第14話 化け物

 全ての原住民を無力化し、レンは丘を見上げた。冬の獣らしき影と、シルヴィが操っているであろう黒鉄――砂鉄が見える。彼女たちの助力は期待できそうにない。最も、元悪徳警官の一人二人など、自分一人でどうにでもできるが。


「観念なさい。終わりですよ」


「化け物どもが……」


「あなたに言われたくありませんよ。……殺したと思ったのですが。アンデッドとはいえ、頭を潰せば死にます」


 ネルソンは隠す必要もないと判断したのか、コートを脱ぎ捨てた。


 ばさり、と風に吹かれて飛んでいったコートの下。露わになったのは、


「……オートマタ」


 機械の体。


 ネルソンは首元を探るとそのまま顔を模したマスクを外し、髑髏どくろのような機巧仕掛けの素顔を外気に曝す。ビー玉のような碧眼がぎょろりと動き、人を模した発声器官を震わす。


「ゼノ様のおかげだ。私は永遠の生を得た」


「注水しなくては動き続けられない体のどこが永遠ですか。脳の維持のためにブドウ糖と酸素を取り込むだけ。体を動かすために水を入れる。愛を語らうことも、食事を喉に通すことも叶わない。それが生きる、とでも?」


「事故で手足を失った人間が義肢に換装する。それとどう違う?」


「生命の曖昧な線引きですね。僕にもまだ明確な答えはありません。ですが、平気な顔で嘘をついて人を傷つけるために機械化している存在を、僕は生きている人間だとは認めません」


「なら、どうする」


「可能なら、生かして捕らえる。……可能であれば、ね」


 フェイズⅡ。両手を蒼黒い啖器の籠手で覆い、踏み込む。


 ネルソンは右拳を振りかぶり、炸裂音を響かせる。


「――――!」


 レンとネルソンの拳が激突する。異形の甲殻と金属の塊が衝突音を奏で、予想だにしていない威力にレンは奥歯を噛む。


「仕込みですか」


「シンプルなものだ。薬莢を撃発して、加速する。単純だが、それは君も同じだろう。クローゼル夫妻が生み出した半魔人と、テクノロジーが生み出した私。次世代の完成した人類の形として相応しいのはどちらかな」


 撃発音。ネルソンの足が跳ね上がり、レンは左腕で蹴りをブロックする。ぴし、と啖器にひびが入り、鋭い痛みに舌を打つ。


「人間は完成していないから美しいのですよ。不完全故に足掻く。それがヒトのあるべき姿だと僕は思います。僕たちみたいなのは、次世代の人間ではなく、ヒトの理から逸脱した、ただの化け物です」


 相手の左の拳を右肘で弾き、顔面にレンは左のフックを入れる。ネルソンは顔を反らしてその一撃を躱すと、撃発と同時に右のストレートをレンの顔面に叩き込む。


「がッ――」


「自虐的だな。それとも、ヒトであることへの未練の裏返しかね」


 折れた歯を血と一緒に吐き捨て、即座に再生した真新しい歯を舐めて拳を握る。


「未練なんてありませんよ。僕の中にある思いは、あの日からただ一つだけです」


「訊こう」


「――怨嗟です」


 拳を地面に叩きつける。斥力の塊を打ち込み、土を隆起させる。地割れのように伸びた亀裂がネルソンに迫り、彼は飛び退く。


 地面が爆裂し、土塊と粉塵が舞い上がった。


「ちっ」


 真後ろから、両手を組んで叩きつけた。ネルソンの後頭部に激突した両拳が鈍い手応えを返してきた。地面に叩きつけられた機械の体を掴み、そのまま地面で削るように引きずる。


