中国社会科学院は、1977年に鄧小平氏の肝煎りで、中国国務院(中央政府)傘下のシンクタンクとして開設された。現在では、31の研究所、45の研究センターなどを擁し、総勢4200人を超える、いわば「中国政府の頭脳」である。
また、中国国際金融30人論壇は、2020年8月、人民元国際化などを共同研究するため、清華大学、北京外国語大学、上海発展研究基金会が共同発起人となって設立した。中国人民銀行(中央銀行)や中国銀行などからも精鋭部隊が送り込まれ、活発な活動を展開している。
こうした「中国の中枢機関」で、高玉生元駐ウクライナ大使が、講演を行ったのだ。その内容の一部を、5月10日に『鳳凰網』(香港の鳳凰衛視が中国国内で流しているニュースサイト)が報じたところ、大騒ぎになった。それは、「プーチン政権ベッタリ」の習近平政権に泥を塗るような内容だったからだ。
この記事は、当局によって「秒删」(ミアオシャン=1秒で削除される)に遭い、たちまち消えてしまった。いまは、高玉生元大使の発言も、シンポジウム自体もなかったことにされている。
「発言録」に滲む元外交官の矜持
そんな中、高玉生元大使が自らの発言を査読した「発言録全文」を入手した。全体は4部構成になっていて、第1部がウクライナ侵攻の戦況分析、第2部が近未来の戦況予測、第3部が戦争終結後のロシア、第4部が戦争終結後の新たな国際秩序について、虚心坦懐に述べている。
以下、「発言録全文」を訳す。少々長いが、中国のロシアとウクライナを専門とする元外交官の矜持を感じ取ってもらえればと思う。
〈 1.今回の戦争では、ロシアの態勢が日増しに受け身になり、不利になってきている。すでにロシアの敗勢が顕著だ。ロシアが失敗に向かった主要な原因は、以下の通りである。
第一に、(1991年12月の)ソ連解体後、ロシアは終始、衰退していく過程が続いていた。その衰退は、まず解体前のソ連の衰退の持続であり、ロシアの統治グループの内外政策上の失策とも関係している。西側の制裁もまた、衰退の進展を加速化させた。
プーチンの指導下で行われたいわゆるロシアの復興、もしくは振興は、もともと存在していない架空の出来事だったのだ。ロシアの衰退の芽は、経済・軍事・科学技術・政治・社会など各分野において、またロシア軍及びその戦力にも、深刻なマイナスの影響を与えたのである。
第二に、ロシアの電撃作戦の失敗、速度戦によって(戦争を)即決できなかったことは、ロシアが失敗に向かって進み始めたことの予兆となった。いわゆる軍事超大国の地位とは不釣り合いな経済力と財政力は、実際、日々数億ドルずつ消耗していく先端科学技術戦争を支えきれなかった。ロシア軍が窮して敗れていく状況は、いまや戦場の随所で見られる。戦争を一日引き延ばすごとに、ロシアには負担が重くのしかかっていくのだ。