第7話 真犯人

 レンはホテルを出ると、バスに乗って船長の馬小屋を目指した。外はすっかり暗く、うんざりするほどの雪が降っている。


 バスを降り、街灯が照らす夜道を歩く。すると看板を見つけた。胸元を大きくはだけた、胸毛だらけのむさ苦しい海賊と思しき男が描かれたものだ。どういう層を意識した看板なのか。


 中に入ると煙草と酒の匂いが漂う。柱やテーブルは脂かすすと思しきもので黒く染まり、ウェイトレスは挑発的な格好で歩き回っている。


「レン、こっちよ」


 シルヴィが二人掛けの席で手招きしていた。そちらに向かい、対面に座る。


「もちろん、飲むでしょう?」


「明日、連れの試験があるから、酔いは残したくないんですよ」


「連れ?」


「ええ。元警官の女です。美人ですよ。君に負けないくらい」


「へえ、言うじゃない。見てみたいわね」


 シルヴィは店員に赤ワインを頼み、レンはブランデーを注文する。


「どう? 最近は」


「どう、って?」


「ゼノの足取りは掴めたの?」


「まだですよ。どうも警察からは出て行ったようですね。まあ、警視総監の息子とはいえ、あれだけの犯罪を重ねれば勘当されるでしょう」


 煙草を吸いながら、シルヴィは天井に目を向けた。


「勝率は」


「限りなく低いです。彼も僕と同じだと思いますから」


「半魔人……でも、その施術を受けたのはあなただけでしょう」


「半魔人とは限りません。冬の獣事件と同じで、なんらかの魔具で人間の限界を超えている可能性だってありますから。或いは、もう半分ではなく、完全に魔人になっているか」


 酒が運ばれてくる。レンはグラスに入った常温のブランデーを舐めるように口に含み、


「君はどうなんです。冬の獣を追っていた、と言いましたが、本当のところは?」


「ネルソン・ハーマンという男を知っているかしら」


「エドウィンと繋がっていた警官ですね。……僕が落としたシャンデリアの下敷きになりましたが、死体が発見された、という情報がありませんね」


 シルヴィがぐっと体を乗り出す。


「彼はアンデッドよ」


「……アンデッドでも、脳を破壊すれば死にます」


「逆に言えば、脳さえ無事であれば修理が利く。エドウィンはどうやって魔剣の在り処を知ったと思うの?」


「彼はゼノから聞いた、と」


「じゃあ、誰が彼とゼノを引き合わせたの?」


 警視総監の息子。市警本部長。どこかにパイプが――


「黒幕はネルソン……」


「そうよ。そして軽く調べたけど、魔剣はリーグの手にはない。表向きには回収したと報告してるけど、実際は違う。冬の獣事件は、まだ終わってないわ」


「じゃあ君がここにいるのは……」


「ええ。獣を解き放とうとしているネルソンの確保、ないしは排除よ。魔剣回収はそのおまけみたいなものね」


 レンは酒を置いて、


「ネルソンなら、ゼノの情報を持っていると?」


「かもしれない、というだけね。まだ確証はない。本当なら私一人で解決するつもりなんだけど……正直、相手の規模がわからない。いくら特級グレードXSの私でも、流石にわからないだけらけの状況に一人で立ち向かう気にはなれないわ」


「つまり、僕と組む、と?」


「そうよ。最低でもグレードAの人じゃないときつい。あんたが連れてる新人には、相当厄介なことになりそうだけど」


「彼女には戦闘を任せられませんね。後方支援をさせます」


 シルヴィはワインを呷って、


「ペアでも組んでるの?」


「そういうわけではありませんが、まあ色々あって行動を一緒にしているんです」


「それをペアって言うのよ。試験はいつ?」


「明日の朝七時。十時には終わるでしょう」


「わかったわ。それまでにネルソンの足取りを探る。魔剣が鍵である以上、どこかに錠前があるはず。やつはそこに現れる」


「待ってください。エドウィンは魔剣を使ったことで獣になりました。あれ自体が獣ではないのですか?」


「あれは魔剣に宿った残滓。本体は別にいる。万が一冬の獣が完全に復活するとなれば、ローゼス領だけの危機では済まない。最悪、帝国に惨劇が及ぶ。リーグも情報の出し惜しみはしないでしょう」


 ブランデーの最後の一口を飲み下し、


「お偉方が気にするのは保身です。我が身の。重い腰を上げるという可能性は低いです」


「そのお偉方に被害が及ぶのよ。上手く言えば、協力してくれるはず」


「だといいんですけどね」


「私も本気で行くわ。彼を連れてね」


 そう言って親指で後ろを指す。そこにはいつの間にか二メートル近い上背を持つ、漆黒の全身甲冑に身を包んだ時代錯誤的な人間が立っていた。背中にはどんな力持ちであろうと到底持ち上げられないであろう身の丈ほどもある巨剣を背負い、しかし不思議と威圧感がない。


「グレン、帰るわよ」


 グレンと呼ばれた全身甲冑は席を立った主に従い、驚くほど静かに去っていく。


 あいつは簡単に言えばシルヴィの使い魔だ。……表向きには。


 シルヴィをグレードXSにせざるを得ない理由の一つで、かつてはグレンという存在が彼女を禁煙・・させていた。そして、今現在シルヴィが煙草をやめない理由でもある。


 二人はカウンターに代金とチップを乗せると、レンに手を振ってから出て行った。


 長居してもすることはないし、レンも店を出た。


 外は暗く、しかし領都なだけあり人通りはある。


 ちなみに領都というのはその領の首都という意味で、帝国には合計十一の領がある。帝都に座する一人の皇帝と、十の領都を治める領王によって政治は運営され、管理されている。


 リーグは帝国が設置を認可している国際組織であり、しかし完全に国の影響を受けないわけではない。各国の思惑は解きほぐしもないように絡まり合っている。シルヴィのようなXSクラスになれば一人で国力を左右するのだから、当然だ。


 少し歩こう。


 なんとなくバスに乗る気分ではなかったレンは、雪がちらつく夜道を歩く。

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