少年とガールズバンド   作:奏でるの

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今回はドスメラルー様のリクエスト回です。

リクエストありがとうございますっ。



#6 やまぶきベーカリーとか

「それじゃあれっつご〜」

 

「おう」

 

 

Roselia対Afterglowのいざこざ(原因俺)があったその日の放課後。俺は青葉と一緒に、昼に話題に上がった"やまぶきベーカリー"へ向かおうとしていた。

さっきまで「ズルいズルいっ!」と文句タラタラな上原がいたのだが、最近始めたファーストフード店のバイトのシフトと被っていたらしく、泣く泣く別れた。その背中は妙に小さく見えて、よく分からない同情をしてしまいそうだった。というか、あそこまで駄々をこねてまで行きたかったのかよ。余程昼に食ったメロンパンが美味かったんだろうな。やまぶきベーカリーに着いたらメロンパンは絶対買おう。

 

 

宇田川は町内の集まり、美竹はCiRCLEで個人練習、羽沢は生徒会の用事で居ない。

羽沢が生徒会に入っていたというのはさっき初めて聞いた。驚きもしたが同時に納得もした。何となく羽沢に生徒会という肩書きは似合う気がする。

俺は今日バイトは無し。正直シフトを入れても良かったのだが、早々にバイト戦士に片足突っ込むような生活は送りたくはないので、あえて暇な日を作っている。

 

 

「青葉は今日バイト無いのか」

 

「そーだよ〜。多分リサさんもね〜」

 

「そうなのか?」

 

「リサさんとはほとんどシフト一緒にしてるのだー」

 

「仲良いのな」

 

「と〜ぜん」

 

「そういえば…青葉って、ちゃんと接客できるのか?」

 

 

歩きながらそんなことを聞いてみた。

青葉は間延びした声からわかるようにかなりマイペースな人間だと思う。少なくとも俺はそう認識している。そんでもってまともに接客をこなせるようにも見えない。少し失礼な考えかもしれないが、『おーカフェオレですかー。ならこのパンとかどうですかー?』とか言って勝手にパン買わせてそうだ。

 

 

「ちっちっち、けー君はモカちゃんを甘く見すぎだよ〜」

 

 

余裕の表情を見せる青葉。というかコイツは大体こんな顔か。

まぁ青葉も高校生だ、なんだかんだで上手くこなしているのかもしれないな。認識を改めなければ。

 

 

「そのためにリサさんとシフト被せてるのだよぉ」

 

「お前…」

 

 

前言を撤回。コイツ今井先輩に頼る前提でバイトしてるのか。先輩大変そうだな…。苦労してそう。

 

 

……しかしバイト姿の今井先輩か…。コンビニの制服を着た先輩を想像してみる。あの人なんとなくファッションとかには強そうだし、コンビニの制服も着こなしてそうだな。いつか機会があったら見てみたい気もする。

 

 

「むー…」

 

「え、どした?」

 

 

珍しくむくれながら俺を見上げる青葉。どうした。そんなことしても可愛いだけなんだが…。

 

 

「けー君、今リサさんの事考えてたー」

 

 

なっ、なぜ分かった。コイツ読心術者か?

 

 

「ちなみにバイトの制服はエプロンだよ〜」

 

「………」

 

 

ちょっと怖くなってきた。俺の心読みすぎじゃね? 俺ってそんなわかりやすいのだろうか。

青葉を見てみるとさっきまでのむくれっ面はいつの間にか消えていて、いつも通り何を考えているのか分からない顔になっていた。俺の思考を読むだけ読んで、自分の思考は読ませない。なんてやつだ羨ましい。その能力俺も欲しい。

話は変わるがエプロン姿の今井先輩も見てみたい。多分めちゃくちゃ似合う。

 

 

そんな事を考えていると。

 

 

「ねー、けー君」

 

 

青葉が前を見ながら俺に話しかけて来た。

 

 

「なんだ?」

 

「モカちゃんは、けー君に感謝したいのです」

 

