しかもお気に入り150人超えてました…感激です。
ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。
今回ちと長めです。すんません。
「佳夏はRoseliaの物よ」
「Afterglowの物です!」
「どっちもちゃうわ」
俺は物扱いですかそーですか。
昼休みの屋上。それぞれのバンドリーダーが俺の所有権を互いに主張する声が響く。……違った、Afterglowのリーダーは上原だったな、ごめんごめん。
俺の目の前には"狂い咲く紫炎の薔薇"と"反骨の赤メッシュ"。食事中だと言うのに双方立ち上がって睨みをきかせる。そんな姿を見ながら弁当を食べる俺達。
こんな妙ちくりんな状況になったのは何故だろうか。
「佳夏、モテモテだね〜☆」
「はっ(真顔)」
今井先輩の言葉に俺は乾いた笑い声しか出ない。こういう状況って「私のために争わないで!」って感じなんだろうけど、全然嬉しくない。なんなら食事中なのに胃が痛くなって来る始末。
つーか先輩。ナチュラルに隣に座っててびっくりです。ウインナー食べます?
「おっ、ありがと♪」
んーおいしー!と言う声を聞き流しつつ、どうしてこうなってしまったのかと記憶を整理する。
あぁ、空はこんなに青いのに…。
◇◇
ある日の昼休み。またもや美竹達に誘われて昼食を一緒に食べることになった。
優太を殴り倒した美竹の後を追って、皆の待つ屋上へ向かう。
「けー君いらっしゃ〜い」
「うい」
「おそーい!」
「いや、上原達が早すぎなんじゃね?」
毎度俺と美竹が遅れてくる。授業終わってすぐ来てるつもりなんだが。
「そんなことより早く食おうぜ!」
「もうっ、巴ちゃんはしたないよ?」
「ともちんにさんせ〜」
「俺も腹減った」
「佳夏君。隣どうぞ!」
「おう。羽沢ありがとな」
羽沢に誘われたので隣に座ると、羽沢が小さくガッツポーズしているように見えたが…気のせいか?
(久しぶりにジャンケンで勝てた…!)
(今日はつぐに譲りますか〜)
(あたしも勝った! しかし、蘭達が来る前に集まってジャンケンしてるのいつかバレそうだな…)
(…私もたまには佳夏の隣で食べたい)
(蘭はいつも佳夏の隣の席なんだから、これくらいいーでしょ!)
なんだろう、コイツら俺抜きで脳内会話しているように見える。幼馴染パワーですか? なんかちょっと羨ましいじゃないか。俺も混ぜろよ。
「いただきま〜す」
俺の馬鹿な考えも、青葉の声で消え失せた。
「「「「「いただきます」」」」」
「またパンか」
「モカちゃんはパンが大好きなのでーす」
「それは何となく分かるよ」
今まで結構な回数で皆と昼食を一緒にしたが、青葉がパン以外食べているところを見たことがない。たまに俺の弁当のおかずを摘む以外はな。毎度毎度パンで飽きないのか? しかも青葉は1回の食事で10個はパンを食う。見た目に反してかなりの大食漢だな。その割に全然体重を気にする気配も無し。
青葉曰く…
「ひーちゃんにカロリーを送っているので〜す」
「んなっ!?」
なんとも荒唐無稽な話だとは思うが、変に納得してしまった俺。理由は言わない。
にしたって本当によく食べる奴だ。パン好きすぎだろ。
「モカのパン好きは昔からだよね」
「昔ってどのくらい?」
「…物心着いた頃には」
「おままごとでも、モカちゃんはいつもパン屋だったよね」
「ふふふ〜、とーぜん」
「どんだけ…」
「ここまでとなるとと何か原因がありそうだよな」
「あー。赤ちゃんの頃にはパジャマがパン柄じゃないと嫌がって着なかったとか…ママが言ってた〜」
「なんじゃそりゃ」
「モカ、前世でパンに何かしたの?」
パン好きのレベルが常軌を逸している気さえする。将来パンと結婚しそうな勢いだぞ…。
「将来の夢はパン屋を開くこと〜」
…良かった。まだ常識は生きていた。
「けー君。その時は手伝ってね〜」
「え、なんで俺?」
何故名指し?
まぁ、俺が手伝えることがあれば手伝うけど…。
(一緒に仕事とか羨ましい…)
(将来は一緒に働く宣言とは…)
「佳夏君!
「お、おう。…そうだな(?)」
羽沢が何を言いたいのかはよく分からなかったが、なんか可愛かったから深くは考えなかった。
「そのパンってそんなに美味いのか?」
あれだけ食べても飽きる様子はないし、いつも美味しそうに食べている姿を見ていると興味が湧いてくる。
ちなみに俺はパンは嫌いではない。菓子パンはそれなりに食うし。ジャムマーガリンのコッペパンとか好きです。
「それはもーやみつきだよ〜。1口食べる〜?」
「いいのか?」
「もちろんだとも〜。はい、あ〜ん」
(なっ…!?)
((モカ(ちゃん)ズルい!))
(モカ…やるな)
「え? いや、それはちと恥ずいんだが」
青葉がメロンパンを俺の口元まで持ってくる。まさか同級生の女子にこんなことされるとは思ってもみず、軽く狼狽する。
「ほらほら〜、冷めちゃうよ〜?」
「え? そのメロンパン熱いの?」
「細かいことは気にせずに、あ〜ん」
恥ずかしいが、これ以上青葉の厚意を無下にするのも嫌なので俺も腹を括る。
ありがたくいただこう。
「…あ、あー…「あむっ!」…あん?」
「「「あ」」」
差し出されたメロンパンを食おうとしたのだが、何故か横から現れた上原にかっ攫われる。えぇ…。
「あー! ひーちゃん酷い〜」
「
「なに?」
んむんむ言ってて分からん。リスみたいに口いっぱいに詰めやがって。可愛いな。
しかし残念だ、食べてみたかったんだが…。
「それが最後のパンだったのに〜」
青葉が少し残念そうに言う。なんと、ラスイチだったか。
「(モグモグモグモグモグモグモグゴクンッ)えっ!? そうだったの??」
「そうだったの〜」
「う〜…ごめんねモカ…」
「もー、ひーちゃんは食いしん坊なんだから〜」
「そんなんだから太るんじゃないの?」
「うぐっ…蘭、直球過ぎ…!」
上原が苦虫を噛み潰したような顔をする。上原は体重の話になるといつもこんな感じだが、そこまで気にする程のことなのだろうか。むしろ上原はスタイルのいい方に見えるのだが…。でも、それを言ってしまうと付け上がるのは目に見えているので言わない俺は賢い。
「佳夏もごめんね…」
「いいよ別に。美味かったか?」
「美味しかったです…」
「なんで敬語…まぁそれなら良かったし、そんな顔するなよ」
「優しさが痛い…」
「しかし残念なのは確かだな。俺も買ってみようかな」
「おー! パン仲間になってくれますかな〜?」
「食ってからだな。ちなみにそのパン何処で買ってるんだ? どっかのスーパー?」
「ちがうよ〜。このパンは………」
途中で言葉をとぎらせた青葉は、直後に「あっ」と何かを閃いたような顔をして俺を見る。なんだ?
