禍ツ天彗のゴヲスト・パレヱド ─ THE Fragment ─

河葉之狐ラヰカ:回線工事中につき読み専

鏖花桜凜の吸血鬼

★鏖花桜凜の吸血鬼



「あれは、桜というんだ」

 桃色の花弁がさまざまな彩度と色彩を照らし出しながら舞い散っていく。私たちが長年を経て克服した陽の光、いわば天敵を吸って生きる植物で、この国を代表する樹木の花びら。

「君に、この名前を与えようか。キルシェブリューテ──今日からは、そう名乗るといい」


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 春先の裡辺皇国、その南西にある法泉ほうせん鴻翼こうよく市、比翼町。退魔局法泉支局では今日も目まぐるしく局員が動き回り、表向きには皇国情報軍の一部署であるとされているそこで、世間一般にはオカルトだとか都市伝説と一笑にふされている怪異事件を真剣な顔で取り扱っていた。他ならない私自身もその局員の一人であり、畏れ多くも月白の妖狐たる隊長の麾下に加わり、一等退魔師として現場に出ている。

「先輩」

 私の直属の部下で、しかし堅苦しく接されると仲間という意識を持てない私が砕けた態度でいろと頼んでもなお、お堅く上下関係に固執する少年が声をかけてきた。

「なんだ、燈真とうま

大瀧おおたき先輩からの差し入れです」

 銀髪に銀目──少々特殊な半妖(というか、正確にはクォーターだが、半妖の定義において血の比率は関係ない)である彼は、七ヶ月前にこちら側の世界を知って、その一ヶ月後にわざわざこっちへ踏み出してきた。

「律儀な男だ。さすがは犬、といったところかな」

「狼だって怒るんじゃないですかね。俺は聞かなかったことにします」

「それで、開けていいのか?」

 燈真から手渡されたのは梱包された包みだ。大きさからして茶菓子。確か蓮──大瀧蓮一等退魔師は、去年勧告を無視して取らなかった有給の前科から、今年は年度はじめに強引に取らされている。馬鹿な男だと呆れた。

「ええ、どうぞ。温泉街に行ったと」

「電気風呂だのといって、おかしないたずらをしていなければいいのだが」

 やつならあり得なくもない話であり、それは燈真も知っている。なんせこいつはその電気風呂ドッキリで悲鳴を上げているのだから。私の含み笑いに、彼はムッとした顔をしていた。

 包装紙を剥がすと、そこには『空翠くうすい温泉饅頭』の文字。どうやら魅雲みくも県へ足を運んだらしい。ご丁寧に、「八八〇葎貨りっか」という値札を剥がさない有様。

「気の利かん男だ。……燈真、お前は何をもらった?」

「しおりです。蒔絵の」

「お前の趣味をよく理解しているな。悔しいが、私の甘味好きも知られているらしい」

「だからって糖尿病の博士の血を吸うのもどうかと思いますけど」

「私という透析をしているんだろう。機械でやるより手早いし、効率的。そしてなによりwin-winだ。あの頭のイかれた奴マッドサイエンティストも喜んでいるだろう」

 私は値段を忘れるよう努め、箱を開けようとして、「あっちの待合室で食べたらどうですか」と燈真が言うので、そうした。腰から財布を取り出して、それを勤勉で可愛い後輩に投げ渡す。

「好きな飲み物を買ってこい。私は……アイスココアを」

「げっ、十階まで行けってんですか」

「だから駄賃にお前にも好きなものを買えといった。遠慮はしなくていい。姉の分も買って持っていくといい」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 燈真は物分かりがいい。父親が軍人で、母がそんな父を尻に敷くほど気が強い気丈な女性であったらしく、事務員としてここへ来た彼の姉もまたしっかり者だ。当然のように燈真は無骨ながらも心の根っこはとても真っ直ぐに育ったと、子供嫌いを公言する大瀧蓮が、燈真の姉と仲良く話しながらそう評していた。燈真としては行き遅れ気味の姉と大瀧蓮の恋愛には賛成らしい。

 奴のことだからエレベーターなど使っていないのだろうな、と思った。基礎的な鍛錬は、身体能力に上昇恩恵を得られるタイプの妖怪にも効果がある。妖力による身体強化とて、所詮は掛け算だ。基礎能力がゼロならば、どれほど大きな妖力を掛けても出力はゼロである。故に、どんな退魔師でも肉体を鍛えるのは普通で、エレベーターは急ぎの時だけに使う。殊更ストイックな燈真なら、絶対に階段で十階まで行くだろう

 私は待合室に入った。とはいえそこは喫煙室でもある。私は特別嫌煙家ではないし、嫌煙家ならば禁煙の待合室を使うので喧嘩になるわけがない。その喫煙室で私は椅子に座り、真っ白な机に箱を置いた。音もなく対面に、白い妖狐が座る。