 

唐突にそんな事を言われた。

はて……青葉に感謝されるような事を俺はしただろうか。記憶を辿ってみても思い当たる節は無い。強いて上げるなら、勝手に俺の弁当のおかずを摘むのを咎めないことだろうか。

気になって再度青葉の顔を見下ろすと、未だ前を見つめる青葉が視界に写る。

だがなんだろう……。俺が見下ろす青葉の視線は、前ではなく何処か遠い所を見ているように見えた。

 

 

結局青葉が何に感謝しているのかは分からず、直接聞くことにした。

 

 

「感謝って…何に?」

 

「蘭と仲良くしてくれた事に、だよ〜」

 

「…?」

 

 

確かに俺の思い違いじゃなければ美竹とは仲良くさせて貰っている。だが、俺が美竹と仲良くすることで何故青葉から感謝されるのだろうか。

その答えは青葉がくれた。

 

 

「蘭はさー。あまり友達を作るのが得意じゃ無いんだぁ」

 

 

それは…なんとなく納得した。

入学時から美竹を見てきたが……違う、ストーカーじゃないからな? 隣の席だからよく見るだけだ。その過程でわかったのだが、美竹はあまり他人と話そうとしない。話さない訳では無いが、自分からはほぼほぼ行かないし、話しかけられても短く返答するだけ。教室での美竹は昼休みとは打って変わって静かだ。

まともに話しているのは…多分俺くらいじゃないか? 自意識過剰じゃないよね…?

 

 

「だからね〜、中3の時は大変だったんだよ〜」

 

「らしいな。ちょくちょく授業をすっぽかしてたとか」

 

「そーそー」

 

 

あはは〜、と目を細めて笑う。

 

 

美竹は決して幼馴染以外を突っぱねたい訳では無いのだろう。実際俺は昼休みを一緒にさせて貰っている。ありがたいことだ。

思うに、単純に美竹は自分の気持ちを素直に伝える事が苦手なんだと思う。青葉達相手なら、例え言葉足らずな言動を取ろうとも、例の幼馴染パワーでなんとかなるのだろうが、他人はそうとも限らない。というかそうでないことの方が多いと思う。

 

 

「だからね〜。高校生になってまたクラスが別れた時。あたしは"あ〜…、また蘭をひとりにしちゃったなぁ…"って、少し怖かったんだ〜」

 

 

珍しく"あたし"という言葉を使った。

そう言うと青葉はほんの少し、ほんの少しだけ俯いた。近くで見ないと分からないほどに小さな動作。

 

 

意外だった。

まさか青葉の口から"怖い"なんて単語が出てくるとは思わなんだ。そんなもの無さそうなイメージだったが。いや、実際少なそうだ。

つまり美竹は、青葉にとって"怖い"と思わせることができる程に大切な存在なのだろう。

要するに好き、なんだろうな。

 

 

「心配だったんだよ〜。蘭は「私は幼馴染(みんな)がいればそれでいいから」って言うけど。寂しそうにしている蘭は見ていたく無かったのです…」

 

「……」

 

 

美竹にとって幼馴染(青葉達)はとても大切な存在で、故に、"それ"が近くにない状況は己の孤独を強く感じさせてしまうもの。

 

 

「けどねー。けー君が蘭をひとりにさせなかった」

 

「…俺、か?」

 

「うん。けー君のおかげでね、蘭は中3の時より、少し明るくなったんだ〜」

 

 

明るくなった…のだろうか?