「このパンは"やまぶきベーカリー"っていうところで買ってるんだけどね〜」
「それって…商店街の?」
"やまぶきベーカリー"。たしか北沢精肉店のすぐ近くにあったような気がする。まだ入ったことはなかったが、近くを通るといつも美味しそうなパンの匂いがしてたな。なるほどあそこで買っていたのか。
「そーそー。だからさーけー君」
「ん?」
「今日の放課後一緒に行こーね〜」
(なっ……?!)
(さすがモカ…策士か)
(私が横取りしたら、さらにモカ有利の状況に……!?)
(モカちゃん…それって、放課後デート?!?)
青葉以外の4人がなんだか面白い顔をしている。表情筋凄いな。
突然の青葉の申し出だが何ともありがたい。やまぶきベーカリーには行くつもりだったが、1人だと少し緊張してしまう俺であるから、この提案は嬉しい。知り合いが着いてくれるのは心強いというものだ。前回の優太の気持ちを今理解した。
ありがたく同行しよう。
「あぁ、よろしく頼む」
「んふふ♪ 約束だよ〜」
「じ、じゃあ私も…!」
「ひーちゃんは今日バイトでしょ〜」
「そうだった…!(シフト入れるんじゃなかった〜!)」
うんうんと頭を悩ます上原。そんなに行きたいのか……きっと、さっき食べたメロンパンが余程美味しかったんだろう。俄然放課後が楽しみになって来たな。
わいわいといつも通りの楽しい昼休み。弁当も残り少しとなっていた時、後ろの方で屋上の扉が開く音が聞こえる。珍しい…。屋上を利用する人はいつも俺達以外殆ど来ないし居ない。皆わざわざ屋上なんかに来なくても教室で食べるからな。それを理解している俺達は扉の方へ反射的に顔を向けた。
そこには…
「げっ…」
「"げっ"とは、随分なご挨拶ね佳夏」
「湊先輩……」
「やっほ☆ 佳夏。お昼に邪魔しちゃって悪いね〜」
「今井先輩……」
綺麗な銀髪を風になびかせた少女、
我が校に在籍する"Roselia"のボーカルとベーシストがいた。
◇◇
「どうしたんですか? 遅い昼食ですか?」
「もちろん違うわ。それに要件は分かっているのでしょう?」
「ごめんねー佳夏? 友希那が佳夏を探すーって聞かなくてさ」
「今井先輩…これで何度目ですか…?」
「え? え、えーっとぉ〜……10回くらい?」
「15回よ、リサ」
「23回ですよ」
「アハハ…、あちゃ〜そんなにか〜…」
「15も23も変わらないわ」
「えぇ、ですから俺の回答も変わりません」
「強情ね」
「湊先輩には言われたくないです」
俺達は美竹達を置き去りにして会話を進めていく。だが、美竹達はそれを良しとはしなかったらしい。
「ちょっ、ちょっと待って佳夏!」
「どうした美竹」
「湊さんと知り合いなの?」
「? まぁそうだな」
すると美竹は一瞬湊先輩を睨みつけると、すぐさま俺に顔を向ける。
「何処で知り合ったの?」
「CiRCLEで」
「いつ??」
「バ、バイトの初日に」
「湊さん達とはどういう関係???」
「どういうって……なにこれ尋問? ていうか…」
「…?」
「近い…」
「………………っ!!?///」
俺を問い詰めてきた美竹は質問ごとに俺に近付いていた事に気が付かなかったらしい。あまりにも顔が近かったので、流石の俺も恥ずかしい。
正気に戻った美竹は顔を真っ赤にして跳ね退いた。
「何近付いてんの…!!///」
「いや…寄ってきたのはそっちじゃん」
「うるさいっ」
危なっ
急に引っ叩こうとしてきたのをギリギリ避ける。照れ隠しでも危ないぞ、俺弁当持ってんだから。平手が顔にクリーンヒットしなくて良かった。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
すると、俺達のやり取りを見ていた湊先輩が美竹に声をかける。
「美竹さん、居たのね」
「は? なんですか。私は眼中にないって言いたいんですか?」
「別にそうは言ってないわ」
「友希那…、あの言い方はそう捉えられても仕方ないよ…」
「湊さん」
「なにかしら」
「佳夏とはどういう関係なんですか?」
美竹は先程俺に聞いた質問と同じ事を湊先輩にも聞いた。……あぁ嫌な予感。そしてどうせ当たるであろう予感。
「彼、林道佳夏は━━━━━
私達"Roselia"のマネージャーよ」
「………………は?」
美竹の顔は、まるでありえない物を見るような目で湊先輩を見上げていた。
「え、え? け、佳夏。Roseliaのマネージャーになったの??」
軽く放心している美竹を置いて、上原が俺に聞いてくる。
「それは━━━━━」
「何言ってるんですか湊さん」
上原の質問に答えようとした瞬間。静かになったと思っていた美竹がまた声を上げる。
そして更なる衝撃が俺を襲う。
「佳夏は……Afterglowのマネージャーなんです!!」
「はぇ?」
間抜けな声を出してしまった俺。それ程までに美竹の発した言葉に驚愕した。
湊先輩を見ると、さすがの彼女も驚きの表情をしていた。
すると、湊先輩が俺に聞いてくる
「…………そうなの? 佳夏」
「え、いや━━━━━」
「そうですよ! 佳夏は
「いやだから━━━━━」
「いいえ、美竹さん。彼が何処のバンドにも所属していないことは彼本人から聞いているわ。だから佳夏はRoseliaの物よ」
「聞いて聞いて」
「日本語おかしいんじゃないですか? だから佳夏はAfterglowの物です」
「お前の方がヤバイぞ?」
「佳夏はRoseliaの物よ」
「Afterglowの物です!」
「どっちもちゃうわ」
そして冒頭へ。
◇◇
「なぁ佳夏?」
「なんだ? 宇田川」
ギャーギャーと言い争う2人を見ながら、軽く現実逃避気味の思考を纏っていた俺に、宇田川が声をかけた。
「なんでこんな事になってんだ?」
