ハイヒールを履くユニーク社長「3Dプリンター活用」の原点

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crossDs japan代表取締役社長 諏訪部梓さん

 コロナ禍による外出自粛要請で、仕事も含め出掛ける機会がめっきり減った人も多いだろう。だからこそ「身につける物にはお金をかけたい」という声も聞く。中でもオーダーメード靴はコロナ禍前からビジネスマンの憧れの的。しかし一足数十万円と超高級なイメージだ。

 そんなオーダーメード靴が実質6万円から7万円強、しかもメンテナンス付きのサブスクリプション方式で月々5000円から手に入るサービスを提供しているのがこの人、東京・日本橋浜町に店舗と工房を構える「crossDs japan」のトップだ。写真のように自ら履いてみせるのは、自社で作った女性用のパンプスだ。

「自分で作って履いてみないと、本当の履き心地は分かりませんからね」

 このユニーク社長の発想の原点は何なのか? 

 それは小学6年生の時、地元の静岡・沼津で開催されたロボットコンテスト、通称“ロボコン”。メカ好きの少年は、競技を生で見て衝撃を受ける。

「高専(高等専門学校)出身でエンジニアだった父に連れられて見に行ったのですが、会場に入り切らないほど大きなロボットが登場したかと思えば、輪投げ競技なのに丸ではなく四角い輪を飛ばすロボットが現れるなど、発想力の豊かさに感動しました。地元の沼津高専が地区大会で優勝したこともあり、いつか自分もこんなロボットを作りたい(!)と思ったんです」

「すべて自分でやろう」として大失敗

 後に、息子を同じ道に進ませたい父の差し金だったと知るが、ロボコン熱は冷めず、中学を卒業すると沼津高専に入学。

「5年制で1年目は全員寮生活。シャイな性格で人と話すのも苦手でしたが、共同生活をしているうちに克服してしまいましたね」

 クラブ活動はもちろんロボコン部に所属。2年の時に初めて大会に出場したが、未完成でロボットが1ミリも動かず涙をのんだ。リベンジを誓った3年時は見事地区大会優勝。両国国技館で行われた全国大会でもベスト4進出という実績を残した。

■高専ロボコン部の教訓

「思い出深いのは2年生の時の経験。ゼロから100まですべて自分たちで作ると意気込んだものの、時間が足りずに未完成で終わりました。そこから、自分ですべてやっていたら終わらない。買える部品は買って、最も力を注ぐべきはどこかを考えなければいけないと気づいたのです。その考えは今の経営にも役立っています」

 当時すでに会社経営に興味を持っていたという。高専を卒業すると、経営情報システム工学科のある新潟県の長岡技術科学大学に編入(高専卒は短大卒と同等のため)。そこでITと経営を2年間学び、卒業後は東京のITコンサルタント会社に就職した。

 主に担当したのはスーパーマーケットなど小売業者の基幹システムやマーケティングシステムの構築、メンテナンスなど。

「具体的な成果として挙げられるのは、スーパーに来たお客さま一人一人に異なった割引を行うシステムを開発したこと。購買履歴を分析して、その人が欲しいと思う商品を割引したチラシを、月初めの会計時にレジで渡すんです。別の会社では、購入内容に応じてクーポンを出すシステムはありますが、ここまで個別に対応したものは今でも他に見ませんね」

 その頃、世の中に出てきたのが3Dプリンター。以前から工業分野では存在したが、特許が切れたことで格安な製品が一気に市場にあふれ出した。

「実際にキットを購入して組み立ててみたら、モーターにベルトが付いているだけの単純な仕組みにびっくりしました。でも、それまで1000万円もしたものが数万円で買えるようになったことで、モノ作りのハードルが格段に下がったと思いましたね。考えたものをすぐ形にできる。世界は変わるぞ、と」

まさに“魔法の宝箱”

 考えた事が簡単に形になる、まさに“魔法の宝箱”。だがノズルから樹脂を搾り出し、それを積み上げることで造形するため、表面に段差ができてしまう。そのままでは最終製品にならない。