俺は中3時()の美竹を知らないのでなんとも言えない。アイツは基本的にムスッとしている印象だ。

 

 

「分かりずらいかもだけど、幼馴染(あたし達)は全員気付いていたよ〜。それが凄く嬉しかったんだぁ」

 

 

もし…………もし本当に、俺が美竹にいい影響を与えられていたのなら、凄く嬉しい。恥ずかしいから口には出さないが、素直にそう思う。

 

 

「…もしそうなら、美竹に声をかけた甲斐があったよ」

 

「うん。…けー君は蘭も、()()()()も救ってくれた」

 

 

青葉は唐突に駆け出し、俺の前まで来る。

自然と俺と青葉の足が止まった。

 

 

「だからね、けー君━━━━━

 

 

クルリと青葉は振り返り、俺と青葉の視線が合う。

 

 

 

 

 

━━━━━ありがとう」

 

 

 

 

 

青葉特有ののんびりした口調は無かった。

たったの5文字だったけれど、それが無性に嬉しくて、恥ずかしくもあった。

けど、決して視線は外さない。

 

 

青葉の笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも綺麗に見えたんだ。

 

 

「……そうか」

 

「んふふ♪ そーで〜すっ」

 

 

俺は歩き出す。青葉の隣まで来ると、俺に合わせるように青葉も歩き出す。

 

 

「……やまぶきベーカリーに着いたら、何か奢ってやる」

 

「おー! けー君太っ腹ぁ〜っ」

 

 

俺は照れ隠しからかそんな事を言った。もしかしたら青葉はその事に気付いているかもしれない。

 

 

横に並んで歩く俺と青葉の距離は、さっきよりほんの少しだけだけど、近づいた気がした。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

十数分後、商店街に入った。やまぶきベーカリーはそろそろだろう。

 

 

「おっ、坊主じゃねぇか!」

 

「「お?」」

 

 

北沢精肉店の横を通り過ぎようとした時、店主のおっちゃんに声をかけられ、俺と青葉は同じ反応で返す。

 

 

「どうも」

 

「おう……そっちの嬢ちゃんは彼女さんか?」

 

 

おっちゃんが俺と青葉を交互に見ながらそんな事を聞いてきた。

なんですかその目は。物珍しそうに…いや、そりゃそうもなるか。

とりあえず否定しておこう。

 

 

「いえ付き合っ「そー見えますか〜?」」

 

「お? おう…」

 

 

青葉が無理やりセリフを被せて来た。そんでもって俺の右腕に自身の左腕を回して寄せてくる。青葉は基本的によくくっついてくる。昼休みは特に。それは別にいいのだが……いいのか? まぁそれは置いといて、こういう他人の目がある場所だとかなり恥ずかしい。

 

 

「なんだぁ? デートかい」

 

「えへへ〜」

 

「仲良いんだなぁ…」

 

「えへへ〜」

 

「あー…っと、坊主?」

 

「…なん「えへへ〜」…青葉……」

 

 

妙にニヤニヤしながら同じセリフを繰り返す。あの、そろそろ離れてくれません?

 

 

「なんと言うか、掴みどころのない嬢ちゃんだな…」

 

「まぁ、そっすね」

 

 

全くその通りだと思う。こののらりくらりとした性格はあの幼馴染達ですら苦戦する。別に戦ってはいないと思うが。

 

 

「どっか行くのか?」

 

「えぇ、やまぶきベーカリーまで」

 

「おぉ、山吹(やまぶき)さんとこの」

 

 

山吹さん、というのは恐らく苗字だろう。そしてそのまま店名にも使っていると。

おっちゃんの反応を見る限りやはり知り合いか、同じ商店街に店を構えている訳だし、不思議ではない。

 

 

「あそこのパンはうめーぞ〜!」

 

「うめーぞ〜」

 

 

おっちゃんに便乗する形で青葉も笑顔で続ける。

 

 

「楽しみにしときます」

 

 

そう言っておっちゃんとは別れた。

 

 

「んふふ〜♪」

 

「…青葉、あのさ」

 

「彼女さんだって〜。聞いた? けー君」

 

「聞いた聞いた。だからとりあえず離れね?」

 

「どぉ? 嬉しい〜??」

 

「はいはい嬉しいよー」

 

「えー? けー君がそっけなーい」

 

「えぇ? なんて返せばいいのさ」

 

「パンの匂いがする〜」

 

「お前ってホント…」

 

 