「なんでって言われても…。バイト初日にRoseliaに会って、その時にちょっと…な」
「何があったのか、聞かせて佳夏君!」
「モカちゃんも聞きた〜い」
「………そうだな。……これは、俺がCiRCLEで初めてのバイトの日に起こった出来事です…」
「なんでほ〇怖風な導入なの…」
俺はあの日のことを思い出して、宇田川達に話した。
……………
………
…
これは、俺がCiRCLEで初めてのバイトの日に起こった出来事です。
CiRCLEバイト初日。俺は先輩スタッフ件新人教育係である月島さんにCiRCLEでの大まかな仕事の流れを教えて貰っていた。
「練習スタジオはAからDまであって、A,Bは1人から2人の少人数用。C,Dはそれ以上の人数が入る多人数用で分けてるの」
「なるほど」
「基本的には前のお客さんが使ったらすぐさま掃除、完了次第次のお客さんを入れるって流れだから」
「はい」
月島さんは丁寧に教えてくれる。優しい上司の元に付けたのは幸運だろう。
「こんな所かな。何か気になった所とか質問はある?」
「そうですね…ここって、楽器の貸出しってあるんですか?」
「うんあるよー。一応大体の楽器は揃ってるし」
「メンテナンスとかは?」
「私がやってるよ。貸出す物だから定期的にね。……もしかして佳夏君、メンテできる人?」
「何でもはできないですけど、ギターとかベースなら」
「なんと! 結構大変だったから分担できると助かるな〜」
「俺で良ければ」
「うん! よろしくねっ」
月島さん、実は結構凄い人なのだろうか。貸出用の楽器の数はそれなりにある。それを1人でやっていたのだろうか。だとしたら"結構大変"なんてもんじゃない気がするが…まぁ俺で減らせる負担があるなら請け負うか。
そんな事を考えていると、奥のCスタジオからお客さんが出てきた。時間的に終了時間を迎えたのだろう。
「あ、ちょうどいいね。それじゃあ早速仕事に取り掛かって貰おうかな」
「了解です月島さん」
「もー、"まりな"でいいのに。皆そう呼んでるよ?」
「…あー…、いきなりは難しいです…」
俺はある程度親しくならないと名前やアダ名で呼ばないようにしている。俺なりの距離感の取り方だ。
ましてや今日はバイト初日だしな。
「そう? まぁいっか、呼びたくなったらそう呼んでね♪」
「善処します」
「ほんとかな〜…。さて、雑談もこれくらいにして掃除よろしくね」
「アイサー」
俺はスタジオに入り、掃除と整理を開始する。すると、スタジオ内にあるホワイトボードに書いてある練習メニューに視線が向く。恐らくさっきまでこのスタジオを使っていたお客さんの練習メニューだろう。「消しておいて欲しいなー」なんて思いながらスポンジで消していく。
綺麗になった事を確認し、掃除に入ろうとすると、1本のエレキギターが立て掛けられている事に気付く。
「さっきのお客さんのか?」
忘れ物だろうかとその白いギターを見てみると、裏に「貸出用」と言うシールが貼ってあった。アレかな。さては借りていたギターを返却せずにそのままにしていたな。借りたなら返して欲しいなぁと、もう見えないお客さんに不満をぶつける。
仕方ない、返してこよう。と、白いギターを持ち上げる。
「…………」
この重さ。なんというか、懐かしさのような物を瞬間的に感じた。昔は良く弾いていたというのに………いや、弾かされていたというのが正しいのかな。別にそれを嫌な思い出とは感じていないが。
俺の家にもギターはある。あるが、弾いてはいない。
「……女々しいな」
なんて事を呟いて、手に持っているギターの弦を弾いてみる。
ペ〜ン
あぁ、ギターの音なんて毎日のように聞いているのに、自分で出す音はやはり懐かしさを感じる。
背中の辺りがウズウズしてくる。
このギターなら良いかな。
俺はすぐさまギターをアンプに繋ぎ、スタジオの真ん中に立つと、フゥーと息を吐いてからギターをかき鳴らした。
楽しい。本当に久しぶりのギターだと言うのに身体が自然と動く。アイツにしこたま叩き込まれたからだろうか。容赦なかったからなぁ…。
調子に乗ってタッピングなんてしてみたり、スライドのビブラートをこれでもかと強調してみたりと。好き放題やってみる。
……あぁ…1度でもいいから、アイツとセッションしてみたか━━━━━
「………………」ジー
「…………」
見られていた。スタジオの扉に付いている星型のガラスから1人の少女がこちらを覗き込んでいる。
俺はすぐさま動きを止める。その瞬間、ギターから「プエーン」となんとも情けない音が出る。
いつからだろうか……もしかしたら最初から見られていたのかもしれない。しかし何故? 扉には"清掃中"の札をかけていたはず。……いや、だからだろ。"清掃中"って書いてあるにも関わらずやかましいギターの音が聞こえればそりゃあ覗くだろ。俺は覗くね。(強気)
つまり何が言いたいかと言うと…
めっさ恥ずいやん
掃除中にエプロン姿でスタジオのど真ん中でギターをかき鳴らす姿を恥ずかしいと言わずになんと言う。きっとあの少女には俺がなかなかの奇人に見えている事だろう。
変人と思われたく無い俺は、これから覗き込む少女になんと声をかけようか、そしてこの状況をどう弁明しようか思考していた。していたのだが…。
「……あれ、居ない」
ガラスからこちらを覗き込んでいた少女はいつの間にか消えていた。
……俺は安堵してしまう。もし少女が「何掃除せんとギター弾いとんねんあ"ぁん??」なんて言いながら突撃してきたら俺は一体どうなっていただろうか。……ホントどうなってたんだろう。去ってくれて本当に良かった。
いや、実際掃除せずにギターで遊んでたのだから悪いのは当然俺なんだけど。
「……やっべ掃除せな」
