人口激減、住民の半数は高齢者…なのに若者が次々移住 異彩を放つ町
人口が激減し、住民の半数は65歳以上の高齢者なのに、若い世代が次々に転入してくる――。こんな自治体が人口減少が進む山口県内にある。県北東部で日本海に面した阿武町だ。人口3千人のこの町で、起きていることとは。
潮の香り漂う漁港に近い阿武町奈古浦地区の旧街道沿い。いまは多くが店を閉じているが、昭和期までは呉服屋や貸本屋、病院などが並び、「奈古銀座」と呼ばれていた。
その一角に、町が2018年に設けた暮らし支援センター「shiBano(シバノ)」がある。元薬局の空き店舗を改修した建物で、移住希望者らが住まいや仕事を探す「玄関口」の役割を果たしている。
昨年7月に下関市から移住してきた渋谷英利子さん(44)は利用者の一人だ。菓子づくりを仕事にするのが夢だったが、踏み出せずに悩んでいた。シバノを拠点に活動する集落支援員の吉岡風詩乃さん(31)に相談すると「母親の工房があるよ」。間借りして、菓子づくりと移動販売をしている。
町の手厚い支援も背中を押した。U・Iターンの単身世帯には10万円の奨励金、起業に対しては最大60万円の補助金が出る。渋谷さんは「この町に来てからびっくりするほどいろんなことがするする進んだ」と驚く。
町の人口は20年国勢調査で3055人。5年前から11・8%減少し、65歳以上の高齢者が人口の49・8%を占める。人口減少率、高齢化率とも県全体よりずっと高い。
ところが、近年は転入者が転出者を上回る「社会増」を実現している。総務省統計局のデータを集計すると、18~20年は計17人の転入超過だった。県内の市町の大半が人口流出に頭を抱える中、異彩を放つ。
「居場所をつくって一緒に考えてくれると思えた」
町は15年、20~30代の職員を中心に「阿武町版総合戦略」を策定。多様な働き方の実現に重点を置き、若者世代の移住促進などに力を入れている。
「1/4worksプロジェクト」もその一つ。基幹産業である農業や漁業の働き手が年々減少し、特に農業は繁忙期の人手不足が深刻だ。そこで苗植えや収穫など、季節ごとの仕事をパッケージ化。空き家や車を用意して、農業に関心のある人や移住を考えている人を受け入れた。
18年からスイカやホウレンソウ農家で実施し、18人が参加。うち20~40代の男女6人の定住につながった。町は住まいの補助にも力を入れ、空き家の取得に最大30万円、リフォームには最大100万円を出す。
都市部から移住する「地域おこし協力隊」も重要な人材だ。町は19年から3年間で9人を受け入れた。その一人、神奈川県出身の藤尾凛太郎さん(24)は、山口県のみで飼育される「無角和牛」の振興を担う。「大学を卒業したばかりで経験がない自分にも、居場所をつくって一緒に考えてくれると思えた」
社会増が進む阿武町について、県の政策企画課の担当者は「施策が届きやすい小さな町で、総合力の効果が出ているのではないか」とみる。とは言え、高齢化が進むなか、社会増を上回る人口減少は避けられない。町まちづくり推進課の井上豊美さんは「全国的な人口減の中で人が減るのは仕方ない。いかに町に活力を生み出すか」と話す。
町はこの春、「道の駅阿武町」横の遊休地にキャンプ場をオープンさせる。野菜の収穫や漁業体験を通じて地域にお金が落ちる仕組みを目指している。企画立案に携わる一般社団法人STAGEの田口壽洋代表(43)は「家族を養える仕事がなければ人は住めない。いまここにあるものに光を当てて、出ていくお金を減らし、入るお金を増やすことが必要だ」と言う。
知事選のさなか、県に期待することは何か。井上さんは「町の財源でできることは限られる。県単位で補助事業が広がれば、私たちも動きやすい。県の広域的なキャンペーンを通じて、関心をもってもらうことも重要だ」と話した。(寺島笑花、武井宏之)