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おかしな転生 作者:古流 望

第32章 スイーツと冷たい関係

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366話 一軍揃いて

 モルテールン領軍。

 元々は両手で数えられるほどしか居なかった領内の軍人も、今では千五百を超えるほどになった。かつては一桁であったことを思えば、隔世の感を覚える。

 有無を言わさずに領民を徴兵すれば、軽く五千は兵を揃えられるだろうが、目下必要なのは戦える軍人だ。最低でも軍事行動を理解して足並みを揃えられる程度の練度が要る。

 子爵家としては中々立派な軍勢であるが、内容は雑多。

 元々モルテールン領で生まれ育って兵士募集に志願した者、他所の土地で傭兵をしていた経験を買われて雇用された者、他領から逃げて来た元兵士などなど。

 モルテールン家の従士は精鋭と呼ぶにふさわしい武人ぞろいではあるが、兵士となると質は様々。

 全員に共通することは、厳しい訓練を受けてここにいるということだろうか。


 「ペイストリー=モルテールン閣下、準備が整いました」

 「結構」


 ペイスに敬礼をして報告するのはポポラン=ヨードリー。

 たれ目がちな柔和な顔つきをしているが、よく見ればあちこちに細かい傷跡が見て取れる、歴戦の風貌をした若者。

 背はペイスよりも幾分か高いが、体つきは細身で締まっている。

 モルテールン家で抱える従士の中では若手と呼ばれ、従士家出身でルミニートの次兄ヤントや、マルカルロと決闘騒動を起こしたアルことアーラッチとは同年代の同期。

 割と男友達とは親しく付き合っているが、女性関係は一切断る堅物として評判の男。


 モルテールン家生え抜きでもなく、従士家出身でもなく、貴族家の傍系という訳でもない。

 しかし、血筋ではなく実力で、若手の中では頭角を現してきた将来の幹部候補生の一人。

 グラサージュやコアントロー、シイツやカセロールといった、猛者たちの拷問紛いな訓練を潜り抜けて来た(つわもの)でもある。とりわけトバイアムにはよく懐いていることから気に入られていて、鍛錬の相手をすることもあるという。