俺は急いで掃除を済ませ、ギターを片手に月島さんの所へ戻った。
「意外と時間かかったね。何かあった?」
「…いえ、初めて入ったので色々と慣れなくて」
平然と嘘をつく俺。
「それもそっかー。うんっお疲れ様」
あぁ月島さんの笑顔で罪悪感が倍増する。
「えぇっ…?? どうしたのそんな眉間にしわ寄せた顔して…」
「……いえ、こっちの話です。あと、コレがスタジオに置いてありました」
俺は白いギターを月島さんに渡した。
「あー貸出してたギターね。前のお客さんが返し忘れちゃったのかな?」
「恐らく」
「持ってきてくれてありがとね」
いえいえ。感謝される程の事ではありません。なんならそれで遊んでましたし…。ほんっとすんません。
「まりなさん。スタジオは開いたかしら」
俺が月島さんに対して脳内謝罪をしていると、後ろから声が聞こえた。俺と月島さんは揃って声の方へ顔を向ける。
「あ、友希那ちゃん。うん、今丁度開いたよ」
「そう。なら早速入らせて貰うわ」
友希那と呼ばれた少女がそこにいた。綺麗な紫がかった銀髪で山吹色の瞳。言動からも分かるようにどこか大人びているその容姿は………要するに美少女だ。
そして彼女から少し離れた所には4人の少女。ギターケースを持っている人もいるので恐らくこの5人でバンドを組んでいるのだろう。流石大ガールズバンド時代といったところか。
銀髪少女は他の4人に「先にスタジオに入ってて」と促してからまた1人でこちらに戻ってくる。
「少しいいかしら」
「ん? どうしたの友希那ちゃん」
「いえ、まりなさんではなく…」
「……?」
再度声をかけた銀髪少女はまりなさんではなく俺に視線を向けた。なんだ? 何故こちらを見ているのだろうか。
……ん? いや待て、この人どこかで見たような…?
「彼は?」
「あ、彼は新人スタッフで今日がバイト初日なの」
「どうも、林道佳夏です」
「佳夏君、彼女は湊友希那ちゃん。
なるほど、年上で常連。まぁ月島さんとの会話の雰囲気で何となく分かってはいたが。
「まりなさん」
「ん?」
「彼、少し借りてもいいかしら」
「「え?」」
いきなり何を言い出すかと思えば…何だって?
?? どういうことだってばよ。というか何の為に?
俺と月島さんは困惑していたが、月島さんが耳打ちで俺に聞いてきた。
「(佳夏君、友希那ちゃんと知り合い…じゃないよね)」
「(そっすね)」
「(何かしたの?)」
「(いや…わっかんねっす)」
「(友希那ちゃんが初対面人に興味を示すなんてかなり珍しいことよ?)」
「(そうなんですか? って言われても俺にはなんのことやら……)」
「そろそろいいかしら」
「あっ、ごめんねぇ友希那ちゃん…あはは」
自分が蚊帳の外にされていた事が不満だったのか、痺れを切らした湊さんが声をかける。
「それで、どうなの?」
「いや、俺は今はバイト中なんで━━━━━」
「うんっいいわよ」
「えぇ???」(マ〇オさん)
ちょっ月島さん? 俺今仕事中ですよね? そんなんでいいんすか?
「今全然お客さん居ないし、受付も私1人で回せるから大丈夫!」
「そう。なら借りていくわね」
「うわっ、え? ちょまままま」
俺は湊さんに腕を掴まれて引っ張られる。思ったより力強くてびっくりですよ。
俺は"ほんとにいいの?"の意味を込めて月島さんに視線を送ると。
「(ファイト!)」
サムズアップしてウインクする月島さんがいた。何やってんすか。ちょっと可愛いって思っちゃったじゃん。
「あの、俺まだ仕事中なんですけど」
腕を引かれながら湊さんに聞いてみる。正直女性に手(腕)を引かれること自体は悪い気はしないが、なんというか、ちょっと嫌な予感がする。
「まりなさんが許可を出したじゃない」
「そうですけど、俺今日が「それに…」んぇ?」
「貴方が
「…………フゥーーーーッ」
俺は落ち着く為に思いっきり息を吐く。
この人を見た時にうっすら感じていた。あれ? この人どこかで……と。
アンタが見てたんかいっ。
ガラスから俺を覗いていたのはこの湊さんだった。
なんとこの俺、初対面の女性に弱みを握られてしまったのだ。
「着いてきてくれるわよね」
「ういっす」
俺の情けなさは健在らしい。
◇◇
「待たせたわね」
その言葉と共に先程俺が掃除した練習スタジオの扉を開ける。そして先に入っていた4人が一斉にコチラを向く。この瞬間怖い。
「遅かったですね湊さん…………その方はどなたですか?」
「ま、まさか友希那が男を連れてくるなんて…!?」
「友希那さんの……彼氏…さん?」
1人とんでもない勘違いをしているが、やはり俺が来たのは予想外だったのだろう。
すると人一倍元気な声が聞こえてくる。
「あーっ!! 佳兄!」
「…あこ」
なんと宇田川妹がいた。何故こんな所に?
ちなみに宇田川姉妹は区別を付けるために(&あこにお願いされて)妹は下の名前で呼んでいる。基本的には知り合ってすぐ下の名前で呼ぶことはないのだが、あこの切実なお願いに負けた結果だ。頼まれても名前で呼ばない時もあるが、そこら辺の線引きは結構アバウトだったりする。
閑話休題。
「えっ? あこ、知り合いなの?」
「そーだよリサ姉! んとね、少し前に佳兄に助けてもらったんだぁ」
「へ、へぇ…」
「……それで、湊さん。彼を連れてきた理由の説明をお願いします」
「そうね」
俺からもお願いします。
「今日は彼に私達"Roselia"の音楽を聞いて貰おうと思ったのよ」
"Roselia"
恐らくこの5人のバンド名であろう。にしてもかっこいいバンド名だ。造語か?
「それはまた、急ですね」
「さっき決めたのよ」
「えぇっと友希那? その人とはどういう…?」
「今日からCiRCLEで働くそうよ。ほら、挨拶して」
アナタは俺の親ですか?
