第10話 ギアーデのブリーフィング

 総督府が管轄する町、キアーデは閑散としていた。総督府に努める者の近親者とその周囲の人間しかおらず、かなり静かだ。


「目印でも用意していただけると助かるんですけどね」


「ひょっとしてあれが目印なんじゃないんですか?」


 ロゼが指さす先に、二メートル近い身の丈ほどもある巨剣を背負った全身甲冑の黒い鎧騎士がいた。グレンだ。


「ああ。……雑な扱いをしますね」


 レンは彼に手を上げる。向こうも騎士らしく一礼すると、傍の建物の扉を開けた。隣を通ってくぐり、ロゼが入ったことを確認してからグレンも続く。


 酒場という雰囲気ではない。軽食店といったところか。コーヒーの匂いが漂っていて、しかし客はいない。


「こっちよ」


 声がして、そちらに向かうとシルヴィが灰皿にいくつも煙草を積み上げていた。新しい紙巻きを取り出し、指先に灯した火で着火する。


「やめてくださいよ。こんなおちついた店で」


「チップは弾んでる」


「そういう問題ではないでしょうに」


「私が煙草をやめるのは、死ぬときか、恋をしたとき。そう言ってるでしょう。あら、そっちの可愛い子は? 禁煙しちゃいそうなくらい可愛い」


「ロゼ・ギブソンです。グレードはD。足を引っ張るかもしれませんが、精一杯頑張らせて――」


「そういう堅苦しいの、苦手なの。レンもあなたも、真面目すぎよ」


「僕はそうでもないでしょう。僕は見てくれだけですよ。というか、あなたがおかしいんですよ。まるで女マフィアです」


「せめてボス、と呼んで欲しいわね。二人とも、コーヒーでいい?」


「ええ。ロゼには、ミルクとシュガーを」


「あら、可愛らしい味覚。マスターさん、聞こえてた? コーヒーを二杯」


 シルヴィが注文すると、店のマスターはてきぱきと動き始めた。


「僕らが遭遇した魔物が逃げていきましたが、あなたの仕業ですか?」


「ええ」


 そう言ったシルヴィの傍らには見るからに重そうなライフルケース。その大きさは二メートル近い。黒塗りで、継ぎ目がなく、石板のようにも見える。彼女はそれを念動の魔術で操っている。黒鉄、そして戦隊と呼ばれる所以。


「雑魚だったから、片っ端から消し飛ばしてた。千? もいなかったかしらね。弱すぎて手応えがなかったわ」


「もともとここにはリーグの出張所もないですし、ハンターなしでも治安が維持できていましたから、本土ほど危険な魔物もいなかった。それだけのことでしょう」


「ええ。出ても中型程度。それだけなら、駐留している軍だけでも対処できる」


「その軍は、今なにを?」


「我が祖国、環クレセント海連合帝国陸軍二個大隊は暴徒鎮圧に乗り出してるわ。本来、刀剣程度で武装した原住民が相手であれば虐殺になりかねないほどの戦力差だけど、向こうは魔術を使う。結構、苦戦を強いられているみたいね」


 コーヒーが運ばれてくる。マスターはちらりとシルヴィの背後に立つグレンを不審そうに見たが、なにも言わなかった。


「本当にそれだけですか。昨日今日魔術を覚えた程度の素人集団に帝国軍が苦戦する理由がわかりません」


「オートマタ」


「……オートマタ?」


 ロゼが口を開く。


「それって、魔術発熱機関を搭載した、自律機動する蒸気機械、ですよね? 一体作るだけで戦車十台並みの費用がかかると聞きましたが」


「ええ。でも戦闘能力は凄まじいわ。運用法次第では一体で機甲小隊を圧倒できる。身体能力はフェイズⅢの魔人並みよ。神聖退魔団ピルグリムの準特等退魔官並みの強さ、と言ったところかしらね」


 シルヴィは湯気を立てるコーヒーをブラックで、レンもブラックで飲む。ロゼはそんな二人を信じられない、というような顔で見比べたあと、ミルクとシュガーを加え、スプーンでかき混ぜる。


「なにか、プランはありますか。軍と合流……でも構いませんが、僕の力を見られるとリーグの庇護があるとはいえ面倒な取り調べを受ける羽目になりそうで」


「総督府の地下にクレアキア島中央都市クレア……つまり、錠前へ通じる地下道が掘られているの。軍が行軍するには狭いけれど、別動隊が通ったらしいわ。音沙汰がないから、敵に殺されたんだと思うけど」


「戦闘は避けられませんか」


「だから私が呼ばれたのよ。冬の獣の完全復活という最悪のシナリオにも対応できる私が」


 ロゼはまだイマイチピンと来ていないという顔だが、一度でもシルヴィの戦いを目の当たりにすればその実力が噂にたがわぬものだとわかるだろう。


 帝国最強の魔女。黒鉄。戦隊。特級グレードXS。一個師団を壊滅させる怪物。それらは噂が独り歩きしているのではない。疑いようもない、ただそこに確固たる事実として横たわる現実で、真実だ。


 色々な犯罪者や魔物と戦ってきたレンをして、絶対に敵に回したくないと思う存在。それがシルヴィ・コナーという女だ。


「行きましょう。こうしている間にもネルソンは冬の獣を蘇らせようとしてる。でも、地下から行くのはあなたたちだけ」


 ロゼが「え?」と声を発した。


「軍を見捨てるとリーグがうるさいのよ。私は軍と合流して、反乱勢力を掃討してからクレアに向かう。可能な限りネルソンは生かしておいて。無理にとは言わないけど、それが上からの指示よ」


「わかりました。総督府に入る許可は?」


「これ」


 シルヴィが一枚の封書を手渡してきた。リーグ公認のシーリングスタンプが捺されたものである。レンはそれを懐にしまい込む。


「気を付けてくださいね、シルヴィ」


「誰に言ってるの? そっちこそ気を付けなさい。新人くんも、大事なのは手柄より命よ。危ないと思ったら、逃げなさい」


「……わかりました」


「じゃあ行くわ。グレン」


 鎧騎士は静かに歩く。シルヴィは念動で石板のようなそれを持ち上げると、出て行った。


「大丈夫なんですか、レン」


「問題ないですよ。彼女は本気を出した僕が十人がかりで挑んでも傷一つ付けられません。冗談ではありません。本当に無理なんですよ。ピルグリム最強の退魔官でも難しいでしょう」


「そうですか。では、総督府に?」


「ええ。地下ですので、遭遇戦が増えます。取り回しの悪いライフルは使いにくいでしょうから、拳銃を」


「わかりました」


 シルヴィは腰に差した四五口径自動拳銃に視線を向けた。軍が制式採用しているものと同じモデルで、ハンターにも卸されているものだ。民間には出回っていない。違法なものがブラックマーケットでは嫌というほど流れているらしいが。


 レンはスーツの上から防寒着を着込むと、再び勢いが増しつつある雪の中へと出て行った。

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