匂いのするであろう方向を向きながら鼻を鳴らす青葉。すると急に早足になり、おれは一瞬転びそうになるもなんとか立て直す。未だに青葉は俺の腕を解放してくれない。めちゃくちゃ歩きづらい。

 

 

なんとか付いていくと早歩きを始めた地点から100m程離れた場所に例のパン屋が見えて来た。

……コイツ。100m以上離れた場所からパンの匂いを感知したのか。嗅覚が凄いのか、パン限定なのか…どちらにしても人並み外れていると思うのは俺だけだろうか。

 

 

「ここで〜す!」

 

「ここだな」

 

 

分かりやすくテンションを上げる青葉は目を輝かしていた。いつかのあこや戸山と似たような雰囲気で、子供みたいな反応をしている事に可愛らしさを感じる。

まるで自分のおもちゃを自慢しているようだ。

 

 

やまぶきベーカリー。

大きなガラス張りで、店内にある美味しそうなパンが見える。決して大きい店ではないが、故に視界に広がるパンというパンが食欲をそそる。あぁ、この焼きたてのような香ばしい香りが良い…。

鼻腔に広がるパンの香りを楽しみつつ、2人で入店する。

 

 

「いらっしゃい。おっ、モカちゃん」

 

「さーやのお父さん。こんにちわ〜」

 

「いつもありがとうね。…そっちはー…彼氏さん?」

 

「違います」

 

「あ、む〜…」

 

 

絡めていた腕を外しながら否定する。青葉の「えへへ〜」を挟む隙は与えない。これぞ傾向と対策。

 

 

「初めまして、かな? 山吹亘史(やまぶきこうし)です。よろしく」

 

 

ほんの少し赤みがかった茶髪で顎髭がかっこいい男性が自己紹介する。優しそうな雰囲気が滲み出ている…気がする。

 

 

「初めまして。林道佳夏です」

 

「ウチは初めてかい?」

 

「はい。青葉に薦められて」

 

「そうかそうか! いらっしゃい、よく来てくれたね」

 

「これでリピーターがひとり増えましたなぁ」

 

「はははっ、そうなってくれると嬉しいかな」

 

 

やはり青葉はかなりの常連なのだろう。亘史さんとも仲が良さそうだ。

 

 

「ゆっくり選んで行ってね」

 

「はい」

 

「は〜い」

 

 

亘史さんの言葉に揃って返事をした瞬間。

 

 

「お父さん、準備終わったよ」

 

 

店の奥から花咲川の制服の上からエプロンを着た少女が現れる。黄色のリボンで少しウェーブのかかった髪をポニーテールにしているのが見立つ。もう一度言おう。ポニーテールだ。ここ重要。

 

 

「あぁ沙綾(さあや)、モカちゃんが来てるよ」

 

「あっ、モカ! いらっしゃいっ」

 

「ども〜」

 

「…っと〜…?」

 

 

沙綾と呼ばれた少女は俺に視線を向ける。このパターンは……

 

 

「モカの彼氏さん?「えへへ〜」

 

 

くっ、早い…っ!

チラチラこちらを見る青葉。そのしてやったり顔が憎たらしい。

 

 

「モカって彼氏いたんだ〜」

 

 

へ〜、と真に受けてるとこ悪いのだが。

 

 

「彼氏じゃないです」

 

「ぅえ? ち、違うんですか?」

 

「違うんです」

 

「そ、そうですか…えっと、モカ…?」

 

「けー君の言う通り、違いま〜す。残念ながら〜…

 

 

最後なんかモゴモゴ言っていたが聞き取れなかった。

 

 

「も〜…モカってば」

 

「んふふ〜」

 

 

まぁいいか…と、視線を青葉から俺に移し自己紹介をして貰った。

 

 

「初めまして、山吹沙綾です。花咲川の1年生です」

 

「林道佳夏です。羽丘で、同じく1年生です」

 

「あ、やっぱり同い年なんだね。敬語じゃなくていいよ」

 

