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ある日突然、私の口座に間違って二千万が振り込まれたときの話
作者:新道 梨果子

なにやら騒ぎになっている返還拒否の問題を目にするにつけ、ひとつ思い出されることがあります。


ある日突然、私の個人口座に二千万円が振り込まれたことがありました。


奇しくもその日は、私の贔屓球団のチケット発売日でございました。

このチケットが、シーズン全日程分を開幕前に一斉販売するものでしてね。この発売日でないとどの試合も買えなくなるんですよ。

いや人気のない頃は普通に当日券で観戦できたんですけどね。


なぜ二千万が振り込まれた話にチケットが関係あんのさ、と思われるでしょうが、まあまあ、続けて読んでみてくださいませ。


そりゃもう、当時のチケット争奪戦はすごいものがありまして。

全試合、プラチナチケット状態ですよ。発売10分後に全日程全席完売は当たり前ですよ。

そんな状態なので、オークションで高額で取引されたりしてました。


許せません。絶対に転売ヤーに負けるわけにはいきません。ファンの誇りに賭けて、正規の手順で買えると証明してみせると息巻きました。


チケット販売は、おそらくスポンサー企業が最優先。

その後、年間指定席所有者に優先販売……ですが、これも抽選。ちなみに会社で所有している席があるので知っているのですが、優先販売ではあるものの、当たりゃしません。

その後、ファンクラブ優先販売がありますが、ここも抽選。もちろん当たりません。ちなみにちなみにファンクラブに入会することさえままならないという状況です。

大手チケットサイトでも一般先行抽選販売がありますが、ここでももちろん当たりません。

「席がご用意できませんでした」はもう見飽きたんじゃー!


さてここで、一般の人間がチケットを入手するために大事なのは、一般販売開始日です!

戦いです!

クジ運がおそろしくない私が抽選でゲットできないならば、先着順の販売しかありません!


何年も、んなことを続けているうち、コツをつかんできたよね……。

ガラケー回線があった頃はよかったよ……ガラケーなら日本シリーズの四戦すべてのチケットをゲットできたもん……そのためにスマホにせずに、頑なにガラケー持ってたよ……「今どきwwwガラケーwww」とか言われても平気だよね……今はチケットサイトがガラケーから撤退してこの手は使えなくなったけどね……。


というわけで、一般販売開始日、私は一時間も前から準備をしていました。

プラチナチケット購入のコツをちょっと書いてみる。この購入方法に当てはまらないチケは知らん。


まず各サイト、当然、ブックマークしてログインしておく。

ブックマークするのはトップページではないです。発売前にいけるところまで進んだページです。

ログインは念のためしておきますが、大抵は発売開始と同時に弾かれてログアウトさせられますので、IDとパスは記憶させておいてください。

個人的に私はPC画面でないとキツいですね……スマホは上手くできないので、そっちは知らん。

クレジットカードで購入するなら、カード情報を先に登録できるサイトでは登録しておく。できないサイトはカード購入は諦めて、コンビニ決済にしましょう。カード情報の入力などしてたら間に合いませんからね。


とまあ、いろいろと準備万端の状態で、電波時計を手元に置いて、あとは開始と同時にクリックするだけだよ、というとき。


電話が掛かってきました。


発売開始、八分前。

ううーん……と思いつつ、ナンバーディスプレイを見てみれば、普通に県内の電話番号。

これから何時間も戦うわけなので(理由については後述)、何回も電話が掛かってきても困るなあ……と、電話をとることにしました。

どーせすぐ終わるでしょ!


すると。

A銀行の方でした。


「実は、間違ってそちらの口座に振り込みがなされまして」

「ほう。じゃ、戻しといてください」

「いやそれが、組み戻しという手続きが必要でして」

「クミモドシ」

「そちらの印鑑が必要なんですよ……」

「そーですか」


チケット発売開始、五分前。

これ話が長くなるやつだ、と感じた私は、とりあえず電話を切ることにしました。


「あのですね」

「はい」

「私、今、手が離せなくてですね」

「ええっ?!」


なんかずいぶん焦ってるな……。

しかし私も焦っているのだ。


「申し訳ないんですけど、昼からにしてもらえませんか」

「ひ、昼から」

「必ず掛け直しますんで。このナンバーディスプレイに出てる番号でいいですか」

「は、はい。昼からですね、掛け直してくださるんですね?!」

「はい、必ず。ではー」


会話を打ち切って、慌ててPC前に帰った私。二分前。よーし間に合ったぞー!


