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おかしな転生 作者:古流 望

第32章 スイーツと冷たい関係

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367話 出没注意

 山を登ること二時間ほど。

 ペイスだけが【瞬間移動】すれば一瞬であるが、兵士千五百人まとめて移動させるのは問題が有る為、徒歩である。整備もされていないところを駆け足気味に登るという、相当に疲れる行軍。

 魔法を使わないのには理由がある。

 一つは、魔力の制約。

 国内指折りの魔力量を誇るペイスであるが、流石に無尽蔵に魔力を持っているわけでも無い。ちゃんと限界が存在する、ごく普通の魔法使いである。

 ペイスの魔法は切り札とも呼べるもの。大龍に襲われたときに【掘削】の魔法が役に立ったように、いつどれだけ魔法を使うかも分からない状況。節約できるものは節約しておくのが正解だ。

 特に【瞬間移動】というのは運ぶ量が多ければ多いほど魔力をより多く消費し、距離は遠ければ遠いほど魔力を消費する。兵士千五百人に対して、目の前にある山の僅か数キロを楽させる為に魔法を使うより、その分の魔力で精鋭五人が三百倍遠くに移動できる方がいざという時使える切り札になり得る。

 だからこその徒歩行軍。

 もう一つは、情報隠蔽と情報操作。

 既にモルテールン家の従士たちには周知のことになっているものの、カセロールの魔法が“身内の魔法使い”には貸せるという設定は、最重要機密である。

 一般の兵士たちは、ペイスが【瞬間移動】を使えると知らない者も多いのだ。

 内緒に出来るのならばそれに越したことは無いわけで、ペイス自身も黙々と歩いていた。


 「この先です。万全を期すために、小休止を取りましょう」

 「分かりました」


 ペイスが怪しいものを見つけたのは、ここから先である。

 何があるか分からないからと、休憩時間を設けることにした。

 そうは言っても千人を超える人数。

 号令を下して末端まで届けるには大声を張り上げなくてはならない。


 「全員、いったん休憩だ!!」


 ポポランは、訓練でも出したことが無いような大声で命令を出す。

 全員に聞こえるように、トップの命令を周知させるのが副官の仕事の一つ。

 毎度毎度、些細な命令まで指揮官が声を張り上げていると、指揮官の声が枯れてしまう。そうなっては、いざ本当に大事な命令の時に声が掠れて届きにくくなる。

 それを防ぐための、副官。

 ポポランからの伝言ゲームで、各班の班長を経由して休憩の命令が末端までいきわたる。

 この手の情報伝達の正確さは、軍の精強さにも繋がることであり、大事なこと。日頃からの練習も兼ねて、休憩の度に確認がてら行われる。


 休憩時間。

 兵士たちは腰を下ろし、思い思いに体を休める。

 モルテールン家の兵士には食料も配給される為、食事をとるものも多い。特にキャンディーの配給は人気だ。小さくて運びやすいが、カロリーはそれなりに高い。動き回る兵士にとっては、貴重なエネルギー源になる。

 食にはこだわるのがモルテールン家。

 他にも行軍食には色々と他所には無いものもある。乾パンのように焼き固めたパンであるとか、瓶に詰めた果物のシロップ漬けであるとか。

 他所であればぜいたく品と思われるようなものも、兵士は口にできる。

 休憩時間は兵士たちにとっても心と体を休める時間であるが、同時に口と胃袋を酷使する時間でもあるのだ。


 兵士からはやや離れた場所。

 特に何をするでもなく休憩し、その間に感覚を研ぎ澄ませていたペイスは、じっと山の上の方を見ていた。


 「やはり、妙な気配がしますね。微かにですが、間違いない」

 「そうですか? 私には感じませんが」


 ペイスは、何やら“妙な気配”を感じ取っていた。しかし、ポポランを始めペイスの周りにいる者たちは何も感じないと口々に言う。

 それなりに経験も積んでいる精鋭部隊の全員が口を揃えて言うのだ。妙な気配というのは、普通ならば気づかないものなのだろう。

 しかし、ペイスにははっきりと感じられた。かすかではある。しかし、間違いなく“何かしら普段とは違う雰囲気”が有るのだ。意識して探れば探るほど、よりはっきりと分かる。