「あぁ、そうさせて貰うよ。よろしく、山吹」

 

「うん! よろしくね林道君」

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「それで? お前は何がいいんだ?」

 

「んーとね〜…。メロンパン━━━━━」

 

 

「奢ってやる」と言ったので、とりあえず青葉の欲しいパンを聞いてみた。聞いてみたのだが…

 

 

「━━━━━と〜、レーズンパンと〜、あんぱんと〜、クロワッサンと〜、ベーコンエビと〜、ロングソーセージと〜、明太ポテトサンドと〜、いちごベーグルと〜、マフィンのチョコとプレーンと〜、あげパンと〜、フレンチトーストと〜、ブルーベリーベーグルと〜「ちょぉっと待てぇいっ」えー?」

 

 

留まるところを知らなかった。マシンガンか。

いくら奢るとは言っても多すぎる。せめて3〜4個までに抑えてくださいませんかね? コイツは俺の財布をただの入れ物にするつもりか??

山吹はレジで苦笑いしている。

 

 

「いくらでも奢ってやるって言ったのに〜」

 

「いんや言ってない。"何か"とは言ったが"いくらでも"とは言ってない……言ってないよな?」

 

「いや、私に聞かれても知らないし…」

 

 

そらそーだ。

 

 

「けー君」

 

「なにさ」

 

「ここは男らしく、広い心で全てを受け入れるべきだとモカちゃんは思うな〜」

 

「悪かったな男らしくなくて」

 

「およよ〜…。超絶美少女のモカちゃんの頼みですら聞いて貰えないとは…」

 

「えぇ…? モカ、自分で言っちゃう?」

 

 

青葉の奴、わざとらしく目を擦って悲しみを表現する。全然悲しんでるようには見えないがな。

 

 

「とりあえず4個までに抑えなさい」

 

「えー? もうひと声〜」

 

「コラ、駄々こねないの」

 

「ぶー」

 

「林道君はモカの親かなんかなの…?」

 

「5個!」

 

「4個まで」

 

「5個!」

 

「よ、4個!」

 

「(林道君負けそう)」

 

「5個!!」

 

「…………………4個っ」

 

「5個っ!!!」

 

「………………………………………5個選べ…!」

 

「(あー負けちゃった…)」

 

「わぁーい。ありがと〜。けー君大好き〜」

 

「(モ、モカぁ…!?//)」

 

「ちくしょうッッ」膝ペチン

 

「(…あ…聞いてない)」

 

 

………まーいいさ。えぇいいですとも。4個も5個も変わらん。好きなの選びな。

青葉はトングをカチカチさせながらパンを吟味している。若干前のめりなのが可愛らしい。

俺も自分のを選ぼうとパンを眺めるが、…ん〜…どれも美味そうで本当に迷う。まずメロンパンは確実として…ここは山吹に聞いてみよう。

 

 

「山吹」

 

「はいはーい。どうしたの?」

 

「ここのオススメってなんだ?」

 

「んー全部オススメなんだけどねぇ〜」

 

「まぁ全部美味そうだしな」

 

 

故に迷っているわけだが…。

 

 

「チョココロネなんかどう?」

 

 

チョココロネか。ほとんど食べたことないな。最後に食べたのは何時だったか…思い出せん。

オススメと仰るならソレに決めた。

 

 

「あ、でも〜…」

 

「oh......」

 

 

『当店大人気! チョココロネ』という札の付いた棚を見てみると、そこはもうもぬけの殻。パンの小さいカスがチラホラ見えるだけ。そんな……そんなことって…。

 

 

「あ〜、もしかしてりみりん〜?」

 

 

トレイにパンを6個乗せたモカがそんな事を言う。おい、5個までっつったろ? おん?

