第8話 錠前

 無事に試験が終わり、レンが思った通り十時には終わった。特にこれと言った集合場所を提示しておかなかったことを後悔したレンだったが、それは杞憂だとわかった。


「やあ、シルヴィ」


 バサ、と音がして、手元にカラスが止まる。口には封書を持っており、そこに付けられた封蝋の印を見て彼女の使い魔だとわかった。


 レンは封書を開けると、中から便箋を一枚取り出した。


「……クレアキアとう、ですか」


「どうしたんですか?」


「荷造りをしてください。道々話します」


「今朝言っていた、冬の獣のことですか?」


「ええ。結構厄介なことになってるみたいです」


 その後一旦宿に戻り、レンたちは急いで荷物をまとめると、リーグが出しているクレアキア島行きの蒸気船に乗り込んだ。


 クレアキア島は船で一時間も行った先にある、冬の色合いが濃いところだ。海面は凍り付き、途中からは徒歩で移動となる。氷の上を歩くのだ。今はまだ船にいるが、じき危険な氷上の旅となるだろう。


「……つまり、そこが冬の獣が封じられた錠前だと?」


「そうですね」


 ロゼは買ったばかりのボルトアクション式のライフルを手に、唸った。上部には光学照準器が取り付けられており、狙撃を行うことが予想される。敵に近づく危険がない以上、レンよりは安心できる。


「ネルソンは魔剣を強奪後、すぐにここへ向かったらしいんです。というのも、警察関係者の中に協力者がいたみたいで、情報が巧みに改竄かいざんされています。不確かな目撃情報しかありません」


「その、ゼノという男が警視総監の息子だったというのが関係しているんですか? 彼がそのコネやパイプを利用して……」


「そうなります。退職したからといって、一朝一夕で裏の繋がりがなくなることはありませんから。彼も彼で、ほかのお偉方の知られたくない情報を握っているのでしょう。ブラックメールってやつです」


「呆れた話ですね」


 ロゼは心底、という顔をする。


 レンは現地入りしたらそんな暇はないのでと、早めの昼食を摂ることにした。


 船の厨房に向かい、女性のコックを上手く言いくるめてサンドイッチを作ってもらう。こんな、半魔人だのとかいう体にされたが、美形に作ってくれた両親には感謝している。こういうとき上手く物事を収められるので、色々都合がいいのだ。


 トレーにサンドイッチとコーヒーを乗せ、船室に戻ると、レンは机にそれらを置いて湯気を立てるコーヒーをブラックで飲んだ。


「よくそんなものを飲めますね」


「あなたの味覚が幼稚なだけです」


 ロゼはむすっとした顔で、ミルクとシュガーを加えてカフェオレを啜る。


「伝説の獣相手に、たった四人で挑むんですか?」


「正確にいえば、二人」


「……そりゃ、グレードAのあなたやシルヴィという方に比べれば、グレードDの私じゃ足手まといになるのもわかりますが」


「違います。僕とロゼは冬の獣相手ではまず戦力外です。仮に僕がフェイズⅣになってもよくて引き分けでしょう」


 レンは落ち着いた所作でサンドイッチを頬張る。パサついている上バターを塗っていないせいでレタスやトマトの水分を吸い込んでねちゃっとしているパンと、硬い鶏肉。あんまり美味いものではない。


「どういうことです?」


「冬の獣が……仮に、あれが完全に目覚めたとしたら、倒せるのはシルヴィとグレンだけですよ。知っていますか、あの二人の二つ名を」


「グレードA以上のハンターに付けられるものですよね? ええと、確かレンが隻眼で……」


「シルヴィ・コナーは戦隊スコードロン。たった一人で一個師団を壊滅させられる正真正銘のワンマンアーミー。そしてそれは嘘でも誇張でもありません。彼女が操る『黒鉄くろがね』の前では戦車砲はおろか艦砲すら通用しません。黒鉄の魔女とも言われる所以ですね」


 ロゼは明らかに疑っていた。


「信じていませんね」


「まあ、おとぎ話染みていますし」


「それもそうでしょうね。僕もそうでした。でも、この話が僕の法螺話で済む程度の事態であれば、それに越したことはないじゃないですか」


「まあ……それは」


「最も、そんなことを言っていられる状況でもありませんが」


「どういうことですか?」


 レンは二つ目のサンドイッチを半ば義務的に口に運びながら、


「クレアキア島は元々原住民によって統治されていた地域でした。それが今から四十六年前に先代皇帝の政策で総督府がおかれ、支配を受けていたんです。帝国はあらゆる庇護を与えると言いましたが、原住民はそれを侵略行為だととらえていたようです」


 資料をロゼに渡す。彼女はそれに目を通し、


「……反乱、ですか?」


「ええ。ですが原住民の武器は剣や槍。武器の横流しもしていない。銃器で武装した帝国軍にはかなわない……はずでした」


「それが、どうして……」


「何者かが魔術を教導していたんです。恐らくそれがネルソン、もしくは彼が属しているなんらかの組織によるものでしょう」


 ロゼが片眉を上げる。


「組織?」


「そう考えるのが自然です。単独犯でここまでできるとは到底思えません。ネルソンが使い走りなのか、その裏にいるであろうゼノが糸を引いているのかは知りませんが、敵の規模はかなりのものだと推測できます」


 と、流れていた景色が止まった。氷海にたどり着いたのだろう。ここから先は徒歩で進むしかない。


「行きましょう。……言っておきますが」


「なんですか?」


「原住民は、敵です」


「………………」


「殺す覚悟がないのなら、ここで待っていてください」


「わかっています。私も、綺麗事だけで正義が貫けるわけではないことは、嫌というほど学びましたから」


「なら構いません。どこから来るかわかりません。気を付けてください」

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