 早い話が、根性と実力のある優秀な人材。

 今回、ペイスは彼を自身の副官に大抜擢して、正体不明の敵と思しきものの調査活動を行うと決めた。

 異例の人事に際し、ポポランもいささか緊張気味である。


 「一同傾注」


 ポポランの号令一下。

 千を超える者たちの目が、一斉にペイスに注がれる。


 「さて諸君、集まってもらったのは他でもありません」


 一呼吸おいて、集まった千五百人を見回すペイス。

 その姿には落ち着きと風格さえ感じられ、誰の目にも立派な一軍の将に見えた。

 モルテールン子爵家の若きリーダーとして、頼もしい姿は千数百人の心を捉えて離さない。

 やはり、何だかんだと言ってもモルテールン家の子なのだと、皆が実感する。


 「我々は勅命を受けました」


 ペイスは最初に、最重要な言葉を伝えた。

 領主代行の言葉を受け、全員が息をのむ。

 ここにいる人間は、ペイスを除いてほぼ平民。貴族号を持つものも、傍系である。

 つまり、国王陛下に対して直接会うことも無い階層の者たち。

 勅命という言葉の響きに対し、戸惑いと共に強烈な高揚感が生まれた。

 例えるならば大企業の平社員が、社長直々のお声がかりで行われる社運を賭けたプロジェクトに抜擢された、といった感じだろうか。

 国のトップからの、直接の命令を受けて動く。自分たちが、とても重要なことに関わるのだという興奮である。


 「勅命は大変に困難が予想されるものでした」


 一同を見渡しながら、ペイスは言葉を継ぐ。

 緊張感が漂う。

 他にも優秀な人間や、実績のある人間も居たであろう状況で、わざわざモルテールン家に勅命が下る。この時点でただ事ではない。

 内容を知らない人間からしてみれば、困難が予想されると言われても当然のことだと受け取った。

 大龍を倒したペイスに対して与えられる勅命。

 まさかまた大龍が現れたのではないか。いやいや、流石に大龍は無いだろう。ならば人食いの虎でも出たのではないだろうか。

 集まった面々は、色々と想像をしては不安を強くする。


 「命じられたのは……新たな菓子を創造せよ、というものです」


 しかし、次のペイスの言葉で皆は戸惑う。

 大戦の英雄とも呼ばれるモルテールン家に与えられた勅命。しかも、困難が予想されるといい、千を超える総動員体制をとったというのに、理由が菓子作り。

 これで狼狽えない方がおかしいだろう。


 「静かに。まだ話の途中である」


 狼狽(ろうばい)を見せずに兵を叱咤したポポラン。

 流石というのだろうか、鍛えられた一部の従士たちは、ペイスの突拍子もない言葉にも動揺を見せず、不動の姿勢のまま身じろぎもしない。

 若手の中に居る、モルテールン家の薫陶篤き者たちだ。

 生え抜きの者であったり、ペイス直々に鍛え上げた元士官学校生であったり。

 つまり、普通でない者たち。モルテールンに染まってしまった者たち。


 一部とはいえ落ち着いている者が居ると、不安を感じてざわついていた者たちも落ち着きを取り戻す。

 彼らが本当に落ち着くまで、ペイスはじっと待った。


 「皆の困惑はよくわかります。新たな菓子を作るのに、何故集められたのかと」


 困惑の原因は、ひとえにペイスの発言の脈略の無さにある。

 陛下の勅命がお菓子作りであり、それを果たすために大軍と呼べる兵を集める。

 なるほど、実におかしい。


 「陛下の勅命は、新たな菓子の創造。それを受け、僕は一つのお菓子の作成を決めました。その材料の一つが、あの山に有ります」


 ペイスが、すっと剣を抜き、遠くにある山を指示(さししめ)した。

 四千メートル級の山脈の、そのまた最高峰である。


 「我らは、あの山を目指します」


 困難である。

 その意味が、ようやく皆にもわかってきた。

 登山道なども無い、本当に原初の山登り。

 鍛えられた軍人でも、厳しいと感じる過酷な道程。

 単純に、体力的にきつく、ついていけない人間が出かねないという意味で困難なのだろう。


 「あそこには、新たな菓子の材料が有ります」


 ペイスが、確信をもっていう。

 集まった面々にはよく分からないが、ペイスにとって必要なものが、山にあるというのだ。強い確信をもって語られる言葉には、有無を言わさぬ迫力がある。


 「勿論、行く手に、困難が待ち受けていることが確認されています」


 じっと山を睨むペイス。

 それに釣られる皆の目は、山の頂に向けられている。


 「山道の険しさや、登山の大変さを指しているのではありません。そのようなものは、鍛えられた我々であればハイキングと同じ。辛いうちに入らない。入れてはいけない」


 モルテールン家は精鋭主義。

 多少の険しい行軍程度であれば、笑顔でこなせるだけの体力が求められる。それは、一般の兵士たちでも同じ。

 むしろ、モルテールン家の訓練は、走って足腰を鍛えることから始まる。

 何時間も姿勢を崩さず立っていること、どれだけ苦しくとも走り続けること、上からの命令は幾ら理不尽と感じていても従うこと。

 これらは基本中の基本として、真っ先に叩きこまれる。


 モルテールン家の当主はカセロール。

 今でこそ、英雄との勇名轟く豪傑であるが、彼にとっても若い頃は有った。

 シイツと出会ったばかりの頃などはただの無鉄砲な若者であり、自身の魔法の有用さもあって猪突も多かったのだ。

 何でもかんでも突っ込んでいて、全てが全て勝てる戦いだったのか。そんなはずは無い。

 命を危うくするような危険も沢山経験している。

 そこでカセロール達が学んだのは、いざという時に逃げる逃げ足こそ大事というもの。

 カセロールの異名は「首狩り」というのが良く知られているものであるが、他にもいろいろとある。中でも「逃げ一番」というのは、本人も笑い話にするぐらいの二つ名だ。

 攻めるときに役に立つ【瞬間移動】は、いざとなって逃げるときにはもっと役に立つ。

 逃げるとなれば誰よりも早く逃げることからついた異名。

 モルテールン家に長く勤めている者は皆、逃げっぷりが良いのである。


 戦場では、走れなくなったものから死ぬ。

 カセロールは自分の経験からそのように考え、モルテールン家の兵士たちに訓練を課してきた。

 それを引き継いだ代行者ペイスもまた、足腰の強さが大事であることを知っている。

 今更、登山の一つや二つで辛いなどという軟弱者は、更なる特訓行き。

 そう暗に語るペイスの言葉に、兵士たちの身も引きしまる。


 「先日、先遣を僕直々に行いました。そして、そこで“何者かに襲われ不審死した獣の死体”を見つけました。状況からみて、ただならぬ事態が起きていると、僕たちは判断したのです」


 ハっと、顔色を変えた兵たち。

 話がようやく見えて来たのだ。

 モルテールン家に、お菓子を作れという勅命が有った。お菓子作りで財を成したモルテールン家である。これ自体は不思議なことも無いのだろう。

 そして、新たなお菓子をペイスが考案した。次から次に奇抜なアイデアを出してきたペイスだ。新しいお菓子を作れることに何の違和感も無い。

 更に、新しいお菓子には山にある何かが必要だった。それが何かは分からないが、きっと凄く貴重なものに違いない。集まった兵士たちはそう思った。

 勅命を果たすために下見をすれば、不審な状況が散見された。

 なるほど、兵を動かす理由にもなるだろう。どういう状況であったかは兵たちには知らされていないが、一軍を動かすだけの確信が、モルテールン家の上層部にあったに違いない。

 ペイスが断言し、周りの重臣たちも黙って従っていることから、少なからぬ確信を持てるものがあったのだろう。


 寄宿士官学校出の賢い者たちなどは、ここまでの説明で大よそを察した。他の兵士たちも多かれ少なかれ、ことがあながち大げさでも無いと察する。


 皆に理解が及んだことを、指揮官たちは満足そうに見つめる。


 「ポポラン」

 「はい、分かっております」


 一言で、ことは済む。

 隊列を整えるようにポポランが細かい指示を出し始め、ペイスの傍には護衛部隊が侍る。

 尚、ペイスの頭には大龍の帽子付きである。


 準備が出来たところで、ペイスが号令を発する。


 「それでは、出発!!」

 「きゅきゅい!!」


 ピー助が、ひと際嬉しそうに鳴いた。


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