ここでもうひとつ、チケット入手のコツ。

このように、仮に開始と同時にクリックできたとしても、エラー画面が出て購入画面に進めないことがほとんどです。

そしてエラーから抜けて、ようやく購入画面が出たときには完売。まあ普通です。


だがここで諦めてはならない!

すべて「×(完売)」のマークが出たとしても、少しすると放流されるのだ! ここからが本番なのだ!

おそらくカード購入した人のカードが弾かれたりするんじゃないかなあ……。

だから何度でも何度でもページ更新するのだ! そのうち「×」が「△」に変わったりする! その隙をついて、購入するのだー!

しかし無意味にページ更新もよろしくない。繋がろうとブラウザががんばっている間は、そっとしておいたほうがいい。

あとエラー画面が出たらURLをよく見よう。エラー画面専用のURLなら、いくら更新してもエラー画面が出続けるよ!


あと、もうひとつ。

このコンビニ決済の支払い締切日を覚えておこう。すると支払いに来なかった人の分が、放流されることがあるぞ!


「とったどー!」


というわけで、二時間後、無事に狙いのチケットをゲット。私は勝った!


上機嫌でいそいそと電話に戻る私。


「もしもしー、先ほどお電話いただいた新道ですー」

「ああ! お待ちしておりました!」


さっきとは違う人の声だ……行員みんな知ってる事態なのかな……。と思いつつ、続ける私。


「なんかー、クミモドシ? とか。どうしたらいいですか」

「そちらに伺いますので! 印鑑準備しておいてください!」

「あ、来てくださるんですか?」

「それはもう!」

「はいー」


「ところで……手が離せないとか……用事でも……?」


今思えば、なにやら探るような声でした。しかしそのときの私は上機嫌なので気付かない!


「あっ、お待たせしてすみませんでした! 今日ね、野球のチケット発売日だったんですよ!」

「あー! 今日かあ!」


こちらでは、チケットが手に入りにくいというのは、県民全員把握しているレベル。

なぜか電話口の向こうで爆笑している行員の人。


「買えました?」

「買いましたー! なんとですね、開幕戦の内野指定席A一塁側ですよー!」

「ええー! それはすごいですね!」


と和やかに話は終了。


夕方になって、担当者が家にやってきたよね。


「なんか……チケットを買っていらしたとか」

「はいー。すみません、時間前で切羽詰まってたもので」

「僕、何時くらいに電話しました?」

「発売10分くらい前ですね」

「ああー、そんなときに……申し訳ない……。買えました?」

「買いましたー! なんとですね、開幕戦の内野指定席A一塁側ですよー!」

「ええー! それはすごいですね!」

「ふふふ、腕ですよ、腕」


同じ会話を繰り返す私。むっちゃ自慢げに。

そして書類を取り出す行員さん。


「ではこちらに、署名と印鑑を……」


で、その書類に書いてありました。

20,000,000 って。


「……は?」


そりゃ焦るわ……。なんだこの大金……。見たこともないよ……。


「〇〇社にお勤めなんですよね?」

「いえ、辞めてます」

「そうなんですかー」


口座が監視されてるわ……20,000,000円だもんね……。

ちなみにこのとき私は、口座に間違って振り込まれたものを返還拒否して裁判でモメているという問題を思い出していた……とあるポイントサイトなんだけどね……。あれはどうなったんだろう……。


つまり、間違って振り込まれたのを知った私が、引き出したりしないかと心配してたんだな……最初の電話を慌てて切ったもんね……すぐにATMに向かったと思われても仕方ないかも……すまぬ……すまぬ……。

そりゃ本人はまるでそんな気はなくても、そんなん他人からはわからないもんね……。


しかもこのときの口座の残金は 600円 だった。

いや言い訳すると、メイン口座は別にあるのよ。600円しか財産がないわけではないのよ。本当よ。

いくら600円しか口座にない貧乏人でも、くすねたりはしないわ。本当よ。


間違えた人は待っている間、生きた心地しなかっただろうなあ……すまぬ……すまぬ……。


てかそのA銀行、球団のスポンサー企業なんですよね。

つまり焦って電話を切らずに事情を説明すれば、もしかしたらチケットを融通できたのではという。あっ、その場合はもちろんチケ代支払います。

なので無駄に心配させただけの可能性もある。申し訳ない。


ちなみにその間違えた人からは、お菓子を貰ったよ! 美味しくいただいたよ!

その節はありがとうございました! お待たせして申し訳なかったです!


挿絵(By みてみん)


= 追記 =

本文中では省きましたが、掛け直すときに電話番号をググって、相手方が間違いなくその銀行さんであることを確認しています。

なんかの詐欺だといけないからね!

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