第11話 地下道
総督府の屋敷の地下室から続く地下道に入ると、ガス灯が一定間隔で灯された薄暗い空間に出迎えられた。
湿った、どこかかびたような匂いがし、陰鬱で気分が沈んでくる。
下水道ではないだけマシかと思いながら進む。
道幅は意外と広く、車両でも通れそうだが、戦車が戦闘行動をとるには狭い。軍がここを行軍に使わなかった理由だろう。仮に通れたとしても、ゲリラ戦術で虎の子の戦車を破壊されるのが目に見えている。
「気持ちの悪いところですね」
「地下なんて、どこもそうでしょう」
奇しくもロゼもレンと同じ感想を抱いたらしい。レンは歩を進めながら、既にフェイズⅠ段階だが魔人の力を発揮し、右腕を大剣に変えている。
と、
「ロゼ、下がってください」
足音。数は複数。
レンはロゼを抱え、柱に飛び込んだ。
一瞬後、今までいた場所が小さく爆ぜる。炎の魔術だ。大学を出て公的に魔術師、魔女と認められた者に比べれば拙いものではあるが、立派に人を殺せる威力を持っている。
銃のようにライセンスがなければ持ち出しを禁止されるわけでもなければ、扱いがそれほど難しいわけでもない。その気になれば小学生だって扱える。それ故に短絡的な思考を持った凶悪犯は魔術を使う。
原住民には原住民なりの思想があるのだと思うが、犯罪という言葉では表現のしようがないほど危険な好意に手を貸している事実に違いはない。冬の獣の完全復活は、最悪世界を危機に陥れる。
「援護をお願いします」
「は、はい!」
レンは単子強化をかけ、飛び出す。
半魔人として強化された動体視力で火の玉を掻い潜り、回避できないものは左腕で防ぐ。薄く張った障壁のおかげで服は焼けない。それでも熱い、とわかる熱を感じる。肉体が強化されているとはいえ、温点や痛点が消えるわけではない。
相手の格好は獣の毛皮を加工した革鎧姿だ。原住民と言われて誰もが想像するような全裸に腰布一枚という格好ではなかった。
間合いを詰められたと悟った一人が剣を抜き、斬りかかって来る。僅かに閃く黄色の輝きからして、身体能力強化魔術を使っていることがわかる。
鈍色の剣とレンの蒼黒い大剣が激突。
火花を散らし、互いに弾き合う。
すぐさま相手は手首を返し、左脇腹から右肩へ斬り上げる表切上軌道の斬撃を繰り出してきた。
レンは前蹴り――足の裏を鐘突きのように蹴り出す蹴りを放ち、腹を蹴飛ばす。単子強化をかけた一撃は身体強化をかけた相手を吹き飛ばし、しかし別の一人が火球を放つ。
が、その火球はレンに命中する前に爆ぜた。前後して銃声がし、ロゼが撃ち落としたのだと察する。
火球を放った女はロゼに掌を向けるが、ロゼは躊躇いを自分の中でどう決着をつけたのかは知らないが、迷いなく彼女を撃った。
別の二人が剣を抜く。ィィン、と金属の鳴き声がして、胸を狙う刺突が伸びる。
レンはそれを大剣の腹で受け流すと、左の一人の頭部を左手で掴み、
力の抜けた人間の体というものは存外に重いもので、そいつは仲間の死体に押された。その隙に死体ごとそいつを貫く。
刀身を捻り、右に振り抜くと内臓が飛び散り、地下道に赤黒い前衛的なアートを描く。
と、身体強化を使える男が再び怒号と共にレンに飛び掛かり、喉を狙った突きを放った。
半身を反らして回避し、左のレバーブローを打ち込む。よろめいたところへ下顎に上段回し蹴り。とどめ――
「――――!」
と、男の体が突然膨れ上がった。
「なんです……?」
内側から肉が盛り上がり、表皮が白い毛皮で覆われる。上背は二メートルを超し、衣類がはちきれて吹き飛ぶ。飛んできた革鎧を弾き飛ばし、そいつを見上げる。
「……ライカンスロープ?」
遥か昔に存在した獣人。人狼。普段は人間の姿をしている、狼の血を持った獣。
いや、これは……。
「冬の獣の残滓ですか」
恐らくは、そうだ。
魔剣に触った――いや、触らせ、変異を促したのだろう。エドウィンのときほど酷くはないが、厄介だ。こんな化け物が相手では、流石の軍人でも殺されるだろう。
レンは大剣を、両手を籠手に変える。フェイズⅡ。
ガン、と拳を打ち合わせ、獣の残滓を睨む。
「まずは、そうですね……」
残滓は地面を蹴って爪を振るった。後ろに下がって避ける。石造りの壁が粘土細工のように切り裂かれ、石材が飛び散った。
「お座り」
顔面を一撃。大気そのものが悲鳴を上げるような音がして、地下道がびりびりと震えた。
獣の残滓は大きく仰け反り、レンは脇腹にボディーブローを食らわせ、体を折ったところに後頭部へ肘鉄を叩き込む。
倒れた獣の残滓が立ち上がろうとするが、レンは両手を組んで持ち上げると、
「伏せ」
組んだ両手をハンマーのように振り下ろし、そのまま獣の残滓を地面に叩きつけた。
激震が走り抜け、天井からパラパラと砂埃が落ちてくる。
残滓はぴく、と指先を動かした。レンは容赦なくもう一撃加える。限界を迎えた頭部は圧潰し、中身をぶちまけた。
改めて周囲を見渡すと、赤い制服に身を包んが軍人と思しき人影の死体が見えた。魔法で焼かれたもの、剣で切り裂かれたものと様々だが、中には明らかに人間では不可能な傷を負った死体もある。
ロゼは「終わったんですか?」と拳銃を構えたまま出てくる。
「ええ。終わりました。まさか地下から半魔人が来るとは思わないでしょう。恐らく、これで安全です」
「上は、どうなっているんでしょうか」
「シルヴィがいるのであれば、問題ないでしょう」
レンは左の啖器を解除し、右腕を大剣にしたまま油断なく進む。安全とは言いつつも警戒は緩めない。寝首を掻かれる危険がないとは言い切れないのだ。
「行きますよ」
「はい」
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