第6話 リーグ

「リーグ……ですか?」


 スタンダート・クラスの客車で車窓から流れる景色を見ていたレンは、ロゼからこれからどこへ向かうのかをせっつかれ、素直にその答えを口にした。


「ええ。リーグです。我々ハンターの組合と言ったところでしょうか。これから向かうのは領都ロード。そこにあるリーグ支局で登録をします。登録をしなくても厄介ごとを解決するという仕事は出来ますが、受けられるサービスが違いますからね」


「例えば?」


 レンはジャケットの内ポケットから革のケースを取り出し、ハンターライセンスを見せる。


「このライセンスは魔術捺印が捺されていて、僕たちの身分証明になります。ホテルの割引や銃火器の所持、緊急時の捜査権限や逮捕権などを保証してくれます。これが僕たちハンターが警官に所轄を土足で踏み荒らす犬、と言われる所以ですね」


「皮肉のつもりでしょうが、私にはもう警察手帳はありません」


「失礼。まあ、とにかくこれを持っていれば色々と役に立つんです。試験は簡単な筆記と身体検査だけですから、警察になれるのであればその程度造作もないでしょう」


 列車が止まった。ロードに着いたのだ。


「さて、行きますか」


 レンとロゼは背嚢と旅行鞄を持って立ち上がり、客室を出る。正午近い空はどんよりと曇っていて、そこからは飽きることなく雪が降り続いていた。冬の獣――であった魔剣は再び封印されたというが、魔女の呪いは解けなかったということか。


 駅を出て雑踏に身を躍らせる。レンは相変わらずの黒い三つ揃いで、ロゼは黒のトレンチコート。本人たちに自覚があるのかどうかはわからないが二人とも美形で、目を引く。周囲の視線を感じながら、二人は駅前のバス停近くにあった売店に立ち寄った。


 そこでハンバーガーとコーヒーを購入し、レンは空いていた席をロゼに譲り、立ったまま包みを開いてレタスとトマト、チーズとパティをサンドしたバンズを齧る。


「リーグって、遠いんですか?」


「バスで三十分ですかね。そう遠いというほどでもありません。ハンターをしていれば、一日に二十キロを徒歩で行軍なんて普通です」


「え……」


「嘘じゃあありませんよ」


 ほどなくして蒸気機関を搭載したバスが到着し、レンとロゼは乗り込む。通勤ラッシュを外れた車内は閑散としていて、空いている席に座る。互いにそういった意識がないからか、隣に座っても二人の間に甘い空気が流れるということはない。


 石造りの建物、鉄筋コンクリートの雑居ビル。蒸気機関の発達と同時に生まれた様々な革新的な技術と、魔術。それらが融合した街並みはどこか無秩序で、進んだ時代にいるようにも思えるし、昨今の犯罪件数増加を考えると無法地帯のようにも思える。


 魔術は様々な恩恵をもたらした。魔法と呼ばれ、一部の人間にしか扱えない秘術だったそれを一般にも扱えるものだと知らしめた一人の魔術師によって。その反動で大陸各地で貴族が力を失い民衆による反乱や革命騒ぎが起きて血が流れている、というのも事実だが。


 しかし蒸気機関の進歩と銃火器の発展で遠からぬ未来には魔術師を一般人が打ち負かすということも現実になっているだろう。その時期が来るのが少し早くなったかどうかという程度の違いに過ぎない。


 幸いというべきか、環クレセント海連合帝国ではそんなことは起きなかった。偉大なる竜狩りの英雄王を称えるこの国では、その血筋である皇帝は神にも等しい力を持つ存在である。


 純粋に勝てない、というのと、信仰の厚い人々が多いという理由もあって、内乱とは程遠い状況にあった。


 最もそんな平和が、皮肉にも違法な魔術をのさばらせる隙になっているのだが。


 二人はリーグ前で降りると、寒風に身を曝しながら内部へ入る。石造りの装飾の少ない質実剛健なつくりで、今日も今日とてハンターや、彼らに依頼をしたい人間で溢れかえっている。


「受付に行ってください。そこで登録をしたいといえば、明日にでも試験を受けられます」


「それだけ?」


「ええ。犯罪歴があっても構いません。そもそもそこまで聞かれませんよ。僕みたいなのがハンターでいられることがいい証拠です」


「わかりました」


 レンは待合場所に向かい、ソファに腰掛けた。誰かの忘れ物だろうか、今日の新聞が乱雑に置かれている。しばらく周囲を見渡してもなにかを探している様子の者はおらず、捨てていったか諦めているかだろうと判断し、それを手に取った。


 一面を飾るのはノーズノース市で起きた冬の獣事件のことで、解決に導いたのは隻眼と美人婦警とでかでかと載っている。写真を撮られた記憶はないが、どこかで撮影していたものがいたのか、遠目にレンとロゼと思しき人影が写っているものが印刷されていた。


「それ、あなたでしょう」


 後ろから涼やかな女性の声がして、レンは振り返るまでもなくその声の主を言い当てた。


「シルヴィ」


「久しぶりね、レン」


 シルヴィと呼ばれた女性がゆったりとした動作で近づいてきて、対面に座る。黒いボブカットに、いつ見ても変わらない毛皮のコート。すらりとした美人だが出るところは出ていて、目を引く。彼女は帝都大学魔術科を主席卒業したエリート。歳は知らないが、恐らく二十代後半。


 彼女はケースから紙巻き煙草を取り出すと、指先から炎を発生させて着火する。


「やめた方がいいんじゃないんですか」


「私が煙草をやめるのは、死ぬときか――」


「――恋をしたとき、ですか。その様子では、まだいい相手がいないみたいですね」


「ええ。言い寄って来るのはいるけど、私の好みじゃないわ」


 紫煙を吐き出し、「伝説の獣は、どうだった?」と聞いてくる。


「完全体じゃありませんでしたから。どうにかなりましたよ」


「魔剣は?」


「封印された、と。まあ、恐らくはリーグが回収したのだとは思いますが」


 レンは新聞をたたみ、テーブルの上に置く。


「シルヴィは、どうしてここに?」


「私も獣を追っていたのよ。僅差であなたに持っていかれたけど」


「恨まないでくださいよ。悪気があったんじゃありません」


「わかってるわ。今晩、空いてる?」


「ええ。暇してます」


「久しぶりに、一杯付き合いなさいよ。いいでしょう?」


「一杯で済むのなら」


 シルヴィは微笑んで立ち上がると、「じゃあ、船長の馬小屋っていうお店で」と言って去っていった。

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