まぁ常連さんらしいし、自己紹介はしておくべきだろう。
「今日からCiRCLEでバイトをさせて頂きます。林道佳夏です」
すると湊さん以外の4人も自己紹介をしてくれた。
「
ライトブルー(?)の長髪の女性は氷川さんというらしい。どこかクールな雰囲気は湊さんと似ているが、敬語を崩さない辺り真面目な人なのだろう。手には青いギターが握られている。
「今井リサです☆ よろしくお願いしま〜す」
ギャルだ。
ウェーブのかかった茶髪の女性。赤いベースが目立っている。ギャルは少し苦手なのだが、この人からはどこか慈愛のオーラを感じる。不思議だ。
「えっと……し、
深々とお辞儀をする黒髪女性。雰囲気はまるで深窓の令嬢。俺も思わず深々とお辞儀をする。
………デカいな。
キーボードの前に立っているので恐らく担当はキーボード。
「はいはーいっ! えっと……我が名は混沌を司りし聖なる魔王...宇田川あこであるっ!!」
知っている。紫の髪をツインテールにしたこの厨二少女は元気に名乗りをあげた。聖なる魔王か、それはどっちだ?
姉と同じくドラムを担当しているらしい。
「それで、なんで俺を呼んだんですか?」
俺は湊さんに疑問をぶつけた。
「だから、私達の演奏を聞いて欲しいと言ったでしょう」
「それは分かりました。そうじゃなくて、なんで俺なんですか?」
「私も気になります」
「アタシも〜」
「……」コクコク
「あこもー!」
すると湊さんは1歩前に出ると、皆に聞こえるように少し大きい声で話し始める。
「先程、彼のギターを聴いたわ」
「……」
思い出したくないあの恥ずかしい記憶が舞い戻ってくる。軽く黒歴史だ。なんならそれで脅されてる。
「それが何か?」
「正直に言って……紗夜。あなたと同じ…いや、それ以上に高い技術力だったわ」
「…っ」
氷川さんが俺に視線を向ける。やめて、見ないで。ちょっと怖いし、俺は羞恥心で死にそうなんです。羞恥死。なんつって。……案外余裕あるか?
「…なるほど。湊さんの言いたいことは何となく分かりました」
「だからその彼を連れて来たってことねー」
「そういうことよ」
湊さんが俺に向き合う。
「貴方の意見を聞かせて欲しい」
「意見?」
「というより感想ね。私達の演奏を聴いて、貴方の感想を聞きたい」
そのために俺を呼んだと。何を言われるか気が気でなかったが、思ったより簡単な話で肩透かしを食らったきぶんだ。
強引な話ではあったが別に聴いて感想を言うくらいなら大丈夫だろう。月島さんの許可も出てる。この人達のレベルがどのくらいなのかは知らないが、ちょっと楽しみになってきた。
「聴いて感想を言うだけなら、俺で良ければ…」
「決まりね」
湊さんはくるりと背を向ける。それと同時に他の4人も準備を始めた。
俺はパイプ椅子を持ってきて5人の前に座った。練習とはいえ演奏の前はお客側も緊張する。このちょっとピリピリした感じは久しぶりだ。
湊さんはマイクの前に立つ。やはり彼女はボーカルだったか。
「皆、準備はいい?」
「はい」
「オッケー☆」
「はい…!」
「いけます!」
湊さんは無言で俺に視線を向ける。俺も無言で"いつでもどうぞ"の意味を込めて頷いた。
「聴いてください。"BLACKSHOUT"━━━━━」
あこのカウントで始まる。
〜♪
凄い。
鳥肌が立つ。
久しい感覚だった。アンプから出る音が身体を揺さぶり、姿勢を無理やり正されるような感覚。
重々しく心臓に響くこの音を、心地良いと感じる。
ギターは正確に的確に鳴り響き、ドラムはその小柄な体躯から出るとは思えない程パワフル。キーボードはしなやかにかつバランス良く、ベースはそれらを支えるように全体を包み込む。
そして何より、ボーカルの存在感。力強く、脳に流れ込むような声質と声量は、俺の想像の遥か彼方へ届いていた。
アイツにそっくりだ。
Roseliaの演奏は一瞬にして終わった。
いや違う。そう感じる程に聴き入っていたのだろう。
コレがRoseliaか。
「…………ふぅ…、どうだったかしら」
余韻に浸っていた俺は湊さんの言葉で我に返る。ただいま。
「……えっと…凄、かったです」
「ふふーんっそうでしょ☆」
「やったー! 佳兄に褒められたぁっ!!」
「ちなみになんですけど」
「なに?」
「Roseliaって結成してどれくらいですか?」
気になっていた。これ程の音だ、どれ程の時間がかかったのだろう。
「……2ヶ月弱って所かしら?」
「……」
何ですと?
つまり結成したて? で、この演奏? なんて言うか……もう…
「すげー」
語彙力が低下する。なんだか、脳が難しい事を考えるのを拒否している。
「本当に凄い。鳥肌立ちました」
「そう。ありがとう」
「……えぇ、ホント」
「…………嬉しい賞賛だけれど、私が聞きたいのは
「え?」
疑問の声を上げたのは俺ではなく今井さん。それ以外の3人のバンドメンバーも声は上げずとも、同様に湊さんを見る。
「あなたから見て、Roseliaの演奏技術はどうだった?」
「……」
「正直な感想が欲しい」
湊さんの目付きが怖い。まるで俺の賞賛なんぞ
「正直な感想、ですか…」
「えぇ……。私達はFWF…"FUTURE WORLD FES,"に出場するために…そして
「…………?」
「…いえ、なんでもないわ」
なんだ?