「僕にはもう、なにもありません。妹を守れなかったことへの後悔すら」


 石造りの家屋の壁に叩きつけ、顔面へ拳を加える。石材がへこみ、ネルソンが暴れ狂うが構わずに二度、三度と拳を叩きつける。


「ただ、憎い。妹を守れなかったあの日の僕と、その原因を作った両親と、彼女を――リヴィを弄んだゼノが」


 四発目。しかしネルソンは半ば暴発同然に足の薬莢を打撃し、強引にロックを外れた。


 そのままの勢いで肩からタックルを仕掛けてきたネルソンを抱え込み、極東のスポーツであるスモウのように互いを掴んで押し合う。


「恨みを晴らす。空しいな」


「本当に悲しんだことがない善人ぶった人間は、異口同音にみんなそう言います」


 頭を振りかぶり――互いに頭突き。鈍い音。レンの額が割れ、血が溢れる。痛みと痺れに視界が揺さぶられるが、傷は問題ではない。魔人の力で治癒する。


「復讐に意味があるない、ではないんです。復讐っていうのは、理性じゃないんですよ」


「なら、なんだというのだ」


 踏ん張り、レンはネルソンの体を徐々に押す。


「悲しみへの、個人的な精算です」


 乾いた炸裂音。ネルソンが両手足を撃発。凄まじい勢いがレンを襲い、踏ん張りがきかずに姿勢を崩す。


 押し倒され、ネルソンはレンに馬乗りになると、仕返しとばかりに拳を振るった。狙いもなにもない。ただ出鱈目に、やられたからやり返す、子供の癇癪染みた行為。


「それが、今、あなたを突き動かす衝動が、復讐心ですよ」


 痛みはある。当然だ。殴られて痛くないわけがない。けれどそれに対して泣くでも嘆くでも怒るでもなく、レンは冷淡にその現実を受け入れる。


 レンは足を折り曲げ、ネルソンの腹に押し当てると思いきり関節を伸ばす。発条のように飛び出した蹴りが機械の体を吹き飛ばし、自由を得たレンは跳ね起きる。裂けた皮膚に吹雪は堪えるが、彼の顔にはただ雪よりも冷たい静かな色が浮かぶだけだ。


「はぁ……はぁ……貴様、魔人よりも魔人染みているな」


「我ながら、そう思いますよ。それより、いいんですか」


「なにがだ」


 レンが指さす先――そこには、雪の粒のようになって消える冬の獣。


「……な、ん…………!」


「シルヴィの方がよっぽど獣ですね。ああ、今のはご内密に。僕もまだ死にたくないので」


「き――さまぁあああああああ!」


 ネルソンが弾丸のように突っ込んでくる。冷静さを欠いた、死線に自らはまり込む悪手。


 レンは右の拳を左手で払いのけ、右手を大剣に変え――


「ここがあなたの、――絶死領域デッドアングルです」


 突き。


 必殺の刺突はオートマタにとっての心臓である発熱機関を捉え、外角を砕いて貫いた。


「あ……が……」


 ネルソンがぐらりと傾き、倒れる。


「時間がないので手短に。ゼノはどこです」


「……ゼノ、様、は……けも、の……あれ、そのもの、は……かぎ、だと」


「冬の獣が、鍵? どういうことです。あれを完全復活させることが目的でしょう」


「け、もの……は、わ、た……しの、道具、で、いい、と……」


 冬の獣が目的ではない。いや、目的ではあったが、踏み台でしかなかった。そういうことだろうか。


 しかしどういうことだろうか。冬の獣が通過点。だとするならば、ゼノが目指すものとは一体なんだというのか。


「が……ぁ――ぁ、……」


 瞳から光が消える。ネルソンは死んだ――いや、機能を停止した。


 レンは静かに啖器を解除する。黒かった左目が元に戻り、陰りの見えていた顔がいつもの紳士的なものへとなった。


「…………ゼノ」


 静かな一言に、底なし沼のような暗さが宿る。


     ◆


 今回起きた冬の獣事件で大きな功績を与えた以下の者にグレードを授与する。


 レン・クローゼル、グレードS。


 ロゼ・ギブソン、グレードA。


 諸君らの今後の活躍に期待する。


 帝国リーグ評議会より。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蒼のビレイグ ─ ブライニクル ─ 河葉之狐ラヰカ:回線工事中につき読み専 @9V009150Raika

作家にギフトを贈る

 大変な中支えていただきまして、誠にありがとうございます。
カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?

ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