確か中学校の時。

当時の担任が

「お前たちが先生を選べないように、

先生も生徒を選べないんだ。」

と発言をしました。

 

一見すると正しい主張のように思えます。

しかし社会人の眼で見ると、

「コイツはボランティアか何かで教師をしているのか?」

   

嫌いな生徒であっても、一教員として対応をしなければなりません。

なぜか?

「給与・賞与、その他社会保障をもらっているから。」(権利)

それに対する義務として

「割り振られた生徒の面倒を見る。」(義務)

 

好きな生徒を選べないという発言は、

社会人から見れば、甘ったれの発言としか映りません。  

    

       

上記の話を武術でも良く考えてみると

「権利と義務」は5:5でなければなりません。

     

戦いの心を権利とするならば、その権利に対する代償が必要です。

その代償は色々とあるでしょう。

なんら代償を払わず、勝ち(権利)を得たいなど、

お天道様が許さないのです。

 

自然の勝ちが訪れない・・・

その原因の1つは、

「権利ばかり主張して義務を果たさないから。」

  

お相手を斬ろうと思えば、自分も斬られてもかまわないという心。

この心が「本当の心」になった時、心の剣の理を知ることが出来ます。

      

  

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