 

 

「あーそうだった。りみりんさっき買って行ったんだよねぇ」

 

「やっぱり〜」

 

「りみりん?」

 

「ウチの常連さんでね、チョココロネが大好きだから、いつも沢山買ってくれるの」

 

「ほう」

 

 

今日は10個くらい買ってたねー、と山吹は言う。なるほど、そのりみりんさんとやらはパン好き、それもチョココロネ特化タイプと見た。

だがしかし…。

 

 

「チョココロネ無いのか…」

 

「ご、ごめんね…!」

 

「いや、良いんだ…」

 

 

こればかりは仕方がないと言う他ない。りみりんさんを恨む訳にも行かないし、俺に運が無かったということで納得しておこう。…別に悲しくなんかないし?

 

 

小さな悲しみをヒシヒシと感じていると…

 

 

「沙綾ぁ〜」

 

 

亘史さんの声が店の奥から聞こえてくる。山吹は「は〜い」と返事をしてパタパタと奥へ消えていく。

 

 

「…さてと」

 

 

俺は大量のパンに視線を戻す。チョココロネの代わりになるものを探さねば…!

そんなこんなでパンを睨みつけていると。後ろからまたパタパタと足音が聞こえてくる。

 

 

「ふっふっふ〜…!」

 

「…?」

 

 

山吹だろう声が聞こえてくるが、なんか何処か得意げだ。なんだろうかと視線を向けると。

 

 

「林道君!」

 

「ん?」

 

「はいコレっ」

 

「…こ…これはっ…!!」

 

 

山吹は両手でトレイを抱えており、そしてその上には大量の…

 

 

「「「チョココロネッ!」」」

 

 

3人でハモる。

神は俺を見捨てていなかった。

 

 

「さっき焼きあがった出来たてだよ」

 

「なんてことだ」

 

「ぐったいみ〜ん」

 

 

店の奥に視線を向けると亘史さんがサムズアップしている。あぁ神様、亘史様。ありがとうございます。

俺は「アンタ最高だよ」の意味を込めてサムズアップし返した。

 

 

「そっち持っていくね」

 

 

そう言って山吹は大量のチョココロネを乗せたトレイを抱えてコチラへ歩いてくる。さすがに乗っている量が多いので足取りは少し覚束無い。

俺が持つか…と山吹の方へ近づくと…

 

 

 

 

 

「はぁーい、お待たs━━━━━「「ぁ」」」

 

 

 

 

 

山吹が足を躓かせて前のめりに倒れそうになる。

 

 

このままでは山吹がチョココロネの山に顔を突っ込んでしまう。

 

 

そんな面白い状況にしないため、俺は反射的に手を差し伸べていた━━━━━

 

 

 

 

 

「あ…」

 

「ぶ…」

 

「な…」

 

「かったね……」

 

 

 

 

 

奇跡が起きた。

チョココロネは散乱することも山吹の顔に直撃することもなく、トレイに全て乗っている。

俺はそれを片手で持つ形で固まってしまった。そして転びそうになっていた山吹はなんとか倒れずにすんだ。

 

 

 

 

 

「「………」」

 

 

 

 

 

山吹は俺に抱きついていた。

 

 

「…………え…っと。大丈夫か?」

 

「……………………………大丈夫///////」

 

 

とりあえず安否の確認。顔を俺の胸に預けているため表情は見えないが、多分大丈夫だろう。なんか声小さいけど。

山吹もチョココロネも無事で良かった。

 

 

「……あぁ〜…沙綾?」

 

「……………いつまでけー君にくっついてるのかな〜…?」

 

 

亘史さんと青葉が山吹に声をかける。青葉は俺の後ろにいるので表情は見えないが、なんだろう…笑ってはいない気がする。

 

 

「……ッ!!///////」

 

 

2人の声が届いたのか、一瞬で俺から弾かれてように退く山吹。顔が見えたがものすごく赤かった。もしかして……顔をぶつけたのか?(馬鹿)

 

 

しかしまだ終わりでは無かった。

今さっき山吹が跳ね退いた衝撃でトレイの1番上にあるチョココロネがコロコロとトレイから逃げ出そうとしている。

 

 

…やばい…!