結局分からず終いだが、恐らく聞けそうにないし詮索するつもりもない。
「私達はフェスに出るために今以上の技術が欲しい」
「……はぁ」
「だからあなたの
本音、と来ましたか。凄かったと言う気持ちは紛れもなく本音なのだが、湊さんの言いたいことは何となく分かった。
『FUTURE WORLD FES』
昔何処かで聞いたような気がするが、今それはどうでもいい。そのフェスに出ることが今のRoseliaの目標なのだろう。
「…………」
Roseliaの雰囲気を見る限り、恐らく"ワイワイ楽しくやりたい"とか、"思い出作り"とか、そういう意味で組んだバンドではないのだろう。特に湊さん。彼女の言葉の中に感じる本気度。それがヒシヒシと伝わってくる。「バンドに馴れ合いは要らない」とか言いそうだなぁ…(実際言ってる)
彼女達が本気なら、俺も本気で応えるのが道理だろう。そのために呼ばれたみたいだし。
「凄かった。という言葉はもちろん本音です」
「……」
「素晴らしい演奏でした。けど……」
俺はパイプ椅子から立ち上がってドラムの方へ向かい、あこの横に立つ。
「1番のサビに入る直前、連続シンバルとフロアタムの入りが少し遅れてたでしょ?」
「えっ」
「……っ」
あこは"なんで分かったの?"と言いたげな顔をしている。
サビ前のフレーズは消して難しくは無い。曲の全体を見た感じ、あこなら技術的に問題は無い。問題があるとすれば。
「少しいい?」
「え、あっうん」
俺はあこを立たせた後、サイドとトップシンバルの位置を少し変え、同様にスネアドラムの位置を少しだけ高くした。
「これで多分大丈夫」
「えっ…と?」
可愛くきょとんとしているあこに、俺は説明した。
「あこの技術に問題は無い。所々ミスはあったけど、恐らく反復練習でどうにかなるレベル。けど、ココだけは少し違ったと思う。多分、少し窮屈だったんじゃない?」
「きゅう、くつ?」
「自覚は無いかもしれないけど、多分そうだ。このミスは技術的に、ではなく。ドラムの配置があこの体格に合っていなかったんだと思う」
「…え?」
「スネアとフロアタムの行き来が遅れたのもスネアが少し高かったから、連続でのシンバルが遅れたのもシンバルが少し遠かったからだ。至極簡単な事だけど大切な事だぞ。人はそれぞれ体格が違う。ドラマーは演奏においてその影響が他の楽器より大きく出るんだ。一応あこに合うように再調整してみた。これで少しは変わると思うし、届きやすくなるはず。姉ちゃんに追いつきたいならこれくらいできて当然だ。一流のドラマーは調整もメンテも怠らない。それが最高のパフォーマンスに繋がるからな」
「…………」
「でも、あこのキックの精度は凄かった。何度か高速で流れる箇所があったけど、どれも完璧で、聴いていて気持ちが良かった。凄い練習したんだろう。バスドラダブルは基礎だが、だからこそ綺麗にできるのは凄い、俺も見習わないとな。あと━━━━━」
「「「「「…………」」」」」
「……」
や っ て し ま っ た。
俺が今行ったのはアレだ。日本では良く知られている悪気のない嫌がらせ。Japanese『ヲタク特有の早口』。
あこも含め、俺以外の全員が俺を見ている。その目からは"何言ってんだコイツ"みたいな意味を孕んでいさえする。
「…………スミマセン調子乗りました」
俺は静かに謝った。
「……あなた。ドラムもできるの?」
どやされるかと思っていたが、違った。
湊さんが俺に聞いてくる。
「…まぁその。俺はどちらかというとギターよりドラムの方が好きなので……。でもその2つ以外はからっきしです」
「…………そ、そう」
「……えっと、すみません。変なこと言って…」
「いえ、決して変では「全然変じゃないよっ!!」」
さっきまで無言だったあこが氷川さんの言葉を遮って俺に話しかける。
「佳兄、あこの為にやってくれたんでしょ? それに小さいミスにも気づいてて凄いよ!」
「お、おう……」
圧が凄い。キラキラした目で俺に迫ってくるので、本能的に後ずさってしまう。
皆の様子を見る感じ、「あの男キモー」とかは思われていないようで内心めちゃくちゃホッとする。常連さんに嫌われるとかやってられない。
「…その調子で頼むわ」
「は、はぁ…。でもさっき言った通り、ギターとドラム以外はまとも事は言えないのでそこは勘弁して欲しいです」
「それでもいいわ」
「……分かりました。…それじゃあ次はキーボード━━━━━」
20分後。
「━━━━━…こんな感じ、ですスミマセン」
「なぜ謝ったの…? まぁいいわ、ありがとう」
20分程かけて全体への俺の感想は終わった。
正直触れたことのある楽器以外はあまりいい事言えてなかったと思うけど…大丈夫か?
「それじゃああこ、燐子、紗夜、リサ。各々今言われたことを意識して、もう一度初めから」
それを聞いて俺はすぐさまパイプ椅子に舞い戻る。
するとまた先程と同じ曲が流れ始める…が。
〜♪
なんだか音の雰囲気が最初とは少し違った。消して悪い意味ではなく。先程よりうまくまとまっている感じだ。そして何より、皆どことなく楽しそうだ。
演奏が終わる。俺は無意識に拍手していた。
「……うひゃあ〜…。まさかこれ程とはね〜」
「え、ええ…。予想以上に得られる物がありました…」
「す、凄い……です…!」
多分、これで良かったのだろう。俺なりに思った事をベラベラと語ったが、どうやら期待には応えられたらしい。ほんと良かった。
「これで良かったですかね」
「えぇ、期待以上だわ。ありがとう」
湊さんに確認を取ると、期待以上とまで言われた。やったね。
「君凄いね〜☆」
喜びに浸っていると、いきなり後ろから小突かれる。
「えっと、今井さん…?」
「リサでいいよっ」
「はぁ……。それで今井さんは何用で?」
「むぅ〜…。まいっか! 君ってもしかして羽丘の生徒さん?」
「…そうですけど」
なんで分かった? あ、ていうかこの人羽丘の制服着てるな。あと湊さんも。スカートの色的に2年生か。あこは中等部なのは知ってたけど。……そういえば俺も制服だったな。ブレザーは脱いでるけどズボンで判断したのか。
「やっぱり! 1年生でしょ」
「そっすね」
「そっかそっかぁ! 学校でもCiRCLEでもヨロシクねっ」
「ウス」
「ねぇあなた」
俺と今井さん…今井先輩が話していると、湊さ…先輩がやってきた。
何だろうか、まだ何か?
「はい」
「あなた…いや、佳夏」
「は、はい…」
いきなり名前呼びされて少しドキリとしたのはバレていないはず。
「佳夏。
「は………………はい?」
「ゆ、友希那…?」
またまた急な話だ。この人突拍子も無いことばかり言う。
マネージャーですと?