 「……魔法の残滓、でしょうか」

 「多分」


 ペイスは、常人を遥かに凌駕する大魔力を持つ魔法使いである。対し、周りに侍る面々は魔力を殆ど持たない一般人。

 ペイスがはっきりと感じ、一般人が感じられないというのならば、魔法的な痕跡である可能性は高い。

 ポポランの問いに、ペイスは頷く。


 休憩が終わり、改めて整列ののちに進発するモルテールン領軍。


 「ポポラン」

 「はい」

 「全員の武装を確認させなさい。いつでも剣を抜けるように、手を添えて行軍せよと」

 「分かりました」


 ペイスの指示に対し、副官は細かく確認しつつ兵士たちに命令を伝達していく。

 武装の確認と、抜剣の準備。

 即ち、準戦闘態勢だ。いつ戦いになってもスムーズに戦闘態勢に移行できるようにしておくとの命令。

 ただならぬ命令に対して、兵士たちは不審がることも無く言われたとおりにする。

 ここで逐一質問や疑問を差し挟むようなら、再訓練行きだろう。


 しばらく山を登ると、だんだんと妙な雰囲気に気づく者も出始めた。

 魔法的な痕跡は、強く残っていれば一般人でも感じ取れるものなのだ。

 そして、一般人が感じ取れるほどの痕跡であれば、魔法使いであるペイスは確信をもって魔法的な痕跡と断じられた。


 「自分にも分かるようになってきました。これはいよいよ、魔法が使われたということでしょうか」

 「そうですね」


 ポポランの疑問に、ペイスが答える。

 魔法使い独特の魔力感覚。それにビンビンと感じられる、魔法の痕跡。

 不穏な気配というのが魔法というのなら、外敵の存在が一層確実視され始める。

 外国の魔法使いが魔法で工作をしていた、というのが一番いやな可能性。


 「しかし……どうにも妙です」

 「妙、と言いますと?」

 「魔法の使用された形跡が、多すぎる」

 「魔法を何度も使用したということですか?」


 ペイスの感覚では、魔法を使われたであろう痕跡は複数ある。

 少なくとも、一つではない。痕跡に近づけば近づくほど、それぞれ別の方向からのぞわぞわする肌感覚を覚えていた。


 「そういうことです。しかし……それぞれの痕跡が、どれも微妙に一致しない感じがして」

 「複数の魔法使いが、一斉に同じ魔法を使った感じですか?」


 ペイスの疑問に、ポポランが更に質問を重ねる。


 「そう、それです!! まさにそんな感じなのですよ」


 ペイスの感覚について、違和感は共有される。

 仮に、魔法使いが秘密裏にモルテールン領に潜り込んでいて、何かの目的で魔法を行使したとする。

 そうすると、痕跡としては全く同じ魔法の痕跡が残るはずである。魔法使いは、希少なのだから当然だろう。

 或いは、複数の魔法使いが魔法を行使したのなら、全く違った痕跡が残るはずだ。

 ペイスの魔法感覚は“殆ど”同じ魔法が何度か行使された形跡を感じ取っていた。


 例えば絵を描くとき、同じ画家が描けば基本的に同じような絵が量産される。

 違った人間が描けば、違った作風で絵が描かれる。

 今回残っている痕跡は、一人の絵描きがそれぞれ微妙にタッチを変えながら同じモチーフを描いたような。そんな違和感だ。

 似ているといえば似ているが、違うと言えば違う。

 中途半端な感じの痕跡が複数。

 これは何なのだろうと、答えが分からない感じ。ペイスとしては、もどかしさが残る感じだ。


 「こりゃ、魔獣かなんかかも知れませんね」

 「魔獣?」


 ポポランの言った聞きなれない言葉に、ペイスは思わず聞き返す。


 「魔法を使う獣ですよ。空を飛ぶ大龍が居たんですよ? 人と同じように魔法を使える獣が一匹二匹居たとしても、不思議はないでしょう」

 「ふむ」


 ポポランのいう言葉は、色々と腑に落ちるものがあった。

 不穏なものを感じつつ慎重に行軍する一行。

 準戦闘態勢での行軍だ。あちらこちらに物見を出しつつ、慎重に行軍する。


 「ペイストリー様!!」

 「どうしました」

 「あちらに不審なものが」


 斥候に出していた者が、異変を報告してきた。

 その異変というのは、獣の死骸である。


 「ポポラン、確認に行きますよ」


 さっと動いたのは、ペイスの周りの護衛部隊。

 報告のあった場所に、ピリピリと警戒したまま移動する。


 「確かに、獣の死骸ですね」

 「しかも、狼がこの数で……」


 発見されたのは、狼の群れの死体。しかも、数が多い。恐らく群れが全滅している。

 モルテールン領において、狼というのは家畜を襲う害獣として扱われる。

 そして、狼の群れともなれば軍が出張るに十分すぎる脅威と目される。


 普通の人間が、獰猛な肉食獣の群れと戦えば、最悪殺されるだろう。殺されないにしても怪我を負う可能性は高い。

 対抗するには、獣を退治する専門家か、或いは戦いを専門とした軍人の武力が必要。

 そう、武力だ。

 強力な力でなければ対抗できないような獣が、無造作に転がっている様を見て、兵士たちもただならぬ事態だと強く実感し始める。


 狼の群れを、全滅させる何かが居る。確実に。

 ペイスの懸念であったものは、ここにきて全員の恐怖となった。


 「捜索の手を増やしましょうか。ポポラン、斥候を増やしてください。それと、探索の際には必ず三人一組にするようにして、いざとなれば身の安全の確保を優先するよう命じます」

 「はいっ!!」


 不測の事態に備え、ペイスは情報収集を念入りに行うように命令を下す。

 狼の群れを皆殺しにするような“何か”に対して、数人程度の兵士では同じく全滅する危険性がある。仮に不確かな情報しか持ち帰れないとしても、危険を感じたら即座に本隊に逃げてくるようにとの命令だ。

 ポポランは、ペイスの命を受けて数人ごとの組み合わせを幾つか作り、本隊に先駆けて斥候となるように細かい調整をした。


 そして、この判断が実に正しかったと、しばらくして判明する。


 「大変だ!! 大変だ!!」


 一組の斥候班が、血相を変えて逃げて来た。


 「何事です。報告しなさい!!」


 ペイスの檄に、転がるようにして逃げて来たうちの一人が息を荒げながら報告する。


 「見たことも無い怪物です!! デカい変なのが、狼をボリボリ食ってやがった!!」


 報告を聞いたペイスは、隊列を変える。

 一般の兵を下げ、自分を含む精鋭部隊のみを抽出して二十人ほどの塊を作った。

 そして、報告のあった方へと慎重に進む。


 「やべぇ!! 全員下がれ!! 後退、後退!!」


 ポポランが、血相を変えて指示を飛ばす。

 一同が発見したもの。

 それは、クマほどもある巨大な蜂であった。





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