「隊長……煙草ですか?」

「杓子定規は嫌い、じゃなかったっけ」

「別部署の局員もいますから。準特等退魔師にタメ口っていうのは、流石に。減給されたら困ります」

「ここで重要なのは力と実績。……椅子に座って踏ん反り返るだけの馬鹿に怯える方が、どうかしてる」

 隊長──稲尾椿姫いなおつばき準特等退魔師がポケットから白銀の煙草ケースを取り出し、一本取り出す。フィルターのない両切りで、彼女は指先に紫紺の狐火を灯して着火した。

「蓮がそろそろ帰ってくるって、燈真から聞いた?」

「ええ。お土産を貰ったので。近くまで来ているのでしょう」

「明日まで休みを取らせてるんだけどね。……勤務に真面目なのは嬉しいけど、上司としては休んでもらえないと余計な事務仕事が増えて困る」

 稲尾隊長は肺の奥まで紫煙を吸い込んで、鼻から吐き出した。彼女はまだ十代後半に見えるほどに若いが、実年齢は知らない。ただ、外見にそぐわぬほどに歳を重ねているらしいとは聞いていた。あの外見は『月白の九尾』を始祖に持つ一族であるが故、年齢を重ねても若く見えるのだという一種の恩恵である。実際、燈真は最初の頃は同世代くらいの少女だと思っていたらしい。

「蓮のやつ、私にはスーパーの油揚げよ。なんだと思ってるの」

「狐ですから」

「まあ、そうだけどさ。でも、なんかご当地の油揚げとかあるでしょうに」

「……とりあえず、油揚げであることは喜ばれているんですね」

 と、そこに燈真が戻ってきた。彼はアイスココアを二本と、自分が飲む抹茶オレの缶を手にしていた。

「隊長もいたんですね」

「ええ。早く戻らないと、怖い秘書に怒られるわ」

 重い腰を──五本の尻尾があるから尚更だ──上げ、稲尾隊長は吸い殻を灰皿に押し付けた。

「ココア、貰っていい?」

「どうぞ、隊長」「抹茶じゃないんですね」

「抹茶、それとったらあんたはまた往復でしょうに」

 稲尾隊長は燈真からココアを一本もらって、部屋から出て行った。他の局員は畏れを向けていたり、あからさまな嫌悪を顔に浮かべている。燈真はそれらをみて眉根に皺を刻み、黙り込んだ。彼らの奇異、そして好奇の目は燈真自身にも、そして私にも向けられている。

「取られてしまったが、まあ隊長にならいいだろう」

「隊長がいらしてるんなら、抹茶ももう一本買ったんですが……っていうか、二人して甘党ってどうなんですか。大妖怪って、みんなそうなんですか?」

「偶然だよ。蓮は辛党だがな。あいつとは食べ歩きに行きたくないんだ」

「俺は平気でした。姉貴もですよ。味の趣味は親父に似たんですかね」

「理解ができないよ、私には」

 私はアイスココアのプルを引いた。対面に座った燈真が抹茶オレを開ける。若いが故、甘くとも辛くとも平気だ。濃過ぎる味付けでもなければ、あまり好き嫌いをしないところも含め、私としては好感が持てる。食の好みこそあれ、食べ物や命を無駄にしない。もっともその優しさは、戦場ではあまりにも危うい。

「桜、綺麗ですね」

「ああ。……リヘンザクラは特に、な。色味が鮮やかだ」

「先輩って、……その」

 燈真が言い淀んだ。私は饅頭を彼に差し出して、何気なく言う。

「私の恋人が、桜が好きでな。知っているだろう、私がレズビアンであることを」

「ええ、……まあ」

「彼女は桜に宿る樹木の精霊でな。私に宿り、いまでは守護霊でいてくれる。この、桜花キルシェブリューテという名前をくれたのも、彼女なんだ」

「先輩の、桜の術……あれって、じゃあ他人のものだったんですか? でも、妖術式の譲渡って……」

 私は舞い散る花弁を目で追った。その先に、彼女がいる気がした。それから後ろから抱きしめられているような暖かさを感じて、肩のあたりに手を置いた。

「お互いに望んだんだ。一つになることを」

 燈真はどこか不思議そうな顔だった。けれど、彼もまた同じだ。私のように、他者から術式を譲渡された存在である。彼の胸で脈打つそれが、彼と同化して特別な妖術を付与しているのである。

「つぶあん……どこまでも律儀な犬だよ、あいつは」

 私は饅頭を齧って、それからまた窓の外を見た。

 美しいリヘンザクラが咲き誇る。

 どうやら今年も、彼女はご機嫌らしい。

 窓を開けてひとひらの花弁を手に乗せて、何の気なしに口に入れる。まるで彼女と初めて口づけをした時のような、ふんわりした花の香りが口いっぱいに広がった。

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