なぜ俺?
「あなたは私にも分からないようなミスにも気付いた。それだけでなく的確なアドバイスまで」
そうだろうか。ドラムとギター以外はふわふわした事しか言っていなかったように思うが…。
「あなたのその能力は、必ず私達を"頂点"まで導いてくれると思うの」
「は、はぁ……」
「え! なになに佳兄が教えてくれるの!?」
「悪くないかもしれませんね」
なんか急にスケールのデカい話をされてびっくりです。けど…
「どうかしら?」
「お断りします」
俺は即答した。断れると思っていなかったのか、即答されたのが驚きだったのか、はたまた両方か…。それを聞いたRoseliaの全員が唖然としている。
「………………理由を聞かせてちょうだい」
「…そうですね。いくつかありますけど、やっぱりRoselia全体のレベルの高さが理由ですかね」
「レベルの高さ?」
そう。演奏を聴いた感じ、正直言って俺が教えられることはほぼ無い。その領域を超えてすらいる。そもそも俺は技術的に卓越した存在でもないし、趣味でやってる程度の技術しか持ち合わせていない。それを褒めてくれるのは嬉しいけれど、現状Roseliaの成長を促すなら、俺ではなく、もうプロの指導員を雇った方がいいと思う。
みたいな事を湊先輩に説明した。
「なるほど」
「ですので……」
「それでもいいわ。私はあなたが(マネージャーとして)欲しい」
「言い方…」
「友希那…っ//」
頑なに俺を入れようとしてくる。レベルの高いバンドから求められるのは嬉しいが、俺を入れて得られる物が多いとは思えない。
そもそもマネージャーって何するんだ?
「……やっぱり。難しいです。Roseliaのレベルに見合ったマネージングができる自信がありません」
「……」
「それに俺は趣味で楽器をいじってるので、Roseliaのようにあらゆるモノを犠牲になんてしません。そんな人材がいても逆に失礼かと…」
あとついでにガールズバンドに男一人で肩入れすることも。
「…………そう」
「…友希那」
あ、なんかちょっと湊先輩が悲しそうな顔をしている。ごめんなさい先輩。でもこれでいいと思うんです。俺なんかに構わずいい人(指導員)探してください。
「期待に添えずすみません」
「……私は」
「?」
「私は諦めないわ、佳夏」
「え」
「今日は時間もないしこれで引き上げるわ。けど……」
すると、湊先輩は人差し指で俺を捉え、こう告げた。
「あなたを必ずものにしてみせるわ」
ビシッと彼女は言い放った。
まるで背景にドン!とか付いていそうだ。不覚にもかっこいいと思ってしまった俺。
「なんか友希那さん…チョーカッコイイ!!」
同じようなことを考えてる奴もいた。
◇◇
「あ、おかえりなさい」
「……ただいまです」
あの後も俺は入る気は無いと説得を続けたのだが、湊先輩は同じようなことばかり言って俺を意地でもマネージャーにしようとしてきた。壊れかけのラジオか。
まいった俺は「そろそろ戻ります!」と言って逃げるように月島さんの元へ帰還する。
「ずいぶん長かったね。何してたの?」
「ま、まぁいろいろと……」
「いろいろって何…?」
「演奏聴いて感想をくれって言われて…」
「ふーん。…なのになんでそんな疲れた顔してるのよ」
「それは━━━━━」
「まりなさん。Cスタジオ空きました」
「うっ」
ほんとビックリした。またもや湊先輩が現れる。
「あ、はいはーい。お疲れ様! 次の予約はもうしちゃう?」
「えぇ、……ちなみに佳夏?」
「え、あ、はい」
いきなり俺に来たのでキョドり方のテンプレみたいな返事をしてしまった。
「次のバイトはいつ?」
「明日だよ! 時間も今日と同じ」
「いや、なんで月島さんが答えてんすか?」
「なら明日のこの時間は空いてる?」
「うんっ。ここでいい?」
「えぇ」
予約を終えるとそのまま帰る…ことはせず。最後に湊さんは俺にこう告げた。
「佳夏。私はあなたが(マネージャーとして)欲しいの。次回会う時は良い返事が聞けることを期待するわ」
「だから言い方ぁ……」
それじゃあ、と湊先輩は離れていく。
正直マネージャーの件は承諾しかねる。けど、今日Roseliaの演奏を聴けて嬉しかった。久々に心揺さぶられた。
それだけは伝えたかった。
「湊先輩」
俺の言葉に湊先輩は振り返る。
「今日、Roseliaの演奏が聴けて良かったです。俺、ファンになりました」
「……そう、ありがとう」
そう言ってバンドメンバーの所に戻っていく。
その瞬間の湊さんの表情は、どこか嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「……………………なにニヤニヤしてるんですか。月島さん」
「え♪ なになになにー? 一体何があったのー!?」
「うわ食いつきすご…」
「あの友希那ちゃんが『私はあなたが欲しいの…』だって!! キャーー!!」
「うるさいです」
「このこのー! 一体全体どんな口説き文句であの歌姫様を堕としたのかなぁ〜…!??」
「小突くのヤメテください」
この人は絶対勘違いしてる。
俺は月島さんの誤解を解こうとしたが、「うんうんなるほどー」と本当に理解しているのか分からないし、終始ニヤニヤしていて少しウザかった。
◇◇
翌日。
「「あ」」
学校の校門で今井先輩に遭遇する。
「お〜はよっ☆ 佳夏」
「おはようございます」
出会って2日目でこの距離感。コミュ力高すぎでっせ。
2人で下駄箱へ。
「昨日は友希那が無茶言ってゴメンねぇ〜…」
「いえ」
「でもね? 佳夏がマネージャーになってくれるとあたしも嬉しかなぁ〜…なんて!」
今井先輩もですか。
「…………」
「ほらほら! 可愛い女子のお願いなんだからさっ。ね?」
「自分で言います? いやまぁ今井先輩も湊先輩も凄い美人だとは思いますけど……」
「そ、そう…?///」
なんで自分で言ってて照れてるんだろうか。そういう所可愛いすぎて直視できませんよ…?。
「あら?」
「「あ」」
噂の湊先輩がいた。鞄を持っていない辺り先に登校していたのだろう。