 

 

「あむー!」

 

 

次の瞬間。後ろから顔を突き出した青葉が落下していくチョココロネを空中でキャッチ。しかも口で。青葉の両手はトレイとトングで塞がれている。故に口を出したのだろうが…………お前すげえな。

 

 

 

 

 

「(モグモグモグモグモグモグモグモグモグモグ)」

 

「「………」」

 

「……………一件落着…っすね」

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「ほ、ホントにごめん…っ!!///」

 

「いや、山吹が無事なら良いんだ」

 

「チョココロネもね〜」

 

「お前すげぇ、けど……すみません亘史さん。青葉が勝手に食っちゃって…」

 

 

俺は青葉と共に頭を下げた。

 

 

「いやいやいや! こちらこそ沙綾が迷惑をかけて済まないね…」

 

「うっ…ごめんなさい…」

 

「怪我は無かったかい?」

 

「俺は大丈夫です」

 

「モカちゃんもで〜す」

 

「沙綾は?」

 

「わ、私も大丈夫…//」

 

「…山吹?」

 

「な、なんでもない! うん、むしろ元気!//」

 

「お、おう……?」

 

「誰も怪我してないなら良かった…。…気を付けないとダメだぞ沙綾」

 

「う、うん…本当にごめんなさい…」

 

 

ふぅ…大惨事にならずに済んで良かった。なぁ? チョココロネ。お前らも生まれて早々に中身(チョコ)をぶちまけたくは無かったろう。

 

 

「チョココロネおいしかったぁ」

 

「お前……ズルいヤツめ」

 

「モカちゃんの反射神経は天才的なのだ〜」

 

「納得しちゃったわ」

 

ほんとよく咥えられた思うよ。パンをダメにしないが為のその執念。感服する他ない。

 

 

その後、追加で2つ程パンを選んでレジを済ませる。1個1個が思いのほか安くて驚いた。

 

 

「は〜い。お願いしまーす」

 

「おい」

 

「どうしたの? けー君」

 

「俺5個って言ったよね?」

 

「えー?」

 

「お前のトレイには6個パンがあるように見えるんだが」

 

「………」

 

「………」

 

「………んへへ〜♪」

 

「…………このやろう…」

 

 

全部買ってやったわ。今度何か青葉に奢ってもらお。

 

 

「ぜ、全部で2140円です」

 

 

くっ、さすがに1つ1つは安くても合わせるとそれなりにするんだな…。まぁいい。

 

 

「お釣り…60円、です…」

 

「どうも…………………?…山吹?」

 

「ふえぇっ!?///」

 

 

何その反応。松原さんかな?

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「くちゅんっ」

 

「あら、花音?(可愛いくしゃみね)」

 

「風邪…ですか?(可愛いくしゃみでしたね…)」

 

「あ、ごめんなさい…! 千聖ちゃん、つぐみちゃん」

 

「本当に大丈夫?」

 

「うん。別に具合が悪いとかじゃないんだけど…」

 

「誰かが噂しているのかもしれませんね。あ、こちらホットコーヒーです」

 

「ありがとう」

 

「こちらカフェモカです」

 

「ありがとう、つぐみちゃん」

 

「ごゆっくりどうぞ!」

 

「「ズズッ……」」

 

「「ふぅ…」」

 

「もし噂しているとしたら」

 

「え?」

 

「さっきの話よ。噂しているとしたら誰かしらね」

 

「う、うーん…こころちゃんとか、美咲(みさき)ちゃんとか…かな?」

 

「お友達?」

 

「うん。実は最近お友達になったんだけどね」

 

「そう…。ふふ、最近何かと忙しそうにしていた事と関係あるのかしら?」

 

「あはは…多分そう、かな?………あっ」

 

「どうしたの?」

 

「もしかして噂してたのって林道君だったりして」

 

「…なるほど」

 

「「うふふ♪」」

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「へっ? えと、どうしたの?//」

 

「いや…"どうした"ってのは俺が聞きたいって言うか…」

 

 

どうしたのだろうか。先程から些か挙動不審だ。ちょっと心配になってくる。顔を赤いまんまだし…突発性の風邪か?(馬鹿)

 

 

「ん〜?」

 

「モ、モカ?///」

 

「ほほ〜ん」ニヤニヤ

 

「何してるんだ? 青葉」

 

「別に〜」ニヤニヤ

 

 

レジにいる俺の横で青葉は山吹をニヤニヤと見つめていた。ホント何してんのさ。

 

 

「けー君奢ってくれてありがとね〜♪」

 

「予想以上に買わされたがな…今度なんか奢れよ」

 

「ラジャ〜」

 

 

パンの入った袋を2つとも抱える青葉。それ、片方は俺のだからな? そのまま持っていくなよ?

 

 

「それじゃあな山吹。多分、また来るよ」

 

 

まだパンを食ってはいないのだが、どうせ美味しいのでリピーター宣言をしとく。今後ともよろしく。

 

 

「え、あっうん! また、また来てね!//」

 

「おう」

 

「それじゃぁね〜、さーや〜」

 

「(……もしかして、我が娘よ…)」

 

 

レジに背を向けようすると…

 

 

「けー君けー君」

 

「なにさなにさ」

 

「やっぱ片方持って〜」

 

 

そう言って沢山入っている方(青葉のパン)の紙袋を渡される。えぇ…、さっきまで宝物のように抱えていたのに。

すると片手が空いたらしい青葉は俺の左腕に自身の右腕を絡めてきた。またですかぁ? ちょっと…山吹が見ているんだが…。

青葉は何故か山吹に流し目の視線を向けた。

 

 

 

「(ふふ〜ん♪)」ドヤァ!

 

「(なっ…// なんて大胆な…!)」

 

 

俺も青葉につられて後ろを振り向くと、亘史さんと目が合った。

 

 

「(ウチの娘をヨロシクな!)」

 

「?」

 

 

ウインク&サムズアップで合図を送ってくる亘史さん。何を伝えたいのかよく理解していない俺も一応それに習って返す。これで良いんですかね?

 

 

俺達はやまぶきベーカリーを後にした。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「………」

 

 

自分の胸に手を当てて少しだけ感覚を研ぎ澄ましてみる。

 

 

「……………」

 

 

鼓動が早い。感覚を研ぎ澄ます必要なんて無かった。耳が痛いくらいにドクドクと心臓が鳴っている。まるで持久走の後みたいだ。

 

 

「……………………」

 

 

さっき、彼の身体に思いっきり抱きついてしまった。私のミスなのは分かっているし、申し訳ない気持ちは大きいのだけれど。

 

 

「……………………………」

 

 

どうしてだろう。彼を近くに感じた時、今までに感じたことの無いような衝撃を感じた。

 

 

「……………………………………」

 

 

いや違う、別に物理的に衝撃を感じた訳じゃなくて…むしろ優しく包み込んでくれて…じゃなくてっ!///優しいけどシャツ越しでも分かる程の腹筋があって…じゃなくてっ!!////

 

 

「……………………………………………」

 

 

こう……脳に…こうガツン!と来たって言うか…いやだからぶつけたとかじゃなくて! なんかこう…ソレは別に悪い気はしないって言うかなんていうか……//

 

 

「……………………………………………………」

 

 

あぁ…もう分からない! こんなこと初めてで…初めてでぇ……。

 

 

「……………………………………………………………」

 

 

あーあー顔がアッついなぁ〜…//

 

 

「沙綾」

 

「…お父さん」

 

「まぁ、そのー…なんだ…?」

 

「……………」

 

「……………頑張れよ!」

 

「……………………ッ!?!?///////」

 

 

 

 

 

私がお父さんを小突いたのは何時ぶりだろう。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………メロンパンうんまぁ…」

 

 

 

 

 




ポピパメンバーで沙綾だけリュック登校なの可愛いですよね…。

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