第13話 XS

 冬の獣が雄叫びを上げると、吹雪が指向性を持ってシルヴィに降り注いだ。


 彼女はその場を一歩も動かない。煌めくのは氷のつぶてで、当たれば切り裂かれることは容易に想像できる。


「あぶ――」


 瞬時に、それがシルヴィを守った。


 砂鉄。それが盾となり、シルヴィとロゼを吹雪から守る。同時に余った砂鉄を円錐状のランスに形成すると、それを射出。砲弾のような勢いで飛んだそれは冬の獣の右目、鼻、背中に突き刺さる。


 が、獣は意に介さず突進してきた。


「グレン。ステップを教えてあげて。はい、ワン・ツー」


 巨漢の鎧騎士が巨剣を抜き、その凄まじい重量を全く感じさせない軽やかな動きで冬の獣の前に躍り出た。


 踏み込みと同時に旋転し、巨剣を顔面に叩きつける。人間ではありえない凄まじい膂力を発揮し、何トン――いや、何十トンとありそうな巨体を吹き飛ばした。


 グレンは終始無言で巨剣をフォム・ダッハに構え、起き上がった獣に飛び掛かる。最早どちらが怪物なのかわからない。


 シルヴィは盾を維持したまま、再びランスを撃ち出す。


 グレンの動きを読んで、一手二手先にランスを突き刺し、追い込んでいく。グレンもシルヴィも傷一つない。


(これが……人間? ありえない……)


 と、冬の獣が前足を振るった。グレンが巨剣の腹を盾にするが、ノックバック。そこを獣の足が襲い、圧死の具現が迫る。


 だがグレンは巨剣を両手で支え獣の足を持ち上げる。鎧が軋りを上げ、グレンは呼吸音すら漏らさずただ静かに耐えた。


 シルヴィは砂鉄を拳状にすると、それで獣の顔面をぶん殴る。その威力は明らかに半魔人化したレンに匹敵していた。


 姿勢を崩した獣にグレンが斬り込み、喉を引き裂く。血の雨を浴びながら、彼はそのまま下腹部まで斬り開いた。


 獣は怒号を上げる。立ち上がり、尾を振るった。グレンは巨剣でそれを受け止めるが、続く右前脚の爪が、首を吹き飛ばした。


「グレンさん!」


 鉄兜がくるくる飛んで雪の上に落ちる。グレンはそのまま仰向けに倒れた。


「シルヴィさん! グレンさんが――」


「だから、さんはいらないっての」


 こんな状況なのに、シルヴィはケースから紙巻き煙草を取り出して悠々と紫煙を吸い込む。


「しっ、──人が死んだんですよ!? 彼は仲間じゃないんですか!?」


「二つ間違いを訂正させてもらうわ。まず、彼は仲間じゃない」


「仲間じゃないって……そんな、あなた……!」


 そのときだった。


 ぐうん、と。


 首を失ったグレンが、起き上がる。


「は……?」


「二つ目。彼はもう死んでる。十年も昔にね」


 首が吹き飛んだのではない。あの兜には、初めから首など入っていなかったのだ。


「私はかつて一度、禁煙していたわ。でもね、禁煙は続かなかったのよ」


 恋をしたとき――


「じゃあ、あの人は……」


「私の、禁煙の原因。おかげでイライラしちゃってね。癇癪を起す私を、子供をあやすみたいに手懐けていたわ。今思い出しても恥ずかしいわね。グレン、ハンサムな顔は隠しておきなさい。ちょっと、私には刺激が強すぎるわ」


 シルヴィが兜を投げると、グレンはそれを左手で掴んではめ込んだ。


「ロゼ、その魔剣、喋るのよね」


「は、……はい。私にしか聞こえないんですけど、確かに喋ります」


「それそのものを檻にできないかしら」


 ――私にもわからない。だが、あれとの親和性はある。完全には不可能でも、ある程度の力を封じることならば、或いは。


「力の一部を封じることは出来るかもしれません」


「隙を作る。その間に、どうにかして。力が完全じゃない今が絶好の好機だわ」


 シルヴィは砂鉄を数十もの拳に変え、撃ち出した。


 拳打の嵐とグレンの斬撃が炸裂し、冬の獣が再び押される。


 グレンが右の前足を斬り、そこをシルヴィの特大の――文字通りの――鉄拳がへし折った。


「今よ」


 ロゼはブライニクルを手に飛び込んだ。どこを狙えばいいのかわからないが、生き物である以上頭は絶対に弱点だろう。そう思い、倒れた冬の獣の眉間に魔剣を突き刺した。


「ブライニクル! 力を貸して!」


 ――おかしな主人だ。貸せ、と命令でいいだろう。


 脈動。なにかが――力、とでも呼ぶべき奔流が剣を通じてロゼの中に吸い込まれていく。


「ぐ……ぅううううう……」


 冬の獣が呻き声を上げた。効いている証拠だろうか。


 ぎん、と目を見開き、獣が頭を振るった。ロゼはその一撃をまともに食らい、吹き飛ばされる。その先には尖った木片。まずい――


 突き刺さる直前、グレンが抱きかかえてくれた。


「ありがとうございます、グレンさ……グレン」


「不言実行の男って、好きよ」


 シルヴィが軽口を叩き、全ての砂鉄を一つの巨大な球体に形成する。


「あなたとのダンス、あんまり楽しくないわね。本気になってくれたレンとなら、もう少し楽しめるかしら」


 その鉄球が落ちた。


 巨大な鉄球が冬の獣を押し潰す。激震と轟音。ロゼは伏せて、その前にグレンが立ち塞がり飛び散る破片を一身に受け止める。


 ざ、と砂鉄が散り、石板になってシルヴィの傍に浮遊する。


 冬の獣はなおも立ち上がるが、一歩も進めずに倒れ込んだ。


 その体が徐々に凍り付いていき、ひびが走り、涼やかな音を立てて砕け散った。


「終わった……の?」


「何度も言うけど、あれはまだ完全体じゃなかったわ。おまけにあなたに力を吸われた。恐ろしく弱かったのよ。恐らく、最盛期の千分の一にも満たない力でしょうね」


「あの千倍も強いんですか?」


「だから誰も殺せず、封印するしかなかったのよ。それより、体におかしなところはない?」


 隠しても意味がないと思い、ロゼは素直に答えた。


「なんというか、とても体が軽いです。力がみなぎるというか……高揚感みたいなものがあります」


「冬の獣の力を吸い込んだのだから、当然といえば当然ね。リーグに戻ったらちょっと色々検査されると思うけど、流石に殺されたりってことはないわ」


「信じられません。今度は私を封印するのでは?」


「私はあなたが気に入ってるのよ。妹みたいで可愛くて。ちなみにレンは見てくれは紳士だけど実はクソ生意気な弟って感じ。まあ、リーグにシルヴィが敵になると脅せば、そんなことにはならないわ」


「……わかりました。信じ――」


 ロゼの体からふっと力が抜ける。グレンが腕で支えた。


「レンにロゼ、か。将来の楽しみが増えたわね」


 グレンが首を横に振る。


「なに、嫉妬? 安心して。もう二度と、禁煙なんてしないから」

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