 そこで会社の同僚2人と考えたのが、最終製品の前の中間部材を3Dプリンターで作ること。消費者の目に触れない物なら見た目は関係ないからだ。中間部材で一つ一つ仕様の違う物はないか考えた揚げ句、思いついたのが靴型だった。

「街でパンプスのかかとをパカパカさせて歩いている女性っているじゃないですか。あれって足に合っていないからなんです。だけどオーダーメードは30万~40万円もするし、ものすごく時間もかかる。そのコストの多くを占めるのが靴型。職人さんの手作業で、採寸も立体の部分はほとんど職人さんの勘と経験。だったら3Dプリンターで靴型を作れば、今より安く早くかつ精巧なオーダーパンプスが作れるのでは? これから人口減少する日本では働く女性がきっと増えていくから、市場としても有望だと思ったんです」

 しかし会社は「なぜIT屋が靴を?」と理解を示してくれない。そこで3人は会社を辞め、2017年に新会社を立ち上げたが、やがて思わぬトラブルに巻き込まれる……。

「こんな弱そうな靴型じゃ作れない」

 3Dプリンターで作った靴型は樹脂性で中空、つまり軽い。一方、既存の木の靴型は削り出しでどっしりと重い。あまりの違いに、外部委託しようとした工場が「こんな弱そうな靴型じゃ作れない」と拒否反応を示したのだ。

 仕方なくベテランの靴職人を1人スカウトし、内製することにした。早い段階でテレビに取り上げられ、いきなり100足の注文が来たが、そうした工程上の理由で数がさばけない。しかも3Dスキャナーによる足のデータ採集も当初手間取り、結局半年待ちという理想とはほど遠い形でのスタートとなった。

 それでも既存のオーダー靴と比べれば各段に安く、しかも足にフィットする。当然ながら歩き心地もいい。評判が評判を呼び、受注数は右肩上がり。中にはこんな客も。

「90歳近い女性がパンプスを作って欲しいと来たんです。高齢で普段出歩かなくなってしまったので、自分の足に合うきれいな靴を作れば、きっと出歩きたくなるに違いないと。やって良かったなと思いましたね」

 やがて製造を請け負ってくれる工場も現れ、ようやく軌道に乗ってきたと思ったら、またもやトラブルに見舞われる。

■会社乗っ取られも経験

「出資者のひとりが裏で株主をまとめ、会社を乗っ取ってしまったんです。それでも靴が作れるならいいと思ったんですが、その人はハナから転売するつもりで、良い靴を作ってお客さまを幸せにしようなんて気持ちはこれっぽちもない。とてもやっていられないと、創業メンバー全員で退職しました」

 それが2019年の8月で、同年12月には再び会社を立ち上げた。新たに「世界初のオーダーメード靴のサブスクリプション」をうたい、失った信頼と顧客も少しずつ戻り始めていた矢先に、ご存じの通りのコロナ禍である。街からパンプスで歩く音が消えた。人との接触を禁じられては足型の採寸もできない。

「大打撃ですが、絶対続けようと。なぜなら、お客さまに望まれているサービスだから。以前とは生活が変わったはずですが、予約は入ってきています。私たちの靴を必要としているお客さまがいる以上、やめるわけにはいきません」

 一方、コロナで生産が滞ったことで、紳士靴に参入する余裕が生まれた。また害獣駆除されたエゾシカの革を使った商品も投入し、SDGsに貢献する取り組みも始めている。

 転んでもタダでは起きない根性は、高専時代に夢中になった“ロボコン”で培われたか。

 ITオタク系ド根性社長のサクセスストーリーはこれからだ。

(聞き手=いからしひろき)

▽諏訪部梓(すわべ・あずさ) 1984年、静岡県生まれ。沼津工業高等専門学校のロボコン部でリーダーを務め、全国大会ベスト4。長岡技術科学大学経営情報システム工学科卒業。ITコンサルタントとしてスーパーなど小売業者のシステム構築や専用端末の開発に10年ほど従事。2017年からオーダーメードパンプスに3D技術を融合させた新サービスの開発を行う。19年に独立し、「crossDs japan」を設立。

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