第12話 ブライニクル
地下道を抜け、地上に出る。遠来のように響く戦車砲と迫撃砲の砲声が耳朶を打った。
「派手に暴れてますね」
「軍が、ですか? それとも、シルヴィさんが?」
「両方です。というか、シルヴィ一人で全部制圧できるでしょうね」
質素な木材と藁ぶきの家々。少し質がいいと石造りという程度の、時代を一つ二つ遡ったかのような景色が出迎える。
と、レンにはわらない、恐らく彼らの言語であろう言葉を発しながら、原住民が飛び出してきた。
瞬時に臨戦態勢に移るが、別の誰かが声を発すると、原住民の動きが止まる。
「やれやれだ。本当に優秀だよ、君は」
「本部――いえ、ネルソン……」
ノーズノース市元市警本部長ネルソン・ハーマン。確かにあのとき、シャンデリアの下敷きになったはずだが……。
「警官の次は、ハンターか。つくづく君は危険な場所を好むようだ」
「無辜の民が危険にさらされないようにするために、我々がその最前線に立って防波堤になるんです。……あなたは、その防波堤を壊した」
「ああ。じき、大きな嵐がこの地を襲うだろう。君たちに止められるかな。鍵は、もう錠前を回している」
レンはすっと大剣をネルソンに向け、
「どこです」
「隠す必要もない。あそこだ」
ネルソンが指さした先には、小高い丘。列石が並んだ、いかにもという場所。あそこに冬の魔剣があるのか。
レンは瞬時に動いた。斥力フィールドの力を球状に圧縮し、放つ。それは爆薬を使わない爆弾のようなもので、丘に続く道を塞いでいた原住民を吹き飛ばした。
「ロゼ、こいつは僕が押さえます。君は鍵を止めてください」
「わかりました!」
「もう遅い! 冬の獣は解き放たれる!」
ネルソンは現地語で命令を下す。獣が蘇ることを確信しているのか、ロゼを追わせる素振りはない。原住民は全員がレンを睨む。
「君には大きな貸しがある。それを精算してもらおうか」
「あなたの罪に対する精算が先ですよ」
原住民が一斉に魔術の姿勢に入る。レンは左手に衝撃波のエネルギーを溜め込み、それを地面に叩きつけた。
地表の奥に食い込んだ障壁――つまり弾き飛ばす力が炸裂し、土が波打つ。直後、蜘蛛の巣状に地割れが起きた。
ネルソンは飛び退いて距離を置くが、既に攻撃態勢に入っていた原住民は激しい揺れに巻き込まれ姿勢を崩す。
砂塵が散り、視界を閉ざした。
レンは風の流れと音、嗅覚で敵の位置を探ると、手近なところにいる一人の首を
総勢三十人はいただろうか。一人また一人となにもできないまま無力化されていき、ネルソンは歯噛みした。隻眼の不吉なハンター。行く先々で凶悪事件が起きる。そして、それらを全て解決してきた男。
ネルソンは、レンを過小評価し過ぎていた。
あれは紛れもない、化け物だ。
◆
「あれが……冬の魔剣」
ロゼは息を切らして丘の上に立っていた。石造りの台座の上に、白銀のロングソードが突き立てられている。美術品としても価値がありそうなそれは、怜悧な魅力を秘めているが、ただただ今は恐ろしい。
けれど――
なぜだろう、不思議とやれる、という気がしていた。
どうとは言えないが、これが女の勘というやつなのだろうか。自分ならあれを引き抜けるという確信めいた予感があった。或いはそれは危機を前にして、警官だったころの自分が覚えている使命感のようなものなのかもしれない。
(考えてる場合じゃありません。早く止めないと。……抜けば、止まるんですか?)
恐らくそうだろう。錠前を回している、ということは、あれを抜けば錠前は回らないということ。鍵さえ抜いてしまえば、錠前は独りでには動かない。
ロゼは胃が重くなるほどのプレッシャーを感じながら一歩一歩進み、魔剣に手を伸ばした。
柄に手を触れる――途端、
――お前は?
声。低い、男の声だ。どすが効いた、今まで対峙してきたどんな暴漢よりも恐ろしげな声音である。
「……自分から名乗るのが礼儀というものではありませんか?」
――面白い。……失礼した。私はブライニクル。この魔剣に宿る、魔女に作り出された、精神だけの存在だ。君たちが鍵と呼ぶものの、鍵たる所以というべきか。
「ブライニクル……やはり、この剣が鍵なんですね」
――そうだとも、違うとも言える。
「……?」
――鍵は二つ。私と、そして私を活性化させる血を持った者。つまり、私を生み出した魔女の血脈に連なる者だ。
「じゃあ、獣は解き放たれない――」
――いいや。今まさに、目覚める。
ズン、と地面が盛り上がった。
「な――」
――君を襲った強盗はピルグリムだ。私を活性化させる魔女の血筋を途絶えさせるために派遣されてきた。けれど君は、あまりにも強かった。特等クラスの退魔官が五人がかりで挑んでも、君の無意識に眠る魔女の血が彼らを倒した。
「魔女……?」
――君は冬の獣、そして私を生み出した魔女の血縁者だ。
地面が爆ぜる。ロゼはブライニクルを握ったまま派手に転がり、なんとか起き上がった。口の中に入った土を吐き捨て、絶句した。
「あ……あぁ……」
――冬の獣だ。
黄金の毛皮に覆われた、巨大な狼。六メートルはあろう上背に、十五メートルを超す体長を持っている。大きさだけで言えばあれよりも大きな魔物は多数存在するが、放つ存在感は尋常ではない。
本能が理性を破壊し、狂ったように勝てない、と叫ぶ。
「あらら、目覚めちゃったのね」
そんな状況なのに、まるでそれを楽しむような声。
「シルヴィ……さん」
「敬称はいらない。そういうお堅いの、嫌いなのよ。……顔に色々わけあり、って書いてあるけど、話はあとね」
「ぶ、ブライニクル! あなたが鍵であれば、あれを封印することが――」
――鍵だけでは無理だ。錠前は破壊された。檻も。二度と封印することは叶わない。
「そんな……」
「どうしたの?」
ロゼは混乱した頭でどうにか言葉を紡いだ。
「そ、その……どうも私が冬の獣を生み出した魔女の血縁みたいで……その、あれをまた閉じ込められないかどうかを確認したんです。この、喋る剣に」
――私の声はお前にしか聞こえん。
「あ、ええっと……とにかく、錠前も檻も壊れていて、もう封印は出来ないと……」
「ふうん。じゃあ、殺せばいいのよ」
「え……」
「下がっていなさい」
シルヴィは一歩前に出る。浮遊していた石板が、形を失う。
ざぁっ、と散ったそれは――黒い砂鉄だ。
「運がいいわ、あなた。特等席で見ていなさい。私のダンスをね。さあ、踊りましょう。冬の獣さん、観客が少なくて不服でしょうけれど、こんな美人に踊ってもらえる上、こんなに可愛い子に観て貰えるのだから、嬉しいでしょう?」
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