつの間にか俺達は出入り門まで来ていた。

 

 

「気ぃつけて帰れよー」

 

「それじゃーねー! 有咲ー!」

 

「また明日ね、市ヶ谷さん」

 

「またね有咲ちゃん」

 

「寂しかったら呼んでね」

 

「例え寂しくてもおたえは呼ばねー」

 

 

冗談なのかわからない冗談を軽くあしらう市ヶ谷に俺も挨拶する。

 

 

「それじゃあな市ヶ谷。また何かあったら呼んでくれ」

 

「…………」

 

「……市ヶ谷?」

 

 

何も返さない市ヶ谷。どうしたのかと顔を覗いてみると少し頬を赤くして…何故か睨んでいる。

 

 

「…………呼んでくれねーのかよ」

 

「……んぇ?」

 

「名前! 結局そのままなのか、って……///」

 

 

さっき沙綾に言われた言葉が脳裏をよぎる。

……そうだよな。仲間外れは良くないよな。

 

 

「またな、有咲」

 

「……あぁ、またな。()()!」

 

 

珍しく柔らかい笑顔を作った有咲の顔はやはりというかなんというか、直視できなかった。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

有咲家から別れ、もう夜の帳も降りているので残り4人をそれぞれ送っている。そして最後の1人。沙綾と2人きりで商店街近くを歩いていた。

 

 

ちょうどいい機会だろう。聞きたいことを聞いてみた。

 

 

「…………バンド」

 

「え?」

 

「沙綾はバンド、やりたいんじゃないのか?」

 

 

俺の質問に沙綾は長い沈黙を返した。

横にいる沙綾の顔は見えていない。あえて見ない。その方がいいような気がしたから。

 

 

「………………」

 

 

気持ちを確かめてみたかった。けど深くは踏み込まない。恐らく答えは決まっているのだろう。けどそれすら()()()()()()()()かもしれない。千紘さんはそう言っていた。

多分沙綾の答えは"No"だろうな。それが本心かは別として……。

 

 

「どうして、そう思ったの?」

 

 

質問で返された。そう思った理由か……それはやっぱり。

 

 

「羨ましそうに見てたからな、香澄達のこと」

 

「……え」

 

 

まさか。みたいな顔をしているが、絶対そうだ。あの顔を俺は知っている。昔同じ顔をしてギターを手にした奴を知っている。

 

 

「香澄達が演奏しているとき、沙綾はずっとそんな感じだった」

 

「……」

 

()()、やりたいのか? バンド」

 

「……もしかしてお母さんから聞いたの?」

 

 

その反応で確信した。

 

 

「…やっぱりバンドやってたんだな」

 

「……っ」

 

 

しまった、みたいな顔をする沙綾。

 

 

「…………悪い。カマかけるような真似して」

 

「……ううん」

 

「別に千紘さんから何かを言われた訳じゃないんだ。ただ何となくそう思っただけ」

 

 

半分は嘘。

 

 

 

「別にいいんじゃないか? バンドやっても。香澄達なら大喜び間違いなしだぞ」

 

「…………そうかもね」

 

「なら「でもいいの」……」

 

 

沙綾はそれ以上は言わせない…と、強いトーンで俺の言葉を遮った。

 

 

「また、()()()()()()()()()()()()()からさ」

 

「…………そうか」

 

 

迷惑。一体沙綾が過去にどんな迷惑を誰にしたのかはわからない。分かるのはバンドと千紘さんが絡んでいるということだけ。

 

 

「……聞かないの?」

 

「理由を、か?」

 

「…うん」

 

「聞かれたくないから隠してるんだろ? 香澄達にも」

 

「…………うん」

 

「なら俺も無理には聞かないさ。言いたい時に言ってくれればいい。その時はゆっくり聞くさ」

 

「…………優しいね」

 

 

優しい……のだろうか。俺は俺の都合のいい事ばかり言っている気がする。

問題の先送りみたいなもの、なんだろうな…。

でもこれだけは言っておこう。

 

 

「沙綾が何に悩んでるのかは知らないけれど」

 

 

俺は足を止めて沙綾の顔を見た。

 

 

笑顔は無い。少し苦しそうな沙綾の顔を俺は見つめた。

 

 

「1人で抱えないでくれよ」

 

「……」

 

「人に頼ることは悪いことじゃない。沙綾の周りには頼れる人材はたくさんいるだろ?」

 

「………(でも……だからこそ)」

 

「頼り無いかもしれないが…一応俺もいる」

 

「…………(頼り無いなんて、そんなことない……)」

 

「月並みの言葉しか言えないが…………まぁそういうことだ」

 

 

悩んでいるなら頼れ、なんてよく聞く言葉だが、大事な事だと思う。

俺の言葉を聞いた沙綾は黙りこくってしまう。たっぷり20秒程それが続いた後、沙綾は突然駆け出してこう言った。

 

 

「私の家、着いたね」

 

「…………あぁ」

 

 

偶然にも俺達が立ち止まった場所はやまぶきベーカリーのすぐ近くだった。

 

 

「…………それじゃあね。佳夏」

 

「…………おう」

 

 

それを最後に沙綾は家に入ってしまった。

 

 

結局、悲しそうな沙綾の顔を変えることは出来なかった。むしろ……。

 

 

「すみません、千紘さん……」

 

 

近いうちに何とかなるかもしれない……なんて考えていた事を今更後悔する。

 

 

どうにかしてあげたい。今俺の近くで困っている人間がいる。

助けてあげたい。

けど彼女は俺の助けを求めているか? ……わからない。

どうするべきかわからない。

 

 

 

 

助けたいと思うのは、俺のエゴか……?

 

 

 

 

 

なぁ…………お前なら、どうするんだ…?

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「ごめんね……佳夏」

 

「でもね……? 私ばかり助けられてちゃ━━━━━

 

 

 

 

 

━━━━━ダメ、なんだよ…………」

 

 

 

 

 




じゅんじゅんとさーなの歳がいくつかわからなかったので、なんとなくで小4と小3にしました。もし確定情報があれば教えて下さると嬉しいですm(_ _)m

おたえの性格が難しい……。

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