第4話 隻眼の魔人

啖器たんき……ハウンドか」


 啖器を形成する元素――啖素たんそは極めて微細なものだ。服の繊維の隙間から形成でき、衣類を破ることなく武器を形作れる。


 そしてその啖器とは、魔人にしかない特異な生体器官である。


 レンの啖器はハウンドタイプ。近接戦闘を得意とするタイプのものだ。


 蒼黒い大剣と化した腕を軽く振るい、エドウィンを睨む。


「矛を収めるというのであれば、僕もこれ以上は暴れないと約束します。究極の勝利とは、戦わずして得ることだと思っていますから」


「けどお前は知っているはずだ。……俺らのような存在が、言葉で止まることはないと」


 エドウィンが床を蹴る。明らかに人間離れした身体能力。かき消えたと思った彼の顔はすぐ目の前にあり、レンは振り下ろされる魔剣を右の大剣で防いだ。


 金属質な高音が響き渡り、火花が散る。


 身体能力強化魔術か、魔剣の恩恵。そのどちらかとしか思えない。或いは両方か。


 刺突を大剣の腹で受け止め、往なして反撃の左拳。蒼いオーラを纏った拳は空を切り、しかし大気を叩く音が木霊する。拳圧で床が抉れ、粉砕した石材がパラパラと舞う。


「凄いね。障壁の魔術だけでそこまでとは」


「お褒めに預かり光栄だよ、魔術師のエドウィン様」


 冬の魔剣が唸りながら迫り、レンは飛び退く。するとたった数瞬前までいたところが氷漬けになり、向こうも本気を出し始めたことがわかる。


 吹雪を纏う魔剣に自らの大剣を斬り込ませ、拮抗。弾き、よろめいたところへ大剣を籠手に変形させる。


 ずるりと啖器が形を変え、右腕を覆う禍々しいガントレットへと姿を変えた。


「――――!」


 躱せる道理はない。


 エドウィンの腹部に、レンの魔拳が食い込んだ。


 迫撃砲が爆ぜたかの如きインパクト音が響き渡り、周囲にあったテーブルとその上に乗ったボトルやグラス、皿が飛び散り吹き飛ぶ。ロゼは顔を庇って、慌てて二人を視界に収めようとした。


 吹き飛んだエドウィンは魔剣で拳を防ぎ、致命傷を避けていた。壁に叩きつけられた彼は即座に跳ね起きるや否や氷の杭を左手から放つ。


 レンは飛んできた弾丸顔負けの、人の頭ほどはある杭を啖器で覆った拳で打ち払い、障壁の魔術を球状にした波動弾を放った。


 飛翔し、氷の杭と激突した波動弾が爆ぜると、床に敷かれたレッドカーペットが千切れて舞い散る。


 何度も言うがレンの魔術は誰でも扱える障壁系。それを応用して身体能力の強化や波動弾といった使い方も可能としているが、一番威力を見込めるのは打撃。魔術を頼った上での攻撃なので魔術ともいえるが、言ってしまえば喧嘩殺法が一番得意だ。


 エドウィンもそれに気づいているのか、レンの接近を許さない。


 レンの啖器は近接戦闘に特化したハウンドであり、中距離攻撃が可能なサーペントでも遠距離攻撃を得意とするレイヴンでもない。近づいて初めて効果を期待できる。


 しかし、エドウィンはあまりにも拙い。


 魔術師としても中の中、平凡というレベルの程度だ。大学はごく普通な鳴かず飛ばずな成績で卒業したところか。戦闘面ではなく知識と機略、人心掌握術でなり上がったのだろう。戦闘という点では、今まで戦ってきたほかの魔女や魔術師、魔人の方が上だ。


 レンはネクタイを緩め、シャツのボタンを二つ外す。そこから覗く、頂点に三つずつ、中央に一つ、合計十三個の穴が空いた十字架。


「お前には決定打がない。その格闘術は認めるけど、こうして削り続ければ殺せる」


「どうだろうね」


 腰に差した拳銃を抜き、それをロゼの前に放った。


「ロゼ。『絶対の正義』はないんだ。だから、君が見つけるしかない。棺に蓋をして埋められるときになってもなお、これだけはと、そう貫き通せる正義を。死んだ時、あの世でご先祖様やなんかに誇れる生き様を行くしかないんだ」


 三つ揃いのジャケットを脱ぎ、レンは全身に魔力を漲らせる。


「僕の本質は力じゃない」


「あ?」


 ロゼには――いや、恐らくはエドウィンにすら。


 見えなかった。


 ただ消えた、と思った直後にはエドウィンの胸倉をレンが掴んでいて、まるでおろし金にかけるように床でエドウィンを削っていた。


 耳を弄する破壊音が濁流のように連続して轟き、石材とカーペットを撒き散らし、そのままレンはエドウィンを壁に叩きつける。


「が――ッ、ぁ」


「速さはなにごとにも勝る。次に必要なのは?」


 拳を振りかぶる。


「それが、力だ」


 頑強な鉄筋コンクリートで作られた壁を、拳が粉砕した。


 爆薬が爆ぜたような音と衝撃波が舞い、館全体が揺れる。壁に空いた大穴から外へ吹き飛んだエドウィンは、しかしなお死んでいない。魔人すら砕いたその拳を受けながらも、口の中を切ったという程度の顔をしている。


 舞い散る雪がレンを冷たく彩り、青い月光が、月よりも蒼い瞳を照らし出す。ロゼを見つめるその目には、問いがあった。


「僕は正義を見つけられなかったんです。その正義に全てを奪われましたから」


「どういう、こと?」


「僕の妹は、帝都警察の魔術師に襲われ、強姦され、溺死させられました。僕は正義を破壊するために、戦っています。僕は、この世のあらゆる正義を憎悪する」


 と、氷のつぶてを含んだ突風が吹き荒れた。レンは斥力フィールドを生成してそれを防ぐ。


「……融合・・しましたか」


 レンの視線の先。そこに立つ『モノ』は。


「ヴヴヴヴヴ……ルルル、グゥー──」


 冬の獣。この地に封じられた魔獣の似姿だ。


 獣は一つ遠吠えする。


 外見は狼のようだが、大きさが桁外れだ。体高はどう見積もっても二メートルを超え、全長は五メートルを超えている。そこから推し量れる体重は人間程度易々圧死させることが可能だろうと思えた。


 魔剣が鍵、ではない。恐らくは冬の獣、それ自体が魔剣なのだ。


 融合は完全ではないのかどうかはまだわからないが、放っておけば被害は拡大する。エドウィンの言う血の雨も発生するだろう。それがなにかの比喩なのか、そのままの意味なのかはわからないが、ろくなことではない。


 問題は報酬が釣り合うかどうかだが、レンとしてはそれは二の次だ。


 重要なのは――

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