「やっぱ友希那先行ってたんだね」
「今日は日直なの。言ってなかったかしら」
「聞いてないよー!」
「そう、それはごめんなさい。それはそれとして佳夏。マネージャーになる気はあるかしら?」
「おぉぅ…。急にふられてびっくりです。ちなみに答えはNoです」
「それは残念。また
「あ、ちょっ! 友希那ぁ。それじゃあね佳夏! また後で☆」
「…はい」
「うん! 待ってよ〜友希那ってば!」
そう言って去っていく2人。きっと仲良いんだろうなー。
しかし
それから湊先輩はCiRCLEでも学校でも、俺をYesと言わせるために奔走した。
◇◇
「見つけたわ佳夏。早速だけどマネージャーにならないかしら?」
「お断りします」
◇◇
「佳夏マネージャーになりなさい」
「命令口調…。お断りしますって」
◇◇
「マネージャー」
「簡潔だ…。ごめんなさい」
◇◇
「マネージャーは諦めるわ」
「そうですか(やっと諦めたか)」
「だからサポーターになってくれないかしら?」
「さして変わらんじゃろがい」
◇◇
「これCiRCLEでのアンケートらしいわ。名前書いておいてちょうだい」
「は、はぁ…(なんでそんなものを湊先輩が?…………ってコレ)」
「書いたかしら」
「『契約書。下記の署名者をRoseliaのマネージャーとして契約するものとする』って書いてあるんですけど?」
「チッ」
「舌打ち??」
◇◇
「見つけたわよ佳夏」
「男子トイレの前で出待ちするののやめてもらっていいですかね。俺が恥ずかしいので」
「私は別に恥ずかしくないわ」
「俺が恥ずかしいので」
このように、最後ら辺はもはやストーカーじみていたまである。
全てを断り続けても湊先輩は諦めなかった。ここまで来ると、マネージャーする以外の目的があるのでは考えてしまうくらい、その執念は些か異常だった。
……………
………
···
「そしてこの状況ができたってわけ」
「なるほどね〜」
「仕方ない。ここはあの呪文を使おう!」
「…と、巴ちゃん?」
「イワコデジマイワコデジマ、ほ〇怖…五字斬りっ!!」
「かい〜」
「とう!」
「ほー☆」
「ぶ」
「リサさん? 佳夏君まで!?」
「じゃっき・退散!」
「シャンシャン(セルフボイス)」
「「「「「か〜つっ!!」」」」」
何故か宇田川の掛け声でほ〇怖名物の五字斬りをしてしまった。ほ〇怖ネタ続いてたんだね。一体何を退散させたんだか。
ひとり訳が分からずアタフタしてる羽沢は天使(?)。
「今更なんだが、RoseliaもAfterglowも知り合いだったんだな」
「そうだね〜 CiRCLEでもよく会うし♪」
「モカちゃんとリサさんは同じバイトなんだ〜」
「それって前言ってたヤツ?」
「そーそー、"美人の先輩"ってヤツ〜」
「えぇ? モカったらそんな事言ったの…?//」
「えへへ〜」
「嬉しいけど褒めてないぞー」
なるほどそういう繋がりがあったのか。たしかコンビニバイトだったか? 世間ってやっぱり狭いのかも。
「それでそれで〜?」
「…はい?」
今井先輩がニヤニヤしながら近づいてきた。ほわ、いい匂いが…って違う。
「なんで美人の先輩がいるバイトを選んでくれなかったのかな?」
「単純ですよ。先にCiRCLEでバイトすることが決まってたからです」
「CiRCLEは蘭から勧められたんだっけ? もしそれがなかったらコンビニバイトを選んでた?」
「……そーかもですね。美人の先輩いますし」
「そっかそっかぁ〜☆」
「あれ〜モカちゃんはぁ?」
なんで先輩はこんなに嬉しそうなんだろうか。美人と言われたのがそんなに良かったのか? まぁでも今更コンビニバイトにシフトチェンジするつもりはないから。結局タラレバ話で終わるんだけど……
「「佳夏はどう思うの?(!?)」」
「うぇっ?? あ、はい。なんでしょう?」
びっくりしたわ。
思い出話に夢中になっていて湊先輩と美竹を忘れていた。なんか言い争ってるみたいだが全然話を聞いていなかったのでどう答えればいいのか分からない。
「どっちの」
「マネージャーなの?」
「……いやだから、どっちも違うって…」
それを聞いて再度睨み合う2人。飽きないの?
すると突如チャイムが鳴り響いた。昼休み終了5分前を告げるチャイムだ。
それを聞いた湊先輩と美竹は「ここまでのようね」みたいな視線をお互いに向ける。なんかちょっとかっこいいじゃあないか。
「また来るわ」
「もう来なくても大丈夫ですよ」
「美竹さんではなく佳夏に言っているのよ」
「あ、俺すか」
「…行くわよ、リサ」
「はいはーいっ、それじゃあ皆ーまたね〜☆」
「はい!」
「佳夏もね♪」
「…ウス」
ウィンクして手をフリフリする今井先輩は凄い様になっていた。さっすがギャル。
俺達は急いで後片付けをし、解散した。
教室に着いて席に座った時、美竹が俺に話しかけて来た。
「今度Afterglowの練習に付き合って」
◇◇
「今日もダメだったね〜」
「そうね」
「……ねぇ友希那?」
「何かしら」
「どうして、そんなに佳夏をマネージャーにすることに拘るの?」
「……」
「あんな友希那、あたし久しぶりに見た」
「…………」
「友希那…?」
「……彼が、
「あの人って…?」
「…私には憧れている人がいるの」
「それって友希那のお父さんのこと?」
「えぇ、お父さん
「
「えぇ…私には憧れている人が2人いるの。1人はお父さん。そしてもう1人……」
「その人って……誰?」
「名前は…思い出せないの。数年前に1度会っただけ。けど、約束は覚えてる」
「どんな…?」
「『いつか凄いステージで貴方と歌いたいわ』って…。その時その人と約束したの」
「その人に佳夏が似てるってこと?」
「容姿の話ではないわ。あの人は女性だったし。雰囲気が似ている…のかしらね」
「……」
「けど、彼なら……私達をその"凄いステージ"まで導いてくれると思ってる」
「……そうだね。うん! そうだよきっと☆」
「…………急いで教室に行くわよ」
「は〜い♪」
Roseliaが推しバンドです。
